スタートレック・ハーレム:第1話時・キャスト
ジャム・トムキャット・ピカーク船長; U.S.S.ハーレムの"船長"。17年前17の時、親友達の裏切りをきっかけに失意の中希望を胸に宇宙艦隊に入隊。直後かのミスター・スポックと出会い一生を艦隊稼業に勤める事を決意するが、一時は社会科学者としてアカデミーに残る道を心無い教授によって妨げられてもいる。また、初めて指揮したU.S.S.トーキョーを破壊させしてしまったと言う苦い過去も持つ。ドジでノロマでホゲなのだが、何故かその悪運で難事件を切り抜け、今日に至る。とーぜんながら、オンナには全くモテない。
初代副長; 第3話まで副長を務める事になる。宇宙艦隊アカデミーを首席で卒業後、数々の褒賞にも恵まれた艦隊きっての典型的エリート。グーたらなピカークとは違い、サクサク仕事をこなすタイプ。ゆえにハーレム在職中はピカークの指揮能力には常に疑念を抱き、その実副長職を左遷人事と嘆いていた。趣味は料理で、腕前はプロ並み。
ドクター; ピカークの親友の未亡人と言う設定はちょっと嘘臭いが、ともあれ昔馴染みと言うよりか、はっきり言ってお守り役。他のドクター達同様、忌憚なく船長に物を言うのはご存知の通り。タンカを切らせたら右に出るものは居ない姉御肌の御人。
機関長; ドクター同様ピカークとは旧知。今や宇宙艦隊屈指の機関チーフとなり、連邦代表大使を歴任するなど、連邦議会とのパイプも強い。この方だけが唯一ダンナ選びを間違えなかった- さすが! そして勿論、機関長チームには昔と変わらずお世話になっている恩、決して忘れてはございませぬ
初代保安主任(のちの二代目副長); ボーイッシュな風貌の典型的体育会系士官。至って真面目で誠実な性格だが、酔っ払うとちょっと違うらしい。艦内公演で航宙艦を自爆させる副長役に携わり、その製作者(故人になられ哀悼しかない)にピカークは世話になった事もある
初代カウンセラー; 皆さん良くご存知の「U.S.S.ステーション」から、ピカークのたっての懇願により転属。ベタゾイドとのクウォーターで、弱いテレパスでもあり、これもまた意外と長身。甘いものが好きでチョコレートパフェは無論、緑茶にでさえ砂糖を入れるそうだ。残念ながら第2話ののち、寿退隊となった・・・・ぐしゅん!
アトム; 陽電子脳の権威、秋葉原博士によって作られたアトム型アンドロイド。一応性別は女性。博士はご推察通り消息不明。基本的にはボケキャラだが、ピカークと違うのはそのバイタリティ- 超人的能力でコンピューターをソツなくこなす。ちなみに、クエスターと言う兄貴がいたのだが・・・・
操舵長; クルーの中では最も控えめで、オブライエンの嫁さんと同郷と思っていた所、そうではない事がのちに判明する。コンピューター・ソフトを買う度に入っていたチラシが元で、ピカークはスカウトしたらしい。なお、保安主任と共に特殊潜入隊にいたことがあり、ドクター不在の折は作動不良のホロドクターに代わり、簡単な医療オブザーバーも担った。
初代ママ; ハーレムの突端にあって、クルーの憩いの場となっているラウンジバー「テンフォワード・サクラ」のママ。絶滅したエルオーリア人の生き残りで、ちょっとした超能力も持ち合わせているらしい。ピカークが忌憚なく愚痴れる唯一の人物でもあった。
初代転送主任(のちのハーレム艦長); 当初ピカークがスカウトした頃は若干目立つ程度の士官だったが、あっという間に保安主任、そして一気にピカークの後任艦長に就任することになる。しかし、第5話でとんでもない男とくっついてしまい・・・・
ゲスト・サカモト大使; 連邦切っての宇宙関係学の権威で、惑星間交渉にも携わっている外交の専門家。アカデミー時代ピカークは彼の授業を履修したが、直接の担当教官ではない。ちなみにピカークの担当教官は某著名文豪のご親戚。なおホンゴウ社会犯罪者養成所の元経済学部長ムツゴロウは彼をアカデミーから放逐した張本人だが、先のお二人とは全く無関係なので念の為(なお機関長の友人とも別人なので、念の為)。
第1話 「そうはうまくは・・・・」
第1章
恒星日誌:宇宙暦65780865408765.2
私が情死したクリントン船長の後任としてハーレムに着任して、
早いものでもう一月がたとうとしている。船のシステムはすこぶる順調-
あと懸念されるのは乗組員とのコミュニケーションだが、こちらの方は
時間が解決してくれる事だろう。我々は現在惑星カオスにおける和平調停
の仲介役の任にあたるべく、ファジイ星系を目指している。
現在ハーレムにはサカモト連邦特使が乗船なされている-
彼はアカデミーでの私の教官でもあった人物で、それだけにすこぶる難しい
(もっとも講義を履修しただけだが- 何でも私のアカデミー入学には
反対していたそうだ)。ヤレヤレ。
チャイムが鳴った。私室で恒星日誌を口述していたピカークは、スイッチを切った
「どうぞ」
そこにはドクターがいた。彼女は比較的長身で、整った瓜実顔にきらきらと光る眼差しが何とも言えない。しかしながら問題が2つあった- ひとつは彼女が殉職したピカークの親友の未亡人である事。もうひとつ、その面影に似合わず彼女は幹部士官の内でピカークに次いで年長であり、実にやりにくい事だ。
「おはよう。入っていい?」
組んだ指を立てて 「駄目と言っても、きっと入るでしょう。」
ドクターは極めて機嫌良く、目の前の椅子に座った。
「ぼつぼつ話し合った方がいいんじゃないかと思って。」
「何を?」 極めてわざとらしく、とぼけ返す
何時もの噛み付き顔が出る 「お互い、休戦しないかってこと。」
「君と戦争していたつもりはないね- 何か勘違いしていたんじゃないか。」
この顔が見たかったのだ- 彼女は口を尖らした 「とぼけないで- あなたこの一月、明らかに私を避けてたわ。何かわだかまりがあるのなら、任務に支障がない今の内に解消しておくべきだと思うけど。」
ピカークはやっと真摯に身を乗り出した 「わだかまりがないと言ったら嘘になる -理由は言うまでもないだろう -ただ-」
「ただ?」
何時もの癖で演説をする前に息を吸い直す 「君が嫌いな訳じゃない。」
どうやらこのセリフ、効果あった様だ- ドクターは手を差し出して来た
「じゃぁ、仲直り。」
わざとらしいくらいの笑顔を添えて、ピカークは握手を返す。ドクターは極めてご機嫌に、そして優雅に腕を戻した。
「所で- これは本来カウンセラーの職分なんだろうけど・・・・」 彼女は若干怪訝な顔をした 「私とあなたとの事は私自身実の所そう懸念はしてないの・・・・でもね・・・・」
間髪入れずに突っ込む 「副長と僕との関係だろう?」
ドクターは驚いて見せた 「伊達に船長をやってる訳じゃないわね・・・・釈迦に説法だったかしら?」
「いやいや、ご指摘感謝するよ・・・・いかんせん彼女はアカデミーをトップで出たエリート。僕は、クビ寸前を何とか切り抜けた出来損ない。彼女に見くびられるのも当然だろう。しかしながら、ドクターと船長が対立的なのは船にとっていい刺激になるが、副長と船長がそれでは洒落にならない- と、言いたいんだろう?」
「ご名算。」 彼女は立って、座っていた椅子を手で支えた 「彼女の尊敬する人物像って、知ってる?」
「いいや、残念ながら。」
「『生命力のある人』 ですって。」
ピカークは爆笑した。我が辞書には全くない文字だ。
「解決法は、貴方が実力を見せ付ける事ね。」 クビをすくめて 「もっとも、そう言うのって貴方のカラーじゃないけど。」
「まぁせいぜい、ブリッジにいる時には僕のパフォーマンスに合いの手を入れてくれ- 『スッゴーイ!』 とか 『カワイイ!』 とかね。」
ドクターはまた呆れ顔に戻った
噂をすれば- チャイムが鳴り、部屋に副長の声が響いた。あの美女の唯一の欠点は、しいて言えば、このくぐもった鼻声だ。
「船長、ファジィ星系に到着しました。ブリッジにおい出願います。」
めぐばせしたピカークとドクターは、にこやかに部屋を出た。ひとつ懸案が消えたのだ- 何よりである。
お馴染みのギャラクシー級艦のブリッジは、凡そそれが宇宙艦隊旗艦のひとつである事を感じさせないラウンジ風のデザインである。馬蹄形の後部戦術コンソールに颯爽と構えるのは、保
安主任だ。短く整った髪とボーイッシュな風貌は、後輩の女子からたんまりとラブレターを貰っていたに違いないそれである。有難い事に彼女はピカークに対し、それなりに一目置いてくれている様だ- リフトから現れた彼に、元気一杯の笑顔で挨拶がやって来た
「おはようございます!」
「おはよう。」 今度は作り笑顔ではない
ピカークは馬蹄形のコンソールの左側からスロープを伝い、指令席の左隣に位置する席に突き当たった- そこに座っているのが、カウンセラーである。彼女の地球人離れした美貌はベタゾイド人とのクゥォーターの成せる業であり、同時に彼女に弱いテレパスをももたらしている。柄に似合わず長身の彼女は、実に品良くピカークに微笑んだ
「おはようございます」
「おはよう」 極めて丁寧な笑顔を返した- 本気である
さてやがて、かの懸案がやって来た。指令席に座る前に、その右隣に毅然と構える人物と対峙する- 彼女が副長である。どちらかと言うとまだあどけなささえ残る風貌だが、その厳しい面持ちからは知性と気品が伺える。ピカークは顔を崩さず先に口を開いた
「お早よう」
「お早よう御座居ます」 彼女も全く崩れない 「0800時、全艦異常ありません。惑星カオスまでほぼ1時間です。大使をお呼びしますか?」
「いや、艦内時間に慣れてらっしゃらないだろうから、もう暫くいいだろう。ありがとう。」
ピカークは指令席に、副長はその右隣の副指令席に座る- これでカウンセラーと副長と、正に両手に花の何時もの三拍子が揃った。
「船長!」
ブリッジ中に威勢のいい声が響いた- その声の主は、メインスクリーン向かって左に位置する運航管理席にいるアトムである。彼女はアトム型のアンドロイドで、 (水道橋と言うのは実際にタレントに居るくらいメジャーなギャグなので、更に隣の) 秋葉原博士によって作られた。しかし博士は、現在消息不明である (まぁ天馬博士にしろ光明寺博士にしろ、アンドロイドの産みの親と言うのは物語当初は消息不明が相場なのである)。 凡そ少女漫画のキャラでモチーフされているので、やたら目がきらきらして少年ぽい。
「僕は変だと思います! ファジイ星系はカーデシア領域に接する重要地点に位置しているのに、発見されたのはほんの数年前です。確かにこの宙域には、カーデシアの手前探査困難であったのと近くのクェーサーの影響で長距離センサーが効きにくかったと言うハンディがありましたが、それにしても妙です!」
ピカークは頷く 「確かに私もそう思った。」
間髪入れず副長が突っ込んだ 「噂では星系全体がずっと紛争状態であった為、何らかの遮蔽効果が作用していたのではと言われていますが、真偽の程は定かではありません。」
「彼らにそんな科学技術があったのかな?」
「今度の任務にはその調査も含まれています- 勿論紛争調停に寄与し、星系全体を惑星連邦に加盟させようと言うのが本部の狙いではありますが。」
「やれやれ、平和主義者だったロッテンベリー卿が亡くなってから、やたら紛争だらけだ・・・・遮蔽装置をロミュランから技術貸与される何でもありの世の中で、エピソード・ワンをとやかくは言えまい。」
ピカークはアトムが席を離れて突っ立っているのに気付いた
「アトム、こんな所でいいかな?」
「ちょっと納得出来ませんが、副長のセリフから事情は飲み込めました- ありがとうございました!」
彼女が再び運航管理席に着くと、副長の珍しく優しい声が届いた
「今日はご機嫌なのね、アトム?」
アトムが早速返す 「ご機嫌? 僕は何時も元気ですよ。副長も今日は化粧の乗りがとてもいいですね!」
自分の右半身方向の気温が一挙に消滅するのを、ピカークは感じた。こう言う時は、逃げるが勝ちだ。
彼はアトムの右隣の操舵席に構える操舵長に命じた 「操舵長、惑星カオスまでは推力1/4。その後、先方の指定宙域0q88で待て。」
「了解」
彼女に関しては、実の所ピカークも余り詳しくはない。解っているのは、猫系の表情を持つ比較的さっぱりした性格の美人である事と、DS9のオブライエン機関長の嫁さんと同郷だと言う事だ -何処だったっけ- そうだ、クマモトだ。
立ち上がったピカークは、一切横を見ないで続けた 「副長、私は待機室に居るので指揮を頼むぞ。」
その言葉を待ってました、とばかりにカウンセラーが受けた 「あたしも!」
ピカークとカウンセラーは、ブリッジ向かって左脇に位置する船長待機室に飛び込んだ- まぁ、副私室みたいなものだ。中には、ピカークの趣味である連邦艦船のプラモデルが所狭しと並べられている。
「副長、ご機嫌損ねると長いんだから」 カウンセラーは息絶え絶えだ 「アトムには、あれほど言っておいたのに!」
「仕方ないだろう・・・・アトム自身は、あれでもお世辞のつもりなんだよ。」
ピカークは自席に、カウンセラーは机を隔てた椅子に腰を据え向き合う- たまらない瞬間だ。
「さてと・・・・何も、控えめそうでその実自己顕示欲の強い副長から逃げ込む為だけに、ここに来た訳ではないだろう・・・・用件は何かな?」
「大使の事です- 船長とはアカデミーで何かおありになったとか。」
「いや別に・・・・単なる教授と学生にしか過ぎないよ。」
途端に、カウンセラーのちょっとブルーがかった瞳が乗り出して来た -これにはかなわない- 山さん百人とカツどん百杯に匹敵する威力がある。ピカークはややあって万歳をした。
「わかったよ! 君のカウンセラーは、正に天職だ。話しましょう・・・・話しましょう・・・・」
カウンセラーの顔に悪戯っぽい笑みが浮かぶ 「これから大使と組んで交渉事を運ばなければならないでしょうから、そうして頂ければ助かりますわ。」
「しかし、改まった所で吐露すべく事も余りない。彼が私のアカデミー入学に対し 『評論家になるに過ぎないのでは』 とコメントした逸話とか、英語の授業がチンプンカンプンだったとか、彼に関してはその程度しかない。問題は、彼がアカデミーを去った後に色々あった事だ。」
「詳しくは知らないんですけど、何でも一時期は研究者として残るよう希望されたとか・・・・」
「そうなんだ-」 ピカークは何時もの癖で、制服の上着の皺を整えた 「宇宙関係学でね・・・・考古学じゃないよ・・・・しかしながらトラブル続きで、今ここに居る訳さ。サカモト大使に関しては、良くしてもらった方だ。彼は一癖あるが、ルールはそれなりに守る男だよ。君も巧くやれるさ。」
「ならいいんですけど。」 カウンセラーは可愛らしげに肩を竦めた
そこでまたもや副長の声が部屋を木霊する 「船長、サカモト大使がこちらにお見えです。」
良かった- 声からしてご機嫌宜しい様だ 「伺いましょう!」
2人はブリッジに戻る。
かの大使は後部コンソール群の前で、何やら思案気に立ちはだかっていた。しかし入室したピカークを見つけると、ここぞとばかりに口火を切った。
「やぁ 『アマちゃんのジャム』、相変わらず筋を通してババを引かされたか。いいか、あのムツゴロウ教授に論文を握り潰されたお前さんがあんな意見書を学長に提出したにもかかわらずこうしていられるのは、ここが24世紀だったからで、20世紀の日本だったらお前さんはアカデミー放逐で家賃もろくに払えず路頭に迷い、おまけにムツゴロウはいまだに学部長としてホームページで何事もなかったかの様に微笑んでいる事だろうよ。生まれた時代に感謝するんだな。」
テレパスでないピカークでも、背後でカウンセラーが笑いを堪えているのが良く解った 「ご勘弁願えませんか、先生。」
もう70を過ぎたと思われるその男は、意気盛んである 「フン、でもまぁお前さんは未だましな方だった・・・・例のヨモスエのアカデミー入学に関しては、全く開いた口がふさがらん。」
ピカークは笑顔で返した 「同感です。」
「さてとピカーク、」 大使は真摯な顔を見せた 「宇宙関係学者としてのお前に、今度の件を切って貰おうか。」
「そうですね・・・・ファジイ星系における惑星カオスと惑星フラクタルの対立はここ数百年に渡っていて、双方譲る気配がない。文明の程度は我々より二百年ほど遅れており、ワープ航法が発明されてはいるが何故か双方とも星系を出てはいない・・・・戦争の影響かと思われます。問題は、この星系が発見されたのがたった数年前で、その際ポチョムキンがアプローチしたものの戦争を理由に星系外で追い返されたが故に、殆ど資料がないと言った所ですかね。この度連邦に紛争調停を申し込んで来たのも突然で、相変わらず何も資料がない。本部ではカーデシアの罠だと睨んで、私の様なぼんくらを送った -但し調停役の大使には、一流所を押さえてね- こんなとこですかね?」
最後のゴマスリが効いたのだろうか、サカモトはちょっと機嫌良く答えた 「それでは中学生の作文だが、残念ながら本当にその程度しか解ってはおらんな。」
しかし、一言余計な事をピカークは付け加えてしまった 「先生もたまには現場をご覧になって、ご自身の立派な理論との照会をなさるいい機会と思われます。」
「フン! お前さんに講釈される筋合いではないわ!」
サカモトはきびすを返すと、本当に出て行ってしまった。
アトムが不必要に元気な声で言った 「船長のお世辞、とっても良かったのにどうしたんでしょうね。」
ピカークは溜息をつく 「アトム、君の陽電子辞書のお世辞に関する定義は改変しておいた方がいいと思うぞ- ついでに俺のもな。」
操舵長が報告した 「船長、惑星カオス付近の指定宙域に到着しました。」
「よし、完全停止。」
「完全停止。」 操舵長が復唱する
「宇宙チャンネルオープン!」
「チャンネルオープンしました」 通信士も兼ねている保安主任が答えた
「さてと・・・・」 ピカークは不敵だ 「いよいよだな。」
第2章
スクリーンに現れたのはカオス星のダレガ大統領だった。ファジイ星系ではフラクタル星人にしろ、皆昆虫から進化したらしく、ギョロ目と長い触角が特徴だ。
「貴方が惑星連邦の代表ですな・・・・確か、ピカーク船長?」
「はい、私がU.S.S.ハーレムの船長、ジャム・トムキャット・ピカークですが、正規の代表は連邦のサカモト大使が勤めます・・・・今席を外していますが、後のレセプションでは合流出来ると思います。ダレガ大統領ですな- 取り敢えず惑星連邦を代表して特別のお計らいに感謝します。右に居るのが当艦の副長、左に居るのが交渉仲介役のカウンセラーです。」
彼女達は、さり気なく会釈する
「所で事前のお話ではフラクタル星のアイム首相も、ご一緒と伺っておりましたが。」
「そうなんです・・・・我々の星で一度双方のみで事前協議を行う予定でしたが決裂しまして・・・・」
ピカークは顔を曇らせた- 予想通り、のっけから波瀾含みだ。
「それではどうでしょうか・・・・当方の予定では、2時間後に当艦にて双方の代表を交えたレセプションを設けるつもりなのですが、如何ですか-」 笑顔を添える 「何か他に、ご予定がおありですかな?」
良かった- 先方も笑顔を返してくれた 「勿論です船長、フラクタルが応じなかったとしても必ずお伺いしましょう。」
「ありがとうございます。それではのちほど。」
通信は切れた- ピカークは早速カウンセラーをかえりみる
「印象は?」
彼女は怪訝な顔をした 「何かを隠している様です・・・・でも、ある程度の誠意は感じられますわ。」
「難しい答えだな。まぁ、隠し事のない交渉なんぞありっこないし、ここは構えずに臨もう。」
その時丁度リフトのドアが開き、機関長が入って来た- 彼女は実に品のある面持ちで、機関室の様な凡そがさつな場所には似合わぬ風貌である。ドクターについでピカークとは旧知の彼女は、機関管制コンソールのスイッチを入れながら気さくに笑顔を向けて来た 「おはよう、ジャム! ワープエンジンは今日もご機嫌よ。」
こう言うさわやかな挨拶が日々の糧なのだ- さっきまでの空気は何処かに吹っ飛んだ。
「機関長、マジでエンジンをウォームアップしといてくれよ。俺の勘だと意外に使う自体が生じそうだからな。」
「了解!」 何時もながらに洒落た笑みだ。
更にリフトが開いてサカモトが帰って来た。ブリッジは再び緊張感に満たされた。
「みんなご機嫌を損ねて退室したと思っておるな・・・・なぁに、トイレにいっただけじゃよ。」
「先生、トイレが何処にあったか良くご存知でしたね- 我々でさえ知らないのに。」 ピカークが受ける
「フン! 蛇口の水道は蛇じゃよ。」 凍り付く様なギャグだ 「所でトイレのモニターで見ていたが、フラクタルの連中の所へは赴けんかな?」
「そうしようと思っていた所ですが一応は人の家なので、先ずは仁義を切りましょう。」 保安主任を向いて 「フラクタルの首相官邸に、チャンネルオープン」
「オープンしました」 即座に保安主任。
そこには見た目先程のカオス星人とは見分けの付かない昆虫人が、実に意地悪そうに構えていた。何やらものを食っているのか、モグモグ言っている
「私がアイムです。ピカーク船長、先程のダレガとの通信、傍受してましたよ。約束を破ったのは奴の方だ -だから私は奴の星には行かなかった- 殺されてはたまりませんからな。」
ピカークが話を切り出そうとした途端、サカモトが割って入った 「私が連邦のサカモトだ・・・・お前さんがアイム首相かね。言っておくが凡そ他人の家の揉め事とは言え、容赦はせんぞ。」
全く不適切な開口一番だ- ピカークは慌てて割って入った
「大使はその・・・・妥協はせず実に真摯な態度で交渉に臨むと言っている訳です。どうです総理、2時間後に我々の船でレセプションを設けるつもりなのですが、ご列席頂けないでしょうか?」
「いいでしょう・・・・やつらも貴方の船では手出しは出来ないでしょうからな。それでは、のちほど。」
何とも素っ気無い返事だ・・・・ともあれこれで、めでたくハーレムでのレセプションは執り行なわれる事になった訳だ。
しかし一方で全くめでたくない御人がいた 「わしの言葉をさえ切りおって、お前何考えとるんだ!」
「大使、ここはモーゲンソー理論の実験室ではなく、実際の惑星間交渉の現場なんです・・・・事件は教室ではなく、現場で起きているんです。」
「その言葉お前さんにそっくりお返しするよ・・・・フン!・・・・現場未経験はおんなじこったろう。」
ピカークは絶句した< -痛い所をつかれた- しかしながらそれは彼の望む所ではないのである。救われたのは意外な人物がフォローしてくれた事だ- 副長だ。
「大使、船長は確かに晴れ舞台に立たれた経験は希薄かもしれませんが、無能は無能なりに一生懸命なされています。ちょっと可哀想ですわ。」
素晴らしいフォローであった。
「まぁいいだろう・・・・今日の所は副長に免じて勘弁してやろう。だがレセプションでは手を抜かんぞ!」
一体何を手を抜かないつもりなんだろう・・・・とにかくサカモトはその捨て台詞と共に、今度こそブリッジから去ってくれた。
「それでは・・・・歓迎式典の準備をせんとな・・・・保安主任、君をレセプションの責任者にする。」
彼女は明ら様に拒絶反応を示した- はっきりしてて気持ちがいい 「またですかぁ! やれ部屋がどうのだの、ゲテモノじゃないと食わないとか言われて、こないだなんか散々なめに遭ったじゃないですかぁ!」
「気持ちはわからんではないが、堪えてくなんしょ。」 ピカークは優しい
「はぁーい。」 どう見ても、喜んでいない様子だ。
「それと・・・・」 正面に向き直り 「カウンセラー、済みませんが一行を転送室で出迎えるので、礼服に着替えてご同行を。」
カウンセラーは微笑んだ 「喜んで。」
全く、嬉しい事を言ってくれる。今度は副長に顔を向け、
「会議の間にこの星系を徹底的に調査して欲しい。特に双方の軍事設備と、いざと言う時にこっちが逃げ出し易い様に星系内の安全なワープ・ルートを確定しておいてくれ。なお、パーティには是非ご列席を。」
そう言ったピカークは既にリフトに向かっていたが、副長の声がそれを留めた
「もう逃げ腰ですか?」
おそらくピカークは、その日最も真摯な表情を見せた 「副長・・・・確かに人に恵まれている君から見れば私は無能で逃げ腰かも知れないが、それを引け目に感じた事は一度もないぞ。」
流石に副長は閉口する- 一方ピカークは元の呑気な表情に戻って、楽しそうにカウンセラーと共にブリッジをあとにした。
着替え終わった2人は、再び合流して転送室へと向かっている
「・・・・U.S.S.ステーションでの君の後任のホワイトウッド少佐が地球で私の近所に住んでいてね。彼女も宇宙関係学を履修していたらしく、良く遭うんで一度私の論文を携えてステーションの様子を覗おうとしたんだが、ストーカーと思われてさっきの副長同様にべもなかったよ。」
カウンセラーが残念そうな顔をした 「それは申し訳ありませんでした。」
ピカークは笑って受ける 「君が謝る問題じゃない・・・・先方曰く『フリーじゃないんで、コメントには部長の許可がいる』んだそうだ! インタビューされるのには、馴れてないらしい。まぁ、彼女の立場も解らんではないがね。ステーションも大変だな・・・・環境問題では勇み足、副長は不倫でクビ- けだし20年前あそこの船長が同じ状況でしかも相手が手首を切ったにもかかわらず謹慎で済んだのが、昨日の事の様だが- まぁ、それら一件は、きっと存在を無視された私の祟りだろう。全く、何で君がご近所じゃなかったのか皮肉だね。」
カウンセラーは爆笑した 「私は船長と同じ区内でも残念ながらワンブロック隣ですし、件の副長よろしくステーションをクビになった者としては、何ともコメントの仕様がありませんわ。」
ピカークは優しくその言葉を受け止めた 「随所で君はそう謙遜しているが、出世してこの船に来たんだからもっと胸を張っていいぞ・・・・もっとも、ステーションとこの船とでは格が違い過ぎるがね。」
にこやかに彼女は返す 「あら、やっぱりあたしはリストラでここに来たのかしら?」
丁度転送室のドアに辿り着いた 「カウンセラー・・・・頼むから、君くらいはどうかお手柔らかに。」
転送室では、既に礼服を着用した保安主任と更にその横にはオスカーやイェロ-キャブにでもいそうな保安部員達がしっかりと脇を固めていた。そんな中で転送装置のコンソールに陣取るのが、最も若いアカデミー出たての士官である転送主任だ。彼女はピカークには見向きもしなかった- どうやら副長より重症らしい。まぁ彼女にとってピカークは、所詮オヤジ以外の何者でもないのである。
「船長、ダレガ大統領一行の転送準備が出来たよ。」
「宜しい・・・・転送してくれ。」
何時もながらのブーンと言う音と共に転送台にきらめくパターンが現れ、やがて数人の人物達を形作った。確かにファジイ星系では昆虫型が一般的な様で、2足歩行ながら彼らの手は4本あった。
「ようこそハーレムへ。」 ピカークは手を差し出す
「ありがとう、船長。」 ダレガは上の右腕を差し出した 「実際にお目にかかれて光栄です。我々は腕をクロスさせるのですが、確かあなた方は握るのでしたな?」
「ええそうです- しかしながらもしお気に召さないのなら、クロスさせるだけで・・・・」
だがダレガは、その言葉が終わらない内に至って優しくピカークに握手を返して来た。印象が悪くなろう筈もない。
「お心遣い感謝します。」 ピカークは仲間を紹介した 「カウンセラーは先程画面越しにご紹介しましたな・・・・こちらがご滞在中の身辺警護にあたる保安主任です。」
彼女は休めの姿勢を取りつつ、毅然と会釈をした。一方カウンセラーは、やや堅い表情で笑みを浮かべていた。続いてダレガが随行員の紹介をしたのだがどうも彼らの役職ははっきりせず、大統領以外は影が薄かった。
失礼にならぬ程の間を置いて、ピカークが切り出した 「さてとそれでは部屋にご案内します。我々はこれからアイム首相を迎えにフラクタル星まで赴かねばなりませんので・・・・」
ここで予想通りダレガからクレームが入った- しかしその内容は全く予想出来ないものだった 「船長、彼らと我々で唯一合意した事があります・・・・それはあなた方にこの指定宙域に留まって頂きたい、と言う事なのです。それはここが双方からの転送ビームが中継可能な場所だからです。私共の惑星にかなり寄っているのは、こちらの月の影響によるものです。どうか我々の部下に転送機をお貸し願えませんか。」
ピカークが口を開きかけた途端、副長の声が転送室に響いた
「船長、お邪魔して申し訳ありませんが、今フラクタル星から転送に関する座標設定はカオス星の技術者の情報に基く様に依頼がありました。但し、作業自体はこちらが執り行い先方は同室しない様に、との指示です。」
今度はピカークの声が転送室に響いた 「ありがとう副長、グッドタイミングだった。」
何も言わずダレガはにこやかに部下に指示し、転送パネルに向かわせた。ピカークはピカークで、転送主任にパネルから退く様に目配しした。彼女はちょっと顔をしかめながらも、ダレガの部下の作業を監視し始める。作業は口を挟む余地もなく、彼らの4本の手を以って瞬時に完了した。
「これで準備は万端です・・・・どうぞ、彼らを迎えてやってください。」 部下に言葉はなく、大統領がそう告げた。
「かしこまりました。それでは部屋までご案内させましょう。」 今度は保安主任に促す 「それではのちほどレセプションで・・・・この艦を気に入って頂けることを期待します。」
「ありがとう、船長・・・・それでは。」
ダレガ一行は保安主任の先導で、転送室を後にした。
「ふぅ。」 汗を拭う 「外交事はどうも馴れないな。」
「何これ~」 転送主任が叫んだ 「かなりいじられてんじゃん! やだ、これ!」
疲れた表情でピカークは転送パネルへ向かい、転送主任と代わった。暫くコンソールをいじっていたが、ややあって彼は声を張りあげた 「アトム!」
ブリッジのアトムから返事が返る 「はい、船長!」
「転送装置のシュミレーションをそっちに送るから、情報と安全を確認してくれ。」
「了解!」
数分の間、転送室には緊張した空気が満ちる。ピカークが作業を終えると、殆ど間もなくアトムの声がやって来た。
「転送装置自体に異常はありません。彼らは転送ブースターのバイアスに直接手を加え、フラクタルの転送ビームのバッファに合わせた様です。只、座標設定に何らかの暗号フィルターが被さっていて、こちらから直接その位置を確認する事は出来ません。取り敢えずは、安全に転送出来ます。」
「ありがとう、アトム!」 まぁ、アトムの分析なら間違いないだろう。
「しかし、船長」 カウンセラーが眉をひそめた 「敵側の座標設定をそこまで詳しく知ってるなんて、ちょっと変だわ。」
「色々事情があるんだろう・・・・敵同士だが基本的星系外防衛構想においては一致しているケースは良くある事さ。それより、直接会ってどうだった?」
彼女は肩をすくめた 「変わり映えなし。結局、謎だらけ。」
ツッコミを彼女に返そうとしたが、転送パネルがフラクタル一行の転送準備終了を知らせてい
た。ピカークは了承の信号を送った後、コンソールを転送主任に譲る。丁度、保安主任が帰って来た。彼女の表情からして、お客様のご機嫌は悪くなさそうだ。
「いかがでしたか?」
「感じの良い人達でしたよ。快適な部屋だって、船長に伝えて欲しいって。」
「そりゃ、良かった。」 本当にピカークは喜ぶ。
さて懸案の転送装置が再び光を浴び、今度はフラクタル星の一行を恐らくかなりの長旅を経て運んで来た- 彼らは星系内に転送中継機を設けているのだろう。しかし残念ながら転送室の空気は一変した- カオス星の一行がその昆虫然とした風貌を全く感じさせなかったのに比べ、フラクタル星のそれは全く昆虫そのものの雰囲気をかもし出していた。キモワル。
「貴方がピカークさん・・・・アイムです、どうも。」 彼は近付いて来るとカウンセラーの手を取り、ぺろりとなめた 「これは綺麗なお嬢さん。」
流石のカウンセラーもこれには参ったらしく、笑顔を忘れて硬直している。いきり立って飛び出そうとする保安主任をピカークは手で制した- 飛び出したいのはこっちの方だ。
「ようこそハーレムへ、アイム首相」 可能な限りの作り笑顔で 「彼女はこの船のカウンセラーです。そしてこちらが保安主任・・・・これから何かとお世話をさせて頂く者です。」
「ああそれなら」 アイムの触手がうごめく 「腹が減っているので、部屋の方にクリンゴン産の生のガーグと地球産の生きのいいゴキブリを、山盛り運んで頂きたい。」
保安主任はピカークにのみ顔を向け、『お願い、やめさせて』と言う懇願の表情を見せた。しかしピカークは気付かぬふりをして作り笑顔に更なる磨きをかけた
「生のガーグは無理ですが、ゴキブリならば私の部屋に腐るほどいますから、直接転送させましょう。全てのおもてなしはこの保安主任が責任を持って致しますので、何なりとお申し付けを。」
保安主任はピカークにガンを飛ばしながら 「どうぞこちらへ」 と、ものを言わぬフラクタルの連中を案内して行った- どうやら貴重な味方を一人失ったらしい。
「平気ですよ-」 カウンセラーがフォローした 「彼女は、内心任務だと割り切ってますから。」
流石カウンセラー、ピカークの懸念は見透かされていた。
「ただし-」 一文加わる 「ちょっとほっぽりっぱなしかなぁって、気はするけど。」
「なぁに、君の公認ファンクラブ、たった一年でほっぽった連中よりはましさ。」
笑顔付きとは言え、かなり不味い返しだった- カウンセラーは、何も言わずに出て行ってしまった。
また一人、味方をなくしたらしい。
レセプションとは言え、若干の食前会議は外せない。だがそれは、全く詰まらないうえに双方平行線のままで何の成果もなかったので、ここでは省略する。ともあれそのあとで、懇親会がラウ
ンジ「テンフォワード・サクラ」で開かれた- ハーレムの凡そ最も突端にあって、腕を十字に掲げ目を閉じて佇む縁起でもない若いアホ士官どもがあとを絶たない場所である。ピカークは礼服のままドクターをエスコートし、会場に現れた。ドクターはお得意の芸者姿で、何時になく機嫌がいい。
「ほんとはカウンセラーをエスコートしたかったんじゃないの?」 意地悪くドクターは尋ねた 「子持ちのおばさんで差し支えなかったのかしら。」
「そう嫌みったらしく言いなさんな- 彼女はご承知の通り熱愛中だ・・・・こっちがちゃちを入れる暇はないさ。」
ドクターは、くりっとした目を余計に輝かせた 「あら、開き直っちゃってるわけ!」
「知ってるだろう・・・・私がこの船の指揮を任されたのは、処女以外に興味がないからだ。」 かく言うピカークはちょっと暗い表情を見せた 「しかしこのホロデッキのオーナーも含めて(著者註:本作品は友人のミュージシャンのHPに連載されていました)、
何でミュージシャンはヒデと言う名前ばっかりなんだ? 他に能がないのか!」
「あら結構怒ってるよ、この人-」 男に突っ込みを入れる色気は、このドクターの右に出る者はいない 「ねぇピカークの旦那、ちょいと頭にきちまってんじゃないですか?」
「そう言うおめぇも、最近子持ちの役ばっかりで若けぇのに嫉妬してるんじゃねぇのかい。」 ピカークは返す 「もっともそこらへんの三十路女と比べたら、おめぇさん、随分と艶っぽいけどよ。」
「あらやだ!」 ドクターは思いっきり扇子でピカークを引っ叩く 「とんだお世辞・・・・何にも出やしませんよ!」
だがこの2人の楽しい漫才は、突然のけたたましい叫び声に遮られた- 慌ててピカークが駆け付けると、そこには例のウェディング・ユニフォームを着た副長がフラクタルの一群を睨み付けている光景があった。
「どうしたんだ副長?」
「この人たち-」 まるで化け物を見る様な表情で副長は怒鳴り散らした 「身体さわりまくるんですよ!」
不思議そうにフラクタルの一群は言った 「我々は相手の体にいかに触れるかで親愛の情を示すのだが、君達は違うのか?」
ピカークはにこやかに割って入る 「皆さんの慣習は非常に羨ましいですが、同じ事を私が副長にしたら即刻殺されると言う事だけは申しておきましょう。ともかくヒューマノイドの女性には手を触れない方がいいと思います。」
「全く冷たい方々だ」 彼らはぶつぶつ呟きながら退散する 「カオスの連中みたいだ・・・・」
「副長-」 何時になく気遣いを見せる 「平気かね?」
「ありがとうございます、船長」 彼女も殊勝だ 「どうも触られるのだけは苦手で・・・・鳥肌立っちゃうんですよね。」
「なるほど、不感症か!」
張っ倒されたピカークは、端のカウンターまで吹っ飛んだ
ややあってカウンターの椅子にしがみ付くと、有難い事に優しい声が響いて来た
「大変だったみたいね。でも、副長ももうちょっと貴方に心を開いたらいいのにね。」
その声の主は、このラウンジのママである。彼女は全滅したエルオーリア人の生き残りで、民間人が故にこの船においてはいい聞き役として、さながら第二のカウンセラーの役目を担っていた。ピカークにとってもオアシスである事には変わりなく、今そこに幸運にも辿り着いた彼はやっとの思いで椅子に座り、弱々しく声を発した
「ママ、何時ものやつ」
ママは言われるか言われないかの内に、赤い液体の入った冷えたカクテルグラスを差し出した
「はい、ウォッカマティーニのアールグレイティ割り。シェイクせずステアね。」
「結構。」 出来る限り若山弦蔵の声を真似る。
気付くと隣には、頼みもしないのに医療用トライコーダーをかざしたドクターが座っていた 「大丈夫、大丈夫。肋骨が一本折れてるだけ。」
続けてメディカルキットから結合機を取り出すとピカークの胸に当て、再びトライコーダーをかざし表示を確認したのち背中を叩く 「よぉし! 直った!」
やっとピカークがカクテルグラスをすする頃、ママが口を挟んだ 「ねぇやっぱり、未だあの事が尾を引いてる訳?」
「あの事って?」 ドクターが突っ込む
「あの副長はね、昔この人がだまされた女にそっくりなのよ。おまけにその女はヨコハマに住んでたんで、ヨコハマ銀行の前は未だに避けてるの。だから、接する時に腫れ物に触る様になっちゃってるのね。」
「はぁ~」 ドクターは明らかに楽しんでいる 「本命は、意外な方だったんだぁ・・・・でもねぇ、彼女もフォーカスされたばっかりだしね、」 カウンターに三つ指をつく 「本当にお悔やみ申しあげます。」
「2人とも、憶測でものを言うのはやめてくれないか」 不機嫌極まりない 「俺だってその点に関しては、考えない様にしてるんだから。」
「まぁ貴方の悪い所は、土壇場で父性が強くなっちゃう所よね。」 ドクターは手厳しいなんてもんじゃない 「女なんてものは『優しい人が好き』なんて言いながら野獣の様に牙を剥いてる奴に惹かれるのよね。ああ、切ないわぁ。」
「まるで見て来た様ね、ドクター」 ママが切り返す 「確かにこの人の背中には、『人畜無害』って張り紙が必要だわ。」
完全に居たたまれなくなったピカークは、遂に席を立った 「失礼する・・・・ホスト役が本業で、酒の肴になってる暇はない。」
「いってらっしゃ~い」
ママとドクターがハモった- ドクターの初勤務以来の仲、その結託は疑う由もない。
カクテルグラスを手にしたピカークが向かった先は、決してカウンターよりも安住の地とは言えない・・・・そこには正に口から泡を飛ばさんばかりのサカモトと、それを挟んでのダレガとアイムの睨み合った二人がいるのだ。
第3章
それは、サカモト達に至る道半ばの事だった- ブリッジで指揮を執っている筈のアトムが、盛んに手を掲げてこちらに近付いて来たのだ。
「船長! 船長!」
ピカークはやむを得ず、アトムの方へと足を向けた。彼女はお決まりのはつらつとした身のこなしで、相い対して来た。
「どうしたんだ指揮は?」
「どうしても航宙艦を指揮してみたいと言う、ナイフを持った青年に任せてきました- それよりも、これを見てください」
彼女はピカークに、報告用ボードを手渡す- それは前以て指示しておいたファジイ星系の概要図だった。彼は暫くボードに見入る。
「アインシュタインが若しこの星系で一般相対性理論を検証していたなら、クソ論文と握り潰されていただろうな- こんなめちゃくちゃな重力場で良く恒星系が保てているな。」
アトムは我が意を得たりと悦にいる 「ああ、それは船長が論文を握り潰された故事に基いたジョークですね。」
ピカークはシラケ顔だ 「そんなつもりでねーべ。」
「それは失礼しました」 アトムは顔をしかめた 「これら二つの事象の相関性は、私が検証した所・・・・」
これもまたお決まりで手で制す 「もういい」
「済みません・・・・」 殊勝にアトム 「本当に冗談と言うもののデータ分析は難しいです・・・・」
そっちの気でボードと睨めっこしているピカークだが、ややあって口を開いた 「ダミーフィールドもありそうだ。」
「先方も当然、こっちが気付く事に気付いているって事ですよね。」
「御意。これは、機関室で改めて分析するに限るな。」
「先ず自然現象とは考えにくいので、懸案の遮蔽効果との関連性が見えて来ましたね。」
その時突然並み居る人々をかき分け、ちどり足の保安主任が近付いて来た。手にはしっかりと一升瓶が握られている- ああ、また始まった!
「せんちょ~ ちょっと、せんちょ~!」
このシュチュエーションでは何処かに逃げるのは無理だ・・・・ピカークは仕方なく彼女を辛うじて支える事にした
「せんちょ~、何であたしがあんなカブトムシのお守りしなきゃならないんですか! そりゃぁせんちょ~の命令ですもん、いやとは言えませんよ・・・・でもね、あたしだってちょっとは仕事選びたい
ですよ- あついっ!」
顔を真っ赤にした保安主任は、制服のホックに手をやった- 間髪入れずピカークはその手を抑えると、辺りに作り笑顔をばら撒いた
「いや~、結構なお日和で。」
向き直って保安主任に 「君は脱ぎグセ・キスグセがあるんで、あれ程自重する様頼んでおいた筈だ!」
アトムは、そんな保安主任の様子に興味津々と言った感じだ 「船長、これがいわゆる酩酊状態と言うものですね。」
途端に保安主任はアトムに抱き付き、頬っぺたにキスをする 「アトム、ダイスキ!」
たじろいだアトムは目をぱちくりさせていたが、おもむろにひょいと保安主任を抱きかかえた
「船長、この辺りが限界と思われますので、保安主任を部屋まで送りたいと思います。」
「そうしてくれ。」 ピカークは頷きながら、何時ものセリフを取って付けた
保安主任を抱えたアトムが十歩ほど扉に向かって歩いた頃だろうか、思い出した様にピカークは叫ぶ
「何もするんじゃないぞ! あとで尾を引くぞ!」
珍しく不機嫌な顔のアトムが怒鳴り返した 「僕はフェムボットです! そんなレズって最悪じゃないですか!」
「そうだった」 ピカークは安堵した 「そうだった」
彼はふと手に持ったアールグレィ・マティーニを思い出し、一口すすると顔を歪め、ポイッと放り投げる- 全く、こんなものどこがウマいんだ!?
さて顔を作り笑顔で取り成し、今度こそ会場で一際目立つサカモトとダレガとアイムの三人の所へとやっと到着した。そこは泡唾が飛ぶ、それこそ修羅場だった。
「やぁお三人とも、盛りあがっている様ですな。」 何とも間の悪い登場だ 「私も加えさせて・・・・」
途端に話勢い伸びて来たアイムの触手で、ピカークはまたもやブっとんだ
「それは違うぞ! お前達がファブロスに最初に前哨基地を作ったんじゃぁないか!」
「何を言うか! 貴様達の方が先じゃないか! いいかげんな事を言うなっっ!」
サカモトが割って入る 「そんなどうでもいい事にこだわってどうするんだ! お前達は平和を望んでるんだろう! もっと真面目にやれっ!」
やっと立ちあがったピカークは、さっき痛めた肋骨をさすった- 情けないったらありゃしない。
憤懣やるせないダレガがついに口火を切った 「サカモト大使、今度の交渉が巧くまとまるべく黙っていましたが、もう我慢も限度だ- この際はっきり言いますが、アイムは連邦加盟に関し我々と共同歩調を取るふりをして、その実カーデシアとも通じているのです。」
その衝撃の告白に、場内は水を打った様に静まり返った。
ややあってサカモトが憤然としてアイムの目前に立ちはだかる 「本当なのか?」
「とんでもない言いがかりだ」 しかしそう言明するアイムは確かに狼狽していた 「何のつもりでそんな難癖をつけるんだ! 不愉快極まりない! 我々は帰る!」
きびすを返したアイムはそのまま随員に合図し、ピカークの取り成す暇もなくフラクタル人全員あっと言う間にラウンジから消えうせた。
釈然としない空気の中残された人々だったが、不思議な事に暫くしてそれがあたかも予定のセレモニーであったかの様に歓談が再開された。だが只一人サカモトだけが不満気にたたずむ風景を、ピカークは見逃さなかった。
深夜の機関室。カオスを含めた昆虫人達を全て送り返したピカークは、僅かな深夜当直のみが残るそこに機関長を探してやって来た。実際の所ハーレムの中でピカークに突っ込みを入れないのは、超お嬢様育ちの彼女だけなのだ。決して甘えるつもりではないのだが、何処かになくしてしまった何かを持ってくれている人である。今その御人は、パネルの前で何やら真剣な表情で構えていた。随分経ってから彼女は、声も掛けずにただずんでいるピカークに気付く
「なぁに、声ぐらい掛けてくれてもいいじゃない・・・・気持ち悪い」
だがその表情は笑顔で一杯だった・・・・ここが彼女の他の士官達と違う優しさなのである。
「えへん」 咳払いする 「やっぱりアトムのパズルを解いてたのかな?」
「最初に気付いたのは、わたし。」 芝居がかって手を腰に当てる 「この星系に入る時に重力場異常に気付いて予定より早くワープを切らせたのは、わたし。貴方はブリッジにいなかったらしいけど。」
そうだ、カウンセラーと話し込んでたんだっけ。
「それは知らなくて済まなかった・・・・で、どう言う偽装が成されているのか解ったかな?」
「ぜーんぜん。解っているのは、自然現象ではないって事だけね。これらの複雑なフィールドが一体何処から発生して、何の目的で張られているのか、皆目見当が付かないわ。」
「凡そ数ヶ所の中継装置で賄われているんだろう。それにしても、発生源は何処だ?」
「カオスやフラクタル自身じゃないわね。これだけ高階のテンソルとなると、ぴったり合った値を入れて見付けるしかないわ。」
「君の事だから、もう既にその作業に入ってるんでしょう?」
「もちろん!」 隣のパネルを手を広げて紹介する 「この通り!」
そのパネルにはとんでもない数の数字が泳いでいた 「全ての組み合わせを終えるのに、ハーレムのコンピュ-ターを持ってしても四日はかかりまぁす!」
「と言う事は、やっぱり人力でヒント部分まではパズルを解く必要がある訳だ。」
「早く終わらせたければね、そう言う事。」 茶目っ気たっぷりの仕草が加わる
それを見たピカークはやに深刻になって、黙り込んでしまった。機関長の顔からも笑顔が消え、
怪訝そうに彼を覗う
「どうしたの? お疲れ?」
「いいや、そうじゃない。深夜までの残業、手当てもないのに感服した次第さ。」
「何言ってるの? 何時もの事じゃない。」 笑顔が戻り顔を覗き込む 「本当は何なの?」
ぽつりとピカークは言った 「前に、君のもらうラヴレターの殆どが自分の存在自体を認めてもらいたいと思ってる連中からだ、と言っていたよね。」
「ええ・・・・」 機関長はちょっとはにかみながら、素直に事実を認めた 「まぁ、隠しても仕方ないから・・・・でも、ラヴレターと言うよりは相談みたいなものよ。」
「どちらにしても・・・・」 何時もの深呼吸が入る 「その中身には感心しないね・・・・満たされない若者が沢山いるって事だ。」 ちょっと笑顔で 「わたしなんぞは、その典型だがね。」
ピカークの妙な言動に面食らった機関長だったが、更に彼は彼女を軽くハグするとそのまま機関室を出て行ってしまった。
「どうしちゃったんだろう・・・・もう若者でさえないのに・・・・」
一人取り残された彼女は、もうひとつ難しいパズルを抱え込んでしまった様だ。
翌朝、何となく早く起きたピカークは、早速コンピューター相手に昨日のパズルと格闘を始めた。程なくして -と彼は思ったのだが、実際は1時間ほど経っていたらしい- 昨日同様チャイムが鳴った。また、ドクターだった。
「どう、朝食一緒に食べない?」
そう言えば腹が減っている 「いいよ、どうぞ」
ピカークはレプリケーターの前に立つと、椅子に腰掛けたドクターを見計らって注文を聞いた 「何にする・・・・あっ、但し朝から余りヘビーなものはお断りだからな。」
「勿論よ。気張っても仕方ないわ。」 ドクターはフランクだ 「あたしトーストにスクランブルエッグに、コーヒーをブラックで。」
レプリケーターのパネルに触れる 「トーストにスクランブルエッグにブラックコーヒー・・・・わたしはヨーグルトにシナモントーストと3分30秒茹でた卵に、勿論アールグレイティだ。」
ピカークが出て来たトレイを机まで運んで着席すると、ドクターは待ってましたとばかりに早速準備していたチラシを取り出した
「ね! 来月の公演演目 『絶望の青春』 で、不遇故に最後にキレてナイフとトンカチを持って暴れる青年の役が空いてるんだけど、貴方にぴったりだと思うの・・・・やってみない?」
ピカークは音を立ててナイフとフォークを置いた 「また芝居か! 何度も言うが私は私と言う役の演技で精一杯だ・・・・もう他にやるつもりはない。確かにレクリェーションとしての艦内公演は重要だし、君が演技派女優だと言う事も認めるが、一体医者の仕事とどっちを取る気なんだ?」
「勿論、女優。」
愚問だった
ピカークは呆れ顔で愚痴る 「はぁ! そのご熱心さには感服するが、去年見たバイアン提督との二人芝居はひどいもんだった・・・・セリフは陳腐、君はどうも不幸そうには見えないし、良かったのは仰られた通り美味そうに茹でるパスタだけだったよ・・・・」
今度はドクターがトーストにナイフを突き刺す番だった 「初めて副長の気持ちが解ったわ!! 詰まらない芝居でどうも済みませんでしたね!!」
慌てて取り成すがあとの祭だ 「いや、あれは脚本と内容に責任があって、全て君のせいって訳でもない・・・・ゲスなトレンディドラマよりは、数倍良かったよ。」
おかんむりのドクターは、椅子に横すわりしてトーストを口一杯にほうばっている。そんな状態が数分も存在した- まぁ、部屋を出て行かれなかっただけ有難いと思わねば。
トーストがなくなったドクターが最初に口を開いた 「いい事、教えてあげようか。」
まるで子供をあやす様な気持ちの悪い微笑みがピカークの顔を満たす 「是非お伺いしたいです。」
さっと向き直った彼女は結構真摯に言葉を並べた 「昨日テンフォワードで貴方にトライコーダーを向けたついでにゲストの様子も見てみたんだけど、センサーは彼らから転送用のビーコンと生命反応しか検出しなかったわ・・・・詰まり、彼らは自分達の生態反応をシャットアウトしているのよ。」
「カオスも、フラクタルも?」
「そ、両方とも。」
「それではと、」 ナプキンをトレイに載せ、既に空のドクターのトレイをも運び出す- 切れのいいタイミングだ 「ちょっと早いが、その面白い原因を探りに出勤致しますかな。」
「では、ご一緒に。」
それなりにオトナのドクターに、ピカークは感謝した。
さて、ブリッジにドクターと共に到着。まだ夜間シフトが抜け切ったばかりで、人はまばらだ。ドクターはさっそくサイエンス・ステーションへと謎を探りに向かい、ピカークは昨日が嘘の様にしゃんとしている保安主任に対した。
「平気かな?」
保安主任は本当に申し訳なさそうだった 「昨日はご迷惑をおかけしたそうで・・・・本当に申し訳御座いませんでした。」
「いや、ここの所只でさえ忙しい君に負担させてしまった私も悪いよ。私も酒は決して強くはない
から、同情し切りだ。気にしないでいい。」
どうやら得点を稼げた様だ- 彼女は感激していた 「ありがとうございます!」
些かすっきりして指令席に向かうと、丁度前方のリフトから副長がトレーナー姿で首にタオルを担いでやって来た
「あら、お早いんですね。」 まだ息せき切って汗が拭え切れていない 「済みません、こんな格好で。シフト確認をしたくてホロデッキから直接来たもので。」
「いや、構わんよ。規律を重んじる奴にろくな奴はいないからね。それにしても相変わらず精が出るな。ちょっとは私も見習ってやってみるか・・・・但し私は一人で走らないと、どうもペースが乱されて嫌なんだが。」
シフト確認をさっと済ませてドアに再び向かっていた副長は、そのセリフに一瞥睨みを入れたが、口元は笑っていた- 全く、こう言う時は機嫌がいいんだから!
途端にドクターが、耳元で蚊の鳴く様な声でささやく 「スッゴーイ。カワイイ。」
めでたくこれで、さっきのお返しをされた訳だ。
指令席のアトムは、すくっと立つとピカークに席を譲った 「お早ようございます。全艦異常ありません。」
「ありがとう- お疲れ様。」
そして朝が苦手なカウンセラーが、ちょっとけだるそうにやって来た 「あら、みんな早いんだ。」 ドクターや保安主任やアトムにも笑顔を向ける。
「何故かね-」 すっかりピカークは真面目になっている 「今日こそ、平穏だといいんだが・・・・」
しかしその期待は、瞬く間に裏切られた- 正に唐突に、保安主任から報告が入いる 「船長、サカモト大使の現在位置が特定できません。」
直ぐ様ピカークは叫ぶ 「コンピューター! サカモト大使の現在位置を知らせろ!」
コンピューターが返す 「サカモト大使は現在、ハーレムには乗船していません。」
「どう言う事だ? まさか・・・・」
正に、そのまさかだった- 保安主任の報告が、またもや飛び込む 「アイム首相からの緊急通信です!」
「スクリーンに!」 思わず駆け寄る
そしてそのスクリーンには、アイムのふてぶてしい顔が現れた 「ピカーク船長、実は先程こちらにゲストをお招きしたので、ご報告しようと思ってね。」
カメラがパンすると、そこには両腕を抱えられたサカモトの姿があった・・・・口にはバッテン印のマスクが張り付いている!
再びアイムの不気味な笑顔がやって来た 「さて、もう一人のゲストをご紹介しよう・・・・」
最終的にカメラの辿り着いた先には、ワニ系の顔のつもりなのだがどう見てもフランケンシュタインの怪物のメイクにしか見えないお馴染みの顔があった-
カーデシア人だ!
第4章
カーデシア人の登場は充分に予想出来ていた事とは言え、驚きは隠せなかった。気を取り直してピカークは、画面に対する。先方のカーデシア人は静かに会釈をすると、不敵に微笑んだ。
「私は第128カーデシア地域防衛隊のヤナヤーツ三佐だ。言っておくが我々は飽くまでも防衛隊であって、軍隊ではないので念の為。所でピカーク船長、今我々とあなた方は和平状態にあるのか、それとも冷戦状態にあるのか、それともそちらの三国連合艦隊にコテンパンにされたあとなのか、この様な辺境宙域ではいかんせん宇宙標準時の設定も定かではないので、是非教えて頂きたいのだが。」
ピカークはクロノメーターに目をやった
「どうやら冷戦状態の時で、連合艦隊作戦の前の様だ。」
「ありがとう船長。ではそう言うセチュエーションで構えよう。そしてもうひとつ、貴方が非常に不利な立場に立たされている事をお伝えしなければならない。」
おもむろに近付いて来たカウンセラーが、耳元でささやいた 「ヤナヤーツは見た目よりも自信がない様です- さしてフラクタルとの結び付きは、強くないんじゃないでしょうか。」
ピカークはニヤケている 「気持ちいいんで、もう一度言ってみて頂けませんか。」
カウンセラーにケツを思いっ切りヒッパタかれた
「不利な立場は何時もの事だ、三佐。」 めげずに声を張る 「私は先ず貴方がそこにいる理由をお伺いしたいし、加えてアイム首相には、我々がどうすればサカモト大使を返して頂けるのか、をお伺いしたい。」
「先ず第1の質問からお答えしよう」 しかしながらヤナヤーツは自信たっぷりに見えるから気色悪い 「当然我々カーデシア民主主義自由平等平和共和国は、同朋フラクタル星を侵略行為から守る為にやって来たのだ。それ以外の何物でもない。」
アイムが後を受ける 「第2の質問だが、話は簡単だ -惑星連邦がファジィ星系から一切手を引けば、サカモト大使はカーデシア政府経由で無事お返ししよう- どうかそちらの政府に宜しくお伝え願いたい。猶予はそうだな・・・・そちらの時間で6時間しんぜよう。カオスと話を持つのは勝手だが、若しカオスが戦火を切れば大使の命も保証の限りではない事だけは言っておく。それでは。」
通信は一方的に切れた。
ブリッジは、当然ながら静まり返っている。やがてカウンセラーが口を開いた
「やっぱり、アイム首相はつかみにくいわ。」
ドクターが割り込んだ 「案の定、お客さん方はみんな携帯式のシールドを付けてたみたいね・・・・それも時空間に直接作用する携帯式のものとしては、かなり性能のいい類いよ。きっとカウンセ
ラーのテレパシーが阻害されているのも、この高性能シールドのせいじゃないかしら。」
ピカークは腕組みをした 「とにかくファジイ星系には、かなり高度の偽装技術が存在すると言う事だな・・・・」 そして保安主任に向く 「取り敢えず本部に事情を説明してくれ。指示が帰るのに、ここからだとどれ位かかる?」
保安主任は手際良くボードをいじった 「1時間位ですね・・・・亜空間状況が良ければ。」
「解った・・・・取り敢えず打電してくれ。それからダレガ大統領にもチャンネルアクセスを申し込んでくれ。」
一連の会話の途中、制服に着替えてブリッジに来ていた副長が釘を刺した 「傍受が避けられませんし、カオス側に事情を伝えれば何をして来るか解りません。」
「隠していても仕方がないよ -それにお知恵も拝借する必要がある- 先ずは彼等に頼るしかあるまい。」
副長は不服そうだったが、ピカークは保安主任に打電を促した。彼等は補助席のドクターも含め、取り敢えず着席する。
程なく保安主任が返した 「ダレガ大統領は、今暫く交信を待って欲しいとの事です。それからDS9のプロバイダにアクセスした所、メッセージが二つ入っていました- ひとつは船長宛で本部からで、もうひとつはカウンセラー宛の私信です。」
「私のは、差し支えなかったら読んでくれ。カウンセラーのは-」 彼女に渡す
「ここのボードで見せてもらうわ。」 肘掛けを指した
「頼む。」 念を押す
保安主任はメッセージを読んだ 「マッコイ提督の葬儀に参加するか否か、と言う内容です。」
途端にピカークの表情は曇った 「当然お伺い出来ないな・・・・くれぐれも哀悼の意を表しておいて欲しい・・・・全く惜しい方を亡くした。」
副長が丁寧に尋ねた 「提督とはご面識がおありで?」
「いや残念ながら・・・・オリジナル・セブンで拝謁したのは、スポック大使だけだ。」
副長の顔色が変わった 「スポック大使にお会いになった事があるんですか!」
「随分昔の話だ。」 懐かしげにピカークは語った 「地元に来た時、1週間くっついて歩いたよ・・・・初日の記者会見での私の質問を気に入って戴いたらしく、数日後の本屋でのサイン会ではあちらから 『ヤァヤァ』 とお声を掛けて戴いた- 私の唯一の誇りだよ。もっともテレビに出演した時、たかって来た松本伊代の追っかけにはムカついたがね。」
「へ-え。」 すっかり司会者顔になった副長は、仕切りに感心していた- 若干得点を稼げた様だ。
「船長!」 私信を読んだカウンセラーは興奮している 「U.S.S.ステーションの船長が辞任なされたそうです! 噂してた通りだわ!」
ピカークは得意気だ 「伊達に社会科学者はやっていないだろう? 彼もそれなりに感じていたん
だな・・・・しかし潮時を見極める目を持っていただけ流石だ。」
副長が機嫌良く突っ込んだ 「ステーションの指令席を狙っているのは、ピカーク船長とみのもんたくらいですわ。」
「そう言えば」 ピカークは楽しんでいる 「こないだインタビューしたのは、君だったな。」
「それからとっても余計な事ですけど、ホワイトウッド少佐が入籍したんですって。」 カウンセラーは恐る恐るピカークの顔色をうかがった
「聞いたよ」 掃いて捨てる様な話っぷりだ 「あれだけカープ・カープと言いながら、その実他球団とは・・・・女は怖いねぇ・・・・」
思った通り、話を修正したのは副長だった 「所で、サカモト大使の拉致状況を調査したいのですが。」
「いけない・・・・忘れるとこだった」 保安主任にふり返る 「とにかく、侵入者があって連れ去られた訳ではないんだな?」
「はい、警備はばっちりでした・・・・しかし・・・・」 保安主任は若干顔をゆがめた 「0200時にサカモト大使が部屋を出て転送室に向かった、と記録されています。」
「やっぱりな・・・・」 ピカークは唇を噛み締めた 「転送室! 転送主任!」
「なぁに?」 けだるそうな転送主任の声がブリッジに響いた
「昨夜、サカモト大使が転送された記録はないか?」
「あっ、そのオジさんならぁ、あたしがフラクタルのこないだ設定した座標に転送してあげたよ。だってさぁ、ビトンのバッグくれたんだもん。」
「転送主任-」 実に厳しい態度で臨む 「-自室で1時間謹慎しろ!」
横から副長の睨み目が入った 「甘いっ!」
慌てて取り成す 「訂正、2時間とする。ピカークより以上。」
「大使自ら、何でまた?」 カウンセラーが尋ねた
「昨日のパーティでどうも消化不良な顔をしていたんだ・・・・先生の事だ、我慢出来なかったんだろう・・・・だから理論と実践は違うと言ったのに・・・・」
丁度そこに保安主任の報告が入った 「船長、ダレガ大統領が出られました。」
「スクリーンに。」 姿勢を正して
ダレガは何か疲れ切った様な表情だった「お待たせして申し訳ない、船長・・・・いかんせん、公務が貯まっていましてな。」
「大統領、こちらの不手際でサカモト大使がフラクタルに拉致されてしまい、加えて矢張り彼らがカーデシアと通じていた事が確実になりました。尽きましては、そちらに事件解決の為に是非ご協力を賜りたい。」
「承知しました・・・・そうですな・・・・どうでしょうか、船長、こちらにご足労願えませんかな?」
途端、副長がスクリーンに差し障りのない様、ピカークの足を蹴った- 彼女の言いたい事はわ
かるが、こちとらアマノジャクときている
「解りました。ご招待に甘んじ、そちらで対策を練る事にしましょう。」
「嬉しい限りです・・・・それではこちらから転送中継機の座標をお送り致しますので、のちほど。」
終始笑顔のダレガの映像は、消えた。
「船長!」 当然の事ながら、お決まりの副長の抗議だ 「断固反対です! 加えて中継機を通しての経由転送なんてもっての外です!」
だがピカークは嬉しかった- 彼女が、何のこだわりもなく送り出してしまう可能性もあったからだ。
「お気持ちは有難いが、先方からのご招待をむげにする訳には参らぬ。」 ドクターに 「そうだろ、ドクター?」
補助席から立ちあがった彼女はピカークの肩に手を掛けあごを載せると、副長に笑顔を向けた 「大丈夫よ、貴方の代わりにちゃんとお守りしておくから。」
カウンセラーが手を挙げる 「お守り、その二!」
ためらいながら保安主任の手も 「お守り・・・・その三・・・・」
ご機嫌なピカークの顔が、副長に向いた 「決まりだな?」
「せめて、本部からの指示を待たれたらいかがでしょうか。」 負けん気の強い副長は切り返す
「答えは凡そ予想が付くさ・・・・『大使の安全を図りながら、カーデシアの侵攻を防ぐ様に』ってね。直ぐ撤退しろとは誰も言わんでしょう- さっきの打電は飽く迄も報告に過ぎないよ。それに、猶予期間の6時間も迫っているし。」
それを受けての彼女のため息は、かなり長かった 「承知しました。でも、どうなっても知りませんからね。例えあなたが大使同様人質になっても、断固たる態度を取る時は取りますから。」
「御意。但し、出来る限り武力行使は避け、先方の指示通りこの宙域に留まる様に。」
「それは肝に銘じておきます。」 その顔は、確固たる意思に包まれている。
「アトム・・・・」 ビカークは若干冗談じみていた 「カーデシアの戦力調査をやっておいて欲しい- もっとも偽装工作でままならんだろうがね。それから・・・・副長はコケにされると注目される様にわがままを言い出すから、副官としてうまく補佐してくれ。」
アトムが元気良く返す 「わかりました!」
「・・・・更にと・・・・」 操舵長を向く 「操舵長、余りいじらないで済まなかった。」
「いいえ」 彼女は真摯だ 「かえってほっとしてます。いってらっしゃい。」
改めて副長に対したが、彼女は不機嫌そうだった- こっちはいじりすぎてて、当たり前か。
「それじゃ、留守をたのんます。」 残りの三人に 「さて、参りましょう。」
ドクターとカウンセラーは珍しくピカークと結託して副長に笑顔で手をふり、彼と保安主任と共にリフトに消えた。
終始苦虫を潰した様な副長は呟く 「あんな感じの悪い共演者、初めて・・・・」
転送室では機関長が数名のスタッフを従え、直々にパネルをいじっていた
「あれっ、どうしたの?」 入室早々ピカークは、はしゃぐ
「転送主任を謹慎にしたのは、あなたでしょ? それに中継機の座標なんて、私がいじらなきゃ危なっかしくてしょうがない。」
「そりゃそうだ。」 彼は笑顔だった 「恩にきるよ。」 転送台を示し 「登っていいかな?」
「いいわよ」 彼女は唯一その生業の証である男っぽい手でコンソールと変わらず忙しげに格闘している 「でも、どうしても中継機から先はつかめないわね。」
「それではと・・・・保険をかけておきますかな- コンピューター、」 ピカークは声を張る 「パターン・バックアップ・イン(プロではない!)ヒビットの解除手続きを頼む。」
「承認コードをどうぞ。」 と、コンピューター。
「ピカーク、承認コード2B2Bornot2B。」
「バックアップの個体名をどうぞ。」
「ピカーク、ドクター、カウンセラー、保安主任。」
「バックアップ解凍承認者と承認コードをどうぞ。」
ピカークは機関長に即した- が、彼女はちょっと躊躇した
「機関長、承認コード、0-0-マーク-0」
「インヒビットは解除されました」 コンピューターは相変わらず無愛想だ
「コマンドは副長じゃなくていいの?」 機関長が尋ねる
「命を預けるのは君の方が無難だろう・・・・彼女には、君から伝えといてくれ。」 ここでおどける 「まぁせいぜい、中継機にハエが紛れ込んでいない事を祈るよ。」
「ゴキブリだったりして。」 珍しくジョークが入ったが、直ぐに彼女は素に戻った 「気を付けてね。」
真摯に返す 「ありがと。」
残る三人も機関長に笑顔で挨拶し、若干言葉を交す。そして転送台に登り始めると、ピカークはさっとドクターに手を差し出した- これには若干訳がある。彼女はちょっと口を尖らせ、渋々ピカークの手を握りながら転送台に登った。
「よし、準備O.K.」 経由転送に身構える 「送ってくれ」
4人は何時もの様に転送台のきらめくパターンと化し、ハーレムを去った。
何せ安堵したのは、無事実体化出来た事だ。しかしそこは暗く、何かよどんだ空気が漂う場所だった。
「ようこそ、カオスへ。」 ダレガの声だ
「有難うございます、大統領-」 そこまで言いかけたピカークは、転送台がなんとなくぬめっている事に気付いた- ヤバイ!
「気を付けろ、ドクター!」
遅かった- 転送台から降りようとしたドクターは、物の見事に滑ってころんだ
「イタ-イ!」
ピカークは呆れ返った様に手を差し出す 「アトムだったらこう言うだろうな- 『ドクター、今月に入って124回、ハーレムに勤務なされてから826回目になります』ってね。」
ドクターは再び渋々手を借りると、睨めしく立ちあがった
「ころび習癖持ちで、悪うござんしたね。」
「いえいえ、何時でもわたくしめがお支えいたします。」 ピカークの執事の様なその仕草に、残りの二人がくすくす笑っている
「大丈夫ですかな、マダム?」 ダレガの気遣いの声があった
「ええ、何時もの事ですから。」 照れ気味に 「有難うございます。」
さて、4人は取り直してカオスの歓迎グループに面した- 目が闇に慣れるに従い、そこが一般の転送室とはまるで違ったコンサートホールの様な場所である事が解った。ダレガとその側近達は極近くに居るが、その他の軍隊とおぼしき歓迎行列が遥か向こうまで何列にも渡ってホールを埋め尽くしているのだ。転送台と思ったそこは、丁度演壇に当たる事になる。やがてけたたましい音と共に音楽隊の歓迎演奏が始まり、ハーレム一行は背筋を伸ばしてその栄誉礼を受けた。数分後、やっとダレガが手を指し、彼らは幕間から何処かに通じる怪しげな通路を案内された。その作りは所謂エイリアン・デザインで、ピカークは終始ドクターの手を握っていなくてはならなかったが、やがて、やっと数々のモニター群が居並ぶ作戦本部らしき部屋に到着する事が出来た。
「先ずカーデシアの動きですが、彼らの艦隊は6隻、我々の星系の辺境に位置しています。丁度ハーレムからは観測出来ない地点です- 我々も小惑星帯の食に阻まれて、発見出来たのは先程の事です。」 作戦本部とおぼしきそのせわしない空気の中、大統領は自らスクリーンを指して説明を始めた 「付近には数十隻のフラクタルの艦隊が居ますが、これは極めて旧式のものでとても脅威とは言えません。我々の考えでは、大使はこの艦隊群若しくはフラクタルの首都セントに監禁されていると思われます。」
「二つお伺いしたい事があるのですが、大統領閣下」 ピカークは殆どの名刑事がそうする様に、頭をかいている 「ひとつは転送中継機なのですが、あなた方はそれを一種スターゲートとしてフラクタルと共用していると言う事はないのですか?」
ダレガは激しく否定した 「とんでもない! あんな連中と交じり合う危険性など絶対に犯す気はありません! あなただって双方の中継機の座標が違う事を、先程の転送で確かめられた筈だ。」
あたり -ピカークはそれを知っていて質問をぶつけてみたのだった- そしてその次も。
「それではもうひとつだけ- この星系全体を覆う奇怪な重力場の目的と原因は、一体何なんです?」
カウンセラーが息を飲むのを感じた- 核心を突くのをいぶかしんだのだ。しかしピカークは、全く構わぬ風である。流石の大統領もこれには一瞬たじろいだのが、ピカークにでさえ感じられた。
「あれは我々の先祖が起こした戦争に使われた時空間兵器の名残りです・・・・確か、あなた方の条約でもその種の兵器は禁じられているとか-」
「確かに」 ピカークはうなづく 「カーデシアも調印しています。」
「それはよかった」 大統領のその言葉は、自分の対応の手際の良さに当てたものらしい 「あの種の兵器は、後の事を考えると迷惑千万ですからな。」
こうして丁度会話が一区切りついた時、突如右側のパネルに閃光が走り、オペレーターが勢い吹っ飛んだ。ピカーク達や大統領は身を伏せ難を逃れたが、何人かの側近達は軽い怪我を負った様だった。この好機に、ドクターは間髪入れず怪我人に飛び付き、ピカークもさもシステムの安定に寄与するふりをして環境コンソールらしきボードでアクセスを開始した。しかし、その2人のパホーマンスは即座に他の要員によって丁重に阻まれた。無論抵抗する訳にもいかず、2人はこれまた笑顔で身を引いた。
「お恥ずかしい所をお見せして誠に申し訳ありません- 皆さんお怪我は?」 大統領は、矢張り取り乱している
ドクターがトライコーダーを全員にかざしながら答えた 「お蔭様で、全員ぴんぴんしてますわ。」
「本当に申し訳ない。当方コンピューターのオーバーロードの様で、お恥ずかしい限りです。大使の安否を気遣うお気持ちごもっともですが、ここが片付いて救出の妙案がうかぶまで、僭越ながらご用意させて頂いた部屋でお休み頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
丁度良い- 自前の作戦会議が開きたかった所だ 「結構です。しばらく休憩にしましょう。」
「それでは、どうぞこちらへ。」
ピカークらは随員に案内され、余裕でゲスト・ルームへと向かった。
ワンブロックほど歩いて、ゲスト・ルームに到着。そこは丁度ハーレムのブリッジ程のスケールで、ベットが6つ置いてある質素なワンルームだった。真っ先に保安主任がトライコーダーで盗視聴装置を伺い、次から次へと物陰に指をさして行く。一方ピカークはと言うと、随員にチップを渡したあと船長専用ブルゾンの下に付けていた絹の青いフェイザー・ホルスターをベッドに置き、バーカウンターへ向かうとゴードンジンを見付けグラスにあけ、その実飲みもせずにみんなの所に得意気に持って来た。ドクターとカウンセラーは、その仕草に呆れ返って見入っていた次第だ。
「船長、」 保安主任は近付くとそんなピカークに耳打ちした 「この部屋はとても自由にすごせる状態ではありません。」
フンフンと頷いたピカークはグラスをドアのセンサーの前に置き、開けっぱなしでさっきの随員を追っかける。
「確かに呼び鈴の類いは、見当たらないわよね。」 ドクターがぼやいた
廊下の向こうから随員に話し込むピカークの声が返ってくる 「・・・・済まんが我々は男女別々の宿泊施設を取るのが習慣でね・・・・しかも船長が部下と一緒なんて我慢ならんので、私だけ別にVIPルームを用意して欲しいんだが・・・・」
やがて話が済んだピカークが帰り際ドアのセンサー止めに置いたグラスを取った丁度その時、副長の声が胸の通信記章から響いて来る
「ハーレムよりピカーク船長へ」
ピカークは待ってましたとばかり、記章を叩いた 「ピカークだ」
「船長、カーデシアとフラクタルの艦隊が第8惑星の影から出現しました。今の所、こちらからの呼び掛けに返答はありません。」
保安主任が盛んにゼスチャアで盗視聴を警告したが、ピカークは笑顔でそれを制した 「知ってる。さっきこちらの作戦室で状況は報告してもらった。取り敢えずは先方と話し合って、その宙域に留まっていて欲しい・・・・指示に変更なしだ・・・・いや、ひとつあった- 副長、君は何を着ても似合うが、頼むからクリスマスツリーを頭にかぶるのだけはやめてくれ。ピカークより以上。」
怪訝な顔をしている3人に、ピカークは飄々とかえす 「さて、私は部屋変えしてもらおうかな。」
第5章
こちらは、ハーレム。ピカークと通信し終わった副長は、やがて入電して来た 「カーデシアの侵攻を防ぐと共に、大使の安全を図る様に」 との全くピカークの示唆そのままの本部からの電文に、苦虫を潰した様な顔をしていた。彼女は後部コンソール群の前を、腕を組みながら何するでもなく只往復している。
見かねたアトムが声をかけた 「報告を船長に伝えるべきではないでしょうか。」
「内容をご存知なもの、わざわざ傍受覚悟で送る事はないわ」 やっと立ち止まる 「この次、ついでがあったらね。」 そう言い放ち、彼女は指令席に腰を据えた
副長はピカークの人の不幸を一手に引き受けた様なあの心の貧しさに嫌悪感を抱いていた
-しかも彼には何処かそれを楽しんでいる節がある- 自分は恵まれている方だが、それでも事がうまく運ばなかった頃、アフターファイブを謳歌する友人達に羨望の眼差しを向けた頃もあったのだ。だが心の不遇と共存しているピカークに対し、これまた全く方向の違う羨望を持ち合わせる自分も同時に存在し、彼女はそれでまた腹を立てていた。
「副長、」 保安主任の代理でコンソールに立つかわいらしげな少尉が告げた 「カーデシアのヤナヤーツ司令官から視覚通信です。」
「スクリーンに」 副長は平静を装い、画面に対した
ヤナヤーツは、相変わらず薄気味の悪い笑顔をうかべていた。彼は副長を覗いて、開口一番こう言い捨てた
「ほう、宇宙艦隊では不況であぶれたオバさんをパートで雇っているのかね・・・・関心せんね。」
副長はかなりムッと来ていたが、ここは我慢のし所と、ぐっとこらえた。なめられてはならない- 彼女はない胸を普段の2倍は張った。
「私は、ハーレムの副長です。現在船長は事情があって不在です- 今後交渉は私が担当します。お聞かせ願いたいのは、その様な徒党を組んであなた方が一体何をなさろうとしているのか、です。」
スクリーンの脇には、刻々とハーレムに近付くカーデシア=フラクタルの連合艦隊の様子が映し出されていた。
「そうさな、副長」 ヤナヤーツはにこりともしない 「侵略者に対する当然の防衛行為だ・・・・そうは思わんかな?」
余りにもステレオタイプな応答だ- 副長はイラついたうえにうんざりしていた。
「とにかく我々に侵略の意図はありませんし、ましてカオス・フラクタル双方に対し中立の立場を取っているのであって、カオス側に一方的に組みした覚えはありません。貴国カーデシアと我々連邦も現在は紛争状態にはないのです- そちらの艦隊の即時解散と、連邦・カーデシア双方
のファジイ星系からの同時撤退を提案します。」
アトムが副長を凝視した- ピカークの指示にはない内容だったからだ。
「話にならんな。取り敢えずはそちらが先に撤退せねば、サカモト大使の人生にあと5時間ほどで重要な事態が生じると言う事だけはお伝えしておこう- それでは。」
通信は切れた。
アトムが何時もの様に忌憚なく尋ねた 「確か、同時撤退に関しては船長の指示はなかったと思いますが?」
「解ってるわ・・・・私は全権を委任されているんだから、この程度裁量の範疇よ。」
たまたま事務処理にブリッジに来ていた機関長が、若干怪訝な顔で近付いて来る 「ジャムに一応聞いてみたら? あの人はそう言う事に別に目くじら立てるタイプじゃないけど、無視されるのだけは嫌いみたいだから。」
副長はかなりはっきりと、機関長に意思表示をした 「あの人も、本部の指示を待とうとはしなかったわ- その点に関しては、委任された私にはちょっと分があると思うけど。」
「解ったわ」 機関長は、いやな顔ひとつせずその言葉を受け取った 「でも御願いだから、あの人とは仲良くやってね。」
彼女はそう言い残してブリッジを去った。
「同感です。」
アトムもそう言って運航管理席に戻った。
「全デッキ非常警戒体制!」
副長の声が響き、警報が鳴り響く
「以後、武器管制を保安コンソールから運航管理コンソールに移します。」
先程の若い少尉はやや面食らっていた様だ。しかし、流石に副長は笑顔でフォローした
「ごめんなさい・・・・あなたの技量を信頼しない訳ではないけど、ここは経験豊かなアトムに任せたいの・・・・あなたには、このまま先方との通信業務に集中してもらいたいわ。」
「解りました。」 彼女はにっこり微笑んで納得を表した。
「了解。」 こっちは面食らったままのアトムの声だ。
かねてより不満だったブリッジのレイアウトのひとつに手を加えご満悦な副長は、指令席の前に立ったまま毅然とした態度を変えようとはしなかった -別に突っ張っていたい訳ではない- 只どうしてもあの男が、有能な指揮官とは思えなかっただけだ。
「戦闘体制にでもなれば、かなりのスケジュールになる・・・・みんな、今の内に休んでおくんだ。」
「はぁ~い!」 おとなしくベットに入った彼女達は、ピカークの指示に従い布団を被った。
消灯を見届けた彼は、先程の侍従と共に新しい部屋へと向かう。しかし、その歩みはほぼ2分程
で止まった。
「しまった! トライコーダーを忘れた! 済まんがここで待っていてくれないか。」
彼はそう言うと一目散にもと来た道を取って返し、20分近くも経って案内役の男自身が探しに戻ろうとした頃だろうか- ばつ悪そうに再び帰って来た。
「面目ない・・・・道に迷った。では、改めてまいりましょうか。」
目的の部屋はそこから更に数分先の所にあった。丁度屋内庭園の中に位置するバンガロー風の建物だ- なるほどVIPルームと言った雰囲気である。
「ありがとう」 ピカークは案内役のその男に笑顔を向けた 「え~っと、お名前くらい伺っておきましょうか。」
「私は、副大統領のカーゲ・ロウです。」
ピカークは驚いた- どう見ても大統領の侍従か秘書にしか見えなかったからだ。
「これは失礼しました・・・・てっきり私は・・・・」
彼はそれに慣れっこの様で、動じてはいない 「いいんです。存在感のなさは自覚してますから。それでは、これがカードキーです。ルームサービスは無論24時間体制なので、どうぞごゆるりと。」
キーを渡すと、彼はさっさと戻って行った。
見渡した所、簡単なホロシステムが備わった庭らしい。ピカークは声を張った
「コンピューター、夜にしてくれ。」
途端に風景は夕刻から夜へと瞬く間に変化した。ピカークはそのバンガローの扉にカードキーを差し込み、中に入る- すると部屋の明かりが付いて、奥から保安主任を先頭にカウンセラーとドクターが現れた。
「この部屋の盗視聴装置は、全てブロックしました。前以ての事で、故障か準備不足としか思わないでしょう。」 トライコーダーと共に保安主任
「まぁ、一人しかいないからいいだろう、と先方が思ってくれれば勿怪の幸い」 ニヤリっとして 「さて、作戦会議だ。」
「全く換気溝なんか通らせるから、制服がドロドロよ」 ドクターがぶちまける 「まだ先方がこちらに策を労しているとは限らないんだから、ここまでやる必要はないんじゃないの?」
「どう思う、カウンセラー?」 ピカークがふる
「明らかに労してます」 カウンセラーは断言した 「さっきの事故の時、彼らが我々に対して何かとてつもない芝居をしようとしている意図を感じる事が出来ました。警戒するに越した事はありません。」
「こっちは残念ながら余り収穫なしよ。」 今度は元気なくドクター 「只、彼らの体組織データーだけはつかめたけどね。それから、かすかながら弱まった携帯フィールド越しに大統領のサンプルも取れたけど。」
「なぁに、立派な収穫だ・・・・俺のに比べれば。」 得手にしていたが、心なしかピカークは疲れた様だった 「肝心な情報を拝む前にシャットアウトされちまった・・・・しかし、だ・・・・ヒントまではつかめたんで、これからそれを確かめようと思うんだ。」
「何をなさるつもりなんですか?」 カウンセラーは、それなりに殺気を感じたのだろうか。
「今度は部屋変えじゃなく、完全に消えるのさ。俺のカンが正しければ、大使の救出は然程難しい事じゃない。それより気懸りなのは、ハーレムの方だ。」
「よっぽど副長の事が心配らしいわね。」 ドクターは珍しく真面目腐って言った
「乗組員の査定をするのがふさわしい場とは思わないが、正直彼女には行動力と度胸があり過ぎておっかない。それでいて考えている様で考えてない所があるから、尚更だ。」
カウンセラーが肩を竦めた 「誰かさんとは、完全に反対ですね。」
「お褒めに預かり痛み入ります。只ここにいる皆さん方とは違い、彼女は指揮系統の人間だ・・・・権力にも必然的に近い・・・・視聴率に迎合してしまったセキグチ艦長の元での副長経験も危惧される所だし、税務署の片棒担ぎとなるとこれはもう末期症状だ。」 ピカークはポツリと付け加えた 「カーデシアの挑発に乗らなければいいが・・・・」
さて、こちらは再びその懸案のハーレム。再度ブリッジに戻った機関長がアトムと並んで後部コンソールで重力場の謎を検証していた。
「セクターA-26から48まではワープは無理だわね。マーキングをお願い。」
アトムがそれを受けて恒星系図にルートを書き込んでいる 「了解・・・・しかし変ですね。」
「どうしたの?」
「こうなると、我々が安全な戦術を取る事は非常に難しくなります・・・・先方の艦隊はこちらの脱出ルートを丁度ふさぐ形で来ているんです。彼らがその情報をフラクタル側から受け取っている可能性は勿論考えられますが-」 アトムは機関長に顔を向けた 「問題は袋のオブチになってしまう様なこの場所を、なぜカオス側が待機所に指定したか、という点です。」
「アトム・・・・それを言うなら 『袋のねずみ』。」 やんわりと諭す
「ああ、失礼しました。ねずみにしてはちょっと肥えてますね。」 (著者註:この作品は1999年度に書かれたものです- 第2話第2章参照)
機関長はそのオヤジギャグをするりとかわした 「でも全く無理って訳ではないわ・・・・偶然そうなった可能性も残っているわよ。」
アトムは暫く考え込んだ 「確かに・・・・そうも言えます。」
「何かあった?」
副長だった。アトムはちょっと体をずらして、彼女に星系図を披露した。副長は何時もそうする様に、口を半開きにしてしきりに感心している。
「これは完全にチェックメイトだわ・・・・機関長、重力場に影響されずにしかも彼等のいない方向からここを抜け出すのは無理?」
「さっきも言ってたんだけど、手がない訳ではないわ。ディフレクターを調整して重力波パルスを発生させ、抜け道を作る方法。こっちも若干とばっちりを受けるけどね。」
その時、副長の通信記章が鳴った 「ピカークより副長へ。」
副長は胸を叩く 「私です。」
ピカークのくぐもった声が聞こえる 「しかし前から思ってたんだが、何故この通信機は連絡先を告げる前に相手に通じているんだ?」
「そんな事はどうでもいいです」 おかんむりである 「まだなんか用でしょうか。」
アトムと機関長は顔を見合わせた
「まぁ、そう言いなさんな。凡そもう連絡出来ないと思うから、ご挨拶までだ。いいか、くれぐれもカーデシアの挑発にはのるなよ。もしやむを得ない時は、こっちにもタクシーを呼んで欲しい。」
「船長-」 副長はここで若干の誠意を見せた 「本部からの返答はおっしゃられた通りでした。それからカーデシアにはこちらとの同時撤退を提案しておきましたが、構わなかったでしょうか。」
「報告してくれただけ涙が出るね・・・・何にも言わずに事をやらかしてケツまくった女がどれだけいた事か- あなたの方が社交的なんだから、どうぞご随意に任せますよ。所で、そこに機関長はいるかな?」
彼女は通信記章を叩いた 「ジャム、あたし。」
「パズルは解けたかな?」
「いいえ、まだよ。あと2日位はかかるわね。」
「もしビンゴになったら、そこでそれなりの処置をとる様に副長に言ってくれ。」
「わかったわ。」
「それから- パキスタンの少年には、かなり罪な事をなさいましたね。では、ピカークより以上。」
機関長は目を細めてしまった。
「ま、何時も嫌味な捨て台詞を残すのは、あの人の思いやりかもね」 内輪に向けられた攻撃に、自らが賞賛された事もあってか副長は珍しくにこやかだった 「でも、パズルって一体なに?」
咳払いしたアトムが、ちょっと考え込んでしまった機関長に代わって答えた 「この星系を覆う重力源を特定する作業です。詰まり船長は重力源の特定作業が済み次第、そこに行って謎を探る様に指示なされた訳です。」
「なるほどね。」 納得した様だ。
「副長、敵艦隊が射程距離内に入って停止しました。」 操舵長だ。
その声を受けてアトムがディスプレイで布陣を確かめた- 見事に予想通りだ。その表示を一瞥した副長は、指令席に向かった。
「光子魚雷並びにフェイザー、臨戦体制! フォースフィールド全開!」
アトムが運航管理席に戻りながら承諾する 「了解!」
副長は指令席についた 「ヤナヤーツを呼び出してちょうだい。」
驚くほど素早く、ヤナヤーツはスクリーンに現れた 「何かご用かな?」
「ヤナヤーツ司令官、この状況は明らかに挑発行為です- 連邦とカーデシア間の条約に違反しています。今一度警告しますが、そちらの艦隊を即刻解散させてください。」
「残念ながらそれは無理だな。そんな事よりそちらが撤退する方が先ではないかな・・・・あと2時間ほどだが、君の様な何にも考えてないオタフク女には何にも出来ないだろうがな。」
立ちあがった副長は拳骨を握り潰していた・・・・我慢・・・・我慢・・・・
「いくら挑発しても、こちらはのるつもりはないですから。おあいにくさま。」
「別に挑発しているつもりはない。そちらこそ芝居はやめた方がいいんじゃないか・・・・ああ、申し訳ない・・・・君の様な大根では、そんな込み入った芝居はとうてい無理だろうな。」
しかし副長は変わらなかった
「司令官、あなたこそ見え見えの猿芝居はやめた方がいいんじゃないの? 連邦をここから追い出そうとしても、そうはいかないわよ。」
「それはどうかな。」 その不気味な笑顔に一層磨きがかかる 「あ、そうそう、ひとつ質問してもいいかな? 副長のその様子では地球人のメスがどうやって子供に授乳させるのか皆目見当がつかないのだが、良かったらどうするのか是非教えて頂けないだろうか?」
副長の歯ぎしりが、ブリッジ中に響き渡る
「それからもうひとつ-」 ヤナヤーツはここぞとばかりにスクリーンに身を乗り出した 「-お前の名前自体が、我々カーデシアにとっては宣戦布告の様なものだ・・・・生まれもってのテロリストが艦隊士官とは、これいかに!」
「・・・・フェイザー・・・・フルパワー・・・・」
うめく様な副長の声がどんよりと伝わる- 最初アトムは、それが空耳かと思った
「はぁ?」
「聞こえなかったの! フェイザー・フルパワー!! 光子魚雷もしこたまぶち込んでやりなさいッ!!」
「しかし、副長・・・・」アトムは気弱げに返した
「ウルサ~イッ!!」
「了解!」
次の瞬間、ハーレムはまるでシャンデリアの様な輝きを放った
ピカークは、やっとドクターがなぜ愚痴ったか訳が解った- 確かにその換気溝はススだらけで、とてもジェフリーチューブの様にスマートにはいかなかったからだ。おまけにトライコーダーを掲げながらの歩腹前進だったので、やりずらいったらありゃしない。
「一体、何を見付けてるんですか?」 そのすぐあとを這うカウンセラーの顔は、既に羽子板で相当負けた様である。
「それは見っけてからのお楽しみ」 彼の言葉は若干余裕を失っている- と、その時 「あんれまぁ!」
ピカークのケツにいきなりぶつかったカウンセラーは、思わず悲鳴を飲み込んだ 「何ですか、突然止まったりして!」
「あれを見ろよ・・・・」
ピカークのわき腹から顔を覗かせたカウンセラーは、前方に接合部を発見した- どう見ても人一人やっと通れる程しかない。
「まぁ我々はO.K.だろう」 ピカークはカウンセラーと顔を合わせ、そして二人そろって視線を後方に向けた 「しかし-」
その後方からやって来たドクターと、その次の保安主任が止まった 「どうかした?」
「接合部が、かなり厄介だ。とりあえず私とカウンセラーで通ってみるが・・・・」
「言いたい事は解ってるわよ」 何時もの様に声を荒げてドクター 「どうぞお先に。」
そこでさっそく穴をくぐり始めたピカークだったが、言うに反して腹の所でつかえてしまった。
「うわ~い! ジャムがジャム(詰ま)った!」 一本取り返したドクターが喜ぶ
「冗談言ってる場合じゃない・・・・どうにかしてくれ!」
どう考えてもカウンセラーしか手は貸せない- 彼女はいやいやピカークのケツを押し出した。不幸中の幸いにも、ピカークは比較的簡単に抜けられた。結合部の向こうはかなりスペースがあるらしく、彼は向き直ってカウンセラーに手を貸し返した。彼女は当然ながら、するりと抜け出す。問題は次からだ。
「さてと・・・・二人のうちどっちが先か、だが・・・・」
「まるで踏絵よね。」 憤懣やるせないドクター 「いいわよ、あたしが先にやるわ。」
「待った!」 ピカークが突っ込む 「誰かさんが屈んだ看護婦姿に思わずOOしたと言う、保安主任が先です。」
「カウンセラー、」 憤りを隠せない保安主任 「代わりに蹴っといてください」
「はぁ~い!」 可愛らしい蹴りを入れられたピカークは、かえってご機嫌であった。
「でも、ジャムの意見は正しいわね」 ドクターは脇を空けた 「あなたが先よ・・・・だけどこれはあくまでもグラマーと言う意味ですから、気に病む事はないわ。」
しぶしぶ保安主任はドクターの脇をやっとの事で接合部に辿り着き、頭を通す。そして、両手をピカークとカウンセラーに引っ張られお尻をドクターに押された彼女は、叫び声と共にやっとスポンと穴から抜け出た。次はドクターだったが、意外とスリムで後ろから押される必要もなく難なく通り抜け、またもやピカークのカンが当たったセクハラ顛末記はこうして無事完結した。抜けた先は座るくらいのスペースが十分あり、暫しの休憩と相成った。
だがそれはほんの僅かの間で、数分のちにピカークは休憩終了の合図を入れた。みんなは休みたそうだったが、時間もないのでそうもいかない。今度は屈む程の余裕のあるスペースの中、再び進軍が続いた。程なくピカークの歩みが止まり、彼は全員に人差し指を口にかざして沈黙を促し、そっととある金網越しに表を覗き込んだ。そこは外部とは遮蔽されたボックスの様な場所で、警備員らしき何やらライフルを肩に担いだ男とそしてもう一人いかめしい昆虫人が、二人で話し込んでいた。天井越しではあるが、そのいかめしい昆虫人が誰であるかは直ぐに解った-
アイム総理だ!!
スクリーンに映し出されたヤナヤーツは、それこそ満面の笑みを浮かべ叫び声と共に総攻撃ののろしをあげたか、に見えた- しかしその後でやって来た事態は、全く彼の予想に反したものであった。
ハーレムに連射されるまでもなく、カーデシアの艦船は後方のフラクタル艦隊の集中砲火を食らったのである。結果的に挟み撃ちとなったカーデシアの艦隊は、一番前方にあったヤナヤーツの旗艦以外木っ端微塵に吹っ飛んだのだった。
呆気にとられたのは副長も例外ではない- 彼女は当初何が起こったのか、事態を把握する事さえままならなかった。最初はハーレムを狙ったものの誤射ではないか、と思ったが、追撃されさ迷い撃破されるカーデシア艦を目の当たりにし、ようやく事態が呑み込めた。彼女はとっさに決断する
「転送室! 残っているカーデシア艦隊の生存者を残らず収容して! 保安部員を即刻各転送室に配置! カーデシア人を医療室に速やかに連行する様に! 操舵長! カーデシア艦隊が蹴散らされたとしたら四時方向に爆雲が発生している筈よ- そこを抜けて第6惑星の安全圏から法定速度ぎりぎりワープ5! ファジィ星系を一端出ます!」
「了解!」
次の瞬間ハーレムは通常空間から見る者にとって7色の虹と化し、あっと言う間に姿を消した。
「一体、あれはどう言う事なんですか?」 保安主任が声を荒げる
「答えは・・・・まぁ、ご覧こうじれ。」 そう言い残すとピカークは金網をはずし、先ずはライフルを担いだ男に飛び掛った 「ジャム・ピカーク、只今参上!」
不意をつかれたその男はひっくり返り、反撃の暇もなく気を失った。一方のアイム首相は腰のホルダーに手をやったが、これもまた保安主任の鉄拳を食らい床にのされてしまった。ピカークは得意げに、手をぱっぱと払う。
ふと見あげると、天井裏にはカウンセラーが残っていた。にこやかに、ピカークは両手を広げて
その換気口までやって来た。
「全くあのジェイムズ・カークでさえもう2度とやりたくないと言った空中散歩をやってのけた君が、何でこんなたかが3メートル程の高さでびびってるんだ・・・・仕方ないな・・・・オジさんがさっそく受け止めてあげよう。」
だがしかし慌てて割り込んで来た保安主任に押しのけられ、ピカークはだらしなく床にこれまたコケてしまった。無論カウンセラーはその保安主任の手を借り、無事換気口をあとに出来たのだが。
ばつ悪く立ちあがった先には、アイムにトライコーダーをかざすドクターの姿がある 「ちょっと! この生態反応はさっきのサンプルと全く同じものよ!」
ピカークは何やら近くにあった制御盤をいじり始めた- 奥の頑丈そうな扉を開ける為である 「まさかまた、カオスとフラクタルはその実親戚だったなどと言う、とんでもないセコイネタじゃぁないだろうな?」
「いいえそうじゃないわ・・・・このDNAはダレガ大統領のそれと全く同じ- つまりクローンなのよ!」
「はぁ! そんじゃぁ、そいつには品質表示を付けなきゃぁ商法違反だ- カオスとフラクタルがぐるだとは気付いていたが、まさか同一人物だとは思わなかった」 ピカークはパネルを探し当て、その扉は開いた 「これも証拠さ。」
そこには、粗末なベットに臥せっているサカモト大使の姿があった
「謎を解いて得意気になるのはまだ早いぞ、ピカーク船長・・・・」
その声は、開いた扉とは反対側に位置する扉がこれまた開くと同時に聞こえて来た- なぜ廊下に話声が聞こえたのだろう、とかんぐる暇なく会話の内容を受けて部屋に入って来る山さんの様に、プラスターを構える部下をごまんと従えたその声の主は、にこやかに佇んでいる。
勿論、それはダレガ大統領だった。
第6章
どうやらフラクタルの艦隊をうまくまく事が出来たらしい- センサー越しに、カーデシア艦隊の残骸とガスに阻まれ、恒星系外に出たハーレムに気付かず狼狽するその姿が見て取れた。幸運な事に、先程の戦闘での被害は殆どなかった。約半光年の距離で停止を命じた副長は指令席に腰をかけ直し、事態を伺っている。やがてフラクタル艦隊は終結し、何を手繰ったのかこちらへと亜光速で向かい始めた。
「ワープで来るかしら・・・・」 操舵長がつぶやく
「来るわよ」 副長は水を得た魚の様である 「例え何年も使っていないとしても、事態を知った我々を生かして帰すつもりなど毛頭ないでしょうから。」
「しかし、フラクタルが我々に善意で味方したと言う可能性はないでしょうか?」
アトムらしい誠実な見解だ- だが兄弟達とでさえ戦々恐々と生きて来た副長にとって、それはちゃんちゃらおかしい話だった
「もしそうだとしたら、あたしは宇宙艦隊をやめて家庭に入ってもいいわね- 勿論この時代、広告代理店なんてないけど。」
その時ターボリフトが開き、保安部員にフェイザーを付きつけられて片足を引きずったヤナヤーツがブリッジに現れた。副長は指令席から立つと、満面の笑みで彼を迎えた。
「ようこそハーレムへ、司令官。」
ヤナヤーツは火傷を負った顔を半面やっとの思いで正面に向け、ぼそぼそと語った
「・・・・さっきは失礼な事を言って・・・・済まなかった・・・・」
「いいえ、どう致しまして。それよりも何故フラクタルと徒党を組んだのか、そのいきさつが知りたいわね。」
「フラクタル側から接触があったんだ・・・・対立しているカオスに惑星連邦が組みしているので、助けて欲しいと・・・・私はこの宙域の担当だったので、やって来たまでだ・・・・ただ・・・・」
「ただ?」
「・・・・本部からは基本的に・・・・惑星連邦とは事を起こすな、とは言われていたんだが・・・・」
「なるほど、田舎のお役人さんが勇み足で中央に認められたいと思った訳だ- そんな程度の見識のやからに、どうやらこれ以上何を聞いても無駄の様ね。」
副長は笑いながらヤナヤーツに近付き、次の瞬間とんでもない勢いの鉄拳を食らわせる- ヤナヤーツは後部コンソール脇の壁にぶち当たり、気を失った。
「ぶちこんでやりなさい!」
2名の保安部員がのびているヤナヤーツの両脇を抱え、ブリッジから掃き出す。またもやその場の気温は、とても暖かいと言った感じではなくなった。
副長と目が合ったアトムは慌てて 「今のは規律違反ですが、見なかった事にします」 と付け加え、視線をコンソールに戻した。
「一応カオス側に連絡を取ってみてもらえないかしら。」 と、副長。
例の少尉が答える 「応答ありません・・・・確かにこちらからのメッセージは届いているのですが・・・・」
「読めてきたわ」 指令席について足を優雅に組む 「取り敢えず- フラクタル艦隊に見付からない様に、第4惑星フラクタルまで向かいます。」
「あの・・・・」 操舵長が当然の反応として聞き返す
「『東大元暗し』 って船長が言ってたわ」 清々した副長はご機嫌の様だ 「一番探さない場所でしょうから。ワープ2、発進!」
当然ながら、ものの数分でハーレムはフラクタルの近隣にまで辿り着く。丁度格好の小惑星帯が存在し、取り敢えずそこに隠れる事とした。程なくセンサーと首っ引きだったアトムの顔が険しくなった
「センサーでフラクタルをスキャンしたのですが、通常のMクラス惑星にもかかわらず強力な電離層とイオン層が表面近くを覆っており、この値は表層における生命体反応と矛盾します・・・・おそらく珪素ベースの生命体でも生存は困難な筈です・・・・待ってください・・・・この特殊な大気層はそれに似てはいますが、何らかのエネルギー波の集合体の様です。長距離センサーでは不明な事象であっただけに、その存在自体が懸念されますね。」
「面白くなって来たわね。」 副長は身を乗り出した
「判明しました- このエネルギー層は4機の人工衛星によってもたらされています。何れにも生命反応はありません。」
水を得た魚は意気揚々と叫んだ 「光子魚雷で、4機同時に破壊しなさい!」
程なくスクリーンに閃光が走り、それが開けると目の前の惑星は鮮やかなスカイブルーからどんよりとした土気色に変化していた。
「再スキャンします・・・・惑星はIクラス・・・・表面はメタンの氷で覆われており・・・・」 アトムは指令席に向き直った 「生命体など、かけらも存在しません。」
「凡そはなっから、フラクタルなどと言う星は存在しなかったんだろう」 ピカークは言い放つ 「ここ何年か、この宙域がきな臭くなったので考え出した、奇策だ-」
「それだけは訂正しておきたい、ピカーク船長」 ちょっとまじめにダレガ 「タカーン帝国がこの一帯を支配していた頃も同じ事があった。君が指摘していた重力フィールドはその時の産物だ。」
ピカークもちょっと襟を正した 「それは申し訳なかった・・・・しかし何故だ・・・・このままでは連邦とカーデシアがこの星系を派遣戦場にしてしまう可能性もあるんだぞ!」
「何もしなくとも同じ事だ -それを防ぐ為だよ- 双方から武器を頂くだけ頂いて、星系内は
シャットアウトして戦っている様に見せればいい。同盟国が入って来るなと言えば、無理に入りはすまい。」
「オーバーロードのシステム然り、かなり危険な賭けだな- バレたらとんでもない事だ。」
「だからこうして、君達にはあそこに入ってもらう訳だ- 但し、これはあくまでもカーデシアの仕業だが。」 ダレガはプラスターを扉へと向けた
「まぁ、承服するしかないだろうな・・・・武装解除だ。」
彼の合図と共に、みんな素直にフェイザーやトライコーダーや医療キットをそこらへんの掃いて捨てそうな兵士達に渡した。無論それのみでは済まされず、数え切れない触手で身体を触りまくられた女性軍は、もう、卒倒しそうである。
そんな時、だらしなくのびていたアイム首相が目を覚まし、よろよろと立ちあがった。彼は当然ながら事態を良くのみ込めてないらしい。
「この愚か者めが!」 ダレガがどやす 「このエリアまで、許可なく来る奴があるか!」
「済まん・・・・人質の様子が気になってな。」 口ごもったアイム
「役立たずはこうだ」 彼はプラスターをアイムに向け、引き金を引く-
声をあげる暇もなく、アイムは消滅した
「どうやらエラーコピーだったらしい。何、また作ればいい。」 再びピカークに向き直り 「これは殺しではないぞ・・・・単なる新陳代謝だ。」
「なるほど、やり直しの効く自殺だな。いっぺんやってみたいもんだ。」
「無駄口を叩かずに」 再びプラスターを向ける 「荷物を預け終わったら、さっさと奥に入ってもらおうか。」
上陸班の一行は、しぶしぶ数百年前の銀行の金庫の様な、でっかい敷居をまたいだ。
「待ち給え、ピカークくん」 ダレガがおもむろに呼び止める 「その胸のバッチは、単なる飾りではなかろうが。レディ達にも供出して頂いたんでね- 君だけ例外とはいかない。」
バッチをつまんだピカークは笑顔で戻り、それをダレガの触手に置いた 「このアイディアは科特隊の方が先だったんだから、本来は円谷プロにパテントを収めねばなるまいな。」
「律儀だねぇ、ピカークくん・・・・そうそう、親切ついでに言っておくが、その営倉は君達が換気溝をいじったせいで酸素供給装置が壊れてね・・・・その人数では凡そ8時間程度しかもたないだろう。」
手を後ろに組んで若干首を傾げたピカークは敷居を再びまたぐと、にこやかに微笑んだ 「それはどうも、ご親切に。」
制御盤にダレガの触手が伸び、世界制服を狙う男達の決り文句が続いた
「さらばだ、ピカークくん。」
相変わらず飄々とした笑顔のピカークの前を通り過ぎ、その扉は閉まった。
副長の言う通りワープで恒星系を出掛かった敵艦隊だが、爆発を感知すると慌ててフラクタルもどきの第4惑星に向かって来た。
「そのまま現座標を維持」 ちょっとした賭けである
副長はブリッジに既に機関長がいないのを見計らい、肘掛けをいじった 「機関室!」
「なぁに?」 機関長の声だ
「調子はどう? 無理してもらえるかしら?」
「ばっちりよ・・・・でも加減は考えてやってね。」
「了解。」 彼女は一息吸った 「では艦隊が接近次第、小惑星帯内でワープします。」
全員が意表をつかれ唖然とした- こう言った時に毅然と抗議するのは決まってアトムである 「副長、それは自殺行為です- 小惑星帯でのワープなど、聞いた事がありません。」
「アトム-」 副長は飛び切り優しかった 「この小惑星帯付近の重力場を調べてご覧なさい。」
コンソールに向かったアトムは暫くして驚きの表情を見せた 「この付近ではワープは不能です・・・・近接する重力場の影響で、亜空間の繭は形成する事が出来ません・・・・結果、ハーレムの後方に通常空間における衝撃波が生じ、付近の小惑星が連鎖的に爆発するでしょう。同様の効果をフェイザーや光子魚雷で施した場合、連鎖破壊に十二分なエネルギーを得る為にはこれら小惑星の状態からかんがみて・・・・なるほど・・・・その場合こちらも爆発の影響をこうむってしまいます。ですが副長-」 アトムは向き直った 「前方にウァーム・ホールが生じてしまう可能性も、決して無視出来ません。」
「そうさせないのが私の役目って訳ね」 機関長の声が響いた 「さっそくやってみるわ。」
「お願いね」 この席に座ると、どうも自然と顎に手をやってしまう様だ 「操舵長、最も効果的なコースを算定してください。」
十数分の時間が費やされた。やっと各部署からO.K.のサインが一通り集まった- 何はともあれ、相当危険な賭けには違いない。スクリーンの敵艦隊は、もう少しでハーレムを囲む馬蹄体制を整えつつあった。
「宇宙チャンネル、オープン!」 後部コンソールからパネル音が響く 「こちらU.S.S.ハーレム。ファジィ星系艦隊に告ぐ- 即座に武装解除し、当方との交渉に臨む様に。」
「応答ありません。」
「繰り返し呼びかけて。」
更に数分が経ち、ハーレムは敵艦隊の布陣と例の計画とに照らして、僅かに場所を変えつつあった- 間もなく射程距離内に入る。
「確かに一隻づつおびき出して退治する方法もあるけど-」 副長は自分を納得させている 「時間が足りないわね。この状況から鑑みるに、上陸班も無事とは限らないし。」
途端にハーレムは激しく揺さぶられた-
「数発の核融合ミサイルを被弾- フォース・フィールドは完全に持ちこたえています。」
再び衝撃波-
「ビーム砲による集中砲火を浴びました・・・・指定位置まであと1分・・・・」
今度はかなり強いブローが決まった- 何人かのクルーが椅子からほおり出される
「指定位置到達!」
立ちあがり拳を掲げ言い放つ 「亜光速ワープ開始!」
その途端、ほんの一瞬、ハーレムの存在はほぼ虚数化されたのだった
「知ってる? 航宙艦の船長の約8割は脱毛症なのよ・・・・早めにヘアチェックしておかないと・・・・」 ドクターは何やら紙と鉛筆とで格闘するピカークに、まるで毛繕いよろしく覆い被さっていた
「俺は見栄晴か!?」 だが暫く考えてからしんみりと 「いや、比べて頂けて光栄です。」
「船長、トライコーダーを取りあげられる前にこの部屋の盗視聴装置を調べましたが、全く存在しませんでした- 妙な監獄ですね。」 勿論、保安主任。
「お手前流石です。きっと余程堅固で、自信があるんでしょ。丸見えの電磁シールド式でなかったのは、プライバシーが保てて幸いだったね。でも今んとこ、出る気はないがね。」
「は? 出来る気ないって? さっきはお客さんでいい思い出来てたのに、盛んに出たがって-」 ドクターは手に腰を当て呆れている 「ほんと、あまのじゃくなんだから。」
「あちきは変わって見えるんだと。最近は加えて貧粗がにじみ出てるんだそうだ- ふん、アニメに走らないだけまだまともさ!」
ピカークはおもむろに、のびているサカモト大使の所にやって来た。
「薬みたいよ・・・・残念ながら、持ち合わせがないんで起こせないけど。」 と、ドクター。
「その方がいいよ。今こっちは不勉強極まりないんで、ツッコまれたらたまったもんじゃない- さてと・・・・」 ピカークは大使の背中に手を伸ばすと、アクセサリーのボタンの様なものを剥がした 「これが種明かし。これだけでっかいものならまさか発信機だとは、ルラペンテの看守にだって解りゃしないさ。」 そして保安主任にそれを投げる 「済まんが加工して、範囲をこの恒星系全体にしてくれないか- メッセージが一度伝えられる様に頼む。」
はずれ気味のコースを見事な運動神経でカヴァーしキャッチした保安主任 「了解!」
「あなたやればぁ。」 もう、ドクターの突っ込みは投げやりだ
「俺はまた、紙と鉛筆に戻るさ。」 よっこらさと腰をかける様は、もう立派な中年である
「船長、一体さっきから何してるんですか?」 カウンセラーの顔にはもうススは残っていない- 天然の純白さ故に、誰かさんの様に強靭なライトは要らないのである
「例の謎の重力場の解析作業だ-」 ちょっとすましてみる 「さながら第一次大戦の塹壕にいたシュワルツシルドの心境だね。」
ダンスを華麗に舞ったドクターがするりとピカークの肩に手をやり、カウンセラーに向けポーズを決めた 「どう? マリリンとアインシュタイン!」
「次の公演の出演依頼かな?」 ピカークはちょっと味な笑顔を見せた 「絶対に出ませんので、よろしく。尚、次の艦内イベントは是非カウンセラーと副長の料理対決にしよう。」
またもや突っ掛かる 「もう! がんこなんだから! その調子でサカモト大使にも、食ってかかれば?」
「そんな事出来る訳ないだろう・・・・じゃぁ君は、君の師匠に 『このギョロメオヤジ』 って言ってのけられるか?」 ピカークが返す
「言えない-」 ドクターは閉口し、珍しくピカークの勝ち。
そんな漫才を、からからとした笑いでカウンセラーが楽しんでいた 「いいんですか? 空気をセーブしないと、決して楽しい死に方とは言えませんよ。」
「そんときはそんときだ・・・・なぁに、もう連中の芝居もぼろが出て一波瀾あってしかるべき頃さ- 『釣った魚に餌はやらない』 とか 『最後に笑いたい』 とかのたまうあの副長が、黙ってる筈がない。カオスもいざと言う時の人質としての価値をはばかって、数時間もの空気の余裕を作ってくれた訳だしね。」
「大体あなたの能力じゃ、そのクイズを解くのは無理だって」 今更言うまでもないが、遠慮がないのがドクターの取り柄だ 「女子アナと野球選手がこうもくっ付く不思議の方が、よっぽど解き甲斐のある謎よね。」
ピカークとなぜかカウンセラーが合唱する 「おおきなお世話!」
ドクターはめげない 「それにしても何であなたは自分で映画を作っていたくらいなのに、芝居に出るのがそんなにいやなの・・・・だって初めに撮ったのは小学校の頃なんでしょう?」
その言葉を聞いた途端、ピカークは奇声をあげた 「そうだっ!! わかった!! やった!! ありがとうドクター!!」
全員がびっくりして、とうとうキテしまったのか、と保安主任も含め彼の所に集まった。ピカークは鉛筆を持って床にまで至る方程式群を書きなぐり、唖然とする女性陣の前でやがてすくっと立ちあがった
「パズルが解けたぞ・・・・正確には無論、解の近所が推測出来ただけだが、まちがいない」 保安主任に向き直り 「直せた?」
彼女は我に返って 「ええ、ヘアピンしかなかったんで充分とは言えませんけど、何とか。但し、メッセージはほんの数語で、しかも送ったあとはオーバーロードで爆発する可能性があります・・・・ヘアピンでここを叩いてオンオフです。」
彼女から発信機を受け取ったピカークは、船長用ブルゾンを脱ぐとそれで発信機をくるみ、更にヘアピンを袖の部分ではさみ持った 「みんな、さがってろ。」
全員サカモト大使のいる簡易ベットへと後ずさり、特にドクターは大使をかばう姿勢を取った。
「それでは-」 構えたピカークは深呼吸する 「-500年後に伝えた首のメッセージの故事にあやかり、こすらせていただきます。」
一同、息を呑む
次の瞬間、激しい光がその場を包みとばした
どうやら成功だったらしい。ウァーム・ホールが生じないまま、ハーレムは無事に小惑星帯を抜けた。後方には爆雲が生じ、かなりの数の敵艦船がくず鉄と化している。こちらの被害は、数人の怪我人と若干のシステム破損に何とかとどまった
「やったわね、機関長! お見事だったわ。」 珍しく副長は興奮している
「まぁね。ざっとこんなもの。でも悲しいお知らせ-」 機関長の声は決して調子良くはなかった 「ワープエンジンにはかなりの負担な芸当だったみたいね・・・・暫く調整が必要よ。」
「通常エンジンの方はどう?」
「そっちなら、鬼ごっこ程度には差し支えないわ。」
「ありがとう・・・・」 肘掛けのスピーカーのスイッチを一端切る 「さてと、上陸班を救出に向かわなくては。」
「それはちょっと難しいと思います」 アトムの声である 「前方から敵艦隊28隻が接近中。今度はカオスの旗を掲げています。」
「宇宙チャンネルオープン!」 パネル音が鳴る 「こちらはU.S.S.ハーレム、フラクタル艦隊の攻撃を受け避難中- 援助を請う。」 通信を切らせるしぐさに続いて舌打ちが入った 「今更見え透いた言いぐさだけど。」
案の定、返事は数十発の長距離核融合ミサイルだった。
「仕方ないわね・・・・フェイザーで掃除してちょうだい!」
ハーレムの第一船体を走るフェイザーバンクから何本かの光が放たれ、ミサイル群はあっと言う間に虹の帯へと変わる
「これではカオスに向かうのはちょっと無理ね・・・・何か方策を練らないと・・・・」
「しかし、」 アトムがふり向く 「上陸班の現在地がカオスだと言う確証は、未だありません。」
タイミング良くその解答が、保安コンソールからもたらされた 「副長、不明の暗号通信がカオスより発せられ、こちらのプロトコルにぴったりはまって搬送されて来ました。」
「一体何?」 副長はスロープ伝いにパネルを覗きにやって来た- 彼女はその通信を一瞥して笑顔を見せた 「船長からよ- 間違いないわ!」 もっとも次の瞬間、その笑顔は眉間の皺の中に消えうせた 「・・・・何ですって?・・・・『小学校の映画撮影が懐かしいな』 って、一体どう言う意味?」
ブリッジは一瞬水を打った様に静まり返った- 「こんなに静かな場所があったんだ」 と言うギャグさながらである。
指令席に戻った副長は、再び機関室に尋ねた 「機関長、あなた船長とは昔馴染みだったわよね・・・・彼の小学校の頃撮った映画、って知ってる?」
「どう言う事?」 当然ながら当惑した声が返る 「アカデミー時代に東横ですれ違っていたかも知れないって程度で、流石にそこまで古くは知らないけど」
「ありがと。」 すかさず副長はインターカムを切り、ブリッジをさっと横切った 「待機室にいます!」
船長待機室に入った彼女は席にはつかず屈んだまま、机の上にある端末機をこちらに向けスイッチを入れた
「コンピューター、ジャム・ピカーク船長のプロフィール・ファイルにアクセスしてちょうだい。」
「アイデンティティと、アクセス・コードをどうぞ。」
「副長 -アクセス・コード- 『きれいなお姉さん、後釜の菜々ちゃん、ちょっとかわいそうだったかな』」
「アクセスコード承認されました- ジャム・T・ピカーク船長のプロフィールを表示します。」
それはごく最近の事実から始まった。副長はあからさまにその内容に嫌悪感をしめした。
「それ見なさい・・・・しょっぱなに着任したU.S.S.トョーキョーの船長、たった一月でクビだわ・・・・」
しかし、プロフィールに見入るうちその余りの惨めさに、流石の副長も涙をうかべ始めた 「・・・・あたしって、なんて幸せなのかしら・・・・」
そしてついに彼女は核心部分へのアクセスに成功し、その顔には再び明るさが甦った- コンピューターを急いで切ると、再びブリッジに戻る
「わかったわ! 船長が小学校の頃撮った映画の題名は 『太陽のにおい!』 よ!」
アトムは既に後部のサイエンス・コンソールで待っていた 「そうか! 盲点でした! 太陽はもともと自然重力場の発生源なので、そのマトリックス成分を排除して計算していました- やり直してみます!」
副長もコンソールに駆け寄り、その作業に見入る- スクリーンで踊っていたテンソルマトリックス群であるが、アトムの指がコンソールを踊ると、面白い様に次々と消えていった
「縮約完了 -間違いありません- 恒星ファジィが人工重力場の発生源です!」
「あの人、2年間田舎にこもって2階に少女囲ってたって噂だったけど、ほんとに研究してたんだ」 副長は迷わない 「通常推力全開! 安全地点ぎりぎりまで恒星ファジィに近接し、停止!」
「了解!」
再び機関室を呼ぶ 「機関長、超フェイズシールドを作動させる事は出来る?」
彼女の声はかなり荒げていた 「超フェイズシールドですって!? 先月標準装備されたばかりで試運転さえしてないわ・・・・それに今のワープコアの状態で使うと、かなり危険よ。」
「危険は承知よ。直ぐに準備してちょうだい- どれくらいかかる?」
「そうね -二十分ちょっとくらいね- 水増し一切なしで。」
「お気になさらずに」 副長は笑顔を見せた 「お互いの存在自体が、奇跡のなせる技だから。」
「はいな!」 機関長も滅法調子がいい
今のフレーズがまるでピカークのフレーズの様だったので、副長は自分に苦笑した
そして十数分が経過する。
「安全圏内ぎりぎりまで到達しました- 停止します。」 操舵長の報告が入る
「敵艦隊の現在位置は?」
運航管理席に戻ったアトムが答えた「この宙域にはいませんが・・・・待ってください・・・・恒星方面から戦艦と見られる重武装艦が6隻、こちらにやってきます。」
「それじゃぁ、恒星ファジィをスキャンして、一番表面が不活性な部分を見付けてちょうだい。」
「了解- スキャンします・・・・見付けました- 約100万平方メートルにおいて、表面温度が平均のそれに比べ約2000℃異なる部分があります・・・・敵艦船の出現位置と一致しています!」
「全く、武力はちゃちだけど、防衛装備はこっちよりかなりマシみたいね。」 ここで再び呼吸を整える 「機関長、準備はいいかしら?」
「O.K.よ。」
もう一度、副長は改めて深呼吸をした
「超フェイズシールド、始動!」
無論ブリッジには何の変化も現れはしない- しかしハーレム自体は、その瞬間、淡いブルーのシールドによって包まれていた
「不活性部分に進路を取り、通常推力1/4-」 その目が輝く 「突っ込みます!」
命令に皆異存はない様だった- ハーレムは若干あたりとは色の異なるその部分へと駆け出した。スクリーンには加えて引き戻って来る敵艦船の姿も映し出されてはいるが、凡そハーレムがコロナに到達するのには間に合いそうもない。
「現在船外温度は1800℃。超フェイズシールド、順調に作動中。」
流石に緊張した空気が、張り詰めてはいる
「船外温度現在2600℃・・・・この温度で停止しました。恒星ファジィの間もなく表面に到達します。」
皆、恒星内部に入ると言う未曾有の経験に息をのむ
「現在恒星内部に到達・・・・船外温度現在1800℃・・・・更に冷却されています。」
そこには信じられない光景が待ち受けていた- 淡いブルーのシールドに囲まれた惑星一つ分にも相当しそうな空間が、外部の核反応の凄まじい嵐を尻目に存在していたのである。クルー全員が目を見張ったのは、言うまでもない。
「これは言わば、太陽をまるまるワープエンジンにした様な作りになっていますね」 無論、アトム
だけは冷静だった 「中心部に向けてプラズマモジュールが何本か伸びています- これでこの星系の重力場や遮蔽効果を生み出していた訳です。正に自然を利用したフィールドジェネレーターの傑作、と言えるでしょう。」
「アトム、敵艦隊の発進基地を突き止めてちょうだい-」 現実に戻って副長 「きっとここにある筈よ。」
だが、その言葉は激しい衝撃に語尾を消された-
「右舷後方に被弾- 先程の敵艦です!」
「現在の船外温度は?」
「約400℃です。」
「超フェイズシールド停止、フォースフィールド全開!」
「了解!」
「副長-」 アトムだ 「約3万キロ前方に基地を発見・・・・そちらからも何隻か発進して来ます!」
「全部破壊したいのは山々だけど-」 副長は唇を噛む 「-取り敢えずシステム自体に影響を及ぼさずに、艦船の発進基地だけを粉砕するわ。アトム、核融合機雷の手持ちはどのくらいある?」
「核融合機雷ですか? 現在20機あります- 魚雷管に装填するには、かなり時間がかかりますが。」
「構わないわ・・・・光子魚雷では破壊力がありすぎるから」 後れ毛をかきあげる 「直ちに装填、準備出来次第、内10機発射。発射後のこの空間に対する影響を計算して。その間、近接して来た敵艦船にフェイザーで応戦。」
「了解」
辺りに遠慮して旧式のビーム砲しか撃って来ない後ろからの攻撃は、最早ハーレムのフォースフィールドの敵ではなかった。今や使われる事もなくなった予備装備の核融合機雷の装填時間はほんの数分だった筈だが、とんでもなく長く感じられたのだから始末が悪い。
アトムはまるでピアニストの様にコンソールを弾いている 「核融合機雷を空間の境界領域で爆発させれば凡そ太陽活動の一種と捉えられ、爆発後に先方のフィールドによるフェイル・セイフが利き空間に対する影響をとどめられそうです -その位置と発進基地との関係をかんがみ- 発射地点が特定出来ました。機雷も装填完了。」
「操舵長・・・・基地爆破と共に脱出準備・・・・後部艦船群を抜けた後に超フェイズシールド再作動- 通常推力全開。」
「了解」 緊張を帯びた操舵長の声。
さて、副長は昴ずる自らを抑え付け、そのキャラを忘れず再び優美に足を組んで座り直し、笑みを作った
「核融合機雷発射- 即時脱出!!」
第7章
その爆発は思ったよりでかかった- ピカークは吹っ飛ばされ、床につんのめっている。
「ジャム、大丈夫?!」
ドクターが煙をかき分け跳び寄った。ラッキーにも船長用ブルゾンの防護仕様は伊達ではなかった様だ- 後ろ向きに着たそれを脱がすと、カミナリ様と化した顔を除いてピカークは無事だった。
「・・・・俺よりも・・・・問題は・・・・あれ・・・・」
仰向けになった彼がさした指の先には、壊れた扉とそこからなだれ込む警備兵の姿があった。慌てたドクターとカウンセラーと保安主任がピカークを踏み潰しながら格闘へと向かう。これがまた、カウンセラーが意外と滅法強いのだ。
「・・・・迎えに来るまでここでゆっくりしたかったのに・・・・なんてこった・・・・」
乱闘を逃れたピカークがやっとの事で立ち直ったその時、8人程いた警備兵は彼に代わってそこら辺にのびていた。保安主任が手際良く警備装置をブロックした様で、警報は未だ鳴っていない- しかし、音のみとは限らないので気は抜けないのは当然だ。
「でも、船長」 保安主任だけは優しい- ピカークに肩を貸し、サカモト大使の横に座らせてくれた 「ここにいたんでは先ず転送ビームは届かないでしょうし、どっちにしろ出ざろう得なかったでしょうから、爆発は無駄骨ではありませんよ。気をしっかり持ってください。」
「ありがとう・・・・優しいねぇ・・・・」 ピカークはマジで涙ぐむ。
「さぁ早くここを出ないと!」 ドクターのゲキが飛ぶ 「そう言う事なら、地表近くまでいかないとね。さっ、一応あなたは男なんだから!」
彼女は言うが早いか、サカモト大使をピカークの肩におぶさせると、転びもせずにさっさとカウンセラーと瓦礫をまたいで表に出ていってしまった。かろうじて保安主任の支えを借りたピカークだったが、そこで一言-
「・・・・だめだ、こりゃ・・・・」
警備兵からプラスターを取りあげて武器には不自由しなかったものの、トライコーダーなしでの進軍はやや難があった。今度はサカモト大使もいて、換気溝と言う訳にはいかない。先頭の保安主任は既に10人ほどの警備兵を料理している。只、ピカークは既に限界だった。
「・・・・まっちくり・・・・休みましょうや・・・・」
「そんな事してたら撃ち殺されちゃうわ!」 どうやら上陸班のリーダーはドクターだった様だ 「とにかくもっと出口を探さないと- 完全にこっちが逃げた事はばれたでしょうし、じき沢山押し寄せるから。」
「・・・・そんな事、はなっからわかっとります・・・・だから逃げとうない、言うたんです・・・・」
「だってあなたが扉壊しちゃったんじゃないの! 今更愚痴ってもしょうもないでしょ!」
そんな時、ブーンと言うお馴染みの音がピカークの脇で響き始めた -やがて実体化したのは
通信記章だった- 喜び勇んで飛び付いたピカークだったが、背中に荷物を背負っているのを忘れ、物の見事に潰れて果てた
「・・・・ばい・・・・ごぢらジャム (潰れた) っだビガーグでず。」
「ヤン・ウェインのまがいものですか?」 冗談で返すとは、副長は余程機嫌がいいらしい 「太陽は、おかげさまでビンゴでしたよ。今鬼ごっこの最中に立ち寄ったので、時間がないんで直ちに転送準備してください。」
ピカークはサカモト大使をドクターに預け、通信記章を何時もの胸にピタリ、とパーチャクした。
「悪いが、ロックしやすい様に通信記章をあと4つと、トライコーダーとフェイザーを頼む。それから、ちょっと他に欲しいものがあるんだが-」
途端、直ぐ脇で光が走り、お馴染みの頭が半分禿あがった海坊主の様な男が立っていた。
「よう! ピカーク! なるほど侵入用の秘密兵器が欲しいんだな・・・・それならこのQブランチにお任せを。」
「Q違いだよ!」 ピカークは呆れ果てた
しかし古びた背広を着た件の御人は全くめげない 「こんなキッチュな世界を、私が見逃さない筈はないだろう」 何やら彼は背負っていたナップザックを取り出し 「さて、これはおまえさんの様なオタクの必需品のナップザックに見えるが、実は中には秘密兵器が一杯だ -先ずこれだ- 一見アニメのセルに見えるが、これを通して女を見るとあら不思議! とんでもないうそつき女はゴジラに写ると言う絶対に女に苦労しない特性セルグラス。それからこの美少女レジン人形、どう見ても抱いたまま寝たいかわいいセーラームーンにしか見えないが、ガンダムの主題歌を口笛で吹くと爆発する- 子供だと思って油断すると泣きを見るぞ・・・・そして極め付け、どう見てもプレステ2にしか見えないが、その実びっくり- この先に付いたポケモンのボタンを押すと、羽が出て来てあっと言う間に反重力ボードにはや変わり! さぁて、運動オンチのおまえさんに乗りこなせるかな・・・・」
そこまで聞いて、ピカークはそのナップザックをひったくった 「もういい! Q! 御好意には感謝するよ- さっさと帰ってくれ!」
Qは残念ぶった顔で 「あ~あ、せっかくコンベンションで無視されている私の相手を何時もしてくれる日本のファンの皆さんに感謝しようと思ってやって来たのに、どこでもつれないねぇ・・・・まぁ、好意ついでに消えてやろう-」 一端光と共に消えるが、直ぐまた現れる 「ロリコンだけには走るなよ。」
そして今度こそ消えてくれた
「誰? あれ?」 唖然としたドクターがみんなを代表して一言。
「見なかった事にしてくれ- 存在自体がオヤジギャグなんだから。」 そう言いながらナップザックを背負い、気を取り直してからみんなに向かう 「君達は艦に戻るんだ -私はダレガと決着を付けねばならん- ラストは船長のプロレスと言うのがお決まりだからね。」
「あなたじゃ無理!!」 全員の大合唱
「医療部長として、保安主任に船長護衛の命令を与えます」 ドクターは毅然と言い放つ 「それで手打ちね。」 保安主任に向かい 「いいかしら?」
彼女は元気に答える 「はい!」
「まっいいか。」 当然ピカークはまんざらでもない
彼は続いて転送されて来た通信記章を拾うと、先ずサカモト大使の胸にそれを付けドサクサにまぎれて保安主任の胸にも付けようとしたが、ドクターにぴしゃりと手を叩かれ残りの記章を分捕られ、彼女が改めてそれを配り直すはめとなった。横にあったフェイザーには何故かホワイトペンで 「ワルサーPPK」 と書きなぐってある- Qの仕業だ! しかしながら御満悦で例のホルスターにそれを仕舞い込むと、同じくトライコーダーをブルゾンのポケットに突っ込んだ。
「さてと、それではサカモト大使をたのんます。」 カウンセラーとドクターがサカモト大使を肩車するのを見計らい、記章を叩く 「前方の3名転送!」
「時間がないと言っているのに、随分待たされましたけど」 副長はおかんむりだ 「あなたと保安主任は置いてっていいんですね? あなたは別として、保安主任だけでも収容した方がいいんじゃないんですか?」
「ドクターの命令でね・・・・彼女に骨を拾ってもらうそうだ。」
「じゃ、そうしましょ。」 あっさりと副長 「では、転送します」
「気を付けて、2人とも・・・・」 カウンセラーの心使いの言葉がフェード・アウトした
「任せてください」 保安主任は自身たっぷりだ 「ダレガは必ず見付け出します。」
「君と操舵長が組んだ特殊潜入隊の時の話は聞いている- あとの一人はたいした美人でもないのに何であんなに売れてんだかさっぱり解らないけれど。ちなみに操舵長をキャスティングしたのはクマモト出身と言う事と、コンピューターソフトを買う度に彼女のチラシが入っていて昨今考えさせられる事仕切りだからだ。」 保安主任が全くその話にのろうともしないので、彼は慌てて筋をまっとうな方向に戻す 「とにかく道中はお任せします- もっとも、向こうから来てくれるだろうけどね。」
そして、もう一組のトライコーダーとフェイザーが送られて来た。拾ったそれを保安主任に投げると、彼女はまたもや外れたコースを見事にカヴァーし、キャッチしてくれた。
「参りましょう!」
こうして追われる側は、追う側へとその役目を変えたのだった。
発進基地を叩き無事太陽を逃げ出したハーレムだったが、性懲りもなくまるでハエの様に戦闘艦がたかって来た- カオスから直接飛んで来るものを含め、全て片付いた訳ではない様だ。彼らの弱々しいエネルギー砲も、数撃ちゃそれは馬鹿にはならない。カオスでの収容作業は凌いだ
が、超フェイズシールドでくたびれたエンジンはもう悲鳴をあげていた。
「ワープは未だ使えないの?」 珍しく副長はせっつく 「一端星系を出たいんだけど!」
「シールドをちょっとの間弱めれば何とかなるけど、この状況じゃぁ無理でしょう?」 機関長の声は相変わらずエンジンの音でかすれ飛んでいる
「右舷第6シールド出力12%・・・・間もなく被弾します!」
そして予想通り被弾!
衝撃を受けて後部コンソール群の一部が吹っ飛ぶ!
「通常推力全開! さっきの小惑星帯まで戻ります!」 消火装置や警報で、副長のその声も良くは聞き取れない
その時リフトのドアが開き、カウンセラーとドクターが帰って来た。2人に一瞥した副長はほんのり笑顔を見せたがそれも一瞬で、すぐさま襲った衝撃に険しい表情が戻ってしまう。今度のパンチは前方のコンソールに火花を走らせ、辛うじてアトムは逃れたものの、操舵長は襲われて席から突き飛ばされた。早速ドクターが駆け寄り彼女を副長席に座らせると、持参した医療キットで応急処置を施す。交代要員の指令を出そうとした副長は、ターボリフトが使用停止状態にあるのを見て取った。
「カウンセラー、操舵をお願い!」
やっとの事で手摺につかまっていた彼女は意気揚々と飛び出す 「任せてちょうだい!」
「待ってください!」 お決まりのアトムのクレームが入った 「カウンセラーは免許取りたてで、しかもオートマ限定でクラッチを臨時ブレーキだと思っています! 加えて緊急時にカウンセラーに操舵を任せるのは不吉だと言うのが艦隊のジンクスです!」
「仕方ないでしょ、交代要員は来れないんだから!」 副長は怒鳴る 「任せましょう!」
「大丈夫よ! 元々この船はでっかい船なんだから、そう言う気持ちに無理やりなる必要もないし!」 カウンセラーはすっかり性格が変わっている- 女性ドライバーには良くある話だ 「所で右舷スラスターのパネルって、これだっけ?」
次の瞬間全員が腰砕けになったのはなにもその言葉にコケたのではなく、彼女の舵で思わぬ負荷がかかったせいであった。
敵に出くわした時、保安主任は主にその腕力で、そしてピカークは愛用のワルサーもどきを右頬の脇に構える例の格好でのび太くんの射撃よろしく結構巧くなぎ倒していた。もっともレベルを破壊にセットしないと、彼らの標準装備である携帯シールドを通して気絶させる事は出来なかったが。おそらく、フェイザーのエネルギーはそうはもたないだろう。
「もう間もなく、昨日の管制ルームに到達します」 トライコーダーを掲げた保安主任は、汗ひとつかいていない 「やはり避けますか?」
「そうですな・・・・その方がいいでしょう・・・・どうせ、奴はいない様な気がしますよ。」 と、汗だくのピカーク。
「ドクターのトライコーダーにあったDNAサンプルさえあれば、シールドを被っていても僅かな生態残留物で居場所が解るんですけど-」 保安主任は本当に悔しそうな顔をした
「ならば、そのトライコーダーを見付ければいいだけの話でしょう?」
「あっそうかぁ!」 彼女は再びトライコーダーを掲げ、やがて切なそうに目をしかめた 「管制ルームの中で~す!」
「でも、遠隔でデーターを取り出せないか?」
今度は保安主任が一本取る 「スイッチが入ってればね。」
万歳したピカーク 「それでは、火中の栗を敢えて拾わねばなりませぬな。」
管制ルームの入り口近くで2人は再び換気溝にお世話になったが、残念ながらあちらこちらに金網が張り巡らせてあり、ねずみ返し状態であった。入念にそれらをはずしながら進むと、やがて目的地の天井に辿り着いた。今度は決して金網越しでなく、トライコーダーのモニター越しに中を伺った。目的のトライコーダーなどの没収備品は隅のロッカーにあるらしい。
「研究施設に送られていた方が、よっぽどましだったよ。」 ピカークは愚痴る
「でも、進入はしにくかったですよ、そっちの方が。」 保安主任が笑顔で受ける
彼は笑った 「ほんとに君はポジティブだね。ただ言っておくが私は現実主義者であって、悲観主義者じゃない。現実を見据えると自然と悲観になってしまうとこは、持って生まれた運としか言い様がないね。」
「『運も才能のうち』、でしたよね。」
「そう、実力と言ったらアンフェアだからね。」 ニヤリ! 「所でさっき監獄で言い忘れたが、ドクターの芝居に出るつもりなんだって?」
「ええ、主役でどうって誘われたんで、暫く余暇はそれに専念しようかと思って。」
「ブルータス、おまえもか」 ピカークは溜め息をつく 「とにかく、艦隊司令部の許可なくキャッチコピーにエンタープライズの名前を出すとパラマウントが禿鷹の様にやって来る、と製作者に伝えておいてくれ- 全く、不況でみんな日銭を稼げる芝居に走るよな。」
「それは誤解です」 彼女はほんとに気分を害したらしい
「悪い、冗談です」 また取り繕ってフェイザーを構えた直したピカークは、ディスプレイに写った隅のロッカーと中央の管制室との間仕切りにあるシャッターの制御盤をこんこん、と叩いた 「こいつを直接叩くか、それとも別の場所で陽動作戦を取るか、二つに一つですな。」
「私だったら、陽動にしますね。」 保安主任は実に爽やかな笑顔を見せた
「それではと・・・・囮のセーラームーン爆弾を仕掛けて来ますかな。」
そう言って屈み去ろうとしたピカークの袖を、保安主任が引っ張る 「私の任務はあなたの護衛です。」
「うそでもありがたいね・・・・そんな事、言われてみたいもんだよ。」 彼はまた、涙を拭く仕草をして見せた
「いえ、」 彼女は先に這い出す 「仕事ですから。」
溜め息切れしたピカーク 「私の方はそうは言わないぞ- どこぞの艦の様に、君を殺させやしないからな。」
さて、2人は仲良く例の気色悪い人形を設置しようとしたものの、ピカークがその人形を握った途端、 「ぎゃっ! タコオヤジのセクハラ!」 と人形が叫び、やむなく作業は全て保安主任の手によった- 1人で来なくて良かった。最後に人形の前にスピ-カーを置くと、2人は再び先程の場所を通ってロッカーの直ぐ脇のドアまでやって来る。緊急配備の状況にあるにもかかわらずどこもかしこもどうも手薄で、不気味な感だ。
しかしここでピカークは、設置したスピーカーにつながるマイクを前にして考え込んでしまった
「ところで- 俺はガンダムが嫌いで主題歌なんてひとつも知らないんだが、知ってるかい?」
「あたしも知らない!」
「えらいこった- どないしよ!」 暫し整理して、 「しゃぁない・・・・亜空間ネットのmp1000ファイルでも探してみるかな-」 彼はトライコーダーのモデムで亜空間ネットにアクセスし、ガンダムのmp1000ファイルを探した 「あったぞ・・・・まぁどれでもいいか-」
そしてトライコーダーをマイクの前に置き、そのmp1000ファイルを再生した- 確かお笑いと結婚したどこぞの女優が歌っていたとんでもなく古いやつだ。程なく反対方向で爆音が轟き、警報が鳴り響くと居合わせた全員がそちらの方向になだれ込むのがディスプレイで見て取れた。
さっそく2人はフェイザーでドアを叩き壊し、ロッカ-に近付く。これまたフェイザーを構えた保安主任を制し、ピカークはザックから煙草の箱の様な機械を取り出してロッカーのドアの取っ手付近に当てた。するとその箱の文字盤に番号が並び始め、あっと言う間にロッカーの扉は開いた。にやっと笑ったピカークに作り笑顔で答えた保安主任は、ロッカーに手を突っ込んで没収された道具一式を取り戻し例のザックに押し込んだ。そして肝心のトライコーダーを手にしてスイッチを入れる-
「残留DNAが最も新しくそして集中しているのは直ぐそこの部屋です- 執務室ではないでしょうか?」
「はせ参じましょう。」
途中で会った警備兵は10人程で、これまた極めてラッキーだった。何時もながらに保安主任の鉄拳とピカークのワルサーもどきで、難なく片付く。ものの数分で目的地に到着- 室のドアにフェイザーを向けた保安主任を、ピカークは今度は制しはしなかった。中に突入した2人は、机で端末をいじるダレガを発見し、即座に内側からドアを焼き付けブロックする
「ピカーク船長、性懲りもなくやって来たのかね-」 彼は机を跳ね除ける様に前に出て来た
「話し合いに来た- 何とか良い方向で決着を付けよう」
だが、ダレガはそのまま突進して来た 「問答無用!」
慌てたピカークはフェイザーを撃ったが、彼のシールドは特別らしく、赤い火花が散っただけでびくともしない。本性を現した2メートルはあろうその昆虫人は、先ずは保安主任を軽く触手で打ち払うと、ピカークのフェイザーを叩き飛ばしてブルゾンの襟をつかみ、無気味な笑顔を近付けた
「秘密を知った者を・・・・生きて帰す事などするものか・・・・」
すかさず、保安主任が後ろからダレガをようやっと羽交い締めにする。揺るんだ触手を払った
ピカークは2,3発その腹にパンチをお見舞いしたが、相手は声を立てて笑い出しただけで、反対にピカークを触手でふっ飛ばした。更に保安主任の羽交い締めを返し、今度は彼女の首を締め出す-
丁度部屋に入った時に投げ出したザックの所に滑って来たピカークは、そこから何やら取り出すとそれをホルスターに突っ込み、保安主任を救出に向かった。彼はダレガの後頭部をそばにあった置物で後ろから殴り付ける- 流石にひるんだ所で保安主任は開放され、咳き込みながら床に倒れた。そしてダレガがお返しに溜めを作って後ろを振り向いたその瞬間、さっそくピカークは例のものをダレガの顔をめがけて噴射した。奴は悲鳴をあげてのた打ち倒れ、ハンカチで口と鼻を抑えたピカークは駄目押しで全身めがけ満遍なくそれをスプレーした。床でピクつくダレガ。
やっと起きあがった保安主任は、ピカークからハンカチを受け取り 「一体、それなんですか?」
「ゴキジェットプロだ」 ピカークは得意気に言ってのけた 「ちょっと値が張るが、こいつは一発で利く- 貧乏長屋の必需品さ。」
ハンカチで口をふさいだ保安主任は呆れ返って苦笑していたが、喜ぶ暇もなく、表からドアをこじ開ける音と只ならぬ数の昆虫人達の声が聞こえて来た。ピカークは通信記章を叩くものの、返事はない。出口を探したが、直ぐに出られそうな所はどこにも見当たらない。やむを得ず2人は倒れた机の陰でフェイザーを構え待ちぶせする事にした- 扉を壊す音は激しさを増している。そんな時、隣にいた保安主任が突然泣きじゃくり始めた
「うぇ~ん! やっぱりこの人と死ぬのはやだ~っ!!」
半分腹をくくっていたピカークだったが、これですっかりやる気を失った -まぁ、俺にとっては何時ものパターンさ-
ドアがぶち壊され、兵士達がなだれ込み、何十にも隊列を組んでプラスターを構えた。やがて隊列が完成すると、ゆっくりと一人の見覚えのある昆虫人が入って来た -あの、カーゲ・ロウだ。彼は隊列の先頭に立ち止まると、ピカークを見据え触手を掲げた。
これで万事休すだ- 諦めがやっとつく
「カオス評議会の名により、ダレガ大統領、あなたを解任し、星系全体を危機に陥れた罪で逮捕します。」 掲げた触手で合図し、倒れたダレガを連行させる 「ピカーク船長、数々の非礼はお詫びします。どうかお許し願いたい。」 隊列も解かれた 「この様な猿芝居は決して得にはならないと説いたのですが、彼は聞く耳を持たなかった・・・・あなたには、艦隊を全滅させてしまったカーデ
シアとの和平交渉を是非取り持って頂きたいのです。」
「じゃぁ、手薄な警備は全てそちらの手引きだった訳ですか-」
「はい、及ばずながら。ダレガも命に別状はないようですし、無論この部屋での行為等は不問とします。あなたの艦を追っていた我々の艦隊にも即座に戦闘行為を停止する旨命令しましたので、どうぞお戻りください。」
その言葉を聞き、ピカークと保安主任は互いの腕を当てがい勝利のポーズを決め、喜びあった。
「そうか・・・・生きてたのか・・・・ゴキジェットもいまいちかな・・・・」
恒星日誌:宇宙暦65780865408766.2
副大統領カーゲ・ロウが大統領に就任し、惑星カオスに平和が帰って来た。
また、彼らの太陽である恒星ファジイは長年の 酷使によってエネルギーが欠乏し、
アトムいわくあと数百万年しか持たないそうだ。それが結局彼らが地表で
生きられなくなった原因でもあるのだが、恒星ファジィの システムを
停止させても恒星系が保てるのかどうかは難しい問題であり、
我々は専門家チームの派遣を、カーデシアとの交渉団のそれをも含め彼らに約束した。
しかしながらサカモト大使は健康に影響を受けており、一端我々と共に帰還する。
尚、収容したカーデシアのお客さん達は結構おとなしい
-特にヤナヤーツはいじけている様子だ- 何かあったのかしらん。
それから悔しいが、不在の折の副長の指揮ぶりには謝意を表したい。
ターボリフトのドアが開き、ピカークがブリッジに入ると歓声が起こった。
「あっ、ジャムお帰り!」 機関長が先ずは出迎える
「ありがとう。エンジンのお守り、ご苦労様でした。」
「やりましたね、船長!」 同じく後部コンソールにいたアトムが、屈託なく彼を迎える
「なぁに、保安主任のお陰さ。やっぱり一人じゃ無理だったみたいだ。」
彼は保安主任に笑顔を送り、彼女もそれを返した。そしてスロープを伝って懐かしの指令席のそばによる- 先ずはカウンセラーに対した
「何でもものの見事に艦を操縦し切られたそうで、お疲れ様でした。」
「いえ、お恥ずかしい限りですわ・・・・それから船長、U.S.S.ステーションの船長が復帰なされたそうです。」 極め付けの笑顔でカウンセラー。
「はぁ!?」 ピカークも笑いを堪え切れない 「再び現場復帰とは、どっかの伝説的船長の様だ・・・・しかしながら・・・・目くじらを立てる事でもあるまい。」 肩をすくめる
その仕草におどけ返したカウンセラーは、かわいらしく着席した。
さて、肝心の御人がその先にお待ちでいらっしゃる。
「副長、本当に良くやってくれた- ここだけの話、私ではあれだけ俊敏に手綱をさばけたかどうか怪しいとこだ。」
彼女は表情を崩さない 「ブリッジでその言葉に同意すると船長の威厳にかかわるので、敢えてお褒めの言葉として何も言わず受け取っておきます。もっとも船長のヒントも、なかなかのものでしたわ。」
ちょっと背中がこそばゆい- 加わった副長の優雅な笑みは、尚更だ。
「見直して頂けたかな?」
彼女は指でほんの僅かの厚みを表すと、ウインクを返した 「ほんの、ちらっと。」
続いてまるで会話の切れ間を待っていたかの様に後部のリフトが再び開き、ドクターに付き添われたサカモト大使と操舵長がやって来た。
「操舵長はめでたく退院です。それから大使はジャムに話があるって、付き添いが条件の外室許可よ。」
操舵長は快活に仕事場に戻ろうとしている- 若干控えめにピカークは声をかけた 「いろいろありがとう。」
「いえいえ。」 彼女は照れ臭そうにピカークに会釈した -彼はこんな彼女の存在が、絶対にフィクションである事を知っていた- でも、信じちゃうんだよね!
「ほら、ぽぉっとするんじゃないよ!」 サカモト大使である 「私が気を失っているのをいい事に、色々と遊んでくれたそうじゃないか!」 体は若干疲れている様だが、口だけは相変わらず達者である 「何があったのか、是非おまえさんの口から聞きたいね。」
「いや、それはそのぅ-」
ピカークは、またもや保安主任に助けられた 「船長、カーゲ・ロウ大統領から通信です。」
待ってましたと取り繕う 「スクリーンに!」
大統領はあの部屋を案内してくれた時とは見違える程立派に、そして毅然としていた 「ピカーク船長、おたちになる前に改めて御挨拶をと思いまして、本当にお世話になりました。」
「いいやこちらこそ、助けてもらって有難う御座いました。カーデシア政府を説得するのはかなり困難と思われますが、まぁ有利な証言をしてくれるであろうゲストもいますし、何とか努力してみます。」
大統領は会釈した 「何卒よろしく。」
「それから大統領、」 ピカークは胸を張り直し、指令席の前でやや斜めに構えて臨んだ 「公式には連邦加盟を提案しますが、正直惑星連邦も度重なる紛争で今や昔の様な理想的組織とは言い難くなった- そこで個人的には中立を表明なされる事を進言します。」 ここで息を吸い直すと、ゴールドスミスのスローアレンジが聞こえて来る 「そしていつの日か本当にカーデシアと連邦が和平に合意したその時に、中立を解かれるがいい- 近い将来必ずそんな日が来る様に思います・・・・いや、来たって噂ですが、如何せんレーザーもケーブルも手持ちがなくて。」
「ありがとう、船長」 カーゲ・ロウは感激していた 「その言葉、肝に銘じておきます。それではどうか御無事で- 失礼します。」
通信は優しく切れた。
「20点だな」 さっそくサカモト大使の突っ込みが入る 「だがおまけして、60点くれてやろう」
向き直ったピカークが 「先生、もうちょっと頂けませんかね?」
「だめだ、だめだ・・・・博士課程はまだまだじゃな。だがひとつだけわしも、勝手な事をして苦労か
けた事を詫びておこう- 言いたいのはそれだけだ。」 彼はゆっくりとリフトに向かった- ドク
ターが手を貸そうとしたがそれを断わる 「いまいましい! 最後なんだから、あなたはここに居なさい- 医療室くらい、一人で帰れるよ。」 そして静かにリフトに乗り込んだ
「ピカーク、」 おもむろに大使は彼を見据える 「博士号を取れよ!」
そして扉は閉まった- ピカークは考え深げに、暫し佇む。
そんな空気を破ったのは機関長だった 「ジャム、言っておきたいんだけど、ワープは当分使えないわよ。」
彼は指令席につく 「それではゆっくり帰りますか!」
「ついでにあなたも検査しないと-」 ドクターがまた毒舌をはく 「かなりがたが来てるから、ね、『艦長』!」
「何時も言ってるだろ、俺は便秘じゃないって。それに宇宙艦隊はセミ・ミリタリーなんだってば- 確かに最近説得力ないけどさ。ちなみに体にがた来たのは、誰かさんにに随分いじめられたせいだよ- 重ねて芝居の出演依頼は断わらせて頂きます。」
ドクターは初めて可愛らしく口を曲げたポーズを取って、補助席に座った 「もう、しませんよ!」
「あたし、やろうかな?」 カウンセラーが真面目そうに言った
「ああ、君なら見栄えがするよ、きっと。それより、この面子でのこのパイロット版の評価の方が気懸りだ・・・・どこぞの局がこの企画、買ってくれんかな。」
「先ずギャラで破算でしょうね- 主役を変えれば、やれるかもね。」 演出家として、ドクターが実ににこやかに答えた
ピカークは悔しそうに 「だから駄目なんだよ・・・・ゴールデンなら視聴率80%は間違いないのに。」
「船長-」 副長の叱責だ 「コースはどちらに?」
「そうだな」 慌てて席にかけ直す 「最寄の宇宙基地は?」
冷静に副長が返した 「もちろん、DS9です。」
「まだ営業してるといいんだが・・・・それでは通常推力、出せるだけ。」
ピカークは嬉しそうにブリッジの面々の顔を再度見直した -みんな実に生き生きとしている- 自己実現の容易な社会とは、なんとありがたい事か。そしてこれがやりたかったんだとばかりに右手の人差し指を掲げ、前方に倒した
「発進!」
ハーレムは実にゆっくりと、星の海のひとつとなった!
スタートレック・ハーレム 第1話 完