スタートレック・ハーレム:第2話時・キャスト
ジャム・トムキャット・ピカーク船長; U.S.S.ハーレムの"船長"。18年前17の時、親友達の裏切りをきっかけに失意の中希望を胸に宇宙艦隊に入隊。直後かのミスター・スポックと出会い一生を艦隊稼業に勤める事を決意するが、一時は社会科学者としてアカデミーに残る道を心無い教授によって妨げられてもいる。また、初めて指揮したU.S.S.トーキョーを破壊させしてしまったと言う苦い過去も持つ。ドジでノロマでホゲなのだが、何故かその悪運で難事件を切り抜け、今日に至る。とーぜんながら、オンナには全くモテない。
初代副長; 第3話まで副長を務める事になる。宇宙艦隊アカデミーを首席で卒業後、数々の褒賞にも恵まれた艦隊きっての典型的エリート。グーたらなピカークとは違い、サクサク仕事をこなすタイプ。ゆえにハーレム在職中はピカークの指揮能力には常に疑念を抱き、その実副長職を左遷人事と嘆いていた。趣味は料理で、腕前はプロ並み。
ドクター; ピカークの親友の未亡人と言う設定はちょっと嘘臭いが、ともあれ昔馴染みと言うよりか、はっきり言ってお守り役。他のドクター達同様、忌憚なく船長に物を言うのはご存知の通り。タンカを切らせたら右に出るものは居ない姉御肌の御人。
機関長; ドクター同様ピカークとは旧知。今や宇宙艦隊屈指の機関チーフとなり、連邦代表大使を歴任するなど、連邦議会とのパイプも強い。この方だけが唯一ダンナ選びを間違えなかった- さすが! そして勿論、機関長チームには昔と変わらずお世話になっている恩、決して忘れてはございませぬ
初代保安主任(のちの二代目副長); ボーイッシュな風貌の典型的体育会系士官。至って真面目で誠実な性格だが、酔っ払うとちょっと違うらしい。艦内公演で航宙艦を自爆させる副長役に携わり、その製作者(故人になられ哀悼しかない)にピカークは世話になった事もある
初代カウンセラー; 皆さん良くご存知の「U.S.S.ステーション」から、ピカークのたっての懇願により転属。ベタゾイドとのクウォーターで、弱いテレパスでもあり、これもまた意外と長身。甘いものが好きでチョコレートパフェは無論、緑茶にでさえ砂糖を入れるそうだ。残念ながら第2話ののち、寿退隊となった・・・・ぐしゅん!
アトム; 陽電子脳の権威、秋葉原博士によって作られたアトム型アンドロイド。一応性別は女性。博士はご推察通り消息不明。基本的にはボケキャラだが、ピカークと違うのはそのバイタリティ- 超人的能力でコンピューターをソツなくこなす。ちなみに、クエスターと言う兄貴がいたのだが・・・・
操舵長; クルーの中では最も控えめで、オブライエンの嫁さんと同郷と思っていた所、そうではない事がのちに判明する。コンピューター・ソフトを買う度に入っていたチラシが元で、ピカークはスカウトしたらしい。なお、保安主任と共に特殊潜入隊にいたことがあり、ドクター不在の折は作動不良のホロドクターに代わり、簡単な医療オブザーバーも担った。
初代ママ; ハーレムの突端にあって、クルーの憩いの場となっているラウンジバー「テンフォワード・サクラ」のママ。絶滅したエルオーリア人の生き残りで、ちょっとした超能力も持ち合わせているらしい。ピカークが忌憚なく愚痴れる唯一の人物でもあった。
初代転送主任(のちのハーレム艦長); 当初ピカークがスカウトした頃は若干目立つ程度の士官だったが、あっという間に保安主任、そして一気にピカークの後任艦長に就任することになる。しかし、第5話でとんでもない男とくっついてしまい・・・・
ゲスト・シーナ提督; 若くして提督にまで昇進したエリート中のエリート- 昔ピカーク達の憧れのマドンナだった。ちなみに、彼のハーレム着任の辞令を出したのも彼女である。可憐で父性本能をクスグルタイプだが、やっぱ芯は強いんだろうな。
第2話 「昔は昔」
第1章
恒星日誌:宇宙暦65780865409622.0
本日何もなし。
何もないと恒星日誌に書いたのは、およそこれがST史上初だろう。
ピカークは何時になくはきなく廊下を歩いていた- いかんせん倦怠感がみなぎっている。艦内は保安主任の芝居の上演中とあって夜間シフト並みにがらんとしていた。と、その時廊下をスキップする音が向こうからやって来る- そこには鼻歌を歌いながら満面の笑みをたたえた転送主任の姿があった。彼女はピカークを見付け、何時もは会釈さえしないのに、今日に限って喜び勇んで近付いて来た。
「艦長! ほら、やったよ! 」
彼女はこれ見よがしに襟を掴んで階級章を見せた -そこには金バッチが3つ燦然と輝いている- 詰まりは自ら主役をはれる中佐に特進したと言う事だ。
「おめでとう中佐-」 またもや作り笑顔だ 「1年数ヶ月前この艦に君をスカウトした私の目に狂いはなかった様だ- いや本当に昇進おめでとう。」
「ありがと! 艦長もはやく提督に昇進して庭いじりが出来るといいよね!」
「そうだね・・・・私はまだ死ぬのは御免だからそんな話が来たら喜んで引退するよ- もっともこんなしょうもない人生、メイク・ディファレンスしなきゃ収まりつかないけどね。」
そんなピカークの言葉はものともせず、彼女は極め付け御機嫌だ 「それでぇ、もうこんなシケた艦にはいたくないからぁ、さっき転属願い出してきちゃった- だっていき遅れたオバンばっかなんだもん!」
ピカークは苦笑いに徹する 「はは・・・・そうだよね・・・・言われてみればね・・・・まぁ、人事権限は副長にあるから良く言っときなさい・・・・」
「うん、こないだ宣伝の時に言っといた- ついでに共演の彼が、『ブリスター』 も見てねって言ってたよ。」
「ああ、イベント参加のオファーは何度かあったけど、金欠だしテレビで放映されるまで1年待つとするよ。」
「ケッ!セコイの!」 彼女はまた何時ものつんとした表情に戻る 「んじゃ、転属までのあいだ、とりあえずヨロシクゥ! 焼死したくなったら何時でも呼んでね!」
そう告げると、彼女はまた鼻歌交じりのスキップで何事もなかったかの様に去っていった。
「・・・・ああ、あの娘は俺が宇宙艦隊に入った頃に生まれたんだよなぁ・・・・また抜かれたかぁ・・・・艦長って呼ばれんの、やなんだけどなぁ・・・・」
余計にがっくりと来たピカークは、よろよろと自室に向かって足を引きずっていた。
拍手喝采とは正にこの事だろう- 人生の喜びを噛みしめた保安主任は両脇にドクターとカウンセラーを率いて両手を掲げ、見事なカーテンコールを向かえていた。真っ先に駆け寄った副長が抱えきれないほどの花束を保安主任に手渡し、彼女も感激の涙でそれを受け取った。
「ほんとに素晴らしかったわ- 素敵なお芝居ありがとう!」 副長は保安主任をかるくハグする
「ありがとう副長・・・・」 タキシードに身を包んだ保安主任の顔は涙でぐちょぐちょだ
「アトムが悔しがってたわ・・・・当直を断わりたくなったのは初めてですって。」 そう告げながら、続けてサクラのママと機関長が一緒に花束をドクターとカウンセラーに渡す- 2人もこれまた笑顔一杯にそれを受け取った。
しかしドクターは若干曇り顔だ 「ねぇ、ジャムが見当たらないけど・・・・」
「ああ、あの人なら来てないですよ- 持ち合わせがなくて前売り買い損ねたんですって。」 副長が素っ気無く伝える
「なんだ、製作者サイドに言えばいいのに-」 ドクターは呆れ気味だ
「要は世渡りべたなんでしょう、あの人は- まぁ、それがかっこいいと思ってる所はかわいいですけど」 ここで副長は表情を変え 「さっ、そんな事より、テンフォワードでぱぁっとやりましょう!」
観客と役者の面々のめちゃくちゃ楽しげな歓声は、そっくりそのままテンフォワードへと流れていった。
数時間後、ここはブリッジ。指令席には相変わらず夜間当直のアトムが、若干ふてくされ気味に陣取っていた。するとリフトが開き、打ちあげが収まったドクターとカウンセラーが芝居の扮装のままご機嫌に肩を組んでやって来た。
「やぁ、アトムくん、ご苦労さん」 2人共そのまま某サラリーマンクイズに出れそうだ 「見られなくで実に残念でした・・・・でもホロ記録はばっちりだったから、あとで体験する事をお勧めするわよ!」
「僕にとっては生観劇とホロ観劇の差は全くないのですが、きっと人間にはあるのでしょうね・・・・一度でいいからその差を味わってみたいものです・・・・」
「泣かせるねぇ、アトムくん・・・・」 ドクターがアトムをこずく 「あたしも一度でいいから自分の芝居を生で見たいのよ- できっこないけどさぁ! それは演劇人の永遠の夢よね、ほんとに!」
「だけどあたし、すっごーく感激したのよ今日は! こんなに芝居が楽しいなんて思ったのは生まれて初めてだもん!」 カウンセラーは泣き上戸らしい- 目がうるうる来ている 「この勢いで歌も売れるといいんだけどなぁ・・・・でも身内のプロデュースってやっぱ良くないか・・・・」
その時、環境コンソールに間借りしている医療パネルがけたたましく警報を鳴らし始めた
「警告! ジャム・ピカーク船長の生命反応に異常事態発生! ジャム・ピカーク船長の生命反応に異常事態発生!」
途端に素面に帰った2人は今までの醜態がうその様にしゃんとしていた- ドクターはコンソールのパネルを叩く
「船長の現在地は!」
「自室です- 生命反応40パーセントで衰弱・・・・」
コンピューターの報告の半ばであったが、3人は既にリフトに中にあった
ほぼ2分でピカークの自室前に到着。そこにはもうドアを叩く副長の姿があった
「船長! ドアを開けて! ジャム、開けなさい!」 そして彼女はドクターを見付けるとまくし立てた 「コンピューターが開錠を拒否してるんです!」
ドクターは怒鳴る 「コンピューター! 医療部長命令- このドアを開けなさい!」
「ドアを開ける事は出来ません」 コンピューターは素っ気無い
「はやくロックをはずして!」 鬼気迫るドクター
「このドアはロックされていません。」
「はぁ?」
「ロックされているとお伝えしたつもりはありません- 現在このドアにはジャム・ピカーク船長の光熱費滞納によって電力が供給されていません。」
全員コケ倒す。
目の厚みが普段の半分と化した彼女達はアトムを即してドアを開けさせた。部屋の中は真っ暗で、何となく異様な臭気が漂う・・・・
「コンピューター、この部屋の環境システムを復旧させて明かりをつけて頂戴」 ドクターが語気を強める
「現在この部屋の環境システムは、ジャム・ピカーク船長の光熱費滞納によって-」
ドクターはキレた 「あたしにつけとけっ!」
途端にエネルギーチャージの音と共に、明かりがついた- 部屋の中は比較的片付いており決してカップ麺の容器が散かっている様な事はなかったが、壁はカビだらけで、そこら辺にコバエがたかっていた。
「この間来た時は、これほど酷くはなかったのに・・・・」 衣装で呼吸器官を押さえたドクターが唸る
「冬だったからさ、ドクター・・・・」 蚊の鳴く様なピカークの声がどんよりと伝わる 「日の当たらない部屋って、不健康極まりないね・・・・」
そこには制服のまま雑魚寝したピカークの姿があった・・・・なるほどお世辞にも健康そうとは言えない。トライコーダーを副長から借りたドクターはさっそく生命反応を調べ、若干安堵の色を見せた
「生命に別状はないけど、栄養不良その他芳しくないわ・・・・とにかく医療室に運びましょう!」
情けない限りだが、最近鍛えて筋骨隆々のアトムにおぶさりコントラストバッチリのピカークは、そのまま医療室へと収監されたのだった。
診断中、アトムは指揮をする為にブリッジに戻ったものの、酔いつぶれて寝てしまったらしい保安主任を除いた基幹メンバーは、サクラのママも含め全員医療室に集合していた。ピカークはベットで終始申し訳なさそうな顔をしていたが、やがでドクターのお許しが出て彼女らにばつ悪そうに面しざろう得なくなった。
「みんな心配かけて済まなかった・・・・いや、全くもって面目ない・・・・」
「誰もあなた自身を心配しているのではありません- この艦の事を思っての事なんです」 と、腕組みをした副長。
「ごもっともです・・・・誠にもって申し訳ない・・・・」 ただただ、うなだれるばかりのピカーク。
「健康がすぐれないんだったらちゃんとその旨あたしかカウンセラーに伝えるべきだし、大体ね、光熱費滞納で環境システムを止められてるクルーなんて聞いた事もないわ!」 ドクターが吠える
「19世紀だと家賃払えなかった奴はいたけどね- それに君達はともかく、親友のバークレーには似たもの同士メールで相談してた。取り敢えず、もっとよく働くからどうか勘弁して欲しい。」
「まぁジャムもこう言っている事だし、船長としての体面もあってこの艦では誰にも相談できなかったんでしょうから、ここはもうそっとして休ませてあげましょうよ。」 無論、こんな仏の様な台詞を言ってくれるのは、文字通り観音様の様な顔をした機関長しかいない。
「まぁうちのつけももうすこし勘弁してあげるし、暫くカウンターに募金箱を置いてあげても良いわよ。」 珍しく洋装のママも優しいっちゃ優しいけど、ちょっと方向が違う様だ。
「さぁ、皆さんピカーク・エイドの話はここまでとして、カウンセラー以外は取り敢えず席を外してちょうだい -こんな人でも一応プライバシーは守ってあげないとね- 副長にはあとで公務にかかわる部分についてだけ報告するわ。」
そのドクターの言葉を受け、みんなぞろぞろと医療室を出ていった。
頭抱えたドクターがカルテを見ながら尋ねる 「さてと・・・・カウンセラー、彼の医療記録は見た?」
「ええ、しっかりと。」 カウンセラーは呆れ顔でもかわいいものだ 「わたしの専門分野のまるでデパートだわ。良くもまぁこれでバスジャックしなかったもんだと感心するくらい- 元祖引きこもりだしね。どこから治療に手を付けていいのか解らないと言うのが、当方の診断書です。」
ピカークはそれを聞き及び、物凄い溜め息と共に顔を手で擦り倒している。
「あたしの診断書はね、ジャム、とにかく臍を曲げないでもっと実直に人生に臨む事。ちゃんと栄養をとって規則的な生活をして、出来ればまっとうな恋でもする事ね- もっとも最後だけはほぼ実行不可能だけど。でも、何でこんなすずめの涙みたいな給料しか貰ってないの?」
ピカークはヤケ笑いを返す 「重要極秘事項でね・・・・おいおい話す事になるとは思うよ。とにかく、君達が居てくれて助かった事だけは確かだから、御礼を言っときます。」
顔を見合わせたドクターとカウンセラーが、今度は溜め息をつく番だった。
「じゃあ、受診したかったら何時でも言ってくださいね- でも2人っきりは危険だから、その時は必ずドクター立会いで。」 カウンセラーもそれなりに優しい。
「ありがと。」 ピカークはベットで手を掲げた
カウンセラーはドクターに目配しして医療室をあとにする。
「さてと、もう一本点滴したら退院ね・・・・任務に戻ってもいいわよ- 副長がそれを許すかどうかは私の裁量の範疇を超えているけど。」
やがてピカークの腕にあてがわれたハイポは、その痛み具合からして到底圧力式のそれとは思えなかった。
副長は指令席で、携帯用端末にとらばーゆのホームページを呼び出していた。ふと見るとカウンセラーが覗き込んでいる。
「私は残念ながら転属届に留めておく勇気しかなかったけれど -バンドの追っかけにも命狙われてる事だし- でももう既に転送主任が先に出していて今月は締め切りですって。」 何時もの席につきながらカウンセラー。
「あたしだって転属願いで済ましたいけど、この年じゃぁどうせ寿退隊に追い込まれるのが関の山だから別の仕事にしようかと思って探してたのよ・・・・所が、全部あたしと同じ名前の組織からの求人広告ばっかり・・・・道理であたしって、カーデシアとはそりが合わない訳よね!」
副長の苦言に、辛うじてカウンセラーは苦笑いで返す。
「全く、何であんな人が船長になれたのかしら-」 ボードを放り出しながら副長は言い捨てる
そしてその疑問符に、ややあって2人は答えを合唱した-
「-ここが24世紀だから!」
そのハーモニーを合図にリフトのドアが開く- そこにはドアに寄りかかりながらやっと立っているピカークの姿があった。みんな唖然として副長を含め席を立ったが、彼は気にせぬふりをして
先ずは保安主任の所へと赴いた。
「見に伺えなくて済まなかった・・・・素晴らしかったそうじゃないか・・・・」
「ありがとうございます。」 どうやら今度はすっきりした酔い覚めと見える保安主任は、むしろピカークの健康に関心があったらしい 「それより船長、大丈夫ですか?」
「ああ、お気使い感謝します- 一応退院許可を頂いてね。とにかく、製作者にくれぐれも宜しく・・・・一杯やろうと言う約束が実現される事を切に祈るよ。それから今度の話では君をいじるのは洒落にならないのでやめておくから、御了承の程を- 全く、喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら。」
有難い事に彼女は屈託なく笑ってくれた 「わかりました- その間、英気を養っておきます。」
やっとの笑顔でスロープを伝ったピカークは、驚いた様に佇む副長とカウンセラーのもとに辿り着いた。
「副長、指令席に就く許可をもらいたいんだが・・・・」
「本当は適格審査会を召集したい所ですけど、今度だけはおおめに見ます。」 厳しい面持ちながら、彼女はそう言って指令席の前を空けてくれた。
「ありがとう-」 3人は同時に何時もの様に着席した 「全く以って、期待の主演女優の演技を見損ねたのはこれが2度目だ。」
「最初って何なんです?」 うっかりカウンセラーがボタンを押してしまう。
ピカークはやや笑顔付きで語った 「地球で朝食に通っていたカフェに、場所に似合わぬほど気品のある美人ウェイトレスがいてね・・・・話を聞いてみると、何とあの酔っ払いオヤジや元刑事の関取がいる劇団の研究生じゃぁないか -道理で身のこなしが違ってた- 今度発表公演があると言うんで拝見したら、これまた彼女は主役だったんだ・・・・」
「見逃してないじゃないですか。」 怪訝そうに副長。
「所がこれがダブルキャストでね -もう彼女が主役だったバージョンは終わってた-」 ピカークは鼻を鳴らす 「まぁ帰りしな挨拶出来たからいい様なものの、全くついてない話だよ- 何だか、つい最近の事の様にも思うんだが。」
カウンセラーが半分おちょくって突っ込んだ 「ここのところ随分演劇人と縁があるんですね- でもシタゴコロ見え見えで誘って、袖にされたんじゃないんですか?」
「とんでもない! まぁお茶に誘ったのは認めるが、そう言うつもりは毛頭ない -只関係者とコネを作りたかっただけだ- 保安主任の件と全く同じさ。それに本当にシタゴコロがあったら、こんな所で話したりはしないよ。」
「どうかしら」 珍しくカウンセラーは厳しい 「チャンスあらば、と思ってたんじゃないんですか?」
「よしてくれ」 ピカークは手をはねる 「自分の分ぐらいわきまえてるさ・・・・それにそんなに見境がないのなら、とっくに君のストーカーやってるよ。」
副長がのって来る 「で、彼女の演目は?」
ピカークは喜び勇んで言ってのける 「シェイクスピア!」
良かった- 2人共揃って爆笑し、笑い倒れてくれた!
同様に話を聞いて笑っていた保安主任が、ボ-ドを目にして若干真面目に話しかける 「船長、艦隊本部のシーナ提督から第1級通信です・・・・副長の同席も要請されています。」
「懐かしい方だ・・・・」 肘掛けをさすってピカークは立ちながら副長を即した 「待機室で受ける・・・・保安主任、指揮を頼む。」
気持ちがややほぐれた2人は、待機室へと臨んだ。
こちら待機室。ピカークは何時もの定席につき、副長は机向かいの席につく。端末に向かうと思いきや、ピカークはおもむろにコマンドを並べた
「コンピューター、ホロイメージで頼む- 水槽の手前。」
その途端例のピラニアだらけの水槽の手前に、ほっそりとしたアンニュイな女性が現れた- 彼女はその特徴あるクチュッとした笑顔でピカークに微笑む。
「ジャム、お久しぶり。こんにちは副長- この前はお世話様。」
「その節はどうも、提督」 あの愛想の良いショーウィンドウみたいな微笑みで副長。
「この前ってなんだ?」 かやの外でちょっと不満気なピカーク。
「じゃんけんキスゲームよ -副長の見事な推理にあたしがしてやられたの- 優秀な副長を持ってあなたは本当に幸せ者だわ、ジャム。」
「そう思います」 本当にきっぱりとピカーク 「所で、まさか提督になられても新米風吹かせてるんじゃないでしょうね?」
提督は笑い返した 「してないわよ! もっともあたしのこのキャラ、覚えていてくれてる人がいるかしら。」
しかしその返しは何時もながらに極めて不味かった 「決して忘れませんよ -キャリアの警察官僚なんて、今や流行の社会犯罪者の代表みたいなものだ- 正に時代の先取りと言うやつですな。」
提督はフクれた 「相変わらずこんな風なの、副長?」
「ええ、こんな風です。」 副長は満面の笑みで直訴した
「だから、あたしはファンレターに返事書かなかったのよね- もう10年も前の話だけど。」
その提督の言葉に、副長はゲッと言う顔をして提督の方に指をやり加えてピカークを睨み付けたが、 彼はそれを視野に入れない事にしている
「取り敢えず御用件を、提督。」
「そうね- 実はここの所、艦隊艦同士の誤射誤爆が連続して起きているの。」
ピカークは眉をひそめた「まさか、最近サイトを荒らしまくっているQの仕業じゃないでしょうね?」
「それはないでしょうね-」 提督は苦笑いだ 「乗組員には問題なく、システム異常が原因だと言う事だけははっきりしているのだけれども、問題はそのからくりが確定されるまで艦隊を組めないって事なの。」
「なるほど・・・・予算不足での故障の連発とは思いたくないので、未だ見ぬ敵の策略って読んでる訳ですな。」
「そう言う事。」 提督はちょっと疲れた表情を見せた 「只でさえ何時も集まりの悪い艦隊がやっとCGになって状況が改善されたかと思ったらまた集まれなくなって、これで有事が来たらたまったもんじゃないわ。」
どちらも不景気だ 「で、こちらへの指示は?。」
「実はサルガッソー星系に比較的暇な艦を集めて、実験をする事になったの。そこで見るからに暇そうなハーレムにも是非参加してもらいたいわけ。現地司令官は、ハーブベネット提督よ。」
今度はピカークがゲッと言う顔をする番だ 「どうやら、キャラ本位の締りのない作戦になりそうだ。」
「つべこべ言わない」 彼女は腕を組んだ 「これは命令です!」
「その決まり文句が聞きたかった」 ピカークはなにやら喜んだ 「かしこまりました- すぐさま向かいます。」
「待ってください-」 副長がすっと手をかざした 「サルガッソー星系には高密度のイオンガスが存在し、それは近隣の居住惑星にまで到っています- 何かあった場合、重要な事態を招きかねません。」
提督は誠実にその言葉を受け取る 「残念だけどこれは決定事項で、もう既に何隻か集結しているわ。簡単なシュミレーションをやるだけだから、大丈夫よ。でも御意見だけは、ベネットに伝えておくわね。」
「ありがとうございます。」 その副長の深刻な面持ちはピカークに、普段の彼に対する厳しい表情など単なる思いやりの一部なのでは、と思わせるに十分なものを持っていた。
「取り敢えず詳しい作戦計画書を送っておきます。じゃぁね、ジャム・・・・久々に顔が見れて嬉しかったわ- それでは健闘を祈ります。」
「お元気で、提督。」
提督のホログラムはゆっくりと消えた- 1世紀前の人間ならば、転送されたと思ったであろう。
「君の意見には私も賛成だ-」 珍しく全面的に肩を持つ 「宇宙艦隊は常に地域住民の事を考えて演習する必要があるからな。闇雲な駐留など、全く愚の骨頂だよ。いかんせん量子魚雷を搭載して以来、航宙艦の寄港拒否する地域政府があとを絶たない- サミットを設けて御機嫌とろうったって、そうはいかんさ。」
副長はピカークの同意が嬉しかったらしく、左の腕を静かに叩いてくれた 「とにかく送られて来た資料を詳しく検討し、こちらなりの対策をねらないと。」
「ごもっともです。」
2人は待機室を出る
ドアが開くと間髪入れずピカークは命じた 「コースをサルガッソー星系にとってワープ5。すぐさま発進。」
「了解」 操舵長の品あるナイーブな声が響く 「E.T.A. は6時間後です。」
「ありがと。」 一応彼女に微笑んでおく -今度はいじってあげないと- そして保安主任に譲られた指令席につく前に全員に告げた 「サルガッソー星系で演習だ- 作戦内容は本部より送られたので保安主任とアトムで詳しく検討し、あとでレポートを頼む。副長も参画してくれ。」
さっそく3人は後部の戦術コンソールに集結する。
やっと着席したピカークにカウンセラーが尋ねた 「提督はいかがでした?」
「ああ、御機嫌麗しく何よりだった -だが-」
ここでおもむろにコムが鳴った- ドクターだ 「ジャム、時間が出来たんなら治療するから、こっちに来なさい。」
一体なんで時間が出来たって解ったのだろう- ピカークは面白そうにしているカウンセラーに一瞥入れた。
第2章
そこはヒマラヤ。ようやっと歩いているピカークに、ドクターは終始手を貸している
「全くころび癖持ちだって言うのに、良くこんな所歩けたもんだ・・・・もうちょっと目的地手前からプログラムを始められなかったのか?」 息はかなり荒い
「それじゃぁ、意味ないわ! トレッキーと言うと不健全だけど、トレッキングと言えば健全でしょ -だから治療の為にここにつれて来たのよ- 本物と同じ雰囲気をプログラムに持たせるのに結構手がかかったんだから。あとすこしで目的の場所よ・・・・我慢しなさい!」 こっちは実に楽しそうである
「はい、せんせ。」 おとなしくピカークは岩をまたぐ。
やがてちょっと開けた場所に出た。そこは高山植物がつつましそうに咲き、抜ける様な青空に包みこまれていた。さすがに空気の美味さまでは完璧とは言えないが、それでも結構すがすがしい。そして何より、目前には際立って勇ましく可憐な山の頂きが迎えてくれていたのである。
「あれがチョモランマ-」 ドクターは懐かしそうに語った 「本当はもっと先までいったんだけど、あなたの体力を考慮してここで留めておきます。」
「かたじけないです。」
2人は近くの手ごろな岩に腰を据えた- 勿論、健全な距離は保っている。
「聞きにくいサラリーの話だけど・・・・聞かせてくれないかしら。」
なるほど、決して遊びに来た訳ではない様だ「人間と言うのは物質的充足と精神的充足を希求する存在だ -およそ社会においては前者は経済に変換され、後者は社会的立場に変換される- さてとそこで2つの内どちらかの選択を迫られたとしたら、どっちを取るか、と言う問題さ。」
「さすが社会科学者らしい見解ね。」 彼女は実ににっこりとしている 「その選択を迫られたのが、例のU.S.S.トーキョーでの一件のあとなのね。」
ピカークは素直に驚いた- お見通しだったのだ!
「それくらいの事、わからなくてどうするの。あたしは医者よ- 調べるのは造作ないわ。艦を一隻破壊させてしまった責任を取ったあなたは宇宙艦隊での名誉はそのままで、金欠になる刑を選んだ訳ね。」
「いや- 正確には名誉もなくなった・・・・私は反逆者の汚名を着せられ、引きこもざろう得なくなった・・・・今もその記録は抹消されていない・・・・」
「反逆者ですって!」 ドクターはちょっとはねた 「馬鹿正直だけが取り柄のあなたが、何でまた反逆者なんて事になったの!?」
ピカークは深呼吸を試みる 「個人攻撃になるので、ペガサスの一件同様余り話したくはないけどね。重要極秘事項と言うのはあながち嘘じゃない。」
暫くピカークを見据えていたドクターだったが、珍しく優しく右腕をさすってくれた 「わかったわ。」
あとは2人でぼぅっとチョモランマのホロを眺めていた- 人間にとって、こう言う時間は常に必要なのである。
「小学校の恩師が山男でね- 何故山に登るのかと言う質問に授業中討論になって、クソ生意気なガキだった私は、ハリアーの様なVTOLで山頂に付ければいいと言ってのけた -まぁおよそ自分の知識をひけらかしたかったんだろう- 彼がそれを否定する見解を取ったのは勿論だが、今ならその意味が良く解る・・・・登頂したと言う事実ではなく、登頂に至ったその過程にこそ本当の人生の意味があるのだ、とね。」
「その台詞、熱海で麦人さんに言ってもらったら良かったのに-」 ドクターの優しい言葉などめったに出会えるもんじゃない 「-金欠で参加出来ずに残念でした。」
「お褒め頂き、感謝致します。」 ピカークは姿勢を正す 「さてと・・・・ランチにしますかな。」
ドクターは背負ってきたザックを取り出した 「そうね・・・・副長やカウンセラーほどの腕じゃないけど、サンドイッチどっさり作ってきたわ・・・・ポットには勿論アールグレイね- あっいけない! カップ忘れちゃった!」
「ああそれなら、潔癖症の私としてはマイカップ持ってきたよ- ちょっとそっちの氷で手を洗ってくるから、こっちのザックに入ってるんで準備しといてくれ。」 声がフェードアウトする 「・…機関長もこの近辺が好きだって言ってたから、呼べば良かったかな・・・・もっともサンドイッチ嫌いらしいけど・・・・」
ドクターはその言葉に笑顔を返しながら、置いてあったピカークのザックを開いた。そのザック、どうも何やら見覚えがあるが気のせいだろうと中をまさぐり、やがて一本の銀色のソーセージの様な棒を見付ける-
「なに・・・・これ?」
その声にふり返ったピカークは、慌てて駆け出した!
「危ない! ドクター!」
遅かった
凄まじい閃光が走り、次の瞬間ドクターはホロデッキを突き破り、4デッキ先まで吹っ飛んで消えた
「『ベータカプセル型救難射出装置シュワッチくん』 ですって! 一体そんなものどこで手に入れたんですかぁッ!!」
副長はまるで赤かぶの様に顔を紅潮させて怒鳴り散らしている- 目の前にはうなだれ切っているピカークがいた。
「・・・・その・・・・前の任務で手に入れたザックに入っていた物の殆どは、使い物にならない危険物
だったんですが、あの 『シュワッチくん』 だけはお手ごろなんじゃないかと処分せずに手元においておいた訳です -もれなく 『ムダ枝切りバサミ』 も付いていた訳ですし- しかしながら・・・・すっかり忘れておりまして・・・・」 ピカークは最敬礼する 「誠にもって申し訳ありませんでした・・・・」
副長の怒りは収まる気配がない 「強化シールドで包まれたドクターに全く怪我はなかったものの、物の見事に航行システムが破壊されて、立ち往生を余儀なくされたんですよ! 演習はどうするつもりなんですかッ! これじゃぁ間に合いっこないでしょッ!!」
「仰る通りです- 面目次第もありません。」 再び最敬礼する
突如疲れがどっと出たらしい- 副長はどかっと会議室のその椅子に腰を据えると、持っていたヒヤロンを頭と目に被せた 「もう、適格審査会は逃れ様がないですからね・・・・演習前には無理ですけど、終わったら直ぐに召集しますから・・・・全く、演習もあたしが仕切りたいくらいだわ!」
返す言葉見付からない- いけない、これはカウンセラーの歌の歌詞だった。
その時会議室のドアが開いて、機関長が顔を覗かせた 「お取り込み中かしら?」
「いいわよ・・・・」 すっかり目を覆ってしまった副長は、その鼻声に磨きをかけている
機関長が入って来る 「報告します- 突き破られた壁の修理はほぼ完了したけど、第6デッキの人工重力システムにまだ問題があるのと、補助核融合システムのエラーを全システムエラーと思い込んでるメインエンジンのサブコンダクトコンピューターの説得にあと20分ほどかかるわね。その破壊された補助核融合システムの制御ネットの方は直ったわ- もっともホロデッキだけは未だ論外。システムチェックを入れて、凡そ30分で航行可能になります。それから伝言だけど、実験演習本部からハーレムは第2プログラムから参加する様にシナリオを変えたって連絡が入ったって- 先方は来ても来なくても支障ないから気にやむなって言ってたそうよ。」 ここで彼女はピカークを見据えた 「おい、ジャム、元気出せよぉー」
ややあって彼は挨拶する 「どうも・・・・お世話様で・・・・」
彼女は笑顔で返した 「アールグレイのティーバッグ、あなたの部屋にしこたまほーりこんどいたわよ・・・・レプリケーター止められてるんでしょ?」
「あ、ありがとう・・・・スポンサーに宜しく」 地獄にまたもや仏のピカーク
「じゃぁ、修理に戻るわ-」 機関長は部屋を出かかった
ピカークが実に丁重に付け加える 「あの- エアコンは融通利きませんでしょうかね・・・・」
機関長は指を一本立てた 「それはちょっと無理ね」
そしてドアは、ケラケラと閉まる。
改めて溜め息をついたピカーク- しかしながら副長は未だ顔を覆ったままだ
「あの- 宜しければドクターを見舞いたいんですが、もうお話の方はお済みでしょうか・・・・」
「どーぞー」 投げやりの副長
ピカークは出来るだけ彼女の御機嫌を損ねぬ様、そろりそろりと会議室をあとにした。
医療室のドアの前に立つと、ピカークは気休めではあったが若干身なりを整えた。そして一歩踏み出す-
「いらっしゃ~い! お待ちしてました!」
そこには訳の解らぬピンクの制服を着たウサギの様な顔をした女が立っていた- ピカークは慌てて身をひいた
「済まん、部屋を間違えた様だ・・・・」
扉を一端閉めて表の表示を見直したが、どう見ても「医療室」と書いてある・・・・気を取り直してもう一度ドアを開けた-
やっぱりさっきの女だ。
「こんにちは! 初めまして、看護婦のアリサです! ヨロピクね!」 その看護婦は今にも跳ねそうにキャピついていた 「は~い、これ名刺です! これからもごひいきに!」 そして何やらハートマークだらけのカードを渡される
「アリサ違いでおまけに職業違いの様な気もするが・・・・まぁいいか・・・・」 ピカークはありがたくその名刺を頂戴した 「所でその・・・・医療部長はどこかな?」
「ああ、こっちですよ!」 アリサはピカークの腕を引っ張ると、医療室の一番奥のベットの脇まで連れて来た。そのベットはまるで霊安室のそれの様に1枚の毛布にすっかり覆われている。
「ドクターがベットで寝てるシーンて、不思議とめったにないんですってね!」 アリサは相変わらずの調子だ 「ジャムジャム、チョーラッキ!」 ピースサインと共に背中を叩く
どうやらジャムジャムって、叩かれたピカークの事らしい。
咳払いしてから 「・・・・ドクター、いやその・・・・せっかく私を気遣ってくれたのに・・・・申し訳なかった・・・・だが、怪我がなくて何よりだった・・・・」 こわごわと彼は言葉を選ぶ
その途端おもむろに毛布が盛りあがり、中から髪ふりみだしたドクターが、それこそ死人の様な目付きでこっちを睨んで例の調子で言い放った-
「帰ってちょうだい!!」
毛布は再びベットを覆い尽くす。
顔を見合わせたピカークとアリサだったが、やがてアリサは顔一杯にあの満月の様な笑顔を作った
「へへ~ん、残念でした・・・・お客さん、また来てね!」 そして再び彼の腕を引っ張ってドアの所まで- ついでにドアから押し出す 「それじゃ、次も指名してくださいね! バイビー!」
扉は閉まった
ピカークは更に老け込み、磨きがかかった猫背を向けてその医療室らしき場所を後にした。
廊下でようやっと体を運びながら頭に浮かんだ文字は、勿論 「辞表」 の二文字だった。彼は角の休憩コーナーにへたり込むと、ここの所の運のなさに疲れ切っている自分を改めて発見し、チョモランマで戻りかけた自信がまた失われるのを感じていた。そして更に追い討ちをかける様に、死角になったピカークを尻目に若いクルー達の通りすがりの話声が耳に入る-
「・・・・でもさぁ、あれじゃぁ、船長と副長は立場反対だよね・・・・今度ブリッジに入ったら、副長席に 『指令席』 って張り紙しようかな・・・・さすがに指令席に 『負け犬の家』 って張る勇気はないけどさ・・・・」
もう、決定的に、ガックリ。
「こんなとこにいたんだ-」
見あげるとまたもや機関長だった- 彼女はピカークの腕をつかむ 「とにかく全部復旧したから、こんなとこでボケーっとしてないでブリッジにいきましょ!」
足元がちょっと怪しいピカークだったが、おとなしく連行される。彼はややあって思い出した様に胸を叩いた 「ピカークより操舵長へ。」
「はい、あたしです。」 ちょっと艶っぽい声が流れる
「演習場に再発進、ワープ5」
「了解」
まだ機関長に腕をつかまれてはいたが、何となくしゃっきりとして来た
「ジャム、言い忘れたけど、指示されてた携帯用シールドの量産に成功したわよ・・・・フラクタルの技術を使って、アニメ版以来100年ぶりの復活ね!」
「そいつは良かった・・・・いかんせん24世紀にもなって未だ宇宙服じゃ、示しがつかんからな。俺のカンではすぐに使う自体が生じそうだよ。それから、君の仕事ぶりが防衛庁筋から極めて好評なので、この場を借りて御礼を言いたい。」
何だか良く解らないが、機関長も挨拶を加える 「それは、どうも。」
「ついでにお詫びと訂正もしたいんだが、前の任務で 『袋のオブチ』 と言う台詞が使われた事をお詫びして、ご冥福を祈りたい・・・・しかしなんだな、総理自ら過労死する国なんて、カークだったら一般命令に勇んで違反し議事堂にフェイザーぶち込んですっかり占領していただろうな。」
やや引き気味に苦笑いする機関長と共に、リフトに乗り込む。
さて、ブリッジに到着。さっそく意外な報告が保安主任からもたらされた
「船長、先程から演習本部との連絡が途絶えています- 艦隊本部からも事態に懸念の声が聞こえて来ました。」
「何だって・・・・考えられる原因でもあるかな?」
丁度後部の科学コンソールにいたアトムが受ける 「いえ、あらゆる可能性を考慮しましたが、長
距離センサーに限っては現在サルガッソー付近には何の異常も見られません・・・・ですが、待ってください・・・・丁度演習場付近にかなりの規模のエネルギーサージが見られました・・・・」
指令席をいやいや譲りかけた副長が、マジになってそこに駆け寄る 「付近のイオンベルトに異常はない?」
「それは大丈夫の様ですが・・・・しかしながら・・・・航宙艦数隻分のエネルギーが放出されてます。」
ピカークは叫ぶ 「コンピューター、非常警報発令- 法定ワープ制限解除!」
警報と共にコンピューターが返す 「非常警報発令承認- 法定ワープ制限は解除されました。」
ピカークが再び受ける 「操舵長、ワープ9だ!」
彼女は復唱する 「ワープ9了解! 約40分で現場に到着します。」
指令席に腰を据えたが、副長のクレームはそれどころではなくなったらしく、幸いにも皆無だった。次の30数分間、ピカークは演習内容と事態の可能性に関して副長からレクチャーを受け、引き続きアトムと保安主任は情報の収集に寄与した。
「サルガッソー星系に到着」 そして操舵長の報告
「ワープを切って、通常推力1/4」 指令席からピカーク
「依然、通信は途絶えたままです」 怪訝な保安主任
「演習宙域、視覚レンジ内に入りました- 有害放射線が強く、この付近で停止した方が無難です。」 運航管理席からアトム
「よし、完全停止- メインビュワー・オン!」 ピカークの命令と共に、例のピピッと言うパネル音。
およそあまたのSF作品の中で、サルガッソー・エリアと言う名前はそれこそ星の数ほど登場した。そして、そこには必ず共通した事態が発生している-
「どうやら我々は、間違えてウルフ星系に来てしまった様だ・・・・」
明らかに産業廃棄物法違反と思われる航宙艦の残骸が、ここかしこに鎮座ましている- 唖然としたハーレムは、それら手前で静かに停止した。
第3章
取り敢えず放射線の除去作業が先だった- 様子を見ながらハーレムはゆっくりと残骸群に近付いていた。
アトムの報告は続く 「・・・・作戦に参加した全ての艦が破壊され、生存者もいない様です・・・・U.S.S.イーグル・・・・U.S.S.シュービュー・・・・U.S.S.サンダーバード・・・・U.S.S.マイティジャック・・・・U.S.S.ディスカバリー・・・・U.S.S.ギャラクティカ・・・・極め付け、旗艦のU.S.S.ヤマトも撃沈されています。」
「またヤマトは撃沈か」 ピカークは呆れている 「せっかく再就航したばかりだって言うのに- よっぽどついてない艦だな。」
「なるほど・・・・この強力な放射能は、ヤマトに実験的に搭載されていた波動砲 -どう考えてもフェイザーの直訳としか思えないんですが- が発射された為に発生したと思われます。これでその他幾つかの艦が見付からない理由も解りました- 一瞬にして蒸発したのでしょう。」
ここでピカークは副長に一瞥を加え、近隣の士官に演説を開始した 「実はここで行なわれていた演習は、頻発する連邦艦船同士の誤射誤爆の原因を追求する為のシュミレーションだったんだ。」
「なら、これは若干納得出来る状況ですね。」 アトムの指はそこで止まった 「どうやら朗報です・・・・1隻だけ殆ど被害のない艦が見付かりました・・・・残念ながら矢張り生命反応は見られませんが- U.S.S.ファルコンです。」
あのポンコツ船か- ピカークは科学コンソールに屈んでいたその身を元に戻し制服を整えた 「ここは当然、何があったのか調べにお伺いするしかあるまいな- では、わたくしめがまいりましょう。」
「待ってください-」 横にいた副長だ- 当然反対なのだろう 「と、言いたいとこですが、それも選択枝の一つですね・・・・何かあれば、適格審査会を開く手間も省けるし。」
どーゆーこっちゃ- とうとうすんなり見送られる様になってしもうた。
「ではご期待に沿って死ににいって来ます- アトム、一緒に心中だ。それから、機関長も呼んで欲しい。」 保安主任を向いて 「任務的には同行なんだろうけど、今朝も言った通りの事情で留守を頼みます」 彼女の笑顔の納得を見計らう 「さらにと・・・・」 ここでピカークはドクターを想ったが、来てくれるわきゃねーな 「例のアリサさんを、転送室まで呼んでくらはい。」
「まぁ、船長の悪運の強さには驚かされますわ- マックス・ダンセル・スマートなんて名前に改名なされたらいかがですか?」 副長はこの時とばかりうまい比喩とはお世辞にも言えないが、皮肉の塊である 「取り敢えずご無事のご帰還、心よりお待ち致しております。」 デパガの様な満面の笑みがおまけで
「いたみいります・・・・では、御免なすって・・・・」
カウンセラーと操舵長に会釈したピカークは、死にに逝くにしてはニコニコしているアトムを従えブリッジを去った。
さて転送室- 入室して驚いたのは、あの瓜実顔のちょっと色っぽい女がすまして立っていた事だ
「ドクター! 来てくれたのか!」
彼女は、仕方ないと顔に書いてピカークに近付いた 「まぁね、確かに訳のわかんない装置をいきなり触ったのは私のミスだし、保護者なしで危険な所に今のあなたを送るのは主治医として見てられないから-」 くたびれたピカークの襟のカラーをしゃんと直して、ほこりを払う 「まぁ、許してやろう!」
「ありがと」 加えてその言葉を脇で楽しみ微笑んでいる機関長へ、ピカークは僅かなウィンクを返しておく
さてそんな状況お構いなしに転送主任が割り込み、ピカークにチケットを差し出した 「はい、改めてあたしのと 『ブリスター』 のマニア物2点セット劇場割引券。」
「招待券はないの?」
ブーイング 「それって、収賄!」
まだビトンの一件根に持たれているらしい- もっともひっぱりネタは、この辺でやめときますかな。
「じゃぁ、真面目に座標設定してくれよ- 先方のブリッジだ。」 転送主任のフクれた美味しそうな頬をちょっとねじった- いっぺんやってみたかったんだ。
「ふぁ~い!」 明らかに不満たらたらの彼女は転送パネルにつく。
ここで機関長がちょっと洒落た銀色のベルトをみんなに配った 「はい、さっそく御所望の携帯用シールドよ。マターストリームタンク付きでほぼ1週間は持つわ。」
みんなそのベルトを装着し、スイッチを入れる- 淡いグリーンのシールドが彼らを包み、声は通信機経由となった。
アトムがトライコーダーをかざしている 「正常に機能していますね。」
「あたぼうよ!」 機嫌を損ねたふりをした機関長。
そして転送台で待ちぼうけのアトムのあとを追い、しっかりとした足取りの機関長を脇にピカークはまたもやダンスに誘う仕草でドクターに手を差し出してわざとらしく転送台へと誘った。ドクターもマリーアントワネットよろしくその手をシールド越しに見事に取って転送台に登る- 全員揃った。
「転送!」
4人の素粒子はニュートリノ変換されて先方に送られる- 絶対にコピーじゃねぇぞ!
ファルコンは、ミレニアム級と言う40年程前一時期クリンゴンとの緊張が強まった時に作られた戦闘特機艦で、デファイアントの前身と考えればいいだろう。例の円盤状の第1船体にワープナセルが脇に一本くっ付き、カタツムリの様な形をしている。特徴的なのはディフレクターがでっかくその第1船体にくっ付いていて、運動性能はいまいちだがディフェンスに力を入れていたと言う所だ。武装も完璧で、ヘビー・フェイザーを幾つか搭載している- とは言え、話にならないほどダサいポンコツ艦には違いない。
転送されてみるとブリッジは冷凍状態で、クルーはカチカチに凍り付いていた。特に船長は指令席の前で腕を折り曲げ掲げた状態で驚愕の表情を見せたままカチンカチンになっていた。
「艦名を聞いた時、こんな状態じゃないかといやな予感がしてたんだ・・・・」 ピカークは独白する
ドクターがさっそくトライコーダーをかざした 「だめね・・・・残念ながら組織の80%が破壊されていて、解凍再生は不可能だわ。」
アトムもトライコーダー越しに 「船体に穴が開いて、突然絶対0℃になったのだと思われます。しかし、今は気温を除いて船内環境はほぼ安定しています。」
「穴はフォースフィールドで一応塞がれてるみたいね」 機関長は後部コンソールにいる 「O.K.、環境システムは直ぐにでも復旧出来そうよ。」
「そいつは何よりだ」 ピカークはソノ船長を蹴倒して、指令席についた- すわ、恒星日誌を探る。
「核融合炉作動・・・・反物質炉の方は未だ難しそうだけど、通常推力程度なら何とかなりそうね。」 指をコンソールに立てて音を鳴らす機関長 「オーライ、気温も元通り- 艦内環境システム復旧!」
チャージ音と共に、明かりが元に戻る
ドクターは溶け出した死体をアトムと共に1箇所に集め、胸を叩いた 「目前の遺体を転送してちょうだい。」
物を言わぬ乗員達は、ハーレムへと収容される。
「もうシールドは切ってもいいかな?」 ピカークは、後部コンソールから運航管理席に移りかけた機関長に尋ねた
「いいわよ。」 その声を合図に、全員を包んでいた光はかき消える 「アトム、制御システムをサブネットに切り替えたから、ここから通りを良くしてちょうだい・・・・メインのニューロネットの様子がどうも変なの。」 機関長は運航管理席を今度はアトムに譲る
「了解」 譲られたアトムは、さっそくサブネットに臨時プログラムを組み始めた
ドクターが指令席の肘掛けのディスプレイに近寄って来る 「何か見付かった?」
「いいや、残念ながら」 ピカークは深刻そうだ 「唐突に攻撃を受けたらしい・・・・レクチャーされたプログラム通りの作戦が開始された・・・・こりゃ、その途端かな・・・・救難信号もなかったもんな・・・・だが、待てよ・・・・」
彼はおもむろに後部コンソールにやって来ると、作業中の機関長に構わず割り込んだ。彼女は最初作業を邪魔されウザそうな顔をしたが、やがて前面のディスプレイに現れたサーキット・パターンに食いついた 「そう! それよそれ!」
「やっぱりそうか- 原因はニューロネットの作動異常だ。機関長、コンピューターコアはどこのデッキかな?」
「ミレニアムだと・・・・確か第2デッキだわ- 勿論、見てくるわね!」 彼女はその言葉と共にリフトに消える。
「どう言う事なの?」 事情が飲み込めていないドクター。
「この艦がやられたのは攻撃ではなく、攻撃の前にあったコンピューターの作動不良なんだ。但し、原因は全く解らんな-」 彼はアトムに目をやる 「どうだい、復旧出来そうかい?」
「何とか-」 彼女は若干戸惑っている様だった 「しかし変ですね・・・・船長の説が正しいのは解るのですが、だとするとメインニューロネットリアクターに何らかのエラー痕跡が残っている筈なのですが、全く見当たりません。痕跡は攻撃によって生じたネット切断によるものしかありません。」
「しかし、このプログラムフローのリターンは明らかにエラーによるものだ・・・・ウィルスか何かかな?」
「その説が一番有力ですね -只それなら無傷のエラーログに何か残っている筈なんですが- これは明らかに矛盾です。」
やや間を置いた空気を抜けて機関長の声が響く 「機関長よりブリッジへ。」
ピカークは機関長とのコムをロックする為パネルを叩いた 「どうだった?」
「コンピューターコアのハードは全くもって異常なし・・・・プログラムフローの情報と食い違ってるわね。」
全員顔を見合わせる- 「システムが切断されたあと、ニューロネットに全く痕跡を残さずかき消えるなんて事出来るのか?」
アトムはちょっと考えた 「いくらシステムが旧式とは言え、その点のウィルス対策はほぼ完璧と言えます。これだけの異常プログラムをこなしてログも残さずかき消える事は不可能です。」
「そうだな・・・・」 ピカークは割とすぐ答えを出した 「とにかく、ハーレムに慎重にデータを送って解析させよう- アトム、先ずはメインシステムを復旧させてくれ。」
「了解-」 彼女は作業を再開した 「通常推力復旧・・・・メインディフレクター作動可能・・・・武器制御システム復旧- あっ!」
「どうした?」 その声にちょっとびくついてピカーク
「この艦には量子魚雷が搭載されていますね- 演習用に臨時搭載したのでしょうか。」
彼はほっとした 「ああ、きっとそうだろう。ランチャーも新型にとっかえてるみたいだしな。」
「その様ですね」 と、聞きながらもアトムは作業をこなしている 「・・・・転送システム、トラクター
ビームその他、ワープシステムを除いて全て復旧しました- ただ、エネルギー供給が不充分なので、実際には未だ働きません。」
「ありがとうアトム- ではウィルスに気を付けて、ハーレムに送るプログラムログを作成して欲しい。」 ピカークは通信記章に触れる 「ピカークよりハーレムへ」
「副長です。」 例のとび気味の鼻声で
「こちらからシステムのプログラムログを送る・・・・ウィルス臭いので、万全整えてプロトコルロックの準備を請う。」
「了解」 そして何時もながらに冷静な声色
ここで再び機関長の声 「ジャム、反物質炉が何とか体裁整えたわよ・・・・ワープ自体はちょっと未だ無理だけど。メインニューロネットは様子を見たいんで、取り敢えずアトムの組んだサブネットプログラムで塞いでみたわ。」
「ありがとう機関長、曳航の手間が省けそうだな。」 ピカークが受ける
後部コンソール群に明かりが暫時戻り、どうやら艦は息を吹き返した様だった。
「さてと・・・・これで根幹部分のシステム調査も出来そうだ・・・・ドクター、済まんが環境システムからチェックを手伝ってくれないか。」
「わかったわ。」 手持ち無沙汰そうだったドクターにも、やっと仕事が出来た
「船長、レベル8までのチェックを入れたレポートプログラムを作成しました。」 と、アトム
まぁ、その程度だったら平気だろう- 胸を叩く 「副長、受け入れO.K.かな?」
「何時でもどうぞ。」 ご機嫌のいいご返答。
「よし」 ピカークは息を整えた 「ちょいとマジなページが並んじまったが、取り敢えずアクセス開始!」
事態は、その掛け声から正に始まった
エンジンの唸る音が聞こえた途端、アトムが叫ぶ 「操舵システムが突如作動しました- 武器管制システムもチャージされています!」
「停止させろ!」 焦るピカーク
「オーバーライド、利きません!」
ピカークはアトムの隣の操舵席に珍しくひらりと飛び付き、運航管理席からの制御を本筋に戻すべく試みたが、それ以前の問題で、パネルは全く言う事を聞かない。
「コンピューター! システム停止!」 叫び倒すが全く無視だ
「通信も妨害されてるわ・・・・ハーレムからも連絡なしよ!」 後部コンソールからドクター
ピカークは通信記章を叩いた 「ピカークよりハーレムへ- 副長!」
全くもって反応なし。
「ジャム! 聞こえる?」 機関長の声はロックした有線のコムからだ 「エンジンが勝手に遊び始めたわ- 心当たりある?」
「解らん・・・・だがどうやらウィルスのボタンを押してしまった様だ・・・・」
「ファルコンはハーレムのへ臨戦体制を整えつつあります!」 アトムは必死にシステムと格闘している 「フェイザーバンクチャージ中- 光子魚雷装填!」
「何とか止められないの !?」 叫び倒すドクター
「やってるよ!」 わめき声のピカーク
その時、唐突にアトムが立ちあがった 「緊急事態です -僕の陽電子脳に何者かがアクセスを試みています- セキュリティの為、間もなくシステムはシャットダウンされます-」
次の瞬間目を見開いたまま、アトムはその場にバタンと倒れ込んだ!
「アトム!」 慌ててドクターが駆け寄る
「どうだ?」 パネルと格闘しながらピカーク
「システムが完全に切られてるわ・・・・背中のボタンも役に立たない!」 ドクターはアトムを悲痛に抱きかかえている
「ジャム!」 機関長の悲壮な声 「パワーが切れない・・・・どうやっても駄目!」
「機関長!」 ピカークはやむを得ず当面の問題に戻る 「通信をリンクさせた途端故に、外部からの侵入の線が濃い- パワーを切れないならむしろありったけのエネルギーでフォースフィールドをギンギンに張れ!」
「基本的に防衛システムはいかれちゃってるわ・・・・丸裸で撃ち合うだけ撃ち合わせようって魂胆ね・・・・もしフォースフィールドを張れたとしても、武器とのリンクが難しいわよ・・・・発射した途端フィールド沿いにエネルギーサージが起こったらお仕舞い!」 フィールド沿いにエネルギーサージが起こったらお仕舞い!」 そんなコムの音もかすれ始めた
「くそっ!」 ピカークは武器コンソールに飛び移る 「・・・・駄目だ・・・・こっちもパワーカットできない!」
その時、ハーレムに向かって先ずは第一弾のフェイザーと光子魚雷がぶち込まれた- 運良く彼女は耐えている
「ウェズリー准将と違って、あの副長はおよそ容赦ないだろう- 食らうぞ、グローブのキンテキを!」 ピカークは額の汗をぬぐった 「そうなったら、ほんとに心中だな-」
「随分と駄々こねられたけど、取り敢えずフォースフィールドの強化だけは成功したわ・・・・どれだけ持つか保証対象外」 かすれ、取り乱した機関長の声 「加えて極め付け危険よ!」
そして次のフェイザーと共に、案の定リンクを脱せなかったエネルギーの片割れが自艦を襲う- コンソールに火花が散った
「キャーッ!」 コムからの声だ
「機関長!」
しかし、もう返事はない
「ドクター、不本意ながら2人きりになれた様だ -そして更なる嬉しいお知らせがある-」
ピカークは武器管制コンソールを睨みつけている
「・・・・量子魚雷が装填されたぞ・・・・」
さて迎え撃つハーレム。実はこちらにも幾ばくかのシステム異常が起こっていた。そんな中涼しい顔の副長は、指令席で腕組みをしている。被弾したものの、今の所防御は完璧だった
「まぁ、とち狂ったジャム・ピカークが私を亡き者にしようと考えているとも思えなくはないけど、どう考えてもこれは不可抗力ね。」 副長はアトムに代わって運航管理席に就いている木村佳乃似の若い科学士官に呼びかけた 「中尉、システム異常の原因は未だ解らない?」
「ええ、さっぱり」 彼女は意外と普通の器量でそそとしている 「でも共通しているのが、比較的古いシステムが影響を被ってるってことです- 先輩、どう思います?」
実は彼女は副長のアカデミーでの直接の後輩なのである 「そうね・・・・通信リンクが原因と見ていいから、あっちからプレゼントされたとも思えるけど、未だプログラムは開けてないし、ウィルスの様でその実ウィルスじゃない様な気がするわ・・・・」 保安主任を顧みる 「通信はどうしてもだめ?」
「ええ、実はこっちも調子が良くないんです-」 彼女の顔にも焦りの表情が見られる
「退却しましょう・・・・距離を置けば収まるかもしれないわ。操舵長、6時方向に退却- ワープ2!」
そこには珍しく眉間に皺を寄せる操舵長の顔があった 「だめ・・・・言う事聞かないわ・・・・エンジンに繋がるバイオネットは生きているんだけど、操舵関係のニューロネットが死んでます。」
「そう、それです-」 運航管理席の例の中尉だ 「-新しいバイオネットベースのサーキットは生きてるんですけど、旧タイプのニューロネット系統がどうもおかしいんです。」
副長は一計を考じた 「全システム、取り敢えず全部バイオネットに切り替える様にしてちょうだい- ニューロネットベースのシステムはカットよ。」 そして今度はカウンセラーに向く 「先方で何か感じない?」
カウンセラーは精神を集中させている 「焦燥感ね・・・・船長達も慌ててるんだわ・・・・」
「なら望みはありそう」 再び保安主任に 「探査機にメッセージを載せて、射出できないかしら?」
「残念ながらその系統のシステムはもっともベーシックで、バイオネットでフォローする事は出来ません・・・・電源を全てカットされています・・・・」 ここでちょっと艦はブローを受ける 「こちらの防衛システムも、おかしくなって来ました・・・・」 保安主任は手摺で身を守った 「待ってください・・・・このサージウェーブは-」 そしてあげた顔は決して血色の良いそれではない 「-あちらで、量子魚雷が装填されています!」
全員、正に息を飲む
「しかし望みはある- 亜空間爆裂が起こっても、この付近は等方な空間とはお世辞にも言えないから、ブラックホール化せずに直ぐ閉じちまう可能性が強い」 だがそのあとに乾いた笑いが加わる 「てこって御近所には迷惑かけないとしても、みーんな破壊されたあとじゃ、意味ないか。」
「いったい2人っきりで何が出来るって言うのよ・・・・」 ドクターの表情は医療室で寝込んでいた時のそれに戻りつつあった 「・・・・取り敢えず、機関長の様子見てくるわ-」
彼女は床の非常階段のドアを開け、ブリッジを出た。ピカークはピカークで、量子魚雷の発射を阻止すべく、訓練用プログラムやメンテナンスプログラムなど直接の駄目出しでない方法で発射妨害を試みた。確かに一瞬は成功するのだが、何れも所詮は単なる時間稼ぎにしか過ぎなかった。フォースフィールドも、さっきのサージ時に吹っ飛んでいる様だ- まさしく、万事休す。
やがて機関長をおぶったドクターが、やっとの思いで階段をつたって来る- さすがにピカークも作業を中止してそれを手伝う。機関長は気を失っている様だった。
「容態は?」 思う所があって、ピカークは後部コンソールに戻る
「傷はたいしたことないけど、倒れた時に頭を打ったみたいなの・・・・精密検査が必要ね・・・・」 ドクターはちょっと唸されている様な機関長に、気丈にトライコーダーを掲げている
「ドクター、いざとなったら艦を捨てるから、機関長とアトムの携帯用シールドのスイッチを入れてくれ- 無論君のも。転送装置なんて贅沢は出来ないから、せいぜい脱出ポットかダイブだな」
「了解・・・・」
そう言って2人を優しく並べてシールドのスイッチを入れている彼女は、飛び切り美しかった- そしてこんな時にそんな事を思っているピカークは、自嘲気味にささやかに笑う。
だが、それがヒントになった
「ドクター! 済まんが、暫く俺に話しかけないでくれ-」
そう告げて彼は突如指令席に腰を据えると、何を思ったか目を閉じてだんまりを決め込んだ -ほぼ同時にコンピューターのカウントが始まる-
「量子魚雷発射まであと3分です・・・・」 極め付け愛想のないセリフ。
ピカークの意図が全くわからないドクターは叫び倒した 「こんな時に何してるのよ! さっさと腹くくるなんて、どう言うつもりなの!」 彼女は目を腫らしている 「最後まであきらめちゃいけないってば!」
ドクターは気付かなかったが、その悲痛な叫びはシールドのスイッチを未だ入れてないピカークには通じていなかった- 何故彼がシールドのスイッチを入れてなかったかと言うと・・・・
副長は迷っていた -道は二つ- ハーレムを放棄するか、それともファルコンを破壊するか、だ。
「船長達をロックする事は出来ないの!」 転送室をどやす
「わかんないわよ!」 何時も不機嫌な転送主任の声だ 「もう、システム、めちゃくちゃ!」
どうやら収容は期待出来そうにない -シャトルを出せたとしても、悪くするとハーレム自身がそれを破壊するやも知れない。艦の放棄だが、どう見てももう間にあいっこない- と、なると残る道は1つだけだ-
唇を噛み締め、副長は決意した
「保安主任 -フェイザーと光子魚雷をありったけファルコンにロックして・・・・いや-」
途端、副長は片手を手摺において華麗に空を舞い、指令席から保安コンソールに見事に鞍馬した
「あたしがやるわ-」 彼女は悲痛な保安主任をのかせ、発射の手順を踏む-
「先方のランチャーから最終の解除シグナルが発せられました・・・・あと1分以内に破壊しなければ、起爆を止められません!」
やや不謹慎な物言いだったが、あの中尉のその言葉は事実なのだから仕方ない-
副長の指が発射ボタンにかかった-
「待って!」
その声はカウンセラーだった -ブリッジの全員が注視する-
彼女は宙を見据えていた 「・・・・船長が何かイメージを送って来てるのよ・・・・何か・・・・そう・・・・」 ここで立ちあがった彼女は、確信に満ちた表情で副長に宣言する 「ねっころがりながらテレビのリモコンをいじってる絵だわ!」
その声に間髪入れず副長は反応した 「旧型艦に搭載されてるリモコンコードよ! 確か、レジストリ形式じゃなく単純な番号だった筈だわ!」 彼女の指はボードを滑っているとしか言い様がない 「あった! ファルコンのコード、16309!」
彼女はリモコンコードと共に、全システム停止のコマンドを送った!
奇跡だった- 正にハーレムの鼻先3寸で、ファルコンは完全停止し、光を失う。
「やったわ-」
さすがの副長も、馬蹄の手摺に両手をあてがい、その場にへたり込んだのだった。
第4章
「しかしびっくりしましたわ・・・・半世紀前の航宙艦のリモコンコードの20%が16309だったなんて、のんびりしてた時代だったんですね- 船長も昔のこんな番号を良く覚えてましたし。」
副長のその言葉に、おでこにバンソウコウを張ったピカークはにこやかに答えた 「いかんせん、せいぜいクリンゴンとロミュランに気い付けてりゃいい、古き良き時代だったからね。番号を覚えてた件に関しては、単純暗記はやっぱり若い時のそれに限るっちゅうことですかね・・・・しかしもって、旧式のシステムが返って功をそうすとは。これが今のシステムだと、ああは単純じゃないもの。リモコンコードのフローが全システムの手前にあったもんで、ラッキーでした。とにかく、今度の危機を救ったのは何を置いても 『愛』 の力だよね-」 と、ピカークはいけしゃぁしゃぁと隣のカウンセラーの手を取り、得々と副長に顔を向ける 「今日から私をジキル博士と呼んでくれたまえ- どう見ても私の方が紳士的で頭もいい。」
次の瞬間、カウンセラーはきっぱりとその手を切断する 「一方的なしつこい片思いも、相手にその念は通じますよ- 非常にマイナスな形でね。」
両手を広げて肩をすくめる極めて古臭いポーズで、副長におどけて見せるピカーク。
「見事にフラれましたね・・・・おめでとうございます- その実私もいくばくかテレパスになった経験があるので、カウンセラーの迷惑な気持ちは良く解りますわ。」
「ああ、知ってる- 『筒井さんちのお手伝いさん』 の一件だろ。NHK版は最終話の最後の最後で悪女から電話がかかって来てが見れなかったんで -VTRもなかった頃だし-、君の記録でそれが見れて感謝してるんだ。キャラが被ってるから、転送主任に演技指導すれば良かったのに。」
珍しく副長はケラケラと笑っていた。そんな中、ドクターがブリッジにやって来る
「どうだい、機関長の様態は?」 背もたれに手をかけ、ピカークはふり返る
「ええ、ちょっと血栓が生じてたけど、もうすっかり直ったわ。でも今日1日は様子見で、寝ててもらうつもりよ。」 それにドクターも、流石に若干疲れ気味の御様子だ
「ベットに縛り付けとかないと、真面目な彼女の事だから復旧作業に手を出しかねない- 良く監視しててくれよ。で、アトムの方は?」
「全く駄目ね・・・・意識はまだ戻らないわ。今はラボに移して、分析チームに任せてる。」
「その事なんですけど-」 副長が返した 「一端ハーレムをサルガッソーから完全に撤退させればアトムも治る可能性がありますが、どうでしょうか。」
「うん・・・・それも考えたんだが、矢張りシステム異常の原因がはっきりするまで深刻な事態にならない限りここに留まりたい。この故障の頻発が、単艦のみで再現性のあるものかが解らないからだ。」 ピカークはドクターが副長の横の補助席に座るのを見計らって、再度返す 「サスペンス
の両巨頭が揃ってるんだ・・・・2人とも、このシステム異常の原因に心当たりはないか?」
ドクターと副長は一瞬顔を見合わせ、すぐさま首をふる。
「ふう。」 ピカークも息をつく 「取り敢えずファルコンのログと、こっちのバイオネットの結果分析を待つしかない訳だ・・・・」 彼は席を立った 「ラボへ様子を見てくる- 副長、指揮を頼む。」
科学ラボへ向かう途中、ピカークはふと修理中だった第2ホロデッキの様子が見たくなり、その前を通るコースを選んだ。到着して見るとドアが開け放たれていて、中から何やら気合の入った掛け声が聞こえて来る- 無論、覗いてみる事に。
やめときゃよかった・・・・中では、例の特殊潜入隊の制服に更に横に黄色の縞模様が入った格好 -詰まりはトラスタイル- のコスチュームに身を包んだ保安主任が、 「うるさいやつら」 と書かれた掛け軸の前で、アイキドー・ワン相手にあのウサン臭いバトンのお化けを使い格闘している姿があった。
「済まない-」 ピカークは申し訳なさそうにホロデッキに入る 「いじらないと言ったのに、ついいじってしまった-」
「あっ、船長!」 相変わらず元気のいい保安主任 「ホロデッキのテストにはお手ごろなプログラムですし、一度正規の稽古着を着て 『アンボージュツ』 をやってみたかったんです・・・・でも、やっぱタキシードの方が似合うかな。」
「いや、その、それも良く似合ってるよ。」 と、目のやり場に困るピカーク。
「船長もやってみませんか・・・・運動不足は良くありませんよ。」
「何かそのセリフ、もう30年近く言われている様な気もするが、有難いけど見学させてもらうよ- せっかくアイキドー・ワンさんにもゲストで来て頂いた訳だし。」
「それでは-」 ピカークが退くのを見計らい、彼女はアイキドー・ワンと再び向き合う 「ヨロシクオネガイシマス」 2人は礼をし、あの棒を構えた-
「ダッチャ!」 互いに緊迫した掛け声の応酬が返し返される 「ダッチャ!」
その様子を真剣に見守るピカーク。
しかしもうちょっとで保安主任の押さえ込みが決まろうとした正にその時、アイキドー・ワンにフリッカーが起こり、壊れたテレビの映像の様になってしまった
「あー、また!」 拍子抜けした保安主任は珍しく意地焼ける 「ずっーとこの調子なんですよ! ホロイメージが現れたり、消えたり。」
「せっかく来てもらったアイキドー・ワンさんには申し訳ないな・・・・だが、ちょっと、待てよ・・・・」
突然、ピカークは一瞬凍り付く- 怪訝そうに保安主任が覗き込んだ
「何か、ありました?」
「相討ちの原因が、今解った」 しかし、何故かピカークは全くもって嬉しそうではない- 「ありが
とう、保安主任- 邪魔して済まなかった・・・・」
ホロデッキをあとにする物憂げなピカークを、保安主任は疑問符と共に見送るしかなかった。
待機室のシーナは今度はディスプレイの中に納まり、困惑を隠し切れない表情でいた- しかもシステム異常が加わって、近場にもかかわらず映像にブロックノイズが時たま走る。
「で、彼女が真犯人だと言う確証はあるの?」
「それはまだ-」 ピカークはちょっと剣のある顔をしている 「しかし、今ラボに指示して来た作業でアトムが治れば、ほぼ間違いないと見ていいでしょう。先んじて報告したのは、一刻も早く彼女の消息を掴んで欲しいからです。」
「解ったわ- MI6かIMFに頼んどきましょう。でも、ジャム、くれぐれも血走らないでね- 昨今の異常犯のファイルの共通した特徴は、先ずガキの頃は秀才なんだけど思春期に進学失敗があって内向してしまい、性格的には几帳面な完璧主義者で外面は真面目そうで、加えて想像癖がある、ってまるであなたを絵に書いた様な連中ばっかなんだから。」
ピカークは笑わざろう得なかった 「そのご指摘、ドクターとカウンセラーに日に2度は頂いてるんでね- 私は幸運にも若干理性に恵まれていたんで、この恒星日誌を書き綴る程度で助かりましたが。だがその私も、1000番目のカウントを分捕られる様な心無い事をされれば、どうなる事やら。もっとも、こんなご時世にもかかわらず投票率が半分強なんて愚民社会に身を置けば、おかしくならない方がおかしいですよ-」 彼はここで例の演説深呼吸を入れる 「言い過ぎましたかな- とにかく、お心遣い感謝し、自重する事にします。」
「勿論、捜査自体は気張ってね。」 彼女はここで優しい笑顔を入れた- 全く、賢い上司は何物にも代えがたい 「それじゃ、また。」
通信は切れ、ピカークはひと溜め息つき、そして改めてラボへと足を向けた。
修繕用の科学ラボの扉が開いた途端、ピカークの口もあんぐりと開いた- 案の定、機関長がアトムをいじってる!
「寝てなきゃ駄目じゃないか!」
「あのね、自分の出した指示が解ってるの- アト・セカンド毎の波長を持つシールドなんて、この艦では私しか調整出来っこないわ。」 パネルが調子良く息付いている 「丁度いい事に、ドクターも疲れてお休みだったみたいだし。」
「脱走ですか-」 ニヤけたピカークは彼女のすぐ脇までやって来る 「-感心しませんが、その仕事ご熱心さ、私も爪のあかせんじて飲む必要がありそうですな。」
件のアトムだが、科学ラボのあの鉄格子の中に棒立ちになったままピクリともしない。
「気懸りなのは、このままシャットダウンの状態で彼女のシステムが後遺症を来たさないかって事だ。」
「それは平気だと思うわ- でも彼女のセンサーが未だ覚睡を許さないって事は、あなたの説に賭けてみるしかないって事よね。」
「機関長、準備出来ましたよ」 助手として作業に参画している例の副長の後輩が、制御パネルから声をかける- 機関長はピカークと共にパネルに赴いた。彼女は腕まくりをすると、バイザーを頭部に装着し、ボードに向かっている。
「これだけ微妙な作業となると、思考制御も必要なのよ。」 バイザーを調整しながらのお言葉。
「血栓が治癒したすぐあとで平気か- 所で君のHPインタビュー、教授の次は私なんかどうだ? 『馬鹿正直なチャーリーブラウンは何故いつも冷や飯食らいなのか』って、朝まで語っちゃうぞ。」
「笑わせよって魂胆、見え見えよ-」 なかなか機関長は手ごわい 「さてと・・・・シールドを作動させるわ・・・・」
途端、やや赤みがかったエネルギーフィールドが格子ごとアトムを包み込む
「今ん所未だフェムトクラス・・・・こっからの調整が勝負よ-」
やがてフィールドのスペクトルが赤からブルーへと変化して来た・・・・あくまでもそれは本フィールドの境界に被さった可視光線にしか過ぎないが、それも波長の変化を如実に語っていた。
「あともうちょっと・・・・」
やがて境界の可視光線も見えなくなり、一見フィールドはかき消えた様に写る
「やった! アトレベルで安定!」
その途端、アトムが目をぱちくりさせて首をいっこく堂の人形の様に働かせる仕草を見せながら、やがてピカーク達を視認した。
「船長、原因が解りました- 次元転送されたホロサーキットパターンが侵入し、擬似システムを構築してしまう為です。」 通話機越しに元気な声が伺える
「残念ながら、さっきわかったよ。」 深呼吸したピカークは胸を叩く 「副長、原因が判明した- サルガッソーを出てバレム星系外辺付近で停止。」
先方の響きは、心なしか優しげだった 「了解」
バイザーを外しながら、その何となく哀愁のあるピカークの表情を、機関長はちょっと驚きと共に見据えた。
「・・・・このホロイメージは、アト・セカンド毎に次元転送される為およそのフィールドを貫徹する事が可能です。加えてその出現頻度により旧タイプのニューロネットはそれを離散的なものとしか解釈出来ず、対抗措置を取れないまま仮想システムを組まれてしまうのです。対して新しいバイオネットではこれを連続体モデルとして捉える事が可能で、故に侵入は感知されシステムの防御
措置が取られます。」 アトムのハツラツとした声が会議室に木霊する
「詰まり- 単純な機械はペラペラ漫画を映像として認識できない、って事ね。」 と、指を掲げてドクター。
「そう言う事です- その理論を応用した革新的方法と言っていいでしょう。残念ながら次元転送故に、プログラムの発信源の特定は不可能です- エネルギーさえ十分ならば、理論的には宇宙のどこからでも送搬可能ですから。」 アトムはディスプレイから退き、着席した
「ありがとうアトム・・・・」 ピカークは座席で物憂げに指を組んでいる
機関長が補足した 「でも、いくら生命体じゃないから可能だからって、そもそもホロイメージを次元転送するなんて技術自体が驚き- フィールドグリットも同時に送り込んじゃってるのよ! やっぱり、どっかからの侵略かしら。」
「そうじゃないらしいわよ・・・・」 副長は厳しい面持ちでピカークを見やった 「船長、機密保持事項なら仕方ないですけど、何かご存知なのであれば、ぜひ事情をお聞かせ願えませんか?」
咳払いが入り、どう考えても積極的とは思えないピカークの口がやっと開く 「U.S.S.トーキョーは、伝統ある艦だった。今は引退なさったティー提督が長年指揮をなされ、数々の冒険の航海をこなして来た。単なる代理少尉に過ぎなった私がスポック大使と会う事が出来たのも、正に提督のお陰だ。そして当時のティー船長が提督に昇進なされて艦を去られる事になった時、後継問題が生じた- 最も有力だったのは当然ながら副長だったハッチンコウ中佐だった。私も有能だった彼女を後継の船長に推したし、それが自明だと皆は思った。所がだ- 何故かハッチンコウ中佐は就任を辞退した。理由は全くもって不明だった。そこで基幹メンバーの元で本部において検討委員会が開かれ、当時最も若い基幹メンバーだった私も参画し、トロイカ体制を提唱した-」
カウンセラーが顔をしかめた 「トロイカ体制?」
今度は副長が補足する 「聞いた事があります・・・・連邦が比較的和平状態にあった当時、宇宙艦隊組織をより科学調査チーム色の強いものにしようとした為に生じた体制で、提唱者は他ならぬジャム・T・ピカーク少佐でした- 船長を設けず、ハエラルキーを極力廃して3人の参謀によって合議制で艦を運営していこう、と言う方法ですわね。さすが、世界的国際平和学者の教え子の考えそうな事ですわ。」
「ありがとう、副長-」 ピカークは、にこやかに笑顔を彼女に送った 「私は少佐のまま3人の参謀の内の1人となり、他の2人の中佐の玉拾い役に徹する事にした。しかし指揮を拒絶した筈のハッチンコウ中佐も、准将に特進したまま何故か顧問としてトーキョーに残ったんだ。その新体制で再就航したトーキョーだったが、システム異常が続発し、加えて何隻かの他の連邦艦が自爆する事態も生じていた。不信に思った私は原因を調査すべく、内情を探り始めた -そして、トーキョーのラボでおこなわれていた秘密実験の正体を知ってしまったんだ- その内容はご想像の通りだ。残りの2人の参謀も、実質的に見て見ぬふりの状態だった・・・・艦の実権はハッチンコウにあったからね。」
会議室は暫く沈黙に包まれる-
「で、私は本部に実情を伝えるべくシャトルで脱出した・・・・しかしそのシャトルもホロ攻撃を受け、危うく破壊される所だった- ようやく地球に辿り着いた時、トーキョーは行方不明となっていて、それは反逆者としての私の責任となっていた。だが軍法会議は何故か開かれず、謹慎処分となり暫く宇宙艦隊を退く事になったんだ・・・・」 彼はここで全員に視線を配った 「これが10年前の事件の顛末さ。」
「何故、不当性を訴えなかったの?」 ドクターの思い遣りとも思える発言だ
「疲れてたんだよ、当時の私は。今もそうだが、ある意味で今よりずっとね -ハッチンコウを信頼して心を許した私も愚かだった- いかんせん標準装備となったホロデッキの危険性を真っ先に提唱したのは、彼女だったんだから。」
「ご自分を責めるべきではありませんわ- 特に、人を信頼した事に関しては。」 真摯にカウンセラー。
ピカークはほんとに彼女の言葉に涙が出そうだった 「有難いお言葉だが、あの頃は誰も彼もが敵に見えて、とても精神的余裕がなかった -これはお世辞でもなんでもないが、君達の様に美貌と見識を兼ね備えたクルーはそうはいない- 特に宇宙艦隊の様な特異な組織ではね。」
「あらま、どうしたものかしら」 ドクターがおどけて見せた 「イオン嵐どころか、ブラックホールがやって来そうね。」
お礼に笑顔が戻る- 背凭れにも体を戻した 「その秘密実験には3つのステージがあった- 第1ステージはみんなも体験した通り、敵艦にホロシステムを忍び込ませるもの。第2ステージは、ホロシップ -これは文字通りホロイメージの艦そのものを表す意味だが- それを実空間に作り出してしまうもの。そして第3ステージだが-」
全員が身を乗り出す-
「-残念ながら私の見たファイルでは、重要極秘になっていて記載が一切なかったんだ-」
全員が溜め息にまみれた。
副長がぼやく 「良くあるパターンだわ・・・・その第3ステージが何かって言うのが、およそ10時半くらいに解るんでしょうね- 野球中継が終わってれば。ダサい脚本だと、10時10分は解っちゃってあとは犯人の愚痴と独白ばっか- ああ言うのって、困るのよね。」
横でドクターも頷いている。
「で、それはあくまでもハッチンコウ中佐の単独犯行で、本部の関与はなかったのですね?」 アトムの至って真面目な質問。
「ああ、そう願っているよ。ティ提督も実情は余り御存知なかったらしい。だが艦隊本部も最近たがが緩んで来ているのは、みんなも承知の通りだ- シーナ提督は信用出来るが、保証の限りにあらずってパターンが結構あるのは心に留めておくべきだろう。もっとも現状では、正規な関与は全くないと言っていいと思う- きっとハッチンコウの実家は、資産家なんだろう。」
ここで主な演説は終了した -読者の皆さん、お付き合いありがとう- ピカークは表情を普段の昼行灯のそれに戻す 「さてと質問がなければこれで終わりだ- 機関長とアトムは協力して特に第2ステージに対する対抗策を練っておいてくれ。副長は、ハッチンコウのファクトリーの探索に知恵を貸して欲しい。ドクターは、ホロ攻撃の人体に与える影響に関して考えてちょうだい。カウンセラーは何時もの様に、その美貌と笑顔でみんなを和ませてくれ-」
カウンセラーに睨まれる 「それって、意味シン。」
「わるいわるい」 ピカークはめいっぱい作ろう 「ハッチンコウのプロファイルと、今後の予測を立てておいて欲しい。」
「了解。」 今度は笑顔でカウンセラー。
質問の気配を見計らってから、「よし、以上だ!」
みんな、一端は会議室裏のブリッジに戻る。ドクターはそのまま医療室へ。
保安主任が指令席から立ちあがった 「船長・・・・アルファ宙域のほぼ全域で亜空間通信の障害が始まっています- クリンゴンやロミュランも例外ではない様です。本部からの通信も届きにくくなっているので、サルガッソーへのサルベージチームの派遣要請も本部に届いたかどうか・・・・」
譲られて指令席につくピカーク 「一応シーナ提督には話は通じているんだが、改めて私の報告書をワープナセル付きのマークⅥ探査機に積んで直ちに本部に射出してくれ- なるべく他の艦を避ける様にプログラムして欲しい。」
「了解。」 何時もの事だが、彼女は機敏だ。
「船長-」 さっそく後部コンソールから副長がお呼びだ- ピカークは再びコンソール群まで戻った
「実は船長に命じられる前に、一体これら艦隊艦同士の誤射誤爆がどの様な分布で起こっているのか調べてみたのですが-」 ディスプレイでは、連邦宙域の中で特に銀河系中心部寄りにそれが集中している事が見て取れた- そこにはクリンゴンの宙域なども含まれている 「これは、ロミュラン・クリンゴン・カーデシア・フィレンギなどの主要国をも含めた、アルファ宙域における中心部のそれと合致しています。」
「さすが勉強家でいらっしゃる」 左腕で右手の肘を支え、その右手で鼻と口に手をやる古畑ポーズでピカーク 「で、どう見る?」
「そうですね・・・・当たり前過ぎますが、辺境地域への警戒をそらす為のものとしか思えません。」
「その当たり前に賭けよう-」 隣の科学コンソールで機関長と作業に携わっていたアトムに一声 「アトム、済まんがアルファ宙域辺境地域での最近の天文異常に関するデータがないか調べて欲しい。」
「解りました。」 例え他の作業中であっても、彼女はいやな顔などする筈もない
「事態は随分とシュールになって来ましたね。」 副長はピカークと並んで後部コンソールに背を向け、腰をあてがっている
「前の任務と違って実際のゴタゴタをモチーフにしているんだから、慎重を期さないと- こっちもシュールにならざろうえんよ。気楽なギャグを期待している読者には申し訳ないんだが・・・・」 ピカークは何時になく真摯だ
「船長」 アトムだ- はえーな 「天文関係の資料と情報を当たってみた所、確かに辺境地帯での異常な重力波の問題がここ数年取り沙汰されていましたが、それは蓄積されたワープフィールドのエコーが原因でないか、との説が有力となって、以来この半年ほど全く取り合われていません。」
ピカークは今度はアトムのコンソールにやって来る 「若し原因が他にあるとしたらどんな事が考えられるか、類似の資料を照会してみてくれないか。」
言い終わるか終わらないかの内に、もうディスプレイには物凄い数の資料が踊っていた
「この現象に最も類似しているのは、以前ダイソン天球が発見された際に観測されたバリア効果です。当初は最も有力な原因のひとつとされましたが、複数のこの様な空間が存在する可能性は先ずない事に加え、送られた観測機が何も捕らえなかったのでその説はすぐに否定されました。」
「もしもだ・・・・その天球が遮蔽していたとしたら、同様の重力波は観測されるかな? -もっとも個人的には重力は時空間の形態自体のそれだから、その波はエーテル同様存在しないんじゃないかと思ってんだけどね (著者注:専門家いわく、伝達作用を否定したこの考え方自体は間違っていないが、伝達作用がないからイコール存在しないとは言えないそうだ)-」
「なるほど-」 アトムは極めて感心していた- 無論前節に関してだけど 「それならばこの現象と全くもって一致します- 魅惑的で実に面白い。」
極めて光栄なる賛辞のセリフだ 「お褒め頂きいたみ入ります- それではお手数ですが、その存在しているであろう空間群の推定位置を割り出してみてください。」
「了解」
そのアトムのセリフと共に肩に手がかかるのを感じたピカークは、横から副長の真剣な顔が覗いて来るに至って笑いをこらえ切れなくなったが、辛うじてそれを笑顔に留める事が出来た。
「算出できました- 表示します。」
アトムの指が踊り、アルファ宙域を綺麗に囲んだ十数個のマークが表出する-
「決まった-」 ピカークは保安主任に目をやる 「メッセージは、射出しちゃったかな?」
「済みません- 若干システム異常が残っていて、今プログラムを打ち終えた所です。」
「いや、丁度いい・・・・今からそっちに渡す情報も加えて欲しい。」
アトムに作業を促し、新たなレポートは探査機へと渡される。そして彼は保安コンソールへと足を運び、自らのメッセージを再度添えた
「ありがとう- 射出してくれ。」
保安主任は射出のボタンに触れる- ボトルは海へと放たれた。
「さてと・・・・一番近いそのいわば "暗黒空間" に赴いて様子でも探りますかな・・・・」
命じる間もなく、アトムが気を利かせた 「最も近いのは、メシア星系にあります- ワープ9で1日です。」
たまには決断力を持つべきだ 「それでは救いを求めてお伺いしましょう- コンピューター! もういちいちおまえさんの許可は受けんぞ! 環境破壊に荷担してメシア星系までワープ9、発進!」
ここでハーレムは御要望に答え、目一杯の我侭なジャンプを見せたのだった。
到着までの丸1日、ピカークは暫く働き詰めだったのでゆっくりと休みを決め込んでいたらしい。しかしながらハッチンコウの正体を探らんとする副長には、それは余り愉快な事ではなかった- みんなに働くだけ働かせて、この件に関してもまた逃げを決め込んでいるとしか写らなかったからだ。しかしそれをドクターに聞き及ぶと、
「か~んたん。あの人は、給料分以上の働きはスト破りだと思ってるだけ。それで人権と宇宙を守ってるつもりなのよ。」
と、すっとんきょうの様なもっともな様な返答が返って来た- 例え寝る間を惜しんででも仕事に対しては前向きである事を常として来た副長にとっては、全くもって訳の解らぬ話である。しかも、今度の一件に関しては自分自身のアイデンティティがかかっていると言うのに。
そのピカークが殆ど1日ぶりにブリッジに帰って来た 「おはようさん-」
「おはやくないです-」 ご立腹の副長 「全く、自分の事だって言うのに、呑気なもんだわ。」
「いや、済みません」 ヌーボーとした表情で片手を挙げて謝るその仕草は、どうも人を食っている様に見られるらしい。
「決戦を前にすっきりなされた様ですわね-」 カウンセラーの取り方は若干違う様だ 「ハッチンコウのプロファイル、読んで頂けました?」
「ああ、ありがとう -お手数さんした- あの分析には全くもって同感です。」
「どんな事が書いてあったんですか-」 ちょっと探りを入れるふうに副長。
「そうだね・・・・犬をダシに男を釣る女より、実は窓の外にいる男がいないふりしてかけた電話に狂喜する女の方がまだ可愛いかな、って書いてあったんだ。」
十分承知して腕を組み勝利顔を得々と芝居して見せるカウンセラーに対し、冗談抜きでむくれた副長は、御返しが決まってしてやったりのピカークに完全にそっぽを向く。彼は彼で素知らぬ
ふりして、いやらしそうにニヤついていた。
「船長、指定宙域に到達しました。」 操舵長の声。
「ありがとう -取り敢えず様子見で完全停止- アトム、ありったけのセンサーで暗黒宙域を探査。」
「了解。」 2人のハモリ。
しかし、そのセリフのすぐあとで、アトムの珍しく焦った声が響く- 「船長、前方より100隻余りの航宙艦の艦隊がやって来ています- およそセンサーの誤謬だと思いますので、今一度スキャンし直してみます。」
「いや、そうじゃない-」 ピカークの、対照的にやに冷静な声 「それは事実だ- 来たんだよ、第2ステージが。」
皮肉な事に今度はサルガッソーとは異なり、生きた航宙艦御一行様がツアーでやって来るらしい -しかも今度は敵だ- 死んだ味方の幽霊艦隊の次は、生きた敵の蜃気楼艦隊なのだ。
第5章
思えばこれは、ピカークがハーレムに着任して以来初めて指揮を執る戦闘であった。彼は些か硬くなった自分を出来る限りほぐしていたが、隣の2人にはその辺の内情はおよそ筒抜けであろう。
「アトム、それでは打ち合わせ通りに。」
「解りました!」 彼女はなにやら張り切って運航管理席をあとに、リフトへと向かう
「副長、運航管理席を頼む。」 ピカークは真面目腐って指示を出した
「了解 -お互いお手並み拝見ですわね-」 席を代わりながらもこの副長、ころんでもただでは起きない。
そんな様子を笑顔で見物していたカウンセラーにも、ピカークはこれまた飛び切りの笑顔を返しておいた。
「現在敵艦船は108隻。ワープ2で接近中- あと数分で遭遇します。構成はアンバサダー級とネオ・エクセルシオール級がほぼ半々ですね。」 さっそく副長の戦況報告
「108隻なんて、明らかな嫌がらせだな- ただ俺の煩悩は、そんな数じゃ足りゃしない」 ピカークは手元の肘掛けのパネルを若干いじった 「副長、この宙域のホログリットの敷設状況を調べてくれ。」
「矢張りホログリットは、アトセカンド毎の次元転送によってこの宙域全体に敷設されている様です・・・・範囲を計測するのが非常に難しいですが、凡そアルファ宙域内側に対して2パーセク程と思われます。有難い事に、今度は我々に対してのホログラムの送搬はおこなわれていません- 仮想艦隊のそれのみの様ですね。」 至って神妙な顔での報告
「詰まり我々は現在ものの見事に、ユニヴァーサルスタジオ並のホロデッキの中に突っ込んだ訳だな・・・・」
ピカークに焦燥感を感じたカウンセラーが呼びかける 「平気ですか?」
「ああ、ありがとう。」 ちょっと深呼吸 「このアイディアが誰かのパクリになってないか、祈ってたとこだ・・・・いかんせん全部見れたのはTOSとTNGだけで、ネタばれもあってその他はストーリーを調べちゃいないからね -まして小説まで入れたら、保証は出来ない- 被ってたらお恥ずかしい限りだ (註:はい、結局これを書いた同時期に知る由もなく、『ボイジャー』でホロシップ実体化のハナシがございました!)。」
「いいんじゃないですか -要は御自分なりの話の持って来様ですから- 自信を持ってくださいね。」
カウンセラーは何故か会議室以来ことさら優しかった- ちょっとやる気が出て来た様な気がする。
そこで肘掛けのスイッチをぴしゃり! 「機関長! 準備はいいか?」
機関長・アトム、そして例の副長の後輩は、第1ホロデッキ内にいた。そこは相当改造が施され、部屋の半分のホログリットはアトムの居る残り半分を除いて隠されている。アーチは2つ設置され、それが部屋のお馴染み入り口付近と、新たに真中付近に仕切り版代わりに置かれていた。機関長と中尉は他数名のスタッフと共にグリットが隠された入り口に近いエリアにて、何台かの機械をいじっている。アトムはさっき言った通り、部屋半分のホロデッキそのままのエリアにある改装アーチの中に陣取っていた。
「アトム・・・・先ず最初にジャムに代わって言っておくけど、この作戦は人体への影響が懸念されるので、あなたにやってもらう事を含んでおいてね。」 機関長の思い遣りの一言。
「勿論です! お心使いは無用ですよ!」 アトムの何時ものはつらつとした笑顔。
「機関長、準備完了です。」 中尉もそれに負けずはつらつとした声。
機関長は胸を叩く 「特設ステージよりブリッジへ。準備完了- 何時でもどうぞ!」
機関長のその一声で、ブリッジの空気はピン! と張り詰めた
「近距離センサーで敵艦隊を捉えました-」 全く、副長は運航管理席でもサマになるから憎たらしい 「生命反応はなし -もっともホロイメージですから、人物が乗ってたとしても解らないですけど- それから物凄く余計な報告ですが、艦隊認識票が 『NCC』 ではなく、『ILM』 になってます。」
「おやまぁ、凝った作りだこと。」 一瞬、ピカークはハッチンコウの性格を想った 「さてと、ぼつぼつまいりまひょーか- 名付けて 『ピカーク戦法』 開始!」
「おやおや、来ちゃったわ・・・・自分で命名するってあり?」 聞こえるか聞こえないかの声で、副長の珍しい突っ込み。
「何か言った?」 ボケ返すピカーク。
「いえ別に・・・・じゃぁ、何するのか良く解らないですけど、始めてください。」
得々としたピカークの声が走る 「では保安主任、手筈通りに改装ディフレクター作動!」
「了解」 保安コンソールから武器管制系統を伝って指令が送られた。
ハーレムのディフレクターから、淡い黄色のシールドが辺りに散りばめられる。
「共鳴効果で敵艦隊前哨艦のディフレクターが弱まりました-」 副長はすぐに事態を察知する 「なるほど・・・・ホロ艦隊はグリットの影響を受ける必要があるので、フォースフィールドを強く張る事が出来ないんですね。」
「そういうこと」 しかしピカークの顔に笑みはない 「だがそれは10年前のファイルの中に既に懸
案事項として載っていた訳で、解決されている可能性もある・・・・今度の作戦の賭けはそこだ。」 そして特設ステージに 「機関長! 塀を壊したぞ! 侵入開始!」
「じゃぁアトム、いくわよ-」 流石の機関長も緊張気味だ 「重層転写プログラム開始!」
その掛け声と共に、アトムのいる半分のホロステージ側に幾重にも重なった艦の内部らしきホロイメージが出現する。全部はっきりせずに、これは正に蜃気楼だった・・・・
「どうやら先方の艦は予定通りホロデッキまで完璧にコピーされている様ね- よかった! アトム、取り敢えずシールドが弱まった前哨艦10隻ほどのイメージを表出させるわね。」
暫しアトムの目の前のイメージはピンぼけだったが、やがて焦点が合って来ると幾重にも重なったそのイメージが、何れもホロデッキの入り口らしき事が解って来た。
「機関長 -ネオ・エクセルシオール艦のホロデッキ構造が極めて初期のそれで、対処可能かどうか怪しいとこですね- 現在転写されているのは、ネオ・エクセルシオールが8艦、アンバサダーが6艦です。」 例の中尉は制御パネルと首っ引きだ
「こっちから補正してみる・・・・よぉし! 何とかなりそう!」 機関長はちょっと唇を噛む 「アトム、じゃあ、作業を開始して!」
「了解」
何時になく真剣なアトムは先ずその折重なったホロデッキの入り口前に立ち、中に入った。外見には、幾重にも連なった扉が次々と開け放たれていく様に写る-
「コンピューター、テストゼブライメージ開始。」
そのアトムのコマンドと共に、これまた折り重なった三次元ゼブラパターン -詰まり放送終了後に流れている縞模様のあれ- が殆どサイケと化した先方のホログリット内に出現する。
「ほんとは更にそこにホロデッキを表出させるのが最も効果的なんだけど、それは極めて危険だし-」 パターンを見極めながら機関長 「それじゃぁ、アトム、勝負よ!」
流石のアトムもちょっと硬くなっている様に見える- そんな事はあり得ないのだけれど。
「コンピューター! 全プログラム消去!」
そのコマンドの途端、アトムの立つホロイメージ側全体がまばゆいばかりの光に包まれ、とうとう彼女を視認する事が出来なくなった!
「アトム!」 機関長の悲痛な叫びが木霊する
しかしそれは杞憂だった- 間もなく光の波が消え失せると、何時もの何もないホログリット内に清まして立っているアトムの姿があった
「僕は平気ですよ!」
安堵して息をつぐ機関長と中尉- 2人は笑顔で見合わせる 「特設ステージよりブリッジへ! 作戦成功!」
と言う訳で、スクリーンに映る艦隊の前哨10数隻が、ふっと姿を消したのだった。
「どうやら、やり方自体に間違いはなかった様だな- ホロ艦内のホロデッキは、馬鹿正直で免疫がないって訳だ。」 ピカークは汗をぬぐう 「問題はこれからだが-」 肘掛けのスイッチに触れ 「機関長! 一度に対応出来るのは矢張り今くらいかな?」
彼女の声が返る 「そうね- フォースフィールドを解除出来るのは甘く見積もっても20隻が限度でしょうし、そっから先はアトムの作業も危険よ。」
「解った- すぐに2件目を頼む。」
「船長-」 今度は保安主任だ 「敵艦隊よりフェイザー砲撃です!」
ピカークは舌打ちする 「間に合わなかったか・・・・よし、やむを得ない- 操舵長、先方の砲撃を避けてくれ。保安主任、こっちも防御策は施せないから、フェイザーで取り敢えずは追撃だ!」
取り舵を取ったハーレムは、やむを得ず逃げの体制で臨んだ -すわ、ホロ艦隊のフェイザーが、何本かかすめる- ハーレムも負けずに撃ち返した!
「追撃艦のフィールドは相変わらず弱まったままですが、暗黒空間表層部にエネルギーサージが見られます」 冷静に副長 「どうやら艦の補填がおこなわれる様ですね。」
「本来は連中をせいぜい20隻程度にしてから暗黒空間に向かうのが、理想だな。」 ピカークは右手の人差し指を掲げる 「保安主任、連中の武器の威力を探る為、センサーマーカーをばら撒いてくれ。」
次の瞬間、スクリーンには数十個のセンサーマーカーがバラけていくのが見て取れた。さっそく先方のフェイザーがその何個かを破壊した- 丁度ハーレムにも1発当たり、衝撃が走る。だが普段のオコナイがいいのか、攻撃を仕掛けて来た付近の敵艦船はまたもやかき消えてしまった。
「危なかったな-」 今度はカウンセラーがハンカチで額を拭いてくれた 「ありがと-」 ここで何故か勇気が沸く- 極めて単細胞だ 「よし! この機を狙って一挙に暗黒空間中心部へGo、だ! 操舵長、ワープ4で中心部へ!」
ハーレムは突如方向を変え、敵艦隊真っ只中に突っ込む!!
「保安主任 、センサーマーカーの結果と、さっきの被弾の損害状況を。」
彼女は若干眉間に皺を寄せている 「彼等のフェイザーは矢張り本物のそれよりも弱いですが、集中砲火で充分我々を破壊する事は可能です- まして作業の為にフォースフィールドをまともにに張れないこちらの現状では尚更。それから、さっきの被弾は第6デッキ部に補填可能な傷を受けただけで済みました- 人員に被害はありません。」
「彼等の機動力は、こっちのそれよりマイクロ秒単位で劣る様ですね」 操舵長は経験的感で先程の追っかけっこの感想を述べた 「何とか、巧くまけそうですよ。」
「正確には0.62マイクロ秒よ。」 どうも運航管理席に身を置くと、みんな几帳面になるらしい 「でも船長、現段階で突っ込むのは時期尚早じゃないですか?」
出た! 指揮に対しての直接の御進言! しかし極めて民主的かつチキンなピカークは真摯に
その言葉を受け留めた 「確かに待ち伏せが確実だが、艦隊が再生産されない内に手を打つ事にした- 特設ステージも慣れて来たろうし、賭けてみるよ。」
だがその言葉とは裏腹に、正直その賭けは可能性が半分もなかったのだが- その実慣例に従い、カンである。
終始一定のスペースをもって臨んで来た艦隊だったが、攻勢に出たハーレムのあとを追いその通り道になだれ込んで来た。こうなれば特設ステージに期待するしかない・・・・ハーレムをかすめるフェイザーの本数も、最早無視出来ない数になっている。
「なぜ、光子魚雷を撃って来ないんですか?」 カウンセラーの素朴な疑問。
「例のファイルを見た時の懸案事項の中に、反物質トカマクのスピン制御がどうのこうのって書いてあった気がする- 詰まりヴァーチャルマターで開放された反物質を作るのは難しいらしい。無論、エンジンの様な制御系に鎮座ましてれば話は別らしいけど- まぁ、ダイリチュウムのレプリケート自体眉唾だしね。」 そこでピカークは膝を叩く 「てなわけで、保安主任、光子魚雷を機雷気味にばら撒いてください。」
間髪入れず赤い光の玉がスクリーンに写り、飛び散っていった- 近隣の敵艦数隻の船体に閃光が見える
「今、気が付いたんでしょ?」 ちょっと意地悪なカウンセラーの突っ込み。
「まぁね・・・・内緒だよ。」 こそっとピカーク。
「誰かさんみたいなはったりカマシはお似合いじゃぁないから、御自覚を。」
彼女の言葉にまだ笑う余裕がある自分に、ちょっとほっとする。
で、カウンセラーの一言でつけたその一服のお陰で、ひらめいた!
「副長- フォースフィールドとワープフィールドとの関係をどう思う? フォースフィールドを外された艦は、同時にワープフィールドも外されているのかな?」
さすがの副長も答えに詰まった- 「それは難しい質問ですね- どっかの掲示板で論争になってそうですけど、この件に限って今観測した所では、確かにフォースフィールドと同時にワープフィールドもなくなっている様です。ただタイムラグがあって、亜光速に移る前に敵艦は消失してますから、何とも言えませんけど。」
その時、再び衝撃が走る!
「右舷ワープナセル後部に被弾! 今の所、航行に支障はありません!」 パネルと格闘する保安主任。
見極めてから再び話に戻った 「で、フォースフィールドとワープフィールドを同時に切らせて、加えてスラスターを制御不能にさせる事は出来るかな?」
再び副長はちょっと考えた 「フォースフィールドさえ切れていれば、単純な電磁衝撃でそれは可能です。もっとも、あっちにちゃんとした乗組員がいれば、そんなトリックは簡単に破られちゃうでしょうけど-」 指令席にわざわざ顔を向けて 「やってみます?」
ピカークはニヤっと 「やってみます!」
「特設ステージよりブリッジへ! ちょっとこっちのシステムが怪しくなって来たわ!」 機関長のエキサイトな声。
「解った、取り敢えず別の手を打ってみる」 副長に 「暗黒空間の近距離観測の方はどうだ?」
「待ってくださいね・・・・」 彼女は掛け持ちの作業を見事にこなした 「スケールはMクラス恒星ほぼ1個分。で、やっぱり遮蔽臭いですね -あっ! 表層のエネルギーサージが頂点に- 出ましたよ! アンバサダーが10隻!」
「全く俺はレプリケーター止められてるっつうのに、嫌がらせにも程がある」 ピカークは本気でブーたれている 「問題は中心部の動力源だな・・・・先ずこれだけのものをかもし出すにはブラックホールしか考えられない・・・・となると、破壊したあとのケアが問題だ。」
「先方も、それを計算に入れて設置したんでしょうしね」 カウンセラーが受ける 「でもどちらにせよこんな物騒なもの、取り除くしかありませんわ。」
「そうだよな・・・・あとの事はあとで考えるか・・・・そうなったらまたテキトーに反応炉射出すりゃぁ、何とかなるよな。」 彼は身をのり出す 「副長、その手で同時に何隻ほど制御不能に出来そうだ? 但し基本ディフレクターフィールドだけは残しとけよ- 宇宙標準時通りでないと、衝突までに時間稼がれちまうからな。」
「おやおや、デリケートな作業だこと。」 副長はピカークのいまさらキ真面目な科学考証に苦笑した 「うーん、甘く見積もってやっぱり近接して来た20隻ほど。でも次々とこなせば、艦隊の半分はやれそう- 準備いいですよ!」
ここでピカークは再び腰をかけ直す 「よぉし、ワープ9に変更! 連中が更に追って来たら、暗黒空間手前160万キロで即時停止!」
「ワープ9、了解!」 気合の入った操舵長のお声
スクリーンには、敵艦船が改めてなだれ打ってハーレムを追い始めるのが見て取れた -それより手前にあった艦も、慌てて方向を変えている- そして遂に狙い通り、数珠繋ぎとなった!
「160万キロです!」
「よし、ワープを切って即時停止- 追い越してく連中に作業開始!」
無論巧みに敵の攻撃とその船体をかわしながら、ハーレムのディフレクターは実に良くがんばった。副長と保安主任の連携プレーも見事に光り、亜光速で制御不能となった敵艦隊は次々に暗黒空間へと突っ込んでいく
「凡そ48隻が直接突っ込んでいきます -良かった- 基本ディフレクターフィールドはカヴァーされているので、御要望通り宇宙標準時にのっとった時間で、です。残り30隻ほどは相互衝突ですね-」 副長は久々に笑顔を見せた 「ビンゴ!」
調子ついたピカーク 「では、駄目押しで光子魚雷をありったけぶち込んで、すわ、退却だ! 出せるだけワープで、出来るだけ逃げよう!」
暗黒空間にたらふく光子魚雷をお見舞いして即座に七色に光ったハーレムは、その後に生じた猛烈な衝撃波をもやっとの思いながら見事に逃げ切った- 余程慌てたらしく、その間ものの数分もない。
「追って来る衝撃波が弱まりました -安全圏の様ですね- もう平気です。」 副長もほっとした御様子。
機関長だ 「ジャム、良かったら早めにエンジンを切って- ナセルに負担よ。」
そっか、例の右舷のやつだな 「それじゃぁ、エンジン停止。停泊して様子を見よう。」
はるか後方には、残念ながら何も見えない- 可視光線など、ハーレムに追い付く筈もないからだ。
「タキオン観測の結果が出ました- どうやら破壊に成功した様で、亜空間爆裂が観測されています。しかもブラックホール化はされていません- 閉じそうです! やったぁ!」 珍しくはしゃぐ副長
「やっこさん、構成素粒子の半分がリアルマター同然だったのが、かえって仇になったな-」 芝居じみた不敵な笑顔でピカーク 「ありがとう副長、誠にもってご苦労様でした。」
何とか2戦目を無事切り抜けたピカークはほっとして、指令席にゆったりと身を任せたのだった。
第6章
今度のシーナは最早隠し事もなくなったので、ブリッジのメインスクリーンにいた。だが画質的には今までの内で最悪で、音声の跡切れこそないもののモザイクだらけの映像はおよそ感心出来たもんじゃない。
「一応あなたのメッセージは無事に届いたわ。で、さっきの報告も合わせて検討した結果、ソベリンとかギャラクシーとか比較的新しい艦をかき集めて、そのホロ・スターを破壊する作戦を立てたの。」
「非常にいい加減な報告で、申し訳ないです-」 指令席のピカークはまぁまぁだった 「いかんせんホロや遮蔽で、あのブイに誰が居たのか、どんな構造だったのかも定かでない始末ですから。ただ、ハッチンコウが居たのなら、あんな簡単にやられはしなかったでしょう。」
「人の気配自体、全くしませんでしたし。」 カウンセラーが付け加えてくれた
「そうでしょうね-」 シーナの顔は一瞬消え、また現れる 「それから作戦に関しては、クリンゴンやロミュランにも協力を仰いだわ- 残念ながら、手持ちの札が殆どないのは何時もの通りなのよ。」
「こんな有事は常に真っ先に駆け付ける -いや、正確にはそれしか居ない- エンタープライズはどうしたんですか?」 ピカークは腹に組んだ手の指を、お決まりで立てて見せる
シーナは溜め息をついた「それがね、艦長のギャラがバブリーになっちゃって、おまけに彼ったらギルモア博士でブレイクしてあっちに関心が移っちゃったらしいの。加えて例の取って付けた様な三百数十日の休暇中だし、クランクインは当分無理ね。」
溜め息はピカークも同じだ 「で、肝心のハッチンコウの消息は?」
「全くもって掴めないわ。引退したあとの彼女の消息は、それこそ遮蔽されてます。僅かな手掛かりは、もう間もなくそっちに届く例の差し入れにのっけといたわよ。」
ピカークは会釈する 「全くもって有難いです。私は差し入れの方でハッチンコウを追い、ハーレムは副長に任せてそちらの作戦に参画させるつもりです。」
笑顔でシーナ 「じゃぁ、気張ってね- 成功を祈ります。」
彼女の映像は、そこでちょっと唐突に消えた。
「差し入れって、何です?」 怪訝そうにカウンセラー。
「うん、」 気色悪いくらいご機嫌に 「それは、あとのお楽しみ。」
そこでリフトが開き、すっきりした表情のドクターがやって来た。彼女は空いている副長席に、どかっと腰を据える。
「丸々1章分休ませてもらって、すっかり疲れが取れたわ-」 おもむろにボードをピカークに渡す 「はい、頼まれてたホロ攻撃の人体に対する影響に関してのレポート。でもね、残念ながら殆
ど受け売りなの。転送装置も含め、およそバーチャルマターの人体における影響を半世紀も前に執拗に追求してた人がいて、すっかり理論の殆どを借りちゃったわ -その人って言うのがね-」
透かさずピカークが返す 「マッコイ提督だろう?」
「はーん、」 ドクターの邪険な目 「さすが、詳しいわね。」
ボードをニヤ付きながら眺め 「あれだけ転送装置が嫌いな人だったから、きっとスポック大使の鼻をあかそうと研究してたに違いない。実は、バークレーに前に教えてもらったんだけど。」
ここで更にリフトが開き、機関長とアトムが帰って来た。
「お手数かけやした!」 開口一番ピカーク。
アトムは運航管理席に戻り、機関長はカウンセラー側の補助席に座った
「はぁ、ほんと、疲れた。」 珍しい機関長の苦言 「特に目がやられちゃった-」
「怪我のあとあんまり休んでないから、無理するなって言ったのに」 ドクターはピカークの時と違って極めて親身である 「このまま、一緒に医療室にいらっしゃいよ。」
「うん、さすがにそうする。」 目を押さえて機関長。
「アトムはだいじょぶかぁ?」 やや間の抜けたピカークの思いやり。
「ぼくですか?」 何時もながらにすっとんきょうに 「ぜんぜんへっきですよ!」
「-だって。」 ドクターに送る再び気色悪い笑み。
「また、昼行灯に戻ったつもり?」 お見通しのドクター 「でもね、現実はさっきみたいに運良くないもんね。」
「そうですわ」 カウンセラーまで加わった 「だってさっきの戦闘は、あくまでもホロデッキでのシュミレーションですものね。」
口をとんがらすピカーク 「みんな、そうやって楽しんでくれ。およそ俺の方は-」
「済みません- 話の途中で。」 保安主任だった
「ああ構わんよ- 何?」 体をずらし後ろを伺う。
「航宙艦が1隻、突然現れました -ビーコンで接触を求めてます- 自動操縦の様ですね。」
ピカークの顔が輝く 「来たぞ! 差し入れ!」
「ええと・・・・ディファイアント級で・・・・艦名は 『NCC-0000 チェシャ=シュレジンガーの猫』 です。」
ピカークは手を叩いてめちゃくちゃはしゃいでいる 「ブラボー! 名前からして良く消えそうな艦だ! マッキンタイア女史もさぞかしお喜びの事でしょう!」
「そーゆーことだったんだ-」 ドクターの極めて白い眼差し 「この機をいい事に、『究極の引きこもりグッズ』 を手に入れた訳ね。」
「そりゃそうさ」 得意気にピカーク 「なんせこの宇宙から、存在自体が全く認識されなくなるんだぞ- しかもレプリケーター付きだから、働かなくても飢える事ないし。」
女性軍からは、一斉に無気味なストーカーを見る様な視線を浴びた- しかし昨今自虐的な
ピカークは、こんな視線に快感さえ覚える様になっていたのである。
「処置なしね・・・・」 カウンセラーがうめく 「・・・・近親者を呼ぶべき段階だわ・・・・」
「チェシャ=シュレジンカーの猫、第1船体左舷第6ハッチに無事ドッキングしました。」 一応の報告を、ひとり生真面目な保安主任。
いじめには慣れっこのピカークは全く我関せずに 「あれ? 副長って今日、非番だったっけ?」
「そうですけど-」 相手にしてくれるのは、保安主任しかいないらしい。
「んじゃぁ、お出かけの御許可を頂いてくるか!」
呆れ果てた面子をほっぽって、ほんとに立場反対の副長の許可をうるべく、オモチャを手に入れたクソガキのなれの果てはブリッジをあとにした。
さて、あの副長の私室の前。そりゃぁ、ちょっとビビる。意味なく立ち止まり、身支度なんぞ柄になく整えた。チャイムを鳴らす-
「どーぞ!」
何時もの鼻声と共にドアは開いた。おっかなびっくり部屋に足を踏み入れたピカークは、先ず、横の書棚に天井までごまんとおいてある料理とお菓子の本に度肝を抜かれた。更に見渡すと、壁と言う壁にまるでクリンゴンの武器みたいに調理器具の数々が貼っ付いていて、加えてその脇には表彰状らしきものが飾ってあった- 何ぞの料理関係のものらしい。で、本来ワンルームと洗面並びにソニックシャワー室になっている筈の部屋の作りは、ワンルーム部分が更に仕切られていた。彼女はその仕切りの向こうから首だけ出すと、ちょっとびっくりした表情を見せる-
「船長!」
にこやかに 「お邪魔だったかな?」
「いえ、ただ-」 彼女の首は仕切りの入り口から出たり入ったりしている 「今ちょっと手が離せないんで・・・・あっ! 但し、ドアは開けといてくださいよ!」
「はい、はい」 いやいやピカークはドアの脇のロックボタンをONにして、たまたま廊下を歩いて来た士官に笑顔を向けた。
そこで外気に触れた彼は、鼻をひくひくさせ、部屋中が何とも言えないいい香りに包まれている事に気付く。
「せんちょー!」 どうやら彼女は調理中らしい- 仕切りの向こうから焼き物のジュージュー言う音に負けじと張られたその声から解った 「済みませんが、その脇の棚のパプリカを取って頂けませんか!」
ピカークは視線で物触して、本棚の隣にある可憐な木製の棚に目を付けた。そこを開き、中から得意気にひとつの香辛料のビンを取り出すと、にこやかに仕切りの向こうへと足を運ぶ。
その仕切りの向こうだが、まるで工場だった- およそ調理関係と思われる機械の数々が、さな
がら機関室の様な様相を呈している。彼女はその工房で、電磁コンロにあるフライパンと格闘していた。おそらくその顔は、ピカークが見た表情の中でも最も真剣なものだ。そこで彼は持って来た香辛料のビンを手渡す- そしてそれをこっちも見ずに受け取った彼女は、ラベルを確かめると、呆れ返ってやっとこちらに顔を向けドヤし付けた
「これは、ウイキョウ!」
「やってみたかったギャグでして-」 極め付けお惚け顔で手を差し出す 「私の名はピカーク、ジャム・ピカークです。」
副長は御立腹で、差し出されたピカークの手をものの見事に無視すると、「ふん!」 と意地焼きの鼻息をかまして自ら棚にパプリカを取りに赴いた。
で、その間にフライパンに目をやったピカークは、 「あっ! こいつが噂のイタメシだな!」
「そうですよ-」 戻りながら副長 「ちょっと考える所があって、改良を加えてたんです。」
彼女はパッパとそのパプリカを香り付けにし、フライパンから件の料理を皿にあけると、脇にあった鍋からソースをかけ、その他諸々を添え整えた- 実に、物の見事な手さばきだった。
「はい、いっちょあがり!」 チラッとピカークを伺い、「試食しますか?」
「勿論!」 ろくな飯にありついていないピカークは、およそ味わうと言うよりはがっつくと言った感じであっと言う間に平らげた 「うまい!」
副長は至って不服そうだ 「そのご様子では、ドックフードでも美味いと言ってパク付きそうだわ・・・・参考にはなりそうにありませんね。」
若干つかえ気味の胸を叩きながら 「こう見えても、君が未だせいぜい幼稚園児だった頃、オフクロが見栄で買ったフランス料理の本を片手に、例のクソ生意気なガキはブーケガルニの材料を必死に探して赤ワインソースを作ろうとしてたんだ。」
「え! 意外!」 素直に驚く副長。
「所がその頃、生香辛料なんて売ってる訳がない・・・・結局、そのパプリカ程度でお茶をにごしたのを覚えてるよ。」
「船長ってなんでもパイオニアだったのに、全部後進に先越されてますよね。」
全く、事実を的確に言ってくださる 「うん、水戸黄門の主題歌よろしく。まぁ、子供に席を譲る老人がたまには居てもいいんじゃないかな。」
副長は、珍しく綺麗な笑みで答えてくれた- そりゃぁ、こんな笑顔見せられりゃ、性格なんざぁ二の次になっちまうわな。
「これはなんだ-」 ピカークは照れ隠しで、調理スペースのかなりの部分を占領しているでっかい機械を指した
「良くぞ聞いてくれました!」 彼女は得意満面で答える 「これは最新鋭のハイパーウルトラIH式炊飯装置です- こないだわざわざシンバシから取り寄せたばかりなんですよ。」
「ハバラの方が絶対に安いと思うんだが-」 ピカークは機械をなでる 「で、どうやって使うんだ?」
副長は既に稲束をよっこらせ、と自ら抱えていた 「これはさっき植物園で刈って来たばかりの有機農法の稲束です。これをこの蓋の所から突っ込んで・・・・」 彼女は、ようやっと稲束をそこに放り込む 「で、ここのメインスイッチを入れるだけで-」 彼女は赤いでっかいボタンを押す- 機械はすぐに轟音と共に唸り始めた 「この透明ボックスの中に炊き立てのご飯が、すぐ様溜まるんですよ。」
「へーえ! 脱穀から何から何までやってくれるんだ・・・・あっ! 出て来た!」
機械の末端にある透明ボックスに、湯気と共にいかにも美味しそうな銀シャリがぼたぼたとこぼれて来る。そして物の数分としない内に箱が満杯になり、機械は止まった。
「この装置の凄いのは、炊き立ての状態でこの透明ボックスの中で1週間は保存出来るってとこです」 彼女はボックスの蓋を開けると、しゃもじと御椀を持って来て盛り付けた 「はい、良かったらこれもどうぞ。」
差し出された御椀と傍にあった箸を持ったピカークは、またもやがっつく。
「うまい!」
「もー、それだけじゃわかんないってば!」 彼女は再び箱からご飯を手の甲に簡単に盛ると、口に含んだ 「なにこれ! まるでおかゆじゃない!」
「そーかー?」 もう、彼の御椀には一粒の米もなかった。
彼女は不機嫌にその御椀と箸をひったくると、洗浄機の中に突っ込む 「今度から試食は、レプリケーターを止められてない人に頼む事にします!」
「ところで・・・・」 ピカークはここでちょっとマジになり、IH炊飯装置に腕を置いた 「君は、そのレプリケーターと手作り料理との味の違いをどう思う?」
その雰囲気を読み取った副長は、ちょっぴり笑顔でピカークに習い炊飯装置に両腕を置き、反対側から向き合う 「ホロイメージと実物体の違いですか- 『愛情』 なんて言ったら、怒られちゃうかな?」
「いや、存外そうかも知れない。」 ピカークは真剣だ 「念が加わる事で、そこに思わぬ効果が生じているのだろう。現に今まで第2ステージまで勝ち抜けて来たのは、何れもこっちの意思の力に相違ない- 『旅人』 の例を持ち出すまでもなく、ね。」
彼女は心底喜んだ様だ 「そうですよね、やっぱり料理は愛情!」 だが、忘れずに付け加える 「って、わたしの御機嫌をとった所で、『チェシャ=シュレジンガーの猫』 で雲隠れしたい旨断わりに来たんでしょ? どうせノーと言った所で聞かないんだろうし、今度に限っては 『思う存分やってらっしゃい』 って言っておきますわ。」
「ありがとう!」 なんだか初めて副長と素直に向き合えた気がする 「感謝します!」
「で、目標の当ては?」 今度は任務の顔だ
「うん。例のホロ・スター群はアルファ宙域を正確にはパラボラ状に囲んでいるが、その焦点は銀河平面とはかなりずれている・・・・その焦点に向かうつもりだ。」
彼女はウィンクを返す 「きっと、それビンゴですよ! ホロ艦隊で一挙にアルファ宙域を征服して、あとでそこから顔を出して来るつもりなんだわ。」
彼はちょっぴり楽しそうだ 「せっかくだが先方の最終目標はちょっと違うと思う- 賢明な読者ならとっくに想像付いていると思うが、取り敢えずはあとのお楽しみだ。」
そしてウィンクを更に返して、出口へと向かう 「では、ごちそうさま。」
「あっ、船長!」 彼女は呼び止めた 「適格審査会の召集は、中止にします。」
満面の笑みで、扉の音と共にピカーク 「ありがと!」
そのあと、あらかたの出発準備を整え終えたピカークは、久々に余り人気のない閉店間際のテンフォワード・サクラにやって来た。彼は、草臥れた着流しにもとは淡い藍であったろう色あせた鼠色の襟巻きをして、極め付け猫背でカウンターにつく。
「おや旦那、」 首を粋にくゆらせたママが 「その御様子じゃぁ、いよいよ仕事だね。」
「そうだな、」 声色も1オクターブ違う 「冷で一杯もらおうか。」
「あいよ。」
ママはカウンターに一端隠れると、すぐさま透明なおちょうしを持って現れ、ゆっくりとピカークの杯にそそぐ。彼は先ずは、勢い一杯飲み干した。
「聞いたわよ」 相変わらずの地獄耳だ 「昔の決着を付けるんですってね。」
「そうなんだ-」 深刻そうに 「だが情絡みの仕事は、これっきりにしねぇとな。」
「いっつもそう言ってて結局情絡みなんだから、世話ないわよね。」 そう言って、再びカウンター越しに勺をする。
「さてと、」 今度の杯はすすり気味だ 「ここに来たのは景気付けに、何時もの全く話題に関係がない様でてその実教訓めいているホラ話を聞く為だ。」
「ホラ話なんて、人聞きの悪い!」 ママはつんとしたふりで 「そんなんじゃぁ、話す気にならないわよ。」
「済まない」 敢えて芝居じみてひれ伏す 「じゃぁ、たまには俺が話してみよう- ママ、『新・必殺仕置人 現代編』 は覚えているかい?」
「ええ、『太陽のにおい』 に続く傑作よね- ラストはちょっぴり泣かされたけど。」
「ありがと -くれぐれもドクターには言わないでくれよ- もう主役をやるほどの気力も記憶力もないからね。」
「で、それが一体どうした訳?」
「実はあの作品はひとつだけ抜けてるシーンがあった- 俺がカミさんにいびられるシーンだ。で、そのカミさん役を実はユカにボランティア・カメオを直接頼もうと思ったんだ- それだけで凄いギャグだし。」
「ユカちゃんに直接!?」 ママは奇声をあげた 「そんな事して、あなた正気!?」
「あれを作った頃はそりゃ無理さ・・・・でも、最近ならって思うスケベ心が芽生えたのは、ユカのサ
イン会のポスターを見た時だった・・・・奇しくも17年前にスポック大使に声をかけてもらった、あの同じ書店で、だ。」
ママは顔を手で覆った 「ああそのオタクさ加減、目に浮かぶ様だわ。」
「だがそこに並んでいたオレキレキは30過ぎたキモいオッサンばっかりで、まだ宇宙艦隊のパーティの方がよっぽどまし、と言った最悪の情景だった -ユカは可愛そうにうつむいて相手の顔も見ず、握手するってんじゃなくてあれは摘むって感じだったな- そんな状況であんな出演交渉の手紙もらったら、そりゃ首括りたくなるわな。」
「ユカちゃん可愛そう!」 ママはピカークを睨み付けた 「幾らユカちゃんが推薦入学した学部に修士論文蹴っぽられたからと言って、ここで笑いを取りたいばっかりにそんな事するなんて、このひとでなし!」
しかし、ピカークに笑いはない 「そう・・・・所詮、俺もキレて来たキモいオッサンに過ぎないんだよ・・・・いかんせんこの第2話のテーマは正にそれだ- 『ホロと現実』『認められる事と無視される事』『オタクとカタギ』 -今度の任務はそこの自問自答さ- 結局ハッチンコウは、転送装置の事故で生じた俺の分身なんだ。」
「でもさ、接触はないにしろ、ユカちゃんきっと解ってくれてるわよ。」 ちょっと優しげに手を置いて、何時もの調子でママ。
ピカークは杯をすすりながらニヤけた 「この十数年、ママのそのセリフは聞き飽きたけど、今度ばっかりは台本じゃなくて現実だ- そうはうまくはいかねぇぜ・・・・」
ちょっぴりその言葉、カンにさわったらしい- こずえ鈴似のウェイトレスを呼び止めて 「ラルちゃん、ピカークさんにおあいそ!」
目を鶴瓶にして 「冒頭でおごるって、言うたやんか!」
「人の思い遣りの言葉、むげにするから! せっかく出発前に花向けしようと思ったのに!」
「ごめんごめん」 ダダには弱い- 結構潔く、彼は矛を収め再び座り直した
ママは顔を和らげ 「私が言いたかったのは、ファザコンのユカちゃんなら、事務所にはばかって絶対に連絡を取らないにしろ、優しい草臥れたオジさんを想う気持ちはどっかにあるって事なのよ。」
途端にピカークはにやけて頭をかく- この男、この単純さ加減で数々騙されて来た 「あっ、そうか- じゃぁ、もう一杯もらおーかな。」
結局この話から学べる教訓とは、安月給の男に近付く美人ママなんてウマイ話は、絶対にありっこないっちゅうことなのです。
徒然絵草・・・・じゃぁなかった・・・・恒星日誌:宇宙歴65780865409626.2 副長記録
ピカーク船長ら一行は遮蔽装置を搭載した戦闘特機艦 『チェシャ=シュレジンガーの猫』
でハッチンコウ退役准将を追うべく任務につき、わたしはこのままハーレムに残って
ホロ・スターを破壊するアルファ宙域規模の作戦に参画する。なおピカーク船長の
指摘に従って、レプリケーターのレシピプログラムの幾つかを調査してみる事にした。
特に関心が残ったのは、飽和したグルタミン酸が分子レベルにおいて味らいの
表皮細胞の位相波弦を・・・・
その噂の第1船体左舷第6ハッチは放たれ、機関部や科学部のクルーが至って我侭なピカークの要望に沿った最終調整を「チェシャ=シュレジンガーの猫」に施していた。そして、ハッチの直ぐ脇にはイライラした基幹メンバー達の姿がある- ピカークに待たされていたのだ。特に副長は我慢ならない顔をして、腕組みしながら足をツカツカと鳴らしていた。ちなみにそこに居たのは、カウンセラー・ドクター・操舵長・アトムそして既に猫の中にいる仕事中の機関長の出発組と、何故か見送り組の保安主任と無論副長と例の彼女の後輩だった。
やがて向こうから山の様に荷物を背負ったピカークが現れ、また全員の合唱が入る-
「おそいっ!」
こっちは汗だくで 「すまん! 荷造りに手間取った- いかんせんハーレムが撃沈されたらこのプラモコレクションは鑑定団に出す以前にパァだし、まぁどうせ諦めざろう得ないんだったらせめて自分と一緒がいいかと思って。」 彼はそれを背負ったまま壁にあてがって一息つく 「ふぅー、で、保安主任- ミセス・スポックとして、しっかと副長職の任に当たる様に。」
保安主任の顔色が変わった 「船長、芝居見に来てたんですか!? 」
「見逃してないじゃないですか!」何故か以前と同じ副長の突っ込み。
ピカークは恥ずかしそうに頭をかいた 「いや、実はスタッフの御好意で幕間から覗かせて頂いてたんだ -出番前に待合室で必死にセリフ覚え直す君を見て、何か申し訳ない気がした- 未だ世間の宇宙艦隊に対する偏見は残っているし、正にこれからその偏見の権現との戦いに挑む訳だしね。」 そしてちょっと照れ隠しにおどける 「但しこの艦だけは、自爆させるなよ。」
にこやかに保安主任は答えた 「はい、しっかりと副長役に徹して、自爆はさせません- あたしこの艦の自爆コードは知らないし!」
そしてにこやかな顔から、極め付け真面目な顔になったピカークは副長に 「じゃぁ、出立します -ホロ・スターの学習機能はやわいだろうから、例の手で充分だろう- でも、慎重にね。」
「了解」 これもまた真面目に副長 「留守はしっかり守ります。」
付け加えて例の中尉に 「中尉- 科学士官を宜しく!」
「了解!」 まるでCMの様なぱっちりとした笑顔で中尉。
そしてそれを合図に、各々副長や保安主任らと挨拶を交わした一行はハッチの中へと足を踏み入れた- 代わりに整備班がぞろぞろとハッチを出てゆく。入れ替えが収まったのを見極めて最後に荷物を担ぎ直したピカークは、よっこらせとハッチをくぐった
「気を付けて-」
びっくりしたのはその時、副長が真摯に手を差し出して来た事だ- ピカークはしっかりと、飛び切りの笑顔で彼女の手を握り返した。
「いってきます。」
優しく手を離すと、ハッチはちょっぴりセンチに閉じて、副長の姿はゆっくりと見えなくなった
「若干仲良くなれたみたいね」 その様子をうしろでこれまたしっかと見物していたドクター 「艦にとっては何よりだわ。」
ピカークは扉につかえた荷物をようやっと外しながら 「おやおや、嫉妬かしらん。」
ドクターは思いっ切りその荷物を押さえ付け 「だ~れが!」 と言い放つと、おそらく点検に医療室へと姿を消す。
ピカークは引っ掛かった荷物を壁の突起から外そうとしたが、おもむろにやって来た機関長が報告がてらそれを手伝ってくれた
「あらかた出発準備は整ったわ- でも、先方のフォースフィールド外しはこっちの遮蔽中は出来ないし、やれても近隣の2,3隻だから覚悟しといてよ。無論、ここにはホロデッキないからどの程度役に立つかどうかわかんないけど一応御要望にこたえて。それから、制御系は全て最新鋭のバイオネットなのでどーか御安心を。」
「ありがとう。遮蔽出来れば、その必要はないと思うけどね。」 やっと荷物を壁から外せた 「体は平気かな?」
「ええ、そっちの整備もばっちし!」 彼女はポン! と胸を叩く 「何時でも出発出来るわ!」
キャビンにそれを置くべく歩き出したが、カウンセラーとぶつかった
「ごめんなさい、船長! 通信士はあたしが担当しますから、宜しく!」
「ああ宜しく- 帰ったら誰のプロデュースでもいいから、早く新曲出してください。」
苦笑いの彼女は、何も加えずに担当コンソールへと向かった。見届けてまた担ぎ直して歩み始めると、今度はうしろからやって来たアトムに突っ掛かる
「済みません、船長!」 彼女は荷物を支えてくれた 「運航管理はバッチリです!」
「いかんせんディファイアント級のコンソールは 『キャプテンズ・チェア』 見れば解る通り、コ難しいダブルファンクションが目立つんで、君が居てくれると助かるよ。」
「その荷物、運びましょうか?」 腕を半分差し出すとこまで気を使ってくれた
「いや、自分でやるよ- それよりも、誰か人生のお荷物を代わってもらえないかね。」
首をかしげたアトムは、軒並みその場を去った。今度こそキャビンに向かうドアに辿り付いたピカークは、そのドアが開いた途端、お次は操舵長と鉢合わせする
「済みません、船長!」 彼女は手に持った紙コップを掲げて、道を作ってくれた
「いや、久々に絡めて嬉しいよ・・・・とにかく君に関しては情報不足で困ってたんだ・・・・その操縦の腕が必要になると思うんで、何卒宜しく。」
「あっ、でも、船長、ひとつだけ・・・・」 過ぎ去ろうとしたピカークを、彼女は珍しく呼び止めた
ドアに足を踏み入れながら、嬉々としてふり返る 「なぁーに?」
「ずっと言おうと思ってたんですけど・・・・ウチワウケ狙った気持ちはわかるんですけど・・・・あたし出身クマモトじゃなくて、カゴシマなんです-」
ピカークはいよいよ物の見事につんのめり、荷物も手伝いコケ倒れた
さて数分後、荷物を無事キャビン -と言いたい所だがスペースの関係で貨物室に- に置いたピカークは、よっこらせ、とやっと「チェシャ=シュレジンガーの猫」の指令席についた。ご存知の様にハーレムの半分ほどのスペースのそのブリッジだったが、機能美に関しての優劣は言うに及ばない。彼は嬉しそうに、肘掛けのパネルを思わずさすった。
「カウンセラー、ハーレムにドッキング解除を通知してくれ。」
側面パネルに陣取った彼女は、実に流麗な声で答えた 「了解- ドッキング解除了承。」
「機関システム準備良し・・・・核融合炉作動・・・・通常エンジン準備完了・・・・反物質反応炉作動・・・・ワープエンジン並びに遮蔽装置何時でも始動できます」 機関室から、機関長の元気な声が聞こえて来る
何遍体験しても、ワクワクする瞬間だ 「操舵長- ドッキング解除。」
「ドッキング解除します。」
本当は些かこの時代とあっては科学的ではないのだが、解除の途端、お決まりの氷の破片がきらきらと見送りの紙吹雪となって宇宙空間を華麗に舞った。
「メインスラスター始動- ハーレムとの安全距離を保ったのち、直ちにワープエンジン始動- 指定コースでワープ9-」 勿論、右手人差し指を掲げて 「発進!」
ゴールドスミス奏でるファンファーレと共に、「チェシャ=シュレジンガーの猫」 はハーレムに別れを告げて、そのしなやかな体付きで一気に虹色のジャンプを魅せた!
第7章
肘掛けのパネルのファンクションをヘルプを使って反芻している時だった- 後部のドアが開き、ドクターが帰って来た
「やぁ、ドクター、」 どっかで聞いた様なセリフだ 「新しい医療室の具合はどうかな?」
「全然駄目!」 彼女は指令席脇の手摺につかまり身を乗り出して来る 「入った途端に例のハゲオヤジが現れて、あたしの診断にあーでもないこーでもないってイチャモン付け始めたんで、スイッチ切ってやったわ! 私が必要なのは腕のいい看護婦で、あんな幽霊じゃないの!」 その顔はピカークの目の前まで迫って来た 「第一、女性患者の立場に立ったプログラムとは到底思えない!」
「じゃぁ、君のレプリカと差し替えとくんだな- となれば、ホロドクターの設置された艦の医療室には、きっと男性患者が列を成す事だろうよ。」 その顔を撃退する為、ピカークはキスの体制に入る-
効果テキメン! 彼女はあっと言う間に顔を引っ込め、「もう!」 と意地焼けて例のブルーの医療作業着のポケットに手を突っ込み、身をくねらせた- ピカークは笑いを隠せない
その雰囲気に丁度いい冷水が、指令席前方の操舵席からかかって来る 「船長、α-β宇宙基地に接近します-」
「よし、ワープを切って一時停止。カウンセラー、マードック司令官に手筈通り挨拶の電文を。」
「了解。」 指令席右手前の第2戦術コンソールのカウンセラー。
「宇宙基地に停泊したって、カモフラージュね。」 ドクターはご機嫌治ってる 「随分とご慎重だ事。」
「何せアルファ宙域内、どこに目があっても不思議ない状況だからな。」
一息吸ったピカークは、ここでおもむろに奮起した 「よぉーし、機関室! 遮蔽装置を作動させるけどいいかな?」
「準備出来てるって言ったでしょ!」 機関室よりの御返答。
「さぁてと、」 モミ手と舌ナメヅリが入った 「遮蔽装置起動!」
そんな掛け声にちょっと口元をニヤつかせた猫は、その笑いを僅かに残しながら姿を消した
「遮蔽装置、順調に起動しました。」 左手前の第1戦術コンソールからアトムの報告。
ピカークはオーバーに天を仰ぐ格好を見せ 「おお、ボーア! 我未だここにありき! 究極の引きこもり、遂に成就!」
「一生言ってれば。」 にこやかな呆れ顔でドクター。
だがピカークは、ちょっぴり素に戻る 「さっきのレプリカの続きだが、ドクター、本物の引きこもりはあんなに自己表現出来るもんじゃない- それこそ頭を抱え、部屋の隅で1日中膝を折ったま
まなんだよ・・・・」
彼女もその言葉に気分を変えて何時になく優しげにそっとピカークの肩に触れると、指令席脇を去る-
「じゃぁ、臨時の科学士官頼むよ。話の都合で、本来乗艦すべき数十人のスタッフが乗ってないから。」
ふり向いてこっちに指をさし 「お任せあれ!」- 屈託のない笑顔で、左前方の科学士官席に。
さて次は、機関長ご登場。こっちは設備にご不満はない様だ。
「さすがディファイアント級ね・・・・それに、この猫はNXがとれてる本格量産品だし、遮蔽装置いじるの初めてだったけど、これであとで面白そうな事が出来そうよ。」
「このままワープでも、保証付きかな?」
ちょっぴり顔をしかめる 「全く臆病なんだから- 併用しても全くへっき!」
「それでは-」 前方に向き直し 「操舵長、ほんでは改めてワープ9.9で例の焦点に。」
「了解-」 運航管理席のないちょっと寂しいスクリーン手前単一の操舵席から、操舵長。
そこで猫は姿を消したまま、珍しい銀河系を突き抜けるコースをとった
「どうだいアトム、目標宙域の長距離センサーでのご様子は?」
彼女は前面ディスプレイに首っ引きだ 「そうですね- 正直何も観測されてはいません。しかしながら銀河系外とは言えこの付近に観測される筈の微量の星間ガスやニュートリノ放射がやや不連続な事を鑑みると、嫌疑は濃いと見ていいでしょう。但し長距離センサーの誤差の範囲に留まっているとも言えるので、もっと近接してみないとはっきりした事はわかりません。」
「ありがと。」 ちょっと複雑な表情。
「ねぇ、」 再び機関長が迫って来た 「遮蔽装置で潜入出来る自信、ほんとにあるの?」
「おやまぁ、君らしくもない -さっきはバイオネットでご安心、って言っていたのに-」 ピカークは適度な距離を保っている事もあって、彼女の顔は撃退しなかった- そう言うキャラでもないし 「完璧に自信あるとは言えないけど、ないよりマシだろう- 何か別に懸念でもあるのかい?」
神妙に 「うん、例の次元転送が、遮蔽装置に影響する可能性がね・・・・でも、実際に遭遇してみないと詳しくはわからないわ。」
「じゃぁ、出来うる限りのシュミレーションを頼むよ。いかんせん戦闘嫌いの君の事だ- そっちがダライラマに一票なら、こっちは同じくガンジーに一票だ・・・・ぐれちゃったトーマス君、今頃どうしているのやら- その境遇、同情し切り。」 新ためて機関長に向き直り、「ダライラマが宇宙艦隊のファンだって、知らないだろう?」
「えっ! そうなの!?」 マジで驚いて、機関長。
「ほら、これだから困るんだ・・・・やっぱ首都圏のゴールデンタイム押さえない限りは、何時までたってもこの調子だよね!」
「いいんです- 私はあなたと違って、素敵な友達に沢山恵まれておりますので!」
おやおや、機関長の御返しなんて珍しい- とにかく彼女はそのまま、右前方の機関制御席に腰を据えてしまった。
もっともピカークは屈託ない 「さてと、それでは到着までの間、共同レプリケーターをたっぷりと使わせてもらいましょうかな!」
また手もみしながら生唾飲んで、さっそく指令席後方の簡単なキャビンの前にあるレプリケーターに陣取った。
「先ずは吉兆のつきだしに卵焼き。戸田の名もなき民宿の船盛り。大里化学にあるトレーダーヴィックスのフルーツジュースにスペアリヴ。同じくトゥール・ダルジャンのシャリアピン牛ヒレステーキフォアグラ添えに例の番号付き鴨のロースト。最後は箱根プリンスのヒメマスのムニエルにアイスクリーム・フランベだ。」
目を輝かせていたピカークだったが、暫く唸っていたレプリケーターから現れたのは、何と、コップがたった1個。
「あれま! 欲張りすぎちまったかな?」 彼はその黒い液体の入ったコップを鼻をくんくんさせながらちょっと飲んでみて、物の見事に顔をしかめた 「げっ! ラクタジーノだ! 青汁の方がまだマシだ!」
「あっ! ごめ~ん!」 機関長のお言葉 「レプリケーターのプログラム、ラクタジーノしかロードされてないんだったっけ! 何しろ、ディファイアントの仕様そのまんまで、あそこではラクタジーノしか出してなかったみたいだから-」 彼女は慌ててドアから出てゆく 「コンピューターコア、調整してくるね!」
溜め息と共に腹が鳴り出したピカークは、傍の椅子にへたり込んでしまった 「なんだ、まさかこの艦までディファイアントのコピーじゃねぇだろうな・・・・」
しかしながらうつむいてしまったその視線に、やがてすらりとした脚線美が映る-
「船長、」 カウンセラーだ 「到着までやる事ないから、あたしが何か作りますよ- 副長には負けるかも知れないけど。」
「何をおっしゃる!」 さっきまでのへこたれ加減は、1発でどっか吹っ飛んだ 「喜んで、ごしょうばんにあずかります! それにしてもステーションのせんちょ、君の時もあれだけはしゃげばよかったのに- 俺もヒゲ生やそうかしらん。 ところでゴールドスミスも来る事だし、スーパーガールで主役やってくれるんなら是非見てみたいんで艦内公演協力してもいいよ!」
さてはて、何となく他愛のないそんな数日が過ぎた。変わった事と言えば、ピカークがガンジーに一票と言った途端に機関長がガンジーのビデオを見て感慨にふけってた事だ。誓ってダライラマのファンと知った直後に言ったセリフなのだが(ドクターもヒマラヤ繋がりでファンらしい- それが年齢以外でも、2人がピカークと旧知であり得る理由なのだ)、クルーのひととなりを熟知出
来た様な気がして、彼は嬉しかった。例えアブナイと言われようとも、何時の日にか彼女と膝突き合わせて連邦の抱える社会問題に関し「友達に恵まれている人間」には決して見えて来ない世界の話が出来たなら -そして機関長くらいの度量ならそれを理解出来るのでは- と夢見てしまうのだった。もっともそーゆー世界の話をしたなら、心ある連邦士官には現実主義の 「DS9病だ」 と、揶揄されかねないが。
でもって、いよいよ例の謎のパラボラの焦点宙域に到達した。
「操舵長、焦点から2パーセク手前で完全停止 -やれやれ、パーセクなんて地球中心の尺度、この時代まで使われてんのかね- とにかくアトム、近距離センサーでスキャン開始。」
猫ちゃんは久しぶりにその走りを止め、暫し体を休める。
アトムは相変わらずのピアニストぶりを以てコンソールに臨んでいる 「矢張りこの付近のみぽっかりと平坦な空間になってます。透過したセンサーの角度も僅かに狂いを見せていますし、極めて怪しいですね。」
「そこで、だ-」 ピカークは顎をしごく 「その外辺付近に星間ガスの濃い宙域はないかな- 小惑星帯があるともっと嬉しいんだが・・・・銀河系外宙域では難しいか・・・・」
「その手の観測はこっちのたんとー」 ドクターが手を挙げる 「あるわよ、おあつらえが・・・・こっから辺に沿って2.6パーセクに小惑星帯が。」
「ではそこまで、ワープ6だ。」 手を差し出す仕草で 「どーか、操舵席にデータを。」
「あいよ!」 ドクターは指を掲げてパネルに触れる
そして数分後、現場に到着して再び停止。スクリーンには、かなりまばらながら瓦礫が漂う姿が映し出されていた。
「それでは、と- この小惑星群は停止状態なのかな? えっと、誰にコマンド出しゃいいんだ?」
「その役目、ここのコンソールじゃない事だけは確かなようね。」 腰に手を当てた機関長。
「全く、何もかも関東エリアではディファイアントの活躍を拝めないせいだ!」 自らの勉強不足を局のせいにして、ピカーク愚痴る。
「じゃぁ、取り敢えず僕がやります。」 実に優しいアトムくん 「運がいいですね- 例の焦点に向かって僅かに流れています。若干の重力偏差がある為と思われますが、いかんせん時速2キロでは、殆ど動いていないに等しいです。」
「どうしたら、もうちょっと良く焦点方向に流れてくれそうかな- しかも極めて自然に?」
「そうですね・・・・もっと稠密な宙域ならば手はあるんですが・・・・」 アトムは暫く考え込んでしまった
「ねっ! センサーが何かの放射を捉えてるわよ!」 ドクターだ 「何の表示だか、私にはわかんないけど。」
ブリッジ全員が科学コンソールに集結する
「これは、センサー用のタキオンパルスよ・・・・見事にカモフラージュしてあるし、こっちが遮蔽してるんで読み取りにくいけど。」 機関長はディスプレイを指差した
「やっぱり誰か居そうだな」 一足先に指令席に戻ってピカークは 「カウンセラー、何か気配は感じないか?」
「ぜんぜん。」 からっとして、カウンセラー 「勿論いろいろ遮られてそうだけど、もし中心部に誰かいたとしても、ほんの数人ですね。」
「ふむ・・・・」 今度はピカークの考え込む番だ 「タキオンパルスに、スキャンの間隔はあるかな?」
「そうね・・・・2分に一度、ってとこかしら。」 ドクターと機関長の共同作業。
結論を出す 「次のタキオンパルスのスキャンが来たら、先ずは同位相のタキオンパルスを出してエネルギーを増幅させる- そしてトラクタービームで前哨付近のこっちがへばりついて隠れられそうな岩を、ちょっと押し出してみてくれないか。それからくれぐれも言っておくが、タキオンパルスはタキオンなんだから、射出されているのを確かめてから射出するんだぞ!」
「で、射出されているのを確かめて若し射出しなかったら、どうなるの?」 ドクターの突っ込み
「そう言う事は、それこそどっかの掲示板にでも聞いてくれ!」 投げやりにピカーク。
「はいはい!」
ともあれタキオンパルスは無事射出確認が為されてから射出され、次に増幅されたエネルギーに影響されたとのカモフラージュをもって手ごろな岩が数個ほどトラクター・プッシュされた。
「よし、あの岩にはっつこう!」
猫ちゃんはそろーりと近くにあった岩陰に身を潜める
「間もなく、予想されるフィールド境界に達します。」操舵長の報告。
「ジャム、来たわよ! 次元転送のサージ!」
機関長のその緊迫した声と共に、数隻の航宙艦がいきなり前方に出現した!
「まずい! 岩を離れて9時方向に通常推力フルで脱出だ!」
案の定、岩はそれら航宙艦の一斉砲撃を浴び跡形もなく消えうせた。彼らは暫く巡宙していたが、物の数分でその姿を消す。
「あぶねぇ、あぶねぇ!」 額の汗をぬぐってピカーク 「どうかな- タキオンパルス網は誤魔化せそうかな?」
アトムのお答え 「本艦はそのサイズから言って、一応同位相のタキオンパルスを後部に射出する方法で暫くは何とかなるかも知れませんが、それでも僅かな揺らぎは消せませんから、中心部に近付くにつれ見付かる可能性は無視出来なくなりますね。ただ幸いにも、懸念されていた次元転送波の遮蔽装置に対する影響は今の所ない様です。」
「よし、出来るだけパルス網を丁寧に潜り抜けるコースで、中心部に向かってくれ。無論、通常推力で。」
と言う訳で通常推力のまま、猫ちゃんはそろり足で猫除けの紐を避けて通った。時たま引っかかりそうになると自分で紐を取り出してさも繋がっているかの様に取り繕ったが、その誤魔化しも床
の間に近付けばバレてしまうだろう。そしていよいよその床の間は、目前に配して来た。
「あらま!」
ピカークがそう呆れ返ったのも無理はない -常駐らしき航宙艦群が、所狭しと球状に鎮座ましましていたからだ- ざっと数千隻はいるだろう。
「気前がいいね! こんなに沢山の航宙艦に御目文字出来たのは、そりゃぁもう、お初でござんす!」
「呑気なこと言ってないで、一体どうなさるおつもり?」 ドクターは背凭れに手をかけこちらに顔を向けている 「これじゃぁ、数隻づつ消す事もかなわないわね。」
「いや、手は考えてある」 機関長にウインク 「ね、そうなんでしょ!」
「全く、いい気なもんよね!」 彼女はなにやら機関パネルをいじってから、アトムの戦術コンソールへと足を運んだ 「はい! 第3ステージの処方箋、準備完了!」
アトムもその作業を見て 「なるほど・・・・しかし重畳させるタイミングはかなり難しいですし、敵のエネルギーも無尽蔵とは言えません。」
「そうさね、先方も何隻かは掻き消えてくれることだろうし、こっちの負担もちょっとは凌げるさ。」 彼は若干表情を固くする 「とは言え戦火を潜り抜けなきゃぁならないから、操舵長、合図と共に敵艦を避けながら通常推力全開で中心部に向かってくれ。」
「了解!」 彼女はめっぽう気合入っている
「それからこの作業には遮蔽装置を使うから、遮蔽自体は解除する必要があるわ- 加えてフォースフィールドも!」機関長は硬い表情だ「準備できた- 先方の次元送搬波の様子から見て、作業開始は丁度2分後。」
気が付くと、カウンセラーが肩をもんでてくれている 「相変わらず、凄いこり症ですわね。」
意表を突いた思い遣りに、ちょっと驚くピカーク 「ああ、サンキュー。」 確かにめちゃくちゃ気持ちいい。
「今のあたしに出来るのは、クルーの緊張をほぐす事くらいですから。」
彼女は最後に肩を優しく叩くと、コンソールへと戻った。ピカークはまたもや絶対にありっこないこんな優しさに、丁寧な笑顔で謝意を表しておいた。
「もうすぐよ・・・・」 カウントがメインスクリーンにも表示されている- 機関長の指はパネルぎりぎりで止まっていた
そして- カウントゼロ!
「名付けて 『ルパン三世が良く使う、もしかするとボイジャーも似た様な事してたかな作戦』-」 手を掲げ 「開始ッ!」
その途端遮蔽は解かれ、猫ちゃんは姿を現した- しかしそれは決して1隻ではなく、数え切れないほどの猫ちゃんがいっせいに出現したのだ!
「先方を利用させてもらったこのトリック、もつのはほんの数分よ!」 機関長はあとをアトムに任
せ、再び機関制御席に慌てて戻る
「よし、突っ込もう! 操舵長、通常推力全開!」
残念ながら蜃気楼の猫ちゃんは敵を攻撃出来るほど器用ではなかったが、逃げるのだけは得意だった。そのうち逃げ惑う猫と追っかける魚屋が入り乱れ、その宙域は物凄い騒ぎになった- 結果的に相討ちとなった敵艦船が次々と消滅する。そんな飛び交うフェイザーとホロ艦船を潜り抜け、ひたすら本物の猫は床の間へと走る!
「遮蔽装置の付加ユニット、オーバーロード!」 機関長、怒鳴る 「もう、もたない!」
万事休すか・・・・確かに彼女の声のすぐあとに猫達はいっせいに姿を消した -しかしそれは猫だけでなく、相手方も同じだった-
「一体、どういう事だ?」 思わず指令席から身を乗り出す-
そして前方にそれが見えたのだ- 正に立ちこめていた暗雲が掻き消えたあとお馴染みの宇宙空間が現れ、まばらな星の光の中にたったひとつ際立って光り輝く美しい姿の艦が-
「・・・・みんな・・・・あれが俺の慣れしたんだ我が家さ・・・・」
スペース・スワンとまで称されたエンタープライズ・クラスの艦- U.S.S.トーキョーが!
*一端ここでCMです!*
しかしピカークが感じ入る暇もなく、トーキョーの姿は現れたのと同じくらい唐突に見えなくなった。代わりに出現したのは、かすかに見えていた星々をも飲み込んだ、正に本当に卓袱の闇だった。
「何だ? どうなってるんだ!」
その答はドクターから 「この表示なら私にも解るわ! 光も逃げ出せない強力な重力場- 俗に言うブラックホール!」
「機関長、ワープで逃げ出せないか?」
「無理ね- さっきのトリックで相当なエネルギー使っちゃったし、ハーレムのエンジンならともかく、この艦じゃ、もう手遅れよ!」
「量子魚雷を撃つとか、例の如く反応炉射出するとか、なんとかならないか!」 意地焼けて怒鳴る
「残念ながら本物のブラックホールならそれでなんとかなるかも知れないけど、これはバーチャル・ブラックホールだもの。」 しごく冷静な機関長の返し。
その彼女の返し、こっちのトーンを抑えるのに効果あった 「ホロシステムで、こんな強力な重力場が形成できるのか?」
「可能性はあります」 アトムのご講義 「実体も質量も価値もない所に仮想重力場を作り出す理
論を、俗に 『コムロ理論』 と呼んでいます- たらふく儲けて倒産しそうな国からさっさと逃げるなど、実に見事な理論でした。更にこの理論を実践応用したのが 『ツンク理論』 や 『ソン=マサヨシ理論』 などです -しかし-」 珍しくアトムの言が止まった 「僕もこれら理論の恩恵に預かりたいので、極めて異例ではありますが、自ら理論の展開をここで中止します。」
ピカークは頭を抱える 「他に意見は?」
「ひとつだけ-」 機関長だった 「実はこんな事もあろうかと、転送装置を改造して次元転送が出来る様にしといたの- 次元転送ならこの重力場を抜けて、トーキョーに辿り付けるわ。でも出来るのはたった一度、それも一人だけ。加えて先方の次元転送波を縫って送らないとね。」
ピカークは辺りを見渡した 「ならば適任者は、トーキョーを熟知している者しかいないな-」
「待ってジャム!」 ドクターは立ちあがる 「次元転送が人体に与える影響は知ってるでしょ! あなたの様な虚弱体質じゃ、絶対無理よ!」
「しかし、あっちにいってからハッチンコウと対峙できるのは俺しかいない- これは命令だ!」 極めて稀な、毅然としたピカーク。
「わかった-」 彼女は明らかにむしゃくしゃしながら着席した 「ここにいても同じことですものね・・・・」
その時、凄まじい衝撃が艦を襲う!
「どうした!」
「ディフレクターが破損し始めた! 余り持ちそうにないわ!」 と、機関長- さっそく、艦がミシつき始める
操舵長がドン! とパネルを叩く 「舵が全く効かなくなりました!」
「時間遅延効果で実際の突入に対しては時間を稼げてますが、破壊現象に関しては我々と同じ時間尺度なので、意味ありません。」 冷静にアトム。
「きゃっ!」 その声と共にカウンセラーが席から逃れた- コンソールに火花が散ったのだ。
慌ててピカークが駆け寄る 「大丈夫か?」
「ええあたしは-」 額を拭い 「でも環境モニターがやられて、これでは生命維持がどの程度持つか解りません-」
その声にドクターが跳ねる 「いけない! 医療室からいろいろ持ち出しておかないと-」
しかしその善意が仇となった- 後部パネル付近まで辿り付いたドクターは、パネルの爆発にもろ捕まってしまったのだ!
「カウンセラー! 医療キットだ!」
カウンセラーは矢の様に扉を潜って消えた- ドクターはラウンジの机に背中を酷くぶつけたらしく、激しく唸っている。ピカークはアトムと協力して静かに彼女を床に横たえた。あとの2人は制止したピカークに従い、仕方なく作業に戻っている。
ドクターはやっとの事で息をしている様だ 「自分の診断だとね・・・・背骨がかなりやられてるみた
い・・・・この状況で医療室までお散歩するのは、ちょっと不味いわね・・・・」
「ドクター・・・・」 ピカークは彼女の手を握った 「・・・・しっかりするんだ・・・・」
「・・・・そんな事より・・・・はやく向こうへいってちょうだい・・・・艦がばらばらになってからじゃ・・・・遅いから・・・・」
「解った- 必ず止めて来るから、待ってるんだぞ!」
断続的な激しい衝撃の中、カウンセラーが医療キットをようやっと抱えて戻って来る
「ホロドクターは、切られたまま復旧しなかった- こんな時になんだけど、あたしもあのオジさんキライ。」 ドクターの所までやって来た彼女は、トライコーダーの表示を覗いたあとハイポを取り出して注射している- 安心したのか、ドクターは一先ず笑顔を見せた。
「大丈夫-」 トライコーダーとにらめっこしてカウンセラー 「命に別状ないわ。」 そして思い出した様に再びハイポを掲げ、「そうだ! 船長も次元転送対策に、ファイト1発コルドラジン!」
彼は極めてマジ目に 「但し、既にこんな恒星日誌綴ってる様な症状だから、通常の成人男子適合量の半分で。」 途端、艦体にもブローがドシンと1発! 「特に艦がこんな状態では、投与はすこぶる慎重に。」
カウンセラーとドクターは目を合わせ吹き出し、なんとか無事にピカークへのエネルギー補給は済んだ。
「じゃぁ、ちょっとよって来る- ドクターを頼むよ。」 ピカークはドクターの手を離し、治療を再開するカウンセラーの肩を笑顔で叩いて身を起こした- そして近くのアトムに向き直り、「アトム、機関長は手がいっぱいだろうから、指揮を頼むぞ! -くれぐれも、突然クールなキャラに変貌しない様に。」
「お任せください!」 元気ハツラツのお返事 「ご無事のご帰還を!」
加えて操舵長に 「命令を遂行するだけで報告のチャンスがない操舵長のキャラがいかにいじりにくいか、スールー艦長の気持ちが若干なりとも汲めて幸いだったよ。ただ秋のCM、君だけ残した化粧品メーカーは卓見だったと思う。」
「あっ、ありがとうございます-」 でも操舵長、手は全く休んでいない 「どうぞ、お気を付けて。」
最後に機関制御席の機関長に 「準備はいいかな?」
「ええ、次元転送波は極めて掴みにくいけど、およそ隙間はあと6分後に開くわ・・・・こっちの次元転送はその時がベストね- いきましょう!」
また衝撃に足を若干取られたが、そんな中辛うじて後部ドアまで辿り付いたピカークと機関長は、勿論、転送室へと歩を進めた。
廊下はミシミシ言っている- 殆ど平面デッキの猫ちゃんではおよそターボリフトにお世話にならずに済むのがこんな時の救いだが、もっとも電気が切れてそこいらの壁がショートしている様
はいつぞやのB型エンタープライズのそれである。ピカークは機関長をかばう格好で、そこを這い伝っていた。
「所で遮蔽装置の虚数連続状態と量子リンクはどうやって整合性を取ったらいいんだ? もっとも引きこもり人間は粒子としての性質のみで 『キョーチョーセイ』 って波のナの字もないんで、エネルギーなんぞからっきし稼げねぇけど! 俺は絶対転送装置は 『プリコジン式入子型尺度計測機』 による位相計測で成り立ってるんであって、次元転送となるとその尺度計測機による位相決定の範囲を超えて、いわゆる 『完全虚数状態』 になっちまうと思うんだ! 例のペガサス型遮蔽装置は極近傍でのその理論を応用して僅かな次元転送を連続させているんだろうが、違うかな?」
横から押された機関長は脇の壁に慌てて手を付く 「おめでとう! その理論を数学的に証明したら博士号どころかノーベル賞もらえるわよ! まっ、当たらずとも遠からずって事にしとくわ。『観測の現象的一定性』 が、確かに今度の超ホロシステムの鍵ですものね!」 こんな時も彼女は笑顔を忘れない 「どうやらケンブリッジの夏休みお子様物理講義に影響受けたみたいね- もっともあの教授も我が敬愛するダライラマ同様、宇宙艦隊ファンですって? 今から将来の学部長を迎え入れる準備してる、って訳だ!」
次はピカークが手を付く番だ 「ああそのうちみんな、十字架の代わりにこの通信記章付け始めるさ! それから余談だが、これもレジー・バークレーから聞いたんだけど、あのラフォージは一般相対論を量子力学へ組み込むって話を良く理解出来なかったそうだ- そんな理屈も解らないで、どうやってワープエンジン扱ってんだ? どうやら機関長としては、君の方が1枚うわてらしい!」
とうとう転送室のドアの目の前で、機関長はしりもちをついてしまった -無論ピカークが助け起こす- 役得ッ!
「お褒め頂いて光栄です- でもね、幾ら御託を並べてもビビッてるのバレバレよ!」
にやけてピカーク 「あらあら、君の愛する 『理数系の哲学者』 にちょっとでも近付こうと思ったのに、お言葉だ事!」
転送室のドアが開いた- そしてその途端、有難い事にささやかな凪が訪れる。機関長はさっそく改装を施したパネルに貼っ付くと、準備作業を開始した。
「ちゃんと、携帯シールドは付けたわね?」 ちょっと険しいお顔。
「ほれ、この通り!」 腰のベルトを指差してからスイッチを一端入れ、包まれるのを待って肩を竦めて見せ、またスイッチを切る。
「再度言っとくけど一度しか転送出来ないから、覚悟しといて。それから一方通行で中途収容は無理よ・・・・残念だけど。」
「腹は括ってるさ- もう6分経つぞ! さっさとやってくれ!」 転送台に辿り付き、極め付け胸を張って居直るピカーク。
「位置はかなり不正確だけど、このエネルギーの中心はおよそさっき覗いたトーキョーのラウンジホールだと思うわ・・・・じゃぁ、やるわね・・・・」
めちゃくちゃ真剣な表情の彼女は、さっそくパネルとの死闘を演じている。だがその間にも激しい衝撃が襲い、パネルを掴んで体を支えざろう得ない。そして次の一瞬、顔をあげた彼女の目にはちょっと渋めで子供っぽい何とも言えない笑顔のピカークの姿が飛び込んで来た-
「『帰るまでに直しとけよ!』」
「そんな不吉なセリフ、はかないで!」悲壮な顔でマジでドヤしつける 「絶対に帰って来るのよ!」
転送装置は普段とは違う一瞬の光に包まれ、ピカークの姿はもうそこにはなかった。
今度は敢えて御託は並べないにせよ、お世辞にも気持ちのいい転送とは言えなかった。ただどうやら五体満足で実体化出来た様だ- そう、五体満足と言えば地球にいた頃、例の五体不満足な御人のギルモア博士が使ってる様な超最新鋭車椅子と、近くの家電店からの帰りに暫し意識した訳でもないのに並んで歩く事となり、双方の不満と満足とが丁度コントラストを取る物凄く皮肉なツー・ショットだと、ひとりでウケてたエピソードを一瞬思い出した。
まぁそれはともかく、膝をついた段階から立ちあがってみて、そこが矢張り懐かしのU.S.S.トーキョーにあるラウンジホールである事が判明する。なんか騒々しかった今までだけに、台風の目であるここは気持ち悪いくらい静まり返っていた。ホロデッキのなかった頃、乗組員のリクリエーション空間として体育館ほどのこのスペースが設けられていたのだ- 良くここで発送の為の郵便詰めしてたっけ。しかし、今そのホールは、殆どが訳のわからない機械群で占められ、何かどんよりと暗い雰囲気をかもし出していた。そしてその無気味な機械群の手前に若干スポットライトが当たった部分があり、なにやら人影が見える -ピカークはぼやけた視野を擦り、目を凝らして見た-
「まさかあなたが来るとはね、ピカーク! ありきたりだけど、正に 『飛んで火に入る夏の虫』 だわ!」
その声は忘れようったって忘れられない-
ハッチンコウ!
第8章
彼女は相変わらずロミュラン人の様な風貌で、決してセンスが良いとは言えないあっさりし過ぎた黒のつなぎをまとっていた。しかしかなり老けた感じで、余り強くないその体にこの研究はこたえた様だ。
「これはこれはご無沙汰でした-」 愛想笑いでおもむろに近付く 「研究のご成功、おめでとうございます!」
調子にのっていいわけない- 彼女と機械群の周囲を覆うシールドに跳ね飛ばされた。
「おめでたいなんて、これっぽっちも思ってもないくせに- 相変わらず陰険な男だわ!」
「その言葉、そっくりお返ししますよ-」 腰をさすりながらピカーク 「その点に関しては、お互い様じゃぁないかな。」
彼女は剣のある顔を余計引きつらす 「10年前、やっぱり息の根を止めておくべきだった・・・・うっかり見逃すべきじゃなかったわ。」
ピカークも負けてはられない 「私も10年前、もっと食いさがるべきでした。」
「まぁいいわ-」 何故かここで若干緊張の糸がほぐれる 「せっかく来たんだから、これら装置の動力源になってくれているお友達を紹介しましょう-」
途端、ホール一斉にライトが灯り、装置群中心に鎮座ましますひときわ目立つユニットの前までハッチンコウはやって来た。そのユニットは丁度がっしりしたトーテンポールの様で、頂上にはハカイダーやサイモン・ライトの様な脳髄保護装置の類いがくっ付いている- だが中にいるのはどうやら脳味噌ではなくて、何かのエネルギーの様だった。
「紹介するわ- 私の唯一の親友、『怒りを喰う生命体』!」
そうか- この無尽蔵のエネルギー源は、懐かしのこいつだったんだ!
「宇宙で死に損なっていた所、私が拾ってあげたの。あの頃は比較的連邦宙域も平和で、こいつも辛かったと思うわ- でもいまや紛争が頻発してて、私の作ってやったこの思考エネルギー長距離変換装置で楽しくやってる次第よ!」
ピカークは手をうしろに組み、出来る限りの笑顔でまたお惚けぶりを発揮する「どーりで昨今、陰湿でピリピリしてる奴が目立つと思った。」 気取ってはいるが、せいぜいロジャー・ムーアどまりだ。
「あなた、死にたい訳?」 その飛び切り陰湿な突っ込みが入る 「そーいゃぁ、顔に貧粗が滲み出てるわよ。」
「昨今、よく言われるんですよ・・・・だんだん洒落にならなくなりました。」 ここで一息つく 「ところで、他の乗組員はどうしたんですかね?」
「ああ、彼らはみんな宇宙艦隊にすっかり関心がなくなっちゃったみたいよ- あたしも含めて
ね。」
「やっぱり、キャラに惹かれた人達は冷めるのもはやいですな- 今考えると、乗組員の殆どが女性だったって、今となっては、ちょっと信じられないけど。」
相変わらずの無気味な笑みで 「でもピカーク、良くここまで辿り着いたわね。あなたにしてはジョーデキだわ。」
「まぁ、運ですよ。これが現実となると、そうは簡単じゃない。」 何かほんとに寂しげだ- 彼はそこで指を1本もったいぶって掲げた 「ひとつ質問なんですが- 一体何が目的なんです? 『神だけど航宙艦が欲しい』 なんでバカな繰言だけはよしてくださいよ。」
「当てたら偉いわ- 但しヒントはなしよ。」 先方も久々に会話を楽しみ出した様だ
「そーだな・・・・」 ピカークは睨み気味に、ホールの端の一角を占めているドーム型の透明カマクラと、その中に備え付けてある一連の装置群に目を止めた 「およそあれが、その目的の一端に違いない・・・・」
「鋭いわね」 ついでに彼女の目も鋭い 「で、何の為だと思う?」
「ホログリットが見える・・・・本来ならば、あの透明カマクラの中がホロデッキと言う所だが-」
「-と言う所だが?」 語尾をとって、本当に楽しんでいる
「あの外側がホロデッキだ-」 ピカークは確信を持って言い放つ 「第3ステージの最終目的は、リアルマターをバーチャルマターに変換する事- 詰まり、量子力学を制覇し、アルファ宙域全域をホロデッキと化す事だ!!」
「ブラボー!」 ハッチンコウは、割れんばかりの拍手を送って来た 「ズバリ正解! さえてるわね、ほんと、珍しく!」
「お褒め賜り光栄です。」 だがピカークは、はしゃいではいない 「そのうえで、『プログラム消去!』 とのたまって、自分をコケにした世間への復讐ですか- もっとも、私も人の事は言えませんけどね。」
「相変わらず一言余計ね-」 しかしながら笑顔なのだから薄気味悪い 「そーだ、まだフェイザー=ワルサーは持ってるの?」
「ええ、勿論!」 ピカークは携帯用シールドが見えない様に慎重に船長専用ブルゾンをめくって、例の絹のホルスターからワルサーもどきを取り出し掲げた
「結構。」 ハッチンコウはほくそ笑む 「構わないから 『破壊』 にセットして、そこらへん撃ちまくりなさい。」
ピカークは仰せの通りにセットしてストレス解消とばかり撃ち倒したが、全てシールドに吸収されてしまった- 何故かエネルギーが、あっと言う間にカラに。
「エネルギーのご寄付、感謝します。武器の没収なんて野暮な事しないで済むのは、洒落てるでしょ? それから、あなたのお仲間のポンコツ艦を助け出すのも無理ね。でも安心して- 時間遅延であなたがくたばる方がどう考えても先だから。」 一呼吸入れる 「さてと、お遊びはここまで
よ。」
ハッチンコウはデッキをツカツカと辿ると、例のカマクラのドアをリモコンで開けて中に入った。辺りの照明が夜間シフト状態となって、そのカマクラだけがひときわ輝く。
「それでっと・・・・」 彼女の声がスピーカーからやって来る 「愚かな艦隊どもが、あたしのホログリット・ブイをせん滅せんと図ってるらしいけど、ブイはほんの数個であっても更に仮想ブイを構築する事で、グリットは閉じる様になっているのよ。」
「抜け目ないですな!」 ピカークは声を張る 「ところでそっちの声は良く聞えてますけど、こっちのはどうですか?」
ハッチンコウはO.K.のサインを出した- ピカークも同じサインで答える
「でもって最終的な 『現実=非現実変換装置』 の作動に至るには、ちょっとしたエネルギー補填が必要なの・・・・そこで、是非あなたに協力してもらいたいのよ、ピカーク。」
「何をすればいいんですか?」 真面目にピカーク。
「かーんたん! ただ憤慨してくれればいいの・・・・そうすればあいつがエネルギーを最終段階に至るまで作り出してくれるわ・・・・」
「そいつも名案だ! 今の私に一番やりやすく且つ抑えにくい作業ですもんね!」 実ににこやかに 「解りました! 絶対に抑えて見せます!」
「出来るかしらね -じゃぁ、始めるわね- 」 その声と共に、でっかいインジケーターが天井に現れる 「先ずは手始めにオーソドックスに- 立花隆の前任者であるムツゴロウ教授、『無邪気で危険』 なのはそっちや!」
インジケーターは若干ピクリとしたが、そんなでもない。
「あら、意外ね- あんまりそうでもないのね。」
「無論個人的には腹立ちますが、今更 『安部英シンドローム』 なんて珍しくないですから- 文部省の方が民主的なんて、全く笑っちゃいますよね。」
「じゃぁ、次は私- 私さえこんな事をしなければ、今頃トーキョーはそのままで、岸川氏そっちのけでレーザーディスクの裏書とスカパー・スペシャルのゲスト出演もかなってた!」
インジケーターはレッドラインにまで到達する!
ハッチンコウはヒクヒク言ってる 「さすがにこれはこたえたみたいね・・・・光栄だわ!」
「なぁに、印税に未練があるだけですよ-」 ちょっと悔しそうなピカーク 「これから取り返します。」
「じゃぁ次- 『プロモーションビデオ』 を作ってくれと言っていた某有名プロダクションのモデルコンビ、プロジェクトを開始した途端にドロン!」
インジケーターはレッドラインを遥かに超えた! 例の生命体も輝きを増す!
「そのプロダクション名、ここで書きたいわな! 全く、無銭飲食だ!」 結局まくし立ててしまう哀れなピカーク- だがここら辺にしないと、賢明な読者にまで見放されてしまう!
「どーせオケベ心を見透かされたんでしょ! 同罪ね。」 ハッチンコウは楽しくてしょうがないらしい 「では最後に極め付け、目黒の女と横浜の女、今頃きっとよろしくやったるでしょーね!」
これはこたえた- ピカーク、遂にキレる!!
「チッキッショーッ!!」
インジケーターは火花を散らしてコナゴナとなり、生命体は喜び勇んで燦然と輝く! そしてそれを契機に機械群がうんうん唸りだし、何かのスイッチが入った事が明らかに伺えた!
「なるほど・・・・やっぱりハーレムに着任したのは、こう言う事が原因だったんだ・・・・ありがとう、ピカーク! これで、現実=非現実変換装置は立派に稼動したわ! あとはこのボタンを押すだけ!」 満面の笑みでハッチンコウ 「で、もうひとつし残した事もやっちゃいましょうね- 用済みの始末!」
で、例の脳髄保護装置の様なドームが爆発し、『怒りを喰う生命体』 は跡形もなく消え失せた
「一番のご馳走と共に死んだんだから、ピカーク、あなたいい事したわね!」 そしてなにやらパネル群をハミングと共にいじりまくり、「準備完了! これで宇宙はあたしの思う壺! ついでにあなた専用プログラムも用意してあげたわ- 400年も昔の名もない田舎国家の売れない研究者になっちゃうやつで、名付けて 『全てが思うままに全くならないアンチ・ネクサス』 プログラム!」
掛け声と共に、今度は壁面から生じたトラクタービームがピカークの全身を抑え付けた- 装置を作動させる為、シールドを切ったゆえだ!
「それじゃぁ慈悲として、最後にこの言葉をかけてあげるわ- 『さらばだ、ピカークくん』!」
正にその様はブロフェルドと言うよりは、オールドミス・イビル(ちょっとツマンネかったかな?)!
そんなプログラムで生かされてたまるか! まだ日の目を見ない天文観測班員の方が、よっほど充実した人生じゃないか! ピカークは必死に腰のベルトのスイッチに手をかけたが、いかんせんそのトラクタービームにはかなわない -額はもう、汗まみれだ・・・・このままでは骨折も時間の問題だろう- 一方で例の透明カマクラの中心にあるパネルには、ニタリ顔でボタンに手をかけるハッチンコウの姿が!
もういよいよ、おしまいか! 全宇宙が単なる幻想と化すのだろうか!!
その時だった! 突如トーキョーの艦体が轟音と共に崩れ、見慣れたギャラクシー級艦の円盤部が突っ込んで来たのだ!!
カメラはブリッジの指令席の前で腕組みして、不敵に仁王立ちする副長にパン!
「転送だけが能じゃないのよ- こう言うオールドスタイルの殴り込み、忘れてもらっちゃぁ、困るわ!」(註:これを書いたのは2000年で、ネメシスの前- つまり、ネメシスにパクられた!?)
形勢一変! 丁度ハーレムの艦体がトラクタービームと保護シールドをブロックし、ピカークは自由に! 彼はさっそく携帯用シールドのスイッチを入れ、ベルトの簡易スラスターを点火させると反対側へ飛び付き、先ずはガラクタと化した付近の金属片を掴んで思いっ切り壁面のカマクラへ繋がるケーブルバネルをぶち壊した- その間にちょっと遅れて物凄い勢いの風がホールの外へと走り抜ける。一瞥した所ハッチンコウは、カマクラの制御盤が壊れ扉を開けるべくもがいていた。ピカークは今や台風のそれと化したとホールの壁をようやっと伝いながら、ホロシステムのメイン・ハイパーアーチにまで辿り付く。焦るハッチンコウは、今度はカマクラ内のホログリットを壊しにかかる- そんなさなかピカークはあわやブースの中に飛び入り、コンピューターへのアクセスを開始した!
「それでは、『スーパーマンⅡ』 のラストにあやかって- コンピューター、現実=非現実変換装置の位相を反転しろ!」
「承認コードをどうぞ」
ピカークはニヤリ、と微笑んだ 「承認コード、『ナポレオン・ソロ』!」
何やら声が聞こえる -風に遮られてはいるが、生きていたスピーカーからのハッチンコウの叫び倒す悲鳴だ-
「やめてぇーッ!」
「コードは承認されませんでした。」 コンピューターのお返答。
「ならばこれだ-」 今度のピカークはマジだ 「『オ・ジ・サ・ン・』!」
「きぇーッ!」
しかし無情にもコンピューターは告げた 「コード承認されました- 『現実=非現実変換装置』 の位相を反転します。」
目一杯の笑顔で続けざまに 「コンピューター! ホログラム消去!」
途端、叫び倒していたハッチンコウの姿はかき消える!
「ごみ箱を空にしますか?」 更なるコンピューターのご質問。
一瞬、「その様に」と決まり文句を吐くとこだったが、彼はためらった -頼み料のない仕事は、外道の人殺しに過ぎない- そこで、
「コンピューター、ごみ箱の中身に名前をつけて保存!」
「ファイル名をどうぞ。」
「そうだな-」 ちょっと考えて 「『モリアティ:その2』!」
やがて例のグリーンのキューブが、ガチャガチャの様に手元の受け口にコロがって来た- 確かにアマちゃんで青臭いのかも知れないが、それで受ける損を堂々と受けてやろうじゃないか!
「レジーの保管するキューブが、またひとつ増えたな。」 そして天を仰ぎ 「ってことは、このシーン、いずれまた吹き替えのし直しか!?」
恒星日誌:宇宙暦65780865409626.8
またもや悔しいながら副長に助けられてしまった-
ともかくハッチンコウ退役准将による 「アルファ宙域全部ホロ化計画」
は阻止された。私も危うく400年も昔の名もない田舎国家の売れない
研究者にさせられるとこだったが、再び宇宙に平和が訪れたのは何よりだ。
しかしながら、ハーレムとチェシャ=シュレジンガーの猫は例の似非
ブラックホールを潜り抜ける為システムを酷使し、特にハーレムの推進部は
通常エンジンを含め、全く機能していない- やっとトーキョーの艦体から
は物理的作業をもって抜けたけど。なお、猫ちゃんのクルーは皆無事で、
ドクターも比較的簡単に治癒したそうだ- よかった!
追申:ただ副長から、何か重要なお知らせがあるそうで・・・・
再び懐かしきハーレムのブリッジに! だが、矢張り艦の損傷は激しいらしく、そこには幾ばくかの修理班の姿もあった。もっともそんな空気をふっ飛ばすべく、今度はみんなクラッカーを持って迎えてくれたのだが!
「ひゃーう!」 ありったけの笑顔で、紙ふぶきを払うピカーク!
何故かブリッジには、前の任務で活躍した保安主任代理や、例の副長の後輩、転送主任は勿論、アリサさんやサクラのママまで揃っていた- まるで打ちあげみたいだ!
「お疲れ様!」 全員のダイ合唱!
先ずは保安主任の労をねぎらう 「本当にご苦労様でした- どうやら、ホロ・スターせん滅作戦は成功した様ですな。」
「お蔭様で! もっとも航宙艦不足は相変わらずで、フォックスのスタジオにまで借りにいったんですって!」
「おやまぁ、そいつはてーへんなこって。」 しかし、にこやかにピカーク- 次は転送主任に、「どーだい、転属願いの方は?」
「うん、受理された-」 でも何故か嬉しそうではない 「-『U.S.S.リプリー』 の副長だって! あたし最近、キワモンの仕事ばっか!」
ピカークは思い切り笑いこける 「そりゃ、同情し切りだ! サスペンス・ホラーが当たれば、各局一斉横並びなんだからさ!」 そんなセリフに相変わらずのふくれっツラの転送主任をあとに、ママの所へ- 「実家から仕送りがあったんで、ツケの方は払えそうだよ。」
「おやおや30代も半ばだって言うのに、随分と甘えんぼだ事!」 呆れてママ 「それを不景気の
セイにしないようにね。」
「そんなつもりはないさ- ただ社会科学者の端くれとして、不景気を事前予測していた自分のセイでない事だけは確かだけどね!」 でもってその他のメンバーにも笑顔を向けて、何時もの様にスロープを伝う。
そのメインのひな壇には、副長側の補助席にはドクターが、カウンセラー側の補助席には機関主任が、そしてカウンセラーは無論定席に、でもってかの副長は指令席にまだ構えていた。
「お帰りなさい。」
飛び切りの笑顔で彼女は指令席を優しくピカークに譲った -彼は満面の笑みで、その究極の席に着く- きっとあのジェイムズ・カークが深宇宙探査を始めた頃は、何ら見返られる事がなかったであろうその席に。
「さて、役者が揃ったな。」 感無量のピカーク 「ドクター、怪我はもういいのか?」
「ええ、もうすっかり! 折れどころが良くて、直ぐに繋がってくれたもん!」
「けっこう痛がってたじゃない?」 あらあら、カウンセラーの突っ込み!
「うるさいなー」 おかんむりのドクター 「こんなとこで仲間割れしてどうすんのよ!」
「そう 『でしたー』」 いつもの口癖で、陽気に返すカウンセラー。
「その、『でしたー』 のフレーズだけは、ファンとしてもあんまり頂けないんだけど。それにあのラジオで、X-MENの主演がヒュー・ジャックマンなんて言っちゃぁ、おしまいでっせ! チョコレートパフェまでは可愛いけど、お茶に砂糖3杯入れちゃうせいでねぇの?」 ここで口を押さえて 「あっ済みません- 最後なんで言いたい事全部言っちゃいました!」 やめときゃいいのに、ピカークまたもや口が過ぎる。
「で結局、船長の方の過去の傷は癒えましたか?」 と、それを受けてのカウンセラーの明らかに口をとんがらせての業務問診。
襟を正して 「そうだな -その実、傷の内でも最も浅いものだったので始末に置けないんだが-」 ここで恒例のゴールドスミスのスローアレンジが 「ただ、いい勉強にはなったよ- 常に仮想現実と現実との区別を付けて生きなくては、とね。仮想現実が何時の間にか我々の現実に侵入し、存在しない領収書によって人の命が奪われる様な事があっては絶対にならないと思うんだ・・・・常に仮想現実を切り捨てられる意識を持っていないとね- その為には充実した現実を提供出来る社会が必至な訳だし、ついでにこの恒星日誌もぼつぼつ閉じる潮時なのさ。」 にやけたピカークは運航管理席のアトムに 「アトム、しかしもって本当にアルファ宙域全域をホロ化出来たと思うか?」
「そーですね・・・・僕は出来たと思いますよ- だいたい、今だってこの世界と人生が 『漕げ漕げボート』 よろしく夢みたいですから!」
「賛成!」 その横の操舵席から操舵長。
「どう思う、副長?」 ピカークは彼女に返答を求めた
「そうですね- 私に関して言えば、そう悲観する事ばかりとは思えません。それに、ただひとつだけ船長にも現実のお土産があるんです- ティー提督からの伝言が。」
「えっ!」 ピカーク、素直に驚く。
「読みあげます-」 保安主任が彼女のブースから 「『構わないから、U.S.S.トーキョーの肩書きをどんどん使ってください』 との事です- 船長復帰、おめでとうございます!」
ピカークはうるうる来ていた- U.S.S.トーキョーの船長・・・・それはハイスクール時代の彼の憧れだったからだ・・・・
「わざわざ船長の為にノルディン・コロニーによって、提督のメッセージを携えてからこっちに来たんですよ」 保安主任は副長にウインク 「ね、副長!」
「まぁね。」 ここで照れ隠しに副長は、ちょっと真面目な顔に戻る 「船長、ここでちょっと例のお知らせが・・・・」
「あっそうか!」 ピカークは直前に報告を受けた話を公開した 「実はさっき伝え聞いたばかりなんだが、副長は1年間本部付けで、クワドトリティケールでモッツァレラチーズを作ると言う途方もないプロジェクトに参加する事になったそうだ -そこで1年間、この艦を休む事になった-」
「えーっ!!」 またもや全員のダイ合唱
その声の隙に、ドクターが副長の耳元で突っ込む 「この話の冒頭で出した転属願いが、単に了承されただけなんじゃないの?」
珍しく副長はドクターに、笑顔と共にみんなに見えない様にかる~く肘鉄を食らわした
ピカークも無論全く気付いていない 「この艦もいつデルタ宙域に飛ばされてレプリケーター使えなくなるやも知れないから、腕のいいコックは絶対に必要だ- がんばってきてくれよ!」
「ありがとうございます」 みんなの拍手に囲まれて、テレながら副長。
「本部付けになっても、絶対1年で帰って来れるってば!」 今度は普通の音量で取り繕うドクターのその言葉には、何故か凄く説得力がある。
「さてと-」 気を取り直して 「コースを0-マーク-0、ワープ9で発進! 連邦宙域に戻るぞ!」
「ジャム!」 機関長のご叱責 「ワープどころか、インパルスもアウト!」
更に副長の駄目押し 「知ってるくせに!?」
「それだけは辞めないのは何でだ? あんな中途半端な切り口で、社会派なんて自認するなよ!」
でも、いい雰囲気の中のその余計な一言に思いっ切り副長に睨まれて 「あら、誰のお陰で助かったのかしら?」
「田原総一郎は、料理番組の司会はしないモン」 と、コソクにこそっと言ってから 「何か他に解決方法ないのか?」 と、すっとぼけてみんなに尋ねるピカーク。
「そうね・・・・」 機関長ちょっと考える 「あの猫ちゃんに牽引してもらえば、ワープ2くらいまでは
何とか出せそうよ!」
「じゃぁ、ちょっくら牽引しに、猫ちゃんにいってくるか!」 ジャム・ピカークはそこで立ちあがろうとしたが 「おい、でもワープ2じゃ、島流し同然だぜ・・・・」
「待った!」 機関長はまだ何かあるらしい 「話は最後まで聞いて- U.S.S.トーキョーの穴は埋めといたのよ!」
「そーか!」 ピカークは拳を叩く 「今度こそほんとの 『トロイカ体制』 だな!」
「そこでジャム、トーキョーの船長復帰宣言を祝して、あたし達からのささやかなプレゼント!」 機関長は語気を強めた 「コンピューター! 『チェシャ=シュレジンガーの猫』 とトーキョーの操舵席を転写して!」
途端、本来の運航管理席並びに操舵席とひな壇との間のスペースに、2艦の操舵席がそれぞれ姿を現した! そこにはさっそく、例の保安主任代理と副長の後輩が陣を構える。
「じゃぁ、あたしからも-」 今度は副長が 「コンピューター! 同2艦の指令席を当艦の指令席に転写!」
今度は2つの指令席が先ほど現れた2つの操舵席の間にぼんやりと現れ、ピカークの体を潜り抜けてハーレムの指令席と重なった!
「まぁ薄気味は良いとは言えないが、せっかくの思い遣り、有難く頂戴しておこう!」
「いかがですか、座り心地は?」 と、カウンセラー。
「すこぶるいいよ!」 スクリーンでも他の2艦が並ぶ姿が映っている 「ではこれが本当の夢にならない内に、帰るとするか!」
「船長、改めてコースをどうぞ!」 副長、最後の一言!
「あっちの方へ・・・・」 まさに感慨に浸り 「そのまま、ずずずいっーと!」
その雄叫びと共に綺麗な三角形を描いた3隻は、次々に亜空間の光の中へとその身を輝かせたのだった!
スタートレック・ハーレム 第2話 完