スタートレック・ハーレム:第3話時・キャスト


ジャム・トムキャット・ピカーク船長; U.S.S.ハーレムの"船長"。19年前17の時、親友達の裏切りをきっかけに失意の中希望を胸に宇宙艦隊に入隊。直後かのミスター・スポックと出会い一生を艦隊稼業に勤める事を決意するが、一時は社会科学者としてアカデミーに残る道を心無い教授によって妨げられてもいる。また、初めて指揮したU.S.S.トーキョーを破壊させしてしまったと言う苦い過去も持つ。ドジでノロマでホゲなのだが、何故かその悪運で難事件を切り抜け、今日に至る。とーぜんながら、オンナには全くモテない。

 初代副長; 第3話まで副長を務める事になる。宇宙艦隊アカデミーを首席で卒業後、数々の褒賞にも恵まれた艦隊きっての典型的エリート。グーたらなピカークとは違い、サクサク仕事をこなすタイプ。ゆえにハーレム在職中はピカークの指揮能力には常に疑念を抱き、その実副長職を左遷人事と嘆いていた。趣味は料理で、腕前はプロ並み。

 ドクター; ピカークの親友の未亡人と言う設定はちょっと嘘臭いが、ともあれ昔馴染みと言うよりか、はっきり言ってお守り役。他のドクター達同様、忌憚なく船長に物を言うのはご存知の通り。タンカを切らせたら右に出るものは居ない姉御肌の御人。

 機関長; ドクター同様ピカークとは旧知。今や宇宙艦隊屈指の機関チーフとなり、連邦代表大使を歴任するなど、連邦議会とのパイプも強い。この方だけが唯一ダンナ選びを間違えなかった- さすが! そして勿論、機関長チームには昔と変わらずお世話になっている恩、決して忘れてはございませぬ

 初代保安主任(のちの二代目副長); ボーイッシュな風貌の典型的体育会系士官。至って真面目で誠実な性格だが、酔っ払うとちょっと違うらしい。艦内公演で航宙艦を自爆させる副長役に携わり、その製作者(故人になられ哀悼しかない)にピカークは世話になった事もある

 2代目カウンセラー; 前任者の寿退隊を受けて、第3話よりの登場。決して前任者に未練があって名前が似ていたからではなく、どうやらそのピュアさに感じ入ったピカークが任命したらしい。生粋の地球人でESPの持ち主。



 アトム; 陽電子脳の権威、秋葉原博士によって作られたアトム型アンドロイド。一応性別は女性。博士はご推察通り消息不明。基本的にはボケキャラだが、ピカークと違うのはそのバイタリティ- 超人的能力でコンピューターをソツなくこなす。ちなみに、クエスターと言う兄貴がいたのだが・・・・

 操舵長; クルーの中では最も控えめで、オブライエンの嫁さんと同郷と思っていた所、そうではない事がのちに判明する。コンピューター・ソフトを買う度に入っていたチラシが元で、ピカークはスカウトしたらしい。なお、保安主任と共に特殊潜入隊にいたことがあり、ドクター不在の折は作動不良のホロドクターに代わり、簡単な医療オブザーバーも担った。

 初代ママ; ハーレムの突端にあって、クルーの憩いの場となっているラウンジバー「テンフォワード・サクラ」のママ。絶滅したエルオーリア人の生き残りで、ちょっとした超能力も持ち合わせているらしい。ピカークが忌憚なく愚痴れる唯一の人物でもあった。

 初代転送主任(のちのハーレム艦長); 当初ピカークがスカウトした頃は若干目立つ程度の士官だったが、あっという間に保安主任、そして一気にピカークの後任艦長に就任することになる。しかし、第5話でとんでもない男とくっついてしまい・・・・


 特別ゲスト・時間調査局員(ピーター・フォーク);  リック・バーマン司令長官が、タイムワープの命を受けたハーレムに送り込んだお目付け役。何でも元警察官で、離婚した元カミさんが宇宙艦隊勤務中に行方不明になったので、探しているのだと言う。昼行灯の様だが、時間規約違反を重ねるピカークを執拗にねちっこく突き詰める事になりそうだ!
第3話 「真説:ふぁーすとこんたくと」
第1章

恒星日誌:宇宙暦65780865409688.2
突然カウンセラーが結婚し、辞職しちゃった-
なんてことだ! うわーっっ!!


 とにかくドクターはピカークの部屋の前までやっては来たが、何となくドアに近寄るのをためらっていた。今度はドアが開く事は確かなのだが、気懸りなのは矢張りピカークの心中だ- 副長の休職までおよそ1月しかないと言うのに、まさかその前にカウンセラーに辞められるとは思ってもいなかったろう。だが意を決した彼女は、ようやっとドアのセンサーにまで歩を進めた。
 ドアが開いた- 案の定、部屋は真っ暗だ。だが、確かに窓の星明りは1人の人物の陰を描き出していた。
「ドクター・・・・たかがフィクションと言うのに、何で俺はこんなに女運がないんだろう・・・・しかもだよ、餞別に貰ったこのデジカード-」 彼はその闇にきらりと光るデジカードを掲げた- カウンセラーが記念に抽選で40名に配ったもので、中には彼女のカレンダーのデータが入っていた。  「割れてやんの!」
 ドクターが入室すると、部屋に明かりが灯った。今度は再び冬だったので、中身に異常は然程ない。彼女は足早にそのカードの所まで辿りつき、手にとってみた- 確かに物の見事にざっくり割れている。
「あらほんと!」 呆れ様にドクター 「滅茶苦茶運ないわよね! ま、当たっただけ良しとしなさい!」
ピカークはマジで自虐的世界に浸り切っている 「結局我々研究者は、所詮お笑いやミュージシャンにはかなわないんだよなぁ・・・・はぁ。だって、カウンセラーのHPの管理人なんて、傷心旅行に出ちゃったんだぞ!」
今度ばかりはドクターも真面目に慰めてきた 「お払いでもしてもらったら? なんかこう、あなたって女性を寄せ付けないオーラみたいなものが出てるのかもよ・・・・もしかしたら社会的危険人物で、子孫を作る事を有機体としての社会システムが許してないとか。」 気持ちは有難いのだが、やっぱり全然慰めになっていない。
「あーあ、このまま俺は朽ち果ててゆくのだねぇ・・・・」 まじだった
 ドクターはここで、さりげなく飾ってある自分のカレンダーに気付く 「あっ、買ってくれたんだ!」
「発行元が東北の会社で、事務の女性が標準語通じないもんだから、結構手に入れるのに時間かかったよ -だけど、時期遅れの売れ残りって言うんで、送料タダにしてくれたんだ- あ!
いや! ちゃう! そう言う意味やない!」 慌ててとりなしても遅い遅い- きつーい視線が刺す 「だってクルーの中でピンでカレンダーだしてんの君と保安主任くらいだもの・・・・もっとも、去年までは- はぁ。」
 再びカウンセラーの事を思い出し、もともと撫肩で制服の似合わないピカークの肩は、余計にその存在を失いつつあった。それでも珍しく職業柄気を使って自らの機嫌を修正したドクターは話題を変えるべくその存在感のない肩を叩いて、ピカークにこっちを向かせて報告用ボードを差し出した。
「話し違うんだけど、若干1名、クルーの中で働き過ぎで健康状態が危惧される人物がいるの。あなたから直接、休暇命令を出して欲しいのよ- ほんの数日でもいいから。」 ピカークは目を輝かせる 「そんなこと言って、『その士官とはジャム・ピカークです』 って、引っ掛けて休暇取らそうって魂胆でしょ!」
「ちがう! あんたは休み過ぎ! もっと根性入れて働かんかい!」 ドクターは本当に慰める気があるんだろうか?
ボードとにらめっこしたピカーク 「これは・・・・副長だろう!」
「あたり」 ドクターもちょっぴり投げやり 「地球に戻る前に山の様に仕事を抱えて、これじゃぁ、倒れちゃうのも時間の問題よ! 本部としてはここにいる間に出来る仕事を消化させ様って魂胆なんでしょうけど、私は絶対に以て反対! ねぇ、あなたから彼女に言ってもらえないかしら」 そして珍しいおねだり口調。
「君が言えばいいじゃん!」まぁ、順当な返し。
「あたしの言う事、素直に聞くと思う? 一応あなたは腐っても船長なんだから、命令すれば事足りるでしょう- 角は立つでしょうけど。」 なるほどそれもごもっとも。
「それじゃぁ、お伺いしやすか!」
 ピカークはドクターを従え -いや、ドクターはピカークを従え-、こもりっぱなしの副長の私室へと向かった。


 2度目の副長の部屋の前。ドクターは待ちを決め込んだらしく、手を工事現場の警備のバイトのそれにして入室を促した。が、ドアのセンサーの前にピカークが立ったその途端、いきなり開いたそこから数人の何らかの機材を手にしたスタッフの群れが現れ、物の見事に彼は弾き飛ばされた
「あっ、すんませーん!」 リーダーらしきサングラスを掛けたいかにも感じの悪るそうな奴がそう言って、涼しい顔して過ぎ去る。ややあってドクターが、さすがに助け起こしてくれた。
「あれ、本部の広報の連中よ」 ドクターにもウケは良くなさそうだ 「きっと今月号の表紙は、艦隊切っての美人副長のホログラムってとこね。」
「なるほどね・・・・道理でやたら最近いろいろ表紙を飾ってると思った-」 よろっこらせっと老体に鞭打ったピカークは、腰をさすりながら空いたままのドアをおっかなびっくり覗きこみ、声を張った
「入ってもいいかな!」
「どなたぁ?」
 どーもその鼻声にはいつもの勢いがない。ドクターはピカークのケツを押し出し、ドアに突っ込む。今度は倒れはしなかったものの、敷居に抱き付く格好となった。
「船長・・・・どうしたんですか?」 化粧をおとしたスッピンの副長は普段と余り変わらない美貌を保ってはいたが、ただひとつだけ、目の下にうっすらとクマを作っていた- タフな彼女ではあったが、矢張り疲労の色は隠せてはいない。
「やぁ、副長- いい天気だね。」
「取って付けた様ですね。」 彼女は腰に手を当てはいるが比較的ご機嫌良かった 「この間はお花をどーも。」
「いえいえ、どー致しまして。」 はーん、それでまぁまぁな訳ね 「あくまでもあれは管理人さんの代理ですので- しかしなぁ、やっぱり俺も社会科学書何ぞ書くのをやめて、お菓子の本書くかな- 『最後の一冊がなくなったら、書店の人に再入荷のオーダーを』 なんて商魂、見習わねばね。」
これってスカートめくりと同じ極めて稚拙な愛情表現なのだが、何時もの様にウケは宜しい筈もない- 彼女は冷め切っていた 「で、ご用件は?」
「それが-」 姿勢を直してみれば、左手にさっきの医療報告ボードが握らされている 「実はクルーの健康診断の結果なんだが、ひとり非常に疲労指数が顕著な者がいて-」
「解ってます。」 そのセリフは一方的に遮られた 「私だって言うんでしょ?」
「おやおや御見通しで。」 ピカークはおどけて見せたが、彼女の表情は硬く芳しくない。 「船長- 私も地球に帰る前にやらなくてはならない仕事が山の様にあるんですよ。誰かさんが優秀で、そこら辺の事をフォローしなくて済めばこんな苦労は必要ないんですけど。」 やっぱり、のご挨拶。
「いや、でもさ、健康一番だし、本部には僕から言っておくから、何日か休んだらどうなんだ- 地球に戻ってから倒れでもしたら、何にもならんでしょう?」 ちょっぴりまっとうに、そう。 「お気使い感謝しますが、それは結構です。」
「なんでまた?」
「どーしても言わせたいんですか?」 その表情は、入って来た時のそれとは比べ物にならないくらい険しい
「ぜひ・・・・宜しければ・・・・」 フィレンギの様な気味の悪いニタニタと揉み手。
「あのね!」 彼女は遂に噴火した 「これ全部片付けなければ、ゴジラ退治をやらされるのよッッ!!」
 その声にふっ飛ばされたピカークは、そのままドアから表にだらしなく倒れこむ。また、ドクターに助け起こされた。
「全く、本部の仲間何ぞは喜び勇んでゴジラ退治にエキストラで出掛けたっちゅうに、何でイヤなんだ?」 さっそく翁業に制服を直す
「ゴジラって?」 怪訝にドクター。
「あー」 ピカークはドクターの口に人差し指を当てた 「だからと言って、この艦では口から火を吐くギャグはなし!」
「しませんよ!」 彼女は人差し指を跳ね除けた 「但し、あなたの 『身持ちの固い子探し』 が結果淫行条例違反に辿りついちゃっても、私は弁護引き受けませんからね!」
「はーぁ、何で硬派が故のオコナイが犯罪に繋がっちまうのかねぇ- そもそもジェイムズ・カークの淫行条例違反故に、NHKが宇宙艦隊ではなく国際救助隊と契約しちゃったのが間違いの元なんだぞ・・・・例え夜の11時台であっても、NHKと契約できればそれなりの宣伝効果があるってことを、君は見事に証明しちゃったしさ!」 だがしかしここで極めて優しげに 「でも、本人より声の方が美人って、凄い贅沢だよね。」 彼女の耳元で珍しくそう呟いてボードを返すと、ピカークはさらりとその場を去った。
 「ひゅー!」 照れ隠しにそう声なき声を出したドクターは笑いコケて、すっかり副長の話を忘れてしまった- 作戦成功!


 粋なパフォーマンスに自我自賛のピカークは、ちょっぴり機嫌が戻ってニヤニヤしながらデッキをブリッジへと向かう。角を折れた所で休暇明けですっきりした顔の機関長に出くわした。自らを怠惰だと標榜する彼女だったが、どう見ても明朗快活にしか見えない- 矢張り彼女の主張通り、局所時間の差なのだろうか。
「芝居はどうでした?」 すっとぼけてピカーク
「あら、見に来てくれたんじゃないんだ?」 驚いたふりで機関長。
「残念ながら違うんだなこれが- しかし何でまた君までもが初舞台なんだ? いいか、俺が着任してから、副長と保安主任についで3人目だぞ・・・・しかも全員この艦に選任してからって言うのが、何とも笑っちまうよ!」
「確かに芝居に関してはあなたの方が遥かに先輩なのに、みんな越しちゃったんだものね- それでヒネてんでしょ?」 こっちの顔を面白そうに伺う。
「俺が最後に芝居をしたのはもう9年も前だよ・・・・同じ頃の君達は、あのドクターでさえ俺の芝居には足元にも及ばなかったと思うよ。」 無論、ニヤけている。
「あーあ、嫉妬はおっかない!」 ふたりとも、うっかり最初のリフトを過ぎてしまった
「『灰皿投げの達人』 もひょっとして宇宙艦隊の隠れファンなんじゃないのか・・・・いかんせん、
我々の活躍を 『巡業中地方の夜中に見ました』 って知識人があとを絶たない! 宇宙艦隊改め 『地方の夜中艦隊』 って、笑えない俗称だよね。」
でも、機関長は笑ってくれている- いつもながらに優しい人だ。
 徐に通信記章から保安主任の声が 「ブリッジよりピカーク船長へ」
 この時ばかりは快活に胸を叩く 「ピカークだ」
「船長、新任のカウンセラーの乗ったシャトルがランデヴー地点に到着しました- シャトルは別に用件があるそうで、即時転送許可を求めています。」
「転送を許可する- 第2転送室へ。先様には良しなに。」 ピカークの顔に明かりがさす。
「了解。」 保安主任はとにかく何時も元気だ
 機関長のアルカイックスマイルも健在だ 「歓迎式に同席してもいいかしら?」
次のリフトの目前で 「もちろん!」


 転送室には残念ながらあの憎めない転送主任の姿はなかった- 1週間前、彼女は副長として例のU.S.S.リプリーに赴任してしまったからだ。ちょっと淋しい転送台には、あの副長の後輩が陣取っていた- くわえて、何時のまにやらすまし顔でその先輩も待っていた。ピカークは仰々しく会釈して転送パネルまでやって来る。
「転送準備OKです。」 その科学士官のお言葉。
ピカークは嬉しそうに転送パネルをひと撫でした 「転送!」
 いつものコキミ良い音が響いて、転送装置はそれが開発された当初謳われた通り、文字通り麗しき妖精を瞬きと共に運んで来た- 実体化したその新任のカウンセラーは、くりくりした目と可愛らしい瓜実顔を持った初々しいまだ少女と呼ぶにふさわしいひとであった。
「乗艦許可願います!」 転送台から足を踏み出しながら。
「乗艦許可します!」 ここぞとばかりにありったけの元気で。
彼女は先ずはピカークを目に留めにこやかに微笑んで歩みかけたが、さっと顔色を変えて一歩引いた
「うしろに誰かいる!」
「やっぱりね!」 副長は我が意を得たりとばかりに叫んだ 「この人の不幸は、その背後プラズマエネルギー体のせいなんだわ!」
 それって、ドクターの突っ込みパターンやないの!
「ごめんなさい船長-」 新任のカウンセラーは顔をしかめた 「普通は言わないんですけど・・・・見えちゃうんで・・・・」
「いや、気にしないでくれ- そんなこったろうと思ってたから。でもさっそく君のカウンセラーとしての能力が解ってよかったよ。」 愛想笑いと一緒の、かなり複雑なおべっか。
 ピカークは馴れ馴れしく腕を伸ばして彼女の肩に手をやると、他の3人の前に自分の娘を紹介するかの様に向き直った 「彼女は先達アカデミーを出たばかりで、生粋の地球人だがかなり強いESPでカウンセラーとしてはまさに適任。スカウトの理由は、ハイビジョンでやっていた夏の撮影現場を回顧する映像詩が私の郷愁を誘ったからだ- ピュアだしさ。それからお父さんが野球選手で、きっと野球選手には免疫出来てるだろうし、あとはミュージシャンの魔の手から私が守ってやれば-」
そこでするりと伸びた副長の腕が彼女の腕をつかんで引き寄せた 「はい、私が副長です- 一番警戒しなきゃならないのはこのオジさんだから! それからQ連続体の影響で一時期ESPになった経験あるから、あなたの気持ちが汲めるのは私だけ。とりあえず艦を案内してあげるわね・・・・」 そう言って、転送室を2人並んで出てゆく。
 口をあんぐりとしたピカークは機関長に 「あーあ、さっそくカウンセリングしてもらおうと思ったのに・・・・」
相変わらずにこやかに 「暫くはガードが固いでしょうから、ドクターにしといたら?」
暗そうに 「気付くと、俺が彼女の愚痴を聞いてる羽目になる!」
「それはご愁傷様・・・・あたしじゃぁどう?」 真面目な顔して機関長。
「ええとなんだったっけ・・・・そうそう・・・・『いつから職替えして精神分析医になったんだ?』」
 またまたにこにこと笑ってくれた- 充分これでカウンセリングになった、とピカークはその実心から感謝していたのだが、彼女に伝わったかどうか-
 「ブリッジよりピカーク船長へ」 再び、保安主任だ
今度は転送室のスピーカーを介す 「はいな!」
「船長、U.S.S.リプリーから、緊急救助要請です!」
機関長と顔を見合わせる 「直ぐに向かう!」
 2人はブリッジへと、今度は間近のリフトを逃す事はなかった。


 さて、リフトのドアが開いた- 副長とカウンセラーは既に着席している。前方のドアから出たピカークは後部コンソールに向かう機関長を見送ると、さっそく副長に面した
「U.S.S.リプリーが第1級救難信号を発しています- 無論、ランデヴーしたばかりの我々が一番近い様です。」 さっきとは打って変った真摯な面持ち。
頷きながら保安主任に 「状況説明はあったか?」
「いえ」 ちょっと髪を肩まで伸ばした保安主任は答える 「自動発信の様です。」
「わかった- 一応呼び掛けておいてくれ」 ピカークはスクリーンに向き直り腰をかけながら 「非常警報発令! コンピューター、第1級救難信号確認- ワープ制限速度解除!」
だが、「U.S.S.ハーレムの制限速度解除点数は既に宇宙航行免許停止の段階にまで至っていま
す- 制限速度解除は認められません。」 と、素っ気無くコンピューター。
そー言えば前の任務では、ちとキップ切られ過ぎた- 「それじゃぁ、わーぷふぁいぶだ!」 白目をむいて肩を竦め 「はっしん!」
 むずがゆく、仕方なしにハーレムは制限速度ぎりぎりで現場に向かう -結局到着まで2時間を要し、その間中ピカークは迷惑そうな顔をしているカウンセラーに向かって根掘り葉掘りいろんな事を聞いていた次第だ- だがどうせ通信記章のコードを知ったとこで、OFFの時は留守電で、その内コードが変えられるのが関の山なのである。
 やがて、現場到着。リプリーはひっそりと、何もない所に放置されている- 取り敢えずこっちも横付けして、停止。
「相変わらず応答なしですね。」 残念そうに保安主任。
「アトム、近距離スキャンの結果は?」
「そーですね・・・・」 昨今妙に色っぽくなってしまった彼女 「生命反応が沢山ありますが、何れもヒューマノイドのそれではない様です・・・・艦内の環境システムはかなりのダメージを受け、機関システムも破損している模様です。」
さっそくカウンセラーに、「ねぇ、どう、感じる?」 副長にコ突かれ慌てて訂正 「失礼- なにか異常を察知なさいましたか?」
彼女は眉間に皺を寄せて 「それが、人の気配、全く感じられないんですよね・・・・」 真摯なその顔、結構たまらない。
ヨダレが出てたのだろうか- また、副長に制服を引っ張られて姿勢を戻された。
 そして保安主任が 「今本部からリプリーの最新の任務内容が送られてきました- ダーウィン研究所に入り込んだテロリストの摘発だったそうです。」
「ダーウィン研究所って、確か以前閉鎖されたんじゃなかったっけ?」
「ええ、ESP研究で有害な有機抗原が発生して・・・・」 相変わらず博学の副長 「・・・・でも確かそのあと、その抗原は駆逐されて研究再開が予定されていたはずですけど。」
「化学兵器を狙ってその直前に入りこんだ訳だな・・・・」 考え込んでいだのは、リブリーに救助チームを送るかどうかだ 「リプリーの日誌には、アクセス出来そうにないか?」
保安主任は残念そうに 「・・・・だめです・・・・システムが破壊されてる様ですね・・・・」 所がぱっと明るく 「ちょっと待ってください! 非常に弱い通信をキャッチしました- 映像付きです!」
 こっちも勇んで 「スクリーンに!」
 送られて来た映像はかなり暗く、判別するのは難しかった。しかしそこに映っている顔の主が誰かは直ぐにわかった- 1週間前に嫁いだ我が家のかわいい娘である。
「こちらU.S.S.リプリーの副長です・・・・誰かこの通信、聞いてませんか・・・・助けて・・・・お願い・・・・」 まるで寝起きルポの様なひそひそ声で- そして彼女は極めて閉じられた空間に、なにか光るものを手にしている様だった
ひと溜め息ついてから 「こちらジャム・ピカークだ・・・・聞えるかい、副長?」
彼女の顔は見る見る輝いた 「あっ! きてくれたんだぁ! ありがとうぅ!」 女性にこんなに喜ばれたのは、およそ初めてである- それがあの転送主任となると、よけいにこそばゆい。 「一体何があったんだ- 説明してくれ。」 どうやら向こうに届いているのは、こっちの音声だけな様だ
「トライコーダーをモニターにしてんだけど、うつってる? だいたいトライコーダーあれば、通信機って要らないんじゃないの?」
「さえてるじゃないか」 自分より不幸な存在が珍しいもんだから、およそご機嫌のピカーク 「どうやら逃げ込んでいるらしいな」
彼女に余裕はない 「あのね、例のそっちの副長と同じ名前の組織の残党が、再開準備中の ダーウィン研究所に侵入したって連絡で来てみたら、連中はトリブルにグレムリンの遺伝子を組み込んだとんでもない生物兵器を作ってたの! ところが連中自身、増えすぎたそのトリブリンにやられちゃってみんな死んでたの!」
 トリブリン! 考えただけでおっかない生きモンだ!
「で、つまりリプリーにまでトリブリンが入り込んで、例によって生き残ったのは 『ホラーの女王』 の君だけって訳だな?」
 その時、ドアを引っかくけたたましい音がして、彼女は驚愕の表情と共に手にしている -ここで初めて判明したお決まりアイテムの斧- を構え直した
「とにかく事情は解った- 転送するから待ってろ!」 ピカークは保安主任に促す
だが、パネルに向かった保安主任の表情は険しい 「ロックできません- トリブリンの発する何らかのバイオウェーブが副長の生命反応に干渉しています。」
 モニターが切り替わり、先方のブリッジのそれになった- 毛むくじゃらの妖怪だらけで、内一匹がカメラに気付いてケタケタ笑い、次の瞬間カメラは死んだ- あー気色ワル!
 機関長がコンソールにやって来る 「・・・・これはこっちからの操作では、らちあきそうにないわ・・・・転送室にいきます!」 そしてリフトへと消える- やっぱ機敏じゃん!
 再びロッカーらしき映像に戻ったスクリーンに向いたピカーク、「済まんが君をロックできない・・・・暫く待ってくれ!」
「待ってって?・・・・どう言う状況だかわかってんの! 待てるわけないでしょ! はやく転送して!!」 何度も経験しているのだろうが、そう言うシュチュエーションって、慣れないみたいだ。
「船長-」 横にいた副長が進言する 「伝統的方策ですが、彼女でなくトリブリンの方を転送した方がよいのでは?」
なるほどごもっとも- 「解った、そのアイディア携えて機関長を手伝ってくる -ドクターも転送室まで呼んでくれ- じゃ、あとをたのんます!」
 だんだん阿吽の呼吸になって来た副長は、その気品に満ちた笑顔で了承すると、深刻な事態にもかかわらず楽しげにブリッジを後にするピカークを微笑ましく見届けた。
 だが、再び転送室に入るや否やピカークは言い放つ 「いいか、そんな化け物の遺伝子なんぞ、ひとかけらたりともこの艦に持ち込むなよ! だいたい航宙艦内じゃ、いつが夜中なんだか解りゃしないんだから! -どっちにしろ餌やったら、大変だろうけどさ。」
しかしそのセリフは全く無視されている- そこではさっきの科学士官と機関長と、他数名のスタッフが忙しそうにパネルをいじくってたからだ。おそるおそるピカークは、マルチインターフェイス・コンジットをスキャナーで撫でている機関長に近付く
「副長からの伝言なんですが、伝統的手法でトリブリンの方を転送したらって、お話です。」
彼女は視線も手を休めずに 「それも試してみた- どっちも結局駄目。」
 医療用作業着に袖を通しながらドクターもやって来る 「転送主任が可変種になっちゃったから、転送装置で分離するんですって? でも自分で言うのもなんだけど、女ってみんな可変種よね- 特に彼女って、もともとそうじゃなかった?」 一体そんな噂、どっから出たんだ?
彼女に向き直りおお真面目な顔で 「女優はみんな可変種さ- 特に演技派はね。」
これもまたにこやかに 「お褒め頂き、ありがと。」 作業着、ちゃんと着れたみたい。
 そして続け様に直ぐ、アリサさんがでっかい棺おけみたいな隔離用バケットと思われる箱をを反重力ユニットで引っ張って来た。で、その箱を転送台に立て隔離シールドがそれを含めて台を囲む形で覆い、収容に備える 「せんせ、いつでも準備オッケー!」
ドクターは機関長に 「はい、いいわよ!」 あとは機関チームのしあげ次第。
 機関長は転送パネルと格闘しながら、こっちを見ずに頷く- そして若干不景気だったその顔が色を取り戻した
「解った! トリブリン自体がバイオフィルターに引っ掛かっちゃってるのよ!」 彼女は例の科学士官に向かい、「こっちはお願い- 解除設定の時間がないから、貨物室の転送機使ってくる!」 で、ドアから消えた。
「バイオフィルターに引っ掛かったって事は、駆除して構わないってお墨付きだよね-」 脇のドクターにピカーク。
「その内あなたも転送されなくなるから、気をつけなさいよ!」 充分に予想出来た優しいお返し。
後を受けた科学士官はお得意の家電製品を扱う要領で、ひとつひとつ確実に作業を重ねている。間もなくスピーカーから機関長の声が-
「O.K.! 先方近隣のトリブリンは宇宙空間にふっ飛ばしたわよ!」
「副長をロックできました!」 科学士官が告げた
 にこやかに手を伸ばしたピカークは、脇から転送インジケーターを撫でる
 ちょっぴりしてから転送台は輝いて、その部屋の元の主の形を作り始めていた- 先ずはシルエットが瞬き、バイオフィルターがじゃんじゃん働いている事をアピールしている。でもってシールド越しに、あの憎めない膨れっ面の御人の姿が現れた- その顔は珍しく安堵の笑顔で覆われている。さっそく間髪入れず、アリサさんが手にしたリモコンで隔離用バケットを動かした。
「なによこれ! ちょっと! ちょっと! どーするつもり!!」
 今度はそのバケットに襲われた先方の副長は、不意を突かれて物の見事にそいつに食われ、ドカドカと叩きながら中でわめき立てている- 転送台を覆っていたシールドが解かれると、バケットは平行になってアリサさんの手元にやって来た。
「ドクター」 極め付けニヤついて 「悪い虫が付いてないか、徹底的に調べろよ!」
コ意気に 「あいよ!」
 そして棺桶は外まで聞える奇声と共に、ドクターやアリサさんやその他スタッフに付き添われドアを滑ってゆく。丁度擦れ違いに帰って来た機関長は、思わず手を合わせた。
 で、続けてこっちの副長の声が転送室に木霊する 「船長、ダーウィン研究所に逃れたリプリーのクルーから、即刻艦を破壊して欲しい旨通信が入りました。行方不明の誰かさんを除いて、全員無事だそうです- 亜空間通信が故障してたんですって!」
にやけがほぼ笑いに変わったピカーク 「それじゃぁ先方に通常通信で、駆逐艦が何隻か既にテロリスト退治にそちらに向かった旨伝えて欲しい- それからついでに暫くそちらの副長をお借りするからって、付け加えて頂戴!」
「了解!」 何時になく笑い声の副長。
 「やれやれ」 またもや機関長に向き直り、「どっかのクリンゴン人同様、任務毎の出戻りキャラが確定した様だ- 彼女の送別会でどうやってあの部下を見殺しにする中佐昇格試験を潜り抜けたか聞いたら、何て答えたと思う?」
機関長はちょっぴり首をかしげて、答える気さらさらなしに笑顔でこっちを覗いていた- 諦めたピカークは後を受ける 「先様に向かって、『おまえが死ななきゃ、みんな助からねぇんだぞ! さっさと死んでこいっ!』 ってのたまって、ピンポーン! 試験合格!」
「あのね、」相変わらずの笑顔で機関長は、自分の襟の三つの階級章を摘んで見せた 「あたしも同じこと言ったのよ!」
 ピカークの背中には、気のせいかヒンヤリとしたものが走った・・・・


 さぁて、主題歌前のオープニングシークエンスが片付いて悦に入ったピカークは、再度ブリッジに戻った。今度は後ろのドアからで、突き当たった保安主任に笑顔をふりまく
「ではさっそく、安全地帯まで引っ越して、先方の反物質タンクを近所の恒星にリモート射出したのち、U.S.S.リプリーを破壊してちょうだい- 全くこのプロセス踏まずに他艦を破壊する輩が絶えないけど、んなことしたらあっつう間にこっちも御陀仏やよ。」
 保安主任はあのちょっとハスキーでセクシーな特徴ある声で、からからっと笑った
「リモート射出成功 -反物質タンクは、1光年先の恒星N42にワープ2で向かっています- 警告ブイ作動中。」
「こちらも退避完了しました」 こっちは何時ものシャープな抑えた声で操舵長。
「よし、光子魚雷で破壊!」
 U.S.S.リプリーは、光り輝いてあっと言う間に消滅した- まぁ、先方のクルーが無事でなによりだった。
あらためて保安主任に向かい 「ありがと- 所で、ステーションでの任務はどうだった?」
彼女はここ暫く、某宇宙ステーションで保安の任に出向していたのだ 「ええ、ここでの仕事が役立ちましたよ -もっともあっちは民間人が殆どだったから、タイヘンでしたけどね- 迷子の案内とか、お年寄りの介護とか。それに、ハブステーションに戻るかどうかで随分と揉めてたみたいですし。宇宙船繋留使用料が法外だって、こないだもクリンゴンが殴り込んで来てました。」
アハァ、と言うもったいぶった了解のゼスチャ付きで 「近い方が便利だしね。それと、私は子供の頃から子供が嫌いなんで、この艦には家族はご遠慮願ってるんだ- みんなデルタ人でもないのに、 『独身の誓い』 たてちゃってる訳だし。」
「あら、あたしはそんな誓いたてたつもりないですよ- そんな事より船長が次々こっちの仕事を先読みするんで、やりにくくってしょうがないです!」
 有難いその仰せに突っ込みを返そうとしたその時、彼女の何時もの野性的な笑みがパネルの表示を見て変化した- 「船長、艦隊本部から視覚通信です- リック・バーマン司令長官直々の呼び出しです!」
 その知らせを聞いたピカークは、同じく驚きの表情を見せている副長と思わず目を合わせた・・・・
第2章


 無論、司令長官と相対するのは例え通信であっても初めての事であった。ちょっと手に汗したピカークはスロープを伝い、既に表敬の為か立ちあがったカウンセラーと副長の間若干スクリーン手前の定位置に納まった。
「スクリーンに-」
画面には、司令長官にしては若目の、どちらかと言う芸術家肌の感がある人物が座っていた- この男こそ、宇宙艦隊を統括する総元締めに他ならないのだ。ただ笑ったのは、後ろの壁にあの太古の国連旗をパクった惑星連邦記章に加えお馴染み艦隊記章が並んでいたのだが、さっそくそのロゴが 「地方の夜中艦隊」 と書かれていた事である。全く、こないだもなんと裏番で夜中に二本立てだぜ!
「お初のおめもじかな- ええっと・・・・なになに・・・・ピカーク "船長"? もういい加減にツッパってないで "艦長" にしたら?」
頑として 「宇宙艦隊は平和的セミ・ミリタリーなので・・・・この艦も戦艦ではなく、重巡洋艦です!」
バーマンは手を払う 「まぁ、なんでもいいや! 取り敢えず今日の今日まで、全く存在を知らないで済まなかった。」
「ええ、U.S.S.トーキョーの時代からもう20年も経つのにその有様でして・・・・一重に本人の努力不足が原因ですけど。とにかく、お目にかかれて光栄です、長官!」 揉み手をしながら何を勘違いしたのか 「ああ、そーか、頓挫している 『X』 の脚本を私に代わって書けと仰るんで! 解りました! その予定だったのですが、直ぐに地球に帰還します!」
長官は眉間に皺を寄せた 「何を言っているのか良く解らんのだが、大佐、手は足りているので気にしないでくれたまえ- それに 『X』 は来年にずれ込むが、必ず公開する事を約束しよう- 実はそれに絡んでの話なのだが・・・・」
 そう言って机のパネルに仰々しく触れると、うしろの艦隊記章がぱっくり割れて中から金庫の蓋が現れた。更にパネルに触れ、その蓋が開く- 中は物の見事に空だった。あんなそれこそ法外なパテントを取っているのに、なんでカラなんだろう?
「実はプロジェクト 『X』 や新シリーズやここの所の不況で、この通り財政がひっ迫している。その事をよーく念頭に入れてこれからの話を聞いて欲しい。」
 なんか、かなりやーな予感がする
「先ずは君に選択権を与えよう- これから提示する2つの任務のうち、どちらかを選び給え- しかしだ、どちらかを選ばねばならない事は、言わなくても解っているよね。」 凄い愛想笑いつき。
 思った通りだ- ピカークと副長は、もう一度目を合わせた
「先ず1つ目だが、宇宙艦隊衆知キャンペーンのイベントとして、『コバヤシ丸テスト;民間人実地体験ツアー』 なる企画を立てたんだが、それを引き受けてくれる艦が-」
おお慌てでピカークは、両手を前に突き出してシェイク! 「いいえ! それだけは絶対にお断りします! また2チャンで叩かれるなんて冗談じゃない! 勘弁してください- 是非その次の任務でお願いします!」
「そーかね、そーかね!」 バーマン長官は計略通りの結果に狂喜している 「では次の任務を言い渡そう- 実はこれは地球政府からの要請なのだが、1世紀前、過去からあの連中によって連れてこられたザトウクジラが増え過ぎて、海洋生態系を壊し始めた。みんな承知の様に、鯨が唯一生息可能なのは地球でしかない -なんでやねん!- よって移植は無理だ。そこで地球政府は400年ぶりにWHOを再開し、捕鯨に関する協議を始めた- 所がだ、案の定例の宇宙環境保護団体 『レッド・ジンジャー』 の猛反発を食らったのだ。」
ピカークは凍り切った笑いで 「チャーハンにのってる方は時たま食べてましたけど、寿司に付いて来るそっちの方は昨今食糧事情が悪くなってから食べるハメになってます- どっちもリッチな昔は、捨ててたんですけどね-」  だがおふざけの暇はなく 「-待ってくださいよ! まさか、鯨絡みの仕事じゃないでしょうね!」
長官は極めて優しく 「なんならそこのクルーに、菊○怜か高○万○子を着任させようか?」
ピカークは絶句した 「ご冗談でしょ! まだノーシカンとの方が仲良くやれそうだ! とにかくホンゴウ社会犯罪者養成所には、即刻解散命令を出してください! わたしはブリッジ士官に名刺など破られたくないッ!」
 後部コンソールでその様子を見ていたドクターは、横の機関長に耳打ちした 「なんでもマックでバイトしてるあそこの学生に袖にされたんで、恨み百倍なんですって。」
機関長は 「あそこの学生でマックでバイト何て、珍しいわよね?」
ドクターが 「そう思って 『偉いなって』 声かけただけで、まるでストーカー扱いですって- ほんと、ツイてるひとだわ!」
 ピカークのそのセリフは無視されて当然だった- 長官は容赦ない 「で、レッドジンジャーの代表との協議の結果、捕鯨に関してひとつだけ条件を付けて来た- それは、伝統的方法で鯨を捕獲しきちんと食料化する、と言うものだ。伝統的文化の一端である限り、彼らはそれを尊重すると言って来た。しかしだ、知っての通り21世紀のアルマゲドンで、捕鯨と鯨の食品化に関するノウハウは失われている -詰まり、それを見越しての無理難題な条件なのだ-」
それを聞いて嬉々とした副長 「『鯨の竜田揚げ』 とかって、聞いた事ありますよ!」
バーマンも何故かにこやかだ 「副長、君の噂はこっちまで轟いているよ。」
無論彼女も営業スマイルで 「ありがとうございます! ハリウッドって、憧れなんですよ!」
 ピカークは誠に以って副長の営業上手には感銘している -いや、もう決して冗談ではない-
「才能流出は、研究者と野球選手で留めておかないと。」 表情を戻して 「長官、で、一体どうやって捕鯨方法とその調理法を手に入れてこい、と?」
「決まっているじゃないか- ザトウクジラを手に入れて来たのと同じ方法だ」 長官はもったいぶって人差し指を掲げそれをさっと画面に向けて、「ターイム、トラベル!」
今度はピカークが嬉々とした 「過去に戻ってメイク・ディファレンスしてこい、と仰るんですね! お言葉に甘えて、1980年頃からやり直させて頂いて宜しいでしょうか! かしこまりました! 喜んでいってまいります!」
当然冷徹に 「但しだ大佐、上陸はナシ。軌道からネット情報・通信等にアクセスするだけ。その他調べておいて欲しい情報もチョイスしておいたので、ついでにそれも頼むよ。」 実にあっさりとしたご返答 「あと、時間調査局が調査員の同行を要求して来たから、君は任務前後にかなり煩雑な書類いじりを強要されるだろう。なお、特例としてワープキップは点数を戻しておくよ。まぁその他詳しくは、地球に帰還してから -そしたら一杯やろう- 健闘を祈る!」
 映像は本当にあっさり消えた。
「そのセリフ、当てにしてないことにしてるんで。」 なぜかピカーク、冷めた独白。
副長が改めて向き直って来た 「楽な任務なら、なんであんな手の込んだ口説き方なさったんでしょうね?」
建設的な溜め息と共に 「きっとレッドジンジャーやら時間調査局やらともめてめんどーな事になってるんでしょう- 所で時間調査局って、宇宙艦隊の外郭団体?」
博学の副長も返答に困った 「さぁ・・・・」
「まぁいいや・・・・それじゃ済まないけど、何時もの様にプロジェクトのスケジュールを、本部と連絡取って組んでくれないか。」
「了解!」 さっそく彼女は副長席脇のコンソールを引っ張り出す。
ピカークは操舵長に 「初めてだけど、セクター0-0へ、ワープ5でお願いします。」
「はい。」 にこやかに操舵長- 昔かたぎのキューシューの女性って、理想だよね。
 ふと視界に、奥で指をこっちに招いているドクターが入って来た。呼ばれるまま、ピカークは後部リフト脇にまでやって来る。
「転送主任に何かあった?」 まぁ、おそらくその事だろうと思って。
「あっちは外傷を除いて全然無事。そうじゃなくて- 彼女はこの任務から外した方がいいんじゃないの?」 こっそり視線で副長を。
ピカークも彼女を見やった 「そうするかな・・・・順調ならば直ぐに終わる任務だけど、タイムトラベルにトラブルは付き物だからね- 殆どの船長が気心の知れた副長に甘えて出世を阻んでいるのが現状だし、彼女のチャンスを潰しちゃ、申し訳ない。」
「でも-」 腕を組替えてドクター 「だからと言って、私はあなたの生物学的お守りで手一杯 -おっと、純粋に医学的な意味だから誤解のない様に- 仕事のお守りまでなんかメンドー見切れ
ませんからね! だいたいあなた、彼女ナシでこの艦を切り盛りできる自信あるの?」
自信たっぷりに 「ありません!」
ドクターは目で天を仰いで、 「あーあ、そんなこったろうと思った!」
忙しそうにボードと真剣に向き合う副長の後ろ姿に重ね- 「やっぱり、他のせんちょーに倣って、今度ばかりは甘えちゃおっか!」
「いつもだろ!」 結果が解っている話を敢えて仕掛けたドクターは、そこで突如滅茶苦茶にこやかな顔になった 「所でいい事教えてあげようか- あの割れたデジカードのカウンセラーの後任人事、例のブレイク中のU.S.S.ステーション現役スポーツ担当士官但し週一!」
「え! マジかよ~ぉ!!」 ほんとに驚愕! 「ステーション繋がりってどう言う事!?」
「さぁねぇ・・・・地味な舞台もきちんとこなす堅実なあたしから見ると、新人女優賞も含めて、商業主義の匂いぷんぷんね。」 何時になく手厳しい我らがドクター。
「やっぱ反権力を標榜してても、何時のまにやら権力になっちまうのかねぇ・・・・そーいえばレゲエのオジさんが歩きながらステーションの船長を罵倒する鼻歌歌ってたっけ・・・・ひょっとするとだんまり決め込んだ政治家の方が正しのかもしれない・・・・」
「まっ、どーせあなたはビンボーなんだから、裸一貫 『銀河系無一文の旅』 でもしてみたら、ちょっとは出世するかもよ- もっとも2つ目の星で私のドクターストップ入るだろうけど。」 で、腰掛けていたコンソールから立って 「では、どーぞおだいじに!」 と、リフトに。
 なんだかほんとに、極めて空しくなるピカークさんでした・・・・


 地球に到着したのち、確かに予感通り物凄い量の事務処理が待っていた。本部は度重なる偶発的タイムトラベルに対しかなりナーバスになっていて、艦隊任務の質を悪化させない為にも綱紀粛正に努める事にしたらしい- もっともタイムトラベルをラフにしたのは、他ならぬバーマン長官自身なのだけど。で、到着から二日後、珍しく仕事をたっぷりこなしたピカークは、ようやっと例の掴み手型ドックに収まったハーレムの指令席に腰を据えてスクリーンに映る地球を眺めるチャンスに恵まれた。
「地球か-」 感慨を以ってくたばりぞこないの声で、その青く輝く故郷に 「何もかも懐かしい・・・・」
「はい、じゃぁ、珍しくご褒美!」
 突然指令席の前にテーブルが置かれ、驚いて仰ぐと、副長が何やらワゴンを従えて脇に座っていた。彼女はそのワゴンからイギリス製らしき茶器と、同じく可憐な花の絵柄の皿に盛られたサンドイッチをその机に据えた。
「船長が午前様まで働くなんてめったにない事ですから、作って来てあげました- 例の 『塩辛サンドイッチ』 の作り直しと、正式な入れ方に則ったアールグレイです!」
確かにその茶器はヴィクトリア時代のそれで、皿もコーディネィトされている。残念ながら池波正太郎ではないのでうまくその食を描写出来ないが、とにかく、素晴らしかった。
「茶器はあらかじめ暖めて・・・・このポットにもちょっと企業秘密の工夫があるんです・・・・はい、どーぞ」
ピカークは実に機嫌良くそのティーカップを受け取り、先ずは香りを楽しんだ 「こいつは自然発酵させた本物だな- レプリケーターのそれとは、やっぱ違うよなぁ」 感慨深げに一口すする 「うまい! ここで告白するけどその実私はコーヒー党で、イギリス人のくせに 『あんな泥水みたいなもの!』 と紅茶を称するどこぞの情報部員の気持ちもわからんではないが、これは違う!」
副長は睨み目で 「じゃぁ、なんでいっつもアールグレイ?」
「いやなに、話の都合です- 誓ってキライでないよ!」 にたにたとカップをテーブルに 「でもって、こちらが改良版ですな。」 本命のサンドイッチだ。
「散々あっちこっちで 『喉が乾いた』 って揶揄されたから、今度はペーストを改良してみました- 実はあれ、一概に塩分のせいではなかったんですけど- はい、どーぞ」 皿をかかげて彼女はこれもまたイギリス製の本格派サンドイッチを差し出した
「スープのせいかとも思ったんだけどね -まぁ取り敢えず-」
 「いただきまーす!」 いやこれはピカークではない- 脇から手を伸ばした機関長のそれだ! 「あー、おいしい!」 実ににこやかに、もぐもぐつまんでいる
「おーい、サンドイッチ、キライじゃなかったのかいな?」 半分からかいでピカーク。
「あの野菜を半殺しにしてるぐちゅぐちゅのやつはね- でもこれは立派なディナーよね!」 本当に美味そうに食べてる
「ありがと!」 副長も喜んでいる- これが料理を作る者の快感なのだろうと、全く造詣のないピカークはちょっぴり羨んだ 「では、今度こそ-」 今度こそ、そのサンドイッチに手を伸ばさんとしたその時-
 「済みません、ブリッジは業界関係者とその他船長以外、立ち入り禁止です!」 唐突に保安主任の声が響く
 ピカークがふりかえると、そこにはヨレヨレのレインコートを着た、60くらいの草臥れたもじゃもじゃあたまの地球人が立っていた。背丈は160がやっとと言う所か -そしてそのレインコートにはタスキがけで何やら黒い箱が張っついている- 1世紀は前のトライコーダーの様だ。当時はその格好が 「幼稚園の遠足の水筒」 と揶揄されたらしいが、彼の風貌がその滑稽さをそのまま物語っている。一瞬ピカークはなんかこう、物凄い親近感を覚えた。
「あー、これがギャラクシー級艦のブリッジ- いやー、立派なもんですなぁー!」
その男は額に仰々しく手を当てて、まるで観光客の様に辺りを見やった。で、スロープを伝ってピカークの所へ 「あのー済みません・・・・あなたがここの責任者の方?」
こんな時みんな必ず副長にその言葉を持って来るのだが、あっちから襟が伺えたのかとちょっと
驚いて 「ええ、そうですが・・・・」
「あたし実は・・・・実は・・・・」 その男はポケットをごそごそとまさぐり始め、紙切れやら食いかけのドーナッツやらをごまんと取りだし、ようやっと目的の物を見つけて他の物をポケットに戻すと、その目的の身分証明書をピカークの前に汚らしく差し出した
「・・・・時間調査局の者です- いえねぇ、階級はルテナントで本当は警部補なんですけど、みんな気ぃつかって 『警部』 って呼んでくれてるんで、どうぞそう呼んでやってください。」
「私はこの艦の船長で、ジャム・ピカークと言います。今度の件ではお世話になります、警部。」 潔癖症のピカークとしては、失礼ながら握手は思わず控えてしまう- ブリッジ内の女性陣もヒキ気味で、何時も自分がどう見られているか改めて感じ入る絶好のチャンスだった
「いや、もっとはやく来るつもりだったんですけどすっかり迷っちまいましてね- 全く艦と言うよりひとつの街みたいだ。通りかかった方が壁のパネルに触ればいいって教えてくださって、ようやっとここへ。」 相変わらず額に手をやったまま 「通信機でご連絡しようかとも思ったんですが、もう30年も使ってるヤツでしてちょーし悪くって- えーとー」 再び手をポケットへ 「どこだ- いや、なに、そのバッチ式のやつは良くなくしちまうんでね-」 ようやっと探り当てたその通信機は懐かしのアレである 「やっぱこいつでないと- 文字もでかいし、あたしみたいな年寄りにはこれで充分。しかし以ってコギャル連中はこいつが宇宙艦隊の開発品だって知らずに使ってて、まぁ、恩知らずなこってす!」 屈託のない笑顔付きで例の水筒に 「トライコーダーだって、こっちの方がモニターも見やすいし、扱いも簡単だ- 車掌みたいだって良くからかわれるんですが、なーに、気にしちゃいませんよ。」 でもって今度は毛虫の様なものを取り出しておもむろに、「おたく、マッチ持ってます?」
ちょっと息を飲んだピカークは、その毛虫がその実葉巻である事に気付いてほっとした 「残念ですが、ブリッジは禁煙です。」
先方はぐっと寄って来て 「でも、サインないですよね?」
「その昔ハーブベネット長官の頃はあったらしいんですが、馬鹿馬鹿しいので外しました。」 屈託のない笑顔。
負けずに屈託のない笑顔で 「おたく、面白い方だ -やっぱりイタリアの方?」 ほんと、機嫌よさそう。
「いえ、首相がころころ変わって借金抱えてるのは同じですけど、根暗な方のそれで。独裁者に対し、ちゃんと自分達でケリをつけたイタリア人、ほんと、尊敬してます- すっごい違い!」 こっちもご機嫌で。
「ふへへへ!」 警部はピカークの腕をかるく叩き、「おっしゃいますなぁ。」
「ところで」 ピカークから修正 「任務の事ですけど、何かそちらからのご指示は?」  笑顔は絶やしていないが真面目な顔。
「はい、特別指示はないんですが- あまりにも昨今安直且つ偶発的タイムトラベルが横行して
るんで、こっちもぴりぴり来てる次第で・・・・いかんせんタイムトラベルに事前同行出来る事自体奇跡みたいなもんでねぇ。 とにかくあなたには出来る限り規約を守って頂く様に努めて頂きたいんです。まぁでも、任務内容通りソツなく済めば、なーんも問題ないと思われます。」
 ここで、プープーと言う懐かしいbeep音が響き、警部は再びポケットをまさぐった- 指を一本突き出し、「あー、ちょっと失礼-」 彼は例の博物館でしか見られない通信機を取り出すと、キュキュキュッとグリットを開いて隅の方へ 「はい、あたし-」
 途端に副長が袖を引っ張って 「船長、ちょっと」 そしてカウンセラーの所に集合。
副長は、「船長、あたし昔、あの男と似てる感じの男にストーカーされた事あるんです。」
「どーゆーこと?」 やっぱりあの手のタイプって自分を含めて、 『生理的に許せない』 ってやつかな?
「昔休暇でリゾートホテルに-」 ここで彼女は何故か言葉を飲んだ 「-と・友達と泊まりに行ったんですけど、そこでその友達が不慮の事故で死んじゃって、その時の担当刑事に雰囲気そっくりなんです。あたしが犯人だと思って、しつこく付きまとってきて・・・・」
カウンセラーも 「あの人は心に霞がかかってて、何かたくらんでいる様な節が見えます。」
「ご意見ありがと。」 にこやかに暖かくカウンセラーに。
副長は顎に指一本当てるキュートな仕草で 「でもあの時の刑事はもっと2枚目でダンディで、確か持ってた通信機も最新型でしたわ。」
「どっちかがパクったのかな-」 ここでピカークは1人納得して 「そうか、あの腹話人形の仕業か! また 『地方の夜中艦隊』 として接触してみるか!」 だが急にしゅんとして 「アレは風貌からして、国際救助隊派だな・・・・」
「とにかく油断なりませんから、気を許さない方がいいと思います。」 毅然と副長。
「所でその友達って、君が殺したんじゃないよね?」 ヌーボーとピカーク。
「とんでもない!」 慌てて強く否定 「だったらあたし、ここにいませんもの!」
「そりゃそうだよね。」 安心して、満面の笑みで。
 「こりゃ、うまい!」 突然大声がブリッジに響いた
ふりむくと、例のサンドイッチを警部が手にしてモグモグやっていた- しかも皿には1斤も残ってない!
「おたくが作られたんですって」 副長の所にひょこひょこやって来て、「いやすごいなぁ! あなた本業、コックさん?」
「最近どっちが本業だか解らなくなって来てるんですよ。」 明らかに彼を避け気味の副長に代わってピカークが 「ああ、紹介が遅れましたな- 彼女がこの艦の副長で、こちらがカウンセラーです。」
「いやどうも-」 警部は首だけ突き出して2人に会釈した- 手を差し出さずに幸いだった 「しかしなんですなぁ、あんな美味いサンドイッチ食ったのは初めてでしてねぇ、ウチの元カミさんでさ
え、あんな立派なのはこしらえられませんでしたよ-」 ここで何故か突然俯いて 「カミさんねぇ・・・・」
その表情の変化にただならぬものを感じたピカークは 「奥様、どうかなされたんですか?」
「それが-」 突然その口調は訥々としたものになる 「離婚した元カミさんが艦隊勤務だったんですが、突然乗ってる艦ごと消えてなくなっちまいましてね・・・・未だにどこ探しても見付からないんで・・・・実はあたしはもとは刑事やってまして、それ切っ掛けに時空間調査権のあるこっちに移って来た次第でして・・・・なぁに、単なる気休めなんですがねぇ・・・・カミさんのカンに頼って仕事してたもんで、もう、すっかり調子狂っちゃって・・・・」
ピカークは自ら弱者であるが故に弱者にはやさしい 「それは・・・・お気の毒に・・・・まだ愛してらっしゃるんですね・・・・」
 「いや、おかげでこのサンドイッチ食べて元気出ました-」 彼はにこやかな顔に戻り、屈託なくポン! と音を立てて両手を揉み手にした 「ありがとうございました!」
自分も以前それを食べて元気が出たのを思い出し、そこで一計を 「あー、ご滞在の間、案内役はこちらの副長に担当してもらう事にします-」 びっくらこいてる副長を目の当たりにして 「お知り合いの様だからね- くれぐれも失礼のない様に。」
ややあって頬をパンパンにしたその顔が耳元に 「もう二度と作ってやらないからな!」 そして次の瞬間もう営業スマイルで 「ではお客様、わたくしがお部屋までご案内させて頂きます。」 ターボリフトの所まで警部に構わずそそくさとやって来ると、リフトのドアに向かい 「お客様、ターボリフト内も禁煙となっておりますので、くれぐれもお気を付けくださいませ!」 警部は楽しげにピカークに挨拶すると、リフトに乗り込んだ 「横に参りまぁーす!」
 あてつけがましいその声と共に、ドアは閉まった
ピカークは横で肩をヒク付かせている保安主任に 「一筋縄じゃいかない御人だそうだから、実直な君に負担させるのは悪いから。」
まだ笑いは止まっていなかったがしかし、彼女は努力して報告した 「環境保護団体によるテロの可能性もあるので、充分に警戒する様、本部より通達がありました。」
「無論、ご信頼申しあげておりますので、警備の方は何卒宜しゅう。」 ちょっぴり会釈して、保安主任も了承の仕草。
 そこで彼は後部コンソールに陣取るアトムと機関長を見付けた 「なんぞ、ご用がおありになるご様子で?」
「あのね、ジャム」 何時にない機関長のオコゴト 「カウンセラーを失ってショックな気持ちも解らないではないけど、好きな子いじめすぎると嫌われるよ!」
至って真剣な表情で 「良くわかっとりま・・・・でも、どーも冷たくしちゃうんだよねぇ- それにシーズン重ねる毎に馴れ合いになっちゃうのって、良くないし。」
「あの、船長、」 おっとアトムくん 「宜しいでしょうか?」
「あっごめん、」 そんな事考えてる場合じゃないよね 「で、技術的なお話でしょ?」
「先ずは朗報」 機関長がアトムにタンマを出して 「ハーレムは3つ目のエンジンをつけて、ドレットノートになります!」
「ほんとぉ!」 もう、おおはしゃぎ! 「やった! 憧れの提督専用艦!」
「既に連結作業に入ってるわ-」 機関長がパネルを撫でて、メインスクリーンは後部ナセルにやって来た取り付け直前ピカピカの3機目新エンジンの様子を奏でる絵に変わった- 更に親指立てて決めて見せるピカーク。
「3機目のエンジンには、タイムワープ・フィールドジェネレーターと遮蔽装置が搭載されてるの- これでアトラクション系全く駄目なあなたには到底無理な 『重力カタパルト』 しないで済むわ。」 機関長は手を差し出して 「ごめんねアトム、続きをどーぞ。」
で、あとを受けたアトム 「このタイムワープエンジンは、その従来の 『重力カタパルト方式』 を人工的に作り出します- 言わばこのエンジンが恒星の役目を果たす訳です。我々はこのタイムワープエンジンの作用で空間的には停止した状態のまま、ワープ10より先のタイムバリアを越えて光円錐の方向を変換した状態に至ります。ただ問題は・・・・」 アトムの顔が険しくなる 「昨今連邦の標準科学考証が頻繁に改訂になるので、この方策が打倒かどうか確信は持てません- 他の新作との整合性が懸念される所です。」
ピカークは真剣に頷くと機関長に 「君の意見は?」
「ヘーキだとは思うけどね・・・・理論的・仕様的には問題ないんじゃない? ま、クロノ粒子って手もあるらしいけど、いい加減でとてもお勧めの方式ではないわね!」 と言う、力強いお言葉。
「わかった- 君ら2人のO.K.があるのなら、全く問題ないっしょ! 作業再開してちょうだい-」 ちょいとご機嫌に 「あっしは、『タワーリングインフェルノ』 のダグ・ロバーツやご存知我らがヒーロー同様、憧れた少年の日に思いをはせてシャトルと共にファンファーレに迎えられ金門橋を臨み、本部に出頭して来まっすね!」


 所が結局彼は本部には出頭する事はなかった -全く、御呼ばれなんぞなかった訳だ- チャンスのない社会って、ほんと、さもしいものである。結果的に作業やら事務処理やらで、再び丸1日忙殺されるハメに。副長は噂では結構立派に警部のお目付け役をこなしているらしい -あの手の女性は実家がしっかりしていて、特に父親が立派である例がすくなくない- んな事ここで言っても、しょーがないけど。それから回復したリプリーの副長は、空いてるポストが転送主任しかないので、また復帰して頂く事になりました- めでたしめでたし!
 そしてほぼ出立準備を終えたピカークは、やっと機関室視察の時間が作れた。そこは既に大道具さん達の手で大改装が為されており、ギャラクシー級艦でありながら気前良くソベリン級のセットが組まれている。彼は忙しく働く機関スタッフに微笑むと、所狭しと並べられた見掛けぬユニット
群の中央で颯爽と指示を出している機関長を見付けた。
「やぁ、奇跡の職人、すごい装置群だね!」
「そうよ、気前いいでしょ!」 彼女はほんとに嬉しそうに 「3機目のエンジンもしっかと取り付けたし、準備完了よ」 融合炉の光輝く新たな結合チューブが華やかだ 「どっかのユニバーサルスタジオに宇宙艦隊アトラクションがないので、私自ら責任を持って色々取り揃えてご覧に入れました! こちらに見えるのが雲隠れ用の遮蔽ユニット、あっちにあるのが新たなワープフィールド制御装置、そしてこっちがリニューアルした慣性制御システム、」 ここで彼女は融合炉脇に鎮座ましますボックスまで歩み寄って 「でもってこれが目玉の、タイムフィールド制御ユニット!」
ひとりウケまくるピカーク 「そいつは何より!」
 彼女はタイムフィールド発生装置脇の手摺に手をかけながら、可憐な笑顔でふりかえり 「『次はどこ行く?』」
待ってましたとピカークは指をさす! 「勿論、20世紀だ!」
「はいな!」 あふれんばかりの笑みが帰って来た 「秒読みはブリッジの指示で直ぐにでも可能よ!」
 そのお墨付きにご機嫌に胸を叩くピカーク 「ブリッジ! タイムワープ秒読み開始!」
副長の声が通信記章から 「了解- 現在タイムワープ作動20分前。」
「ではそっちに戻る!」 うしろへ歩きながら仰々しく機関長に敬礼すると、向きを戻して機関室を後にした- いよいよ過去に帰れるのだ!


 ブリッジはさすがに緊張感でピリピリだった。ここも向かって左の従来備品収納パネルであった個所に新たにタイムワープ制御用のコンソールが設けられていて、副長の後輩が陣取っていた。ピカークはスロープを伝いながら彼女に微笑むと、初仕事に臨む新任カウンセラーの肩をかるく叩き、副長の顔を伺って帰って来た笑顔に安心して指令席に着いた。
「ドックより、スタビライズシステム全解除、報告です。」 さすがに椅子が設けられ、そこからの保安主任。
「ドッキング解除、スラスター点火ののちに予定宙点までワープ0.5。」
「了解-」 本当に美しい操舵長の指がパネルを踊る- スクリーンに光輝く地球とは、暫しのお別れ。
 「アトム、相対パスで空間固定は可能なのかいな?」 徐にピカーク。
アトムはちょっぴり考えて 「殆どの作品では空間固定に関しては言及されていませんが、慣性系が生きてると考えて、そこまで厳密に考える必要はないと思います -もっとも慎重をきして、火星とのラグランジェ点を予定宙点としています- 地球に最も近接していて過去400年間で最も航行量がすくない地点です。」
「ありがと」 横にいるカウンセラーに 「大丈夫?」
「あたしは全然-」 汗でちょっと濡れてる指令席の肘掛けを見て 「それより船長は?」
「聞かないで-」 ニタニタと凍り付いた笑い
「タイムトラベルのご経験は?」 副長が助けてくれる
「ありません- もっとも古びたホテルに君の写真がぽっかり飾ってあったら、真剣に考えてたかもね。」
にこやかに 「あら、ありがとうございます-」 ただちょっと眉間に皺を寄せ、「でもスーパーマンの皆さんって、何で痛ましい事になっちゃうのかしら。」
「そうだよなぁ」 言っとくけどこのコメントに笑いはない 「余りにも超人的故に、役にエネルギーを吸い取られてしまうのかもしれない・・・・ちなみにわたしは全くの駄目男だから、ま、安心で しょ!」
 副長が何ぞ口を開く前に- 「予定宙点に到着しました。」 と、操舵長の報告。
ピカークは背筋を伸ばし、深呼吸をする- クロノメーターと睨めっこしてから、 「タイムワープエンジン始動!」
うっすらとしたグリーンのフィールドがやさしくハーレムを包む- これで彼女は空間固定され、ワープフィールドの次元軸は時間方向に特化された
「タイムワープエンジン順調に作動中!」 機関室からのスピーカーが機関長の声を運ぶ。
「よし、ワープエンジン始動!」
 空間固定されたハーレムはいよいよその場でワープを開始する -時間軸方向のドライブが始まった- 自動設定されたタイムバリア超越プロセスのいよいよ幕開けだ!
「現在ワープ8・・・・タイムバリア超越まであと2分です・・・・」
アトムのその声に緊張感は感じられないが、ブリッジ全体の空気は当然張り詰めていた。しかしながら衝撃等は全くなく、スクリーンもタイムワープエンジンの派生する虚数化フィールドで真っ暗だ- なんか、拍子抜けの気がする。
「現在ワープ9.6・・・・まもなくタイムバリアを超越します。」
 だがその時、けたたましい警報と共に保安主任の絶叫が! 「タイムワープフィールド内に未確認航行物体が突入!」
 次の瞬間、何か物凄い衝撃が走った- それがタイムバリアを破った為に起こったものなのか、それともその物体のせいなのか、判断する時間はそれこそ、ひとときもなかったのだ。
第3章


 気は失わなかったつもりだが、それにしてもあなどれない衝撃だった。ピカークはやっとの思いで指令席にしがみ戻ると、先ずはカウンセラーに手を貸して助け起こした。彼女は髪をかきあげながら、気使いなき旨、静かに伝えた。で、しっかりしている右手側は無論何事もないだろうと思いきや、意外にも副長は打ち所が悪かったらしく、右腕を抑えて唸っていた- スロープの手摺にやられたらしい。
「大丈夫か?」 ほんとに真摯にピカーク
「ええ、平気です- でもちょっとしびれてますけど・・・・」 かなり辛そうだ
 「医療室! ブリッジで怪我人発生!」 肘掛けのインターカムをぴしゃり!
副長に目を戻すと、既に保安主任が応急処置を施していた 「骨が折れてる様ですね・・・・安静にしてた方がいいですわ。」
「医療室よりブリッジへ!」 ドクターの声だ 「艦内随所で怪我人発生! そっちにはアリサを送ったわ! あたしは機関室にいきます!」
 機関室? 機関室で何かあったんだろうか-
「船長!」 その叫び声は珍しく操舵席から聞えて来た -操舵長が手で顔を覆っている- 極めて珍しいそのリアクションに驚いたピカークは、そっちに駆け寄る
 意味がわかった- クロノメーターは既に紀元前1000年近辺を指していたのだ!
「とにかく直ぐにエンジン停止だ!」 そこら辺から聞えて来る警報に負けじと 「機関室! 聞えるか!」
 全く応答はない
次はアトムの運航管理席へ- 彼女は既に制御システムのバイパス作業に専念していた 「どうやら何かが左舷ワープエンジンのフラッシュベント近辺に食い込んでいる様です -オーバーフローしたエネルギーが混合炉を襲っています- タイムワープエンジンと右舷ワープエンジンは制御不能のまま暴走中-」 ピカークの顔を見て 「非常に危険な状態です。」
ありきたりのセリフだが 「何とかエンジンを止められないのか!」
「混合炉並びにエンジンの即時停止は、タイムワーププロセス中は困難です- とにかく今は、左舷エンジンへのエネルギー供給を正規に止めて、そののちに段階的に全体を停止させなくてはなりません。フラッシュベントを開放するのは実際物体が突き刺さっていますしタイムワープへの影響が懸念されるので断念せざろう得ませんので、方策としては左舷連結部シャフトを遮断するしかないのですが、残念ながらブリッジからは無理の様です-」 ピカークを見やって 「手動で直接遮断弁を操作するしかありませんね- ぼくが機関室に赴きます。」
「いや-」 丁重に遮る 「君はブリッジに必要だ・・・・他のみんなもそれぞれに仕事持ってるし、ス
ペシャリストでないのは俺だけさ- 必要な時はモニターを通じて指示してくれ。」 思い付いて 「それから、刺さった物体の正体を見極めといて欲しい。」
「わかりました- お気を付けて。」 シリアスにアトム
 ピカークは指令席まで戻る- 丁度アリサが副長の所へやって来ていた 「容態は?」
「そーですね」 何時になくマジなアリサ 「骨が神経を圧迫してたんで、今痛み止めを- できれば医療室できちんと処置した方がいいみたい」
「私は大丈夫です -それより-」 顔を顰めながらも起きあがろうとする副長
アリサとピカークは彼女を抑えた- 「安静にしてる様に- それが今の君の仕事だ」 アリサに 「無理言う様なら鎮静剤を打って休ませて欲しい」 やっぱり連れて来るべきではなかったかも知れない・・・・
 アリサの 『満月の笑み』 を見届け保安主任へ 「機関室に行く- ブリッジを頼む!」


 思った通り機関室はお決まりの冷却ガスが漏れ、警報の嵐でごったがえしていた -医療班以外のクルーは皆、へばっている状態だ- 恒例の隔壁が混合炉と制御エリアを遮断していて、詳しい様子は伺えない。ピカークは機関長を治療しているドクターを見付け、滑り込んだ。
 機関長はうつろな目で当てられたマスクの中、虫の息だ 「具合は?」
「冷却ガス漏れに放射能漏れで、一時的にしろ神経系が麻痺してるわね- 反反物質活動家じゃなくても、融合炉建設反対書に署名したい気分。」 ドクターの仰せ。
不謹慎だがちょっぴり笑ってしまうピカーク 「どの程度でなおる?」
「あと一時間は無理ね- ガスは退けたけど、放射能値がまだまだ予断を許さないから、出来るだけみんな退避させた方がいいわ-」
だがそのセリフを、マスクを退けた機関長が遮る 「・・・・だめよ・・・・エンジン止めないと・・・・とんでもない事になるわ・・・・」
「機関長-」 ピカークはそっと彼女の肩を支えた 「左舷ナセルへのエネルギー供給を手動で止める必要がある- 指示してくれないか。」
「・・・・残念だけど・・・・今隔壁は開けられないし・・・・モニターで見たところ更に破壊されたパネルに阻まれて奥には入れない・・・・」  息がゼーゼー言っている
暫く考えるピカーク 「転送で入ろう -XE服を着て、例の携帯シールドを付ければ何とかなるだろう- モニター越しにご指導願うよ」
徐にドクターがピカークの腕にハイポを当てた 「放射能対策の気休め!」 粋に首をくゆらし 「しゃぁない- 止めやしないよ!」
また目を閉じてしまった機関長の肩を再びドクターに預けて、「あんがと!」
 いざ、転送室へ!
 途中XE服 -要は宇宙服- に身を包んだピカークは、転送室に飛び込む。外の喧騒が嘘の様に静かなそこには、手鏡でマスカラをいじっている出戻り転送主任がいた。
「なんかあった?」 化粧に余念のないその手は止める事なく、のご質問。
「いや、君は気にしないでいい- 怪我の具合はどうだ?」 バネルに寄って座標に考えを働かす
 この手の女性のいいとこは、こっちの恩も忘れるが、仇も忘れて次に会った時はケロっとしてくれているとこだ 「うん、すっかり治ったよ・・・・でもさぁ、やっぱり転送職って暇だよねぇ-」 ふわぁぁっと、あくび 「副長って給料もいいのかと思ったらそうでもないし、要は高級な雑役って感じ。出世だって思ったあたしが馬鹿だった。」 ピカークのタダならぬ装いと複雑な座標設定にやっと気付いて 「何してんの?」
「ちょっくら、修理のバイト。」 なんとか、座標を設定し始める
「アレ・・・・この座標って、エンジンルームの奥の方じゃん・・・・今入ると、死んじゃうよ!」 知ってんじゃん! 「それに、タイムワープ中の相対座標設定って一筋縄じゃないよ -しかも艦内転送だよ- 無理だよそんなの!」
「そうね・・・・随分と無理かもね・・・・」 来世に期待するピカークには、もうどうでもいい事だったのだけれど。
「2ポイント狂ってる!」 彼女は設定を直してくれた 「命の恩人っ!」 但し言い忘れたが、この手のタイプって、『貸し』 だけはなぜか覚えているのだ。
「あんがと。」 素直にピカーク。
「そっか・・・・蛇口止めにいくんだ・・・・あたしが人生最後の立会人かもね!」 我が意を得たりと、にこやかなご挨拶。
そこでピカークはヒョイッと彼女の額に手を当てた 「『リメンバー!』」
その手を慌ててふり払い険しい顔で 「ヤッダァッー! 船長のカトラなんてイラナイッ!」
ニヤリっとして 「確かに・・・・時々自分でも自分のカトラがいらない、と感じる時あるよ!」 思い出して 「それからアトムにも言っといたけど、突き刺さった物体をスキャンして、必要とあらば中身の転送に備えて欲しい。」  更にロッカーから引っ掴んで来た預かりものの紙袋を、徐に渡す
「あ! キティちゃん!」 彼女お気に入りのアイテムに、思わずはしゃぐ。
「こんな時になんだが、渡し忘れたって預かって来た- ほんじゃ、あとを頼むよ!」
「了解!」 仰々しく敬礼 「いってらっしゃい!」 殉職を慮ってか、珍しく手を差し出してくれる-
 ピカークは手袋を丁度し直す前で、右手を何気なく差し出しお義理であっさり引っ込めるつもりだったが、意外と彼女は両手でしっかりと彼の右手を包んでくれた- 冷たい手だったけど、いいとこあるじゃん!
「いってきま!」 仰々しく返礼! 台に登ってメットを被ってシールドのスイッチを入れ、O.K.のサイン!
 久々に転送主任の指がパネルを撫で、ピカークの体はその時ばかりは神々しく輝いた!
 ここで転送が失敗しピカークが殉職してしまった平行宇宙も存在するのだろうけれど、それではツマンないので成功した宇宙の話をしよう。彼は自分がナセルの連結部機関室寄りにある制御室に無事実体化した事に、先ずは例により安堵した。目の前のエネルギーシャフトは限界に近い程の輝きを放ち、警報装置はフルオーケストラでがなり立てている -アナウンスも聞えてるぞ-
「ワープエンジン爆発まであと4分20秒 -緊急エネルギー遮断装置制御不能- -ワープエンジンメイン制御システム制御不能- ワープエンジン爆発まであと4分14秒」
 えらいこっちゃ!
 頭の方で時たま破壊音が轟くのが、メットのスピーカーから伝わって来た。彼は立ち並ぶ制御システムの中に、緊急手動遮断弁の操作システムを探し出し、パネルの仰々しい蓋を開けた。ここで取り敢えずお伺いを立てる事にしよう-
「機関室! ドクター! 機関長は起きてるか!」
「こちらドクター! 今代わるわね!」 ごそごそっと言うノイズと共にかなりの間があって、機関長が通信に出た 「・・・・ジャム・・・・聞える・・・・?・・・・」
「良く聞える- 負担かけて済まない! 今制御パネルを開けた! モニターでそっから見えるか!」
「ええ見えるわ- ちょっと霞みかかってるけど・・・・」 しんどそうな声 「先ずはバネルの安全装置を外す必要がある- パネルの上の端にある制御チップを・・・・変更コード6Bでかえてみて・・・・」
・・・・6B・・・・6B・・・・単純暗記の極めて不得手なピカークの額には汗が- 取り敢えずそれらしきプロセスを思い出し、ブルーの制御チップをパズルの様に差し替えた。
「よし、やった-」
「・・・・そしたら真中の制御バーの左にある赤い2つのタッチパネルを・・・・えーと・・・・左舷制御室なんだけど・・・・右ひとつ左2つで叩いて頂戴-」
右ひとつ左2つっと!  「O.K.!」
「・・・・それで準備完了- バーを思いっ切り引っ張って・・・・」
「了解!」 仰せの通り、ガチャン、とロックする!
 なーんも起こらない- なぜだ!?
「だめだ- 遮断できない!」
「こちらドクター!」 切羽詰ったご返答 「機関長は倒れた- 他の機関部員は担ぎ込んじゃったから、指示は無理!」
何てこったぁ・・・・そして、もうひとつ問題があった・・・・
「ドクター・・・・トイレいきたいんだけど・・・・」
ドクターの声色が変わった 「あのなぁ、宇宙艦隊では排泄がセックスよりタブーだって知ってるでしょ! 昔の宇宙飛行士に思いを馳せて、なかでしろ!」
 しゃぁない、もうちいと我慢するか・・・・
この時突然、スピーカーからアトムの声が- 「こちらブリッジ、アトムです」
ああ、天の助け! 「アトム! 遮断弁が作動しないんだ!」
「こちらでそちらからのモニター映像を確認しましたが、原因はモニター映像が左右反対に送られて来ている事にありそうです。バーを戻して、右にある制御パネルを左ひとつ右2つで叩いてみてください- それが駄目なら、左ひとつ右2つで。」
あーもう、漏れそう! 取り敢えずやっとの思いでバーを戻して、アトムの言う通りのプロセスを踏み、先ずは左ひとつ右2つで -でもって、バーを引っ張る-
 やった! 目の前のシャフトから、ブルーのライトが消えた!
「成功したぞ! ブリッジ! 段階的にタイムワープ停止! あ゛!!」
 残念ながらピカークは中学以来の暖かい感触を、そのなさけなーい部分に感じてしまった-


 機関室のモニターには、やっと停止したハーレムが訳の解らん過去の太陽系にいる事を伝えている。警報が止み静けさを取り戻したそこで反重力タンカを待つ僅かな時間、ドクターは今が一体何時なのか、何となくセンチな気分になっていた。そんな彼女を現実に引き戻したのは、-放射能警告が止んで遮断壁が開き、半泣きな顔をしてメットを握り締めたままこちらにやって来るジャム坊やの姿だ。
 「びぇ~ん! やっちゃったよぉ~!」
丁度機関室は騒ぎの凪で殆ど人が引けてたので、幸いにもそれを目にしたのはおよそドクターだけだった- 彼女は腰に手をあて、完全にワルガキの母親の顔になっている
「こっちによるな! まっつぐ自室で着替えて来い! 全く、宇宙艦隊の品位に傷を付けおって!」
「・・・・見事任務をこなしたんだから・・・・もっと優しくしてくれてもぉ・・・・」
今の彼女に優しさと言う文字はない 「タダでさえ威厳がないんだから、んなことしれたらどーするつもりだぁ!」 でも、トライコーダーだけは掲げ、 「アンモニア以外、放射能は検出されないみたい- 何より! 但し、あとで検査するから医療室へ出頭する様に!」
 その時救護班や修理班やら、どかどかっと第2陣のスタッフ群がやって来た。ドクターは素知らぬふりに帰ると、機関長を丁重にタンカにのせる。そしてこそっとピカークに近寄って
「いいネタありがと!」 と弱みを握って嬉々する
 そこにはどーしてもヒーローには縁のない、哀れな男の姿だけが残った・・・・


 難しかったのはXE服の廃棄だ- 機関室のディスポは故障していて、無論自室のそれはXE
などを突っ込める筈もなく、仕方なく自室に一番近い公衆ディスポで処分した。無論ビチョビチョの制服で、通りがかりのクルーには愛想笑いが性一杯だった- 消火の偉業と思ってくれたかしらん。で、そそくさと自室でソニックシャワーを浴び、髪ぼさぼさのまま何食わぬ顔でブリッジに帰える。さっきから30分ほどしか経っていないが、慌しさは消えた様だ- 指令席には保安主任でなく、副長がいた。
「へーきかいな?」 指令席を譲ってもらいながら一言
「ぜーん、ぜーん! ほれ、この通り!」 彼女は腕を折り曲げさせてみる
「タフだよなぁ-」 感心し切り 「そのタフさ100分の一でも分けてくれない?」
「それより船長-」 厳しいお顔で 「クロノメーターを見てください-」
 およそ察しは付いていたが、改めて見るとびっくらこく -紀元前1万1千226年と表示されている- 冗談でなければ。
「えらい昔にきちまったもんだ・・・・」 もう、笑うしかないっしょ! 「これじゃ、極端過ぎてメイクディファレンスの仕様がないわな・・・・」
「船長!」 ハツラツとアトム 「ご無事でなによりです! タイムワーププロセスは全て順調に停止しました。現在空間的には、出発宙点と同じ位置にあります。」
「さっきは、サジェストありがと!」 負けずに元気に 「所で、突っ込んで来たのは何だった?」
「民間のシャトルでした- 船体にはレッドジンジャーのマークが確認されています。」
「やっぱそうか・・・・で、生存者は?」
「1名、転送収容しました- 今、保安主任が医療室で警備に当たっています。」 と、副長が。
「そないか・・・・で、航行システム自体の状態は?」
今度は操舵長が 「通常推力での太陽系内航行程度なら問題ありません- バッテリーで十分ですね。」
「それじゃぁ通常推力1/4で地球近隣まで戻ろう- 発進!」
 勝手知ったる自分の庭ではあるが、普通の状況ではないのだから慎重に構える必要がある 「アトム、近距離センサーで、出来る限り付近の状況を把握してくれ。」
「実はセンサーの調子も良くはないのですが- 取り敢えず、了解!」 アトムはきっと言われる前に、そうしていたのだろうけれども。
 「船長、地球まで1万キロ地点まで接近-」 操舵長の報告。
「よし、エンジン停止 -様子を探ろう- アトム、センサーを地球に集中だ。」
暫くして眉間に皺を寄せたアトムは、「環境状態がかなり異なっています- ヴェルム氷河期の末期と思われ、地表の約56パーセントが氷に覆われ、赤道部分のみが露出している状況です。平均気温は摂氏2度- 最も温暖な赤道付近でも20度に満たない程度ですね・・・・待ってください・・・・太平洋地域に見慣れないかなりの規模の大陸が存在しています。赤道に位置している事もあって、比較的温暖な地域と思われ・・・・」 ここでアトムは指令席を伺った 「この大陸に人間
の生命反応が集中しており、しかも火力燃料や原子力によると思われるエネルギー反応も見られます- 近代的な都市が存在している様です。」
「考古学者が聞いたらヨダレ垂らすんだろうけど、残念ながら私は社会科学者でね-」 ニガ笑いで 「これは相当用心した方がよさそうだ- 観測衛星などはあるかいな?」
アトムは頷き「およそ数百の人工衛星が存在しています- いわゆる第1期文明が現実に存在していたとは、正に驚異ですね。」
「遮蔽装置は使用不能だろうから、取り敢えず月の裏側に隠れよう- 月面基地の類は観測されるかな?」
「いえ、現在の限りでは。」 淡々とアトム。
「では操舵長、月の裏っ側までお願いします。」
 慌ててかくれんぼするハーレム- そして草臥れた顔で副長と向き合うピカーク。
「どーすればいいんだろ?」
「どーすればって、帰る算段付けるしかないでしょ?」 副長の丁寧なご助言
溜め息が入り、「さっき機関室でチラッと覗いたんだが、反物質貯蔵タンクはスッカラカンで、機関長ご自慢のダイリチュウム自動交換装置は最後の1個で止まってた- 仕様済みのヤツは黒々とくすんでたし、あれじゃ例え 『火遊びまがいの核分裂炉』 があったとしても、光子注入なんて効きゃしないね。」 肩をいからせ 「未来に戻るには、どうすりゃええのやら・・・・」
「一番簡単な方法は-」 アトムが席を立ってまで、こちらにやって来た 「ワープ0.9999ほどで五千光年取って返す方法です。但しこの場合、あらゆる位相シールドを除き、スッピンで臨まねばウラシマ効果の恩恵には預かれません。その結果、艦体はほぼ100パーセント崩壊すると見ていいでしょう- 我々は宇宙標準時に準拠せんが為、通常推力時にも微弱な重力子フィールドを使用せざろう得ませんし、現にそれを以ってしなければ派生する時空圧力からの防御は不可能だからです。」
鼻を鳴らすピカーク 「機関長の意見も聞いてみるかな・・・・」
 丁度その時、インターカムが鳴った 「医療室よりブリッジへ- ジャムはいる?」
「わたしだ-」 怪訝な声で返す
「突っ込んで来たシャトルの生存者が危ない状態-」 暗めのドクターの声色
丁度いい- 医療室へ訪ねるか 「わかったドクター、そっちへ行く。」
 「船長-」 副長は 「最も近いダイリチュウム鉱床は400光年先ですし、現在の地質状況や先方の文明状況等も鑑みると、採掘は絶望的だと思われます- 原始的な方法で反物質を生成する方法を考えるしかないですわ。」
横のアトムも 「非常に時間がかかるでしょうが、それしか方策はないですね- ま、時間はたっぷりある訳ですし。」
ピカークは微笑む 「ありがと、アトム- みんなが死ぬまでに間に合わなければ、あとは君に任
すよ。」 副長に 「じゃぁ、ブリッジを頼む- 引き続き地球の状況調査も。それから、腕をお大事に。」 そしてカウンセラーに 「済まんが生存者の面会に立ち会ってくれないか?」 彼女は了承の笑顔をくれた
 ふたりは、初めての道行きで医療室へと臨む。


 所がこのせっかくのチャンス、2人は押し黙ったままだった- カウンセラーは時たまそのくりくりした可愛らしい目で上目使いにこちらを覗いて来たのだが、結局ピカークは緊張して何にも話しかける事が出来なかった- 邪悪な想像も読まれちゃうだろうし。本当はピュアな女性でないと受け付けないピカークなのだが、そのピュアな女性の前では年の差が気になってしまうのである -いかんせん、やたら猜疑心と警戒心が氾濫し過ぎとる- んなマジな事ここで書いても仕方ないけど!  医療室のドアが開き、先ずはカウンセラーに入室を譲ったピカークは、真っ直ぐ目的の診察台までやって来た- 驚いた事に、そこには目鼻立ちの整った品のある老婆が横たわっていた
「生存者は彼女1人と言うより、シャトルには彼女しか乗ってなかったわ。」 ドクターはカルテボードを差し出す 「・・・・身分証明書があった- レッドジンジャー幹部のジリアン・テイラー博士。全くこのお年でたった1人でカミカゼするなんて、一体どう言うつもりなのかしら-」 信じられない、と溜め息。
ピカークはそっと診察台に近寄る・・・・その老婆は本当に可愛らしげな顔をしていた -昨今目鼻立ちの整った老婆を見ると、昔はさぞかし美しかったのだろう、と勝手な郷愁に浸ってしまうのだ- こちらも年なのだろうか。
 「どう思う、カウンセラー?」 ちょっと遠慮勝ちに彼女に。
「すっごく純粋な人-」 カウンセラーは瞬きひとつせずじっと博士を見据えた 「悪意ある破壊工作とは違います。」
脇に居た保安主任に 「警護の必要はなかろう- ブリッジで事態収拾に当たって欲しい。」 -頷いて、静かに彼女はその場を去る。
 気配を感じてか、博士はゆっくりと目を覚ました- ピカークは出来る限り優しく彼女の手を取った。
「この艦の船長のジャム・ピカークです- いったい、何でこんな事を・・・・」
博士は意外と強い力でふさがってない方の手を使い、むんずとピカークの肩を掴んで来た-
 「おねがい- あの子達を殺さないで!」
そして最後の力をふり絞ったのか、直ぐにバタン、と倒れ込んだ- 壁のバイオパネルの表示が全て平行になるのが、素人のピカークにも良く解った
「だめだったわ、ジャム。」 ドクターは優しく患者にシーツを被せた
 「ふう」 まるでセリフの様なはっきりとした溜め息 「わたしだって出来る限り環境は守りたいし、レッドジンジャーには共感する所が多々あるんだ・・・・」 『・・・・だが何故命まで張れるのか解らない』- 続ける筈だったこの言葉を、彼は口にはしなかった。
 「ジャム・・・・」 優しく肩に手を当ててくれたのは、機関長だった
「もういいのかい?」 彼女は顔色がいいとは言えないが、気丈に佇んでいた
「ええ、なんとか- それより指示を間違えちゃったみたいで、ごめんなさいね。」 殊勝に告げる
「あの状況で、モニターが狂ってたのなら仕方ないよ- それよりさ・・・・」 深刻に 「1万1千年も過去に来ちまったんだ-」
 機関長とドクターが、同時に息を呑むのを感じた
「で、さっそくの所申し訳ないんだけど、帰る算段をつけて欲しいんだ・・・・ただエネルギーがカラッケツの現状では、かなり難しいとは思うんだけどね。方法は、ベストのそれを君に任すよ。」
「わかった-」 優しく機関長 「お医者さんの許可が出れば、直ぐにかかるわ。」 お医者さんを伺って。
「そうね-」 お医者様は 「ヘモグロビンも安定したみたいだし、本人の気分が良ければ無理しない程度ならね。」
直ぐ様しゃんとした機関長は笑顔で会釈し、快活にドアを潜って機敏な退院を遂げた。
 「どーみてもあれはワーカーホーリックだよな、やっぱし。」 ニヤニヤ 「学ばねばなりますまい・・・・」
「みんないい方ばかりなんですね、この艦って・・・・」 唐突にカウンセラーが告げた- 人の死に対するみんなの思いが、彼女に何か感じさせる所があったのかもしれない。
「そう言う風に、出来る限り努力してます- 絶対にあり得ない事なんだけどね。」 笑みを付け加えて返事を返えす、ちょっと頼りないチームリーダー。
 そんな時、副長が殆ど機関長と入れ替わりでやって来た- 珍しく、はにかんだ顔をしている。
「やっぱ、うずくんだろう-」 ちゃちを入れるピカーク。
「ええまぁ・・・・報告ついでにね。」 彼女はピカークにボードを渡した- 損害状況と地球の現状に関して記述してある。
「ドクター、副長様が右腕がうずかれるそうで、お脈を取ってさしあげてください。」 丁重にピカーク。
「はいはい」 ドクターはセンサーを掲げ、「アリサが暫くじっとしてろって言ったのに、聞かなかったでしょう- 癒着を起こしてる」 さっそくハイポを打つと、整合機を取り出しトライコーダーと並べて腕を撫で、トリタニウム製のギブスをしっかと腕に咥えさせた 「はい! このまま1日は過ごして頂戴- もうちょっとで切開しなきゃならないとこだったわ!」
「ありがと、ドクター」 医療室では、みんな殊勝になる様だ。
「取り敢えず地球との接触は一切避けるとして、通信傍受の情報収集と言語分析くらいはしても
バチはあたらんだろう・・・・問題はエネルギー・セーブの配分だな・・・・」 ボードを眺めて脇からピカーク。
「はいジャム、今度はあんたの番- 検査するから、そこに横になって!」 お医者様の仰せ。
「いいよ、別に俺は-」 ボードに見入ったまま。
途端に待ってましたとばかり、ドクターは、 「お・も・ら・-」
「はい! ドクター!」 もうピカークは、診察台に横たわっている。
「一体、何?」 かやのそとで怪訝な副長。
「いや、なんでもない!」 慌てて否定し、「あと、あの警部に何て事の次第を説明するか、だな・・・・」
きつーい顔で副長は 「あの人、警察時代に宇宙艦隊関係者をかなり逮捕してるんです- 心臓手術を誤魔化した医者、戦えなくなった闘牛士、あと極め付け、自分がヒーローだと思い込んでる三文役者を2度も。」
「なんで彼を敵対視しなきゃならんのか合点がいかんけど、まぁそう、つんけんしなさんな」 ドクターの器具に顔をしかめながら 「で、エネルギーの方だけど、節約のアイディアは何かあるのかい?」
「そーですね」 副長はわざとらしく声を張り 「船長に倣って、取り敢えずレプリケーターの使用停止なんてどうでしょうか?」
ピカークの体に得体の知れぬブルーのライトを走らせドクターは 「あらいいじゃない! みんなあなたのお仲間って訳ね!」 あーあ、よーゆーわ!
「わかった」 苦虫に近寄れもしない様な顔で 「取り敢えずはクルー夫々、スポンサーから貰った食料品を供出させよう-」 2人を伺い 「化粧品や洗剤や薬じゃ、話にならんけど。」 更に 「レプリケーターとホロデッキは使用停止だ- ただし、調理器具と洗濯器具をレプリカしてからね。」
副長の顔がぱっと輝き、「実はもう、さっき準備してたんですけど-」 彼女は綴りのチケットをどっかから取り出した 「これが 『レストラン・サクラ』 の食券! ドクターにはこれ-」 と言って分厚い束を差し出し、一方でピカークにはペナペナを数枚- 「サラリーに合った配布です!」
「資本主義万歳!」 ピカークがそう叫んで半身起こせば、ドクターに抑えつけられる
「ではあたしは準備があるので、さっそくご指示通りの作業にかかります- お世話様、ドクター!」 副長はルンルンで医療室を去る
 「いいよなぁ- 趣味が実益に繋がる人は。」 ピカークの吐露。
「あんたももっとがんばれば- ほら、じっとして!」 何時もながら手厳しいお医者様。
「で、放射線異常はなかったんでしょ?」 せつなそうに
「いろいろガタ来てるから、ついでに直しといてやるよ!」
 いやはやその実、おいしいモルモットを見付けニヤつくドクターだった- お医者さんごっこなら付き合ってもいいんだけど・・・・
 本来ならば診察の直ぐあとで作戦会議を開くべきだったのだが、機関長から修理を含めたタンマの要請があり、暫し待機状況とあいなった。そこでピカークは興味半分腹もへった事だし、ブリッジでの一仕事を終え、テンフォワード・サクラ改めレストラン・サクラに立ち寄る事にした。艦隊記章に象られたそのドアが開くと、店内の照明は光々としており、バーラウンジから本格的食堂に模様替えの布陣に何時もより人でごった返している。ただそんな中、真中に設けられたビッフェコーナーにひときわけたたましい鼻声を張りあげ案の定その場を仕切っている御人がいた- 貰った食券を手にし、ニヤニヤしながら列に並ぶピカーク。
「はい、『ボローニャ風プロミックスープ・南部ビーンズソースがけ』 ですね- ありがとうございまーす!」
 給仕を得々とこなす副長の声は何時になく明るい -二の腕にはギブスがあると言うのに、全く作業に影響はない様だ- 程なく彼の番がやって来た。
「あら船長、いらっしゃい-」 しかし持っていた食券を見るなり 「あっそうだ! 船長は今の所残りを考えると、この特別メニュー 『憧れの中村家の食卓』 しか食べれませーん!」
そう言われて差し出されたトレイには、お茶とご飯と味噌汁と漬物二切れに極め付け、めざしが一匹。
「どうもありがとう-」 悲惨笑いも、すっかり板について来た 「-ずっと食べたかったんだ!」
「お茶も特別に煎じたもので、めざしも備長炭焼なんですよ- しっかり食べて、あたしの分までもっと働いてくださいね! はい、これサービス!」 と、実に優しい言葉と共にウメッシュを一本賜る。
 引きつった笑顔のままその場を離れると、山積みの何かのケースに囲まれた転送主任のブース脇を通った
「あっ、せんちょー」 何やらひょいと差し出して 「スポンサー供出の命に従って、ハイチュウ食べる?」
ウメッシュに続き、ピカークは自分がとんでもない命令を出してしまったらしい事にやっと気付いた 「いや、結構です-」 コゴエで 「みんな契約切れの余り商品ばっかりじゃないか。」
全く構わず 「あとぉ、アリサと2人で居住区画の再割り当て調整のたんとーになったんで、せんちょーはまたコギタナイうずくまってしか寝れない三畳間に戻ったから、つたえとくね!」 と、丁重なご報告。
「恩にきます-」 固まった笑顔のままピカークは転送主任とは目を合わせずに、カウンター席へとトレイを運んだ。
 カウンター席には和やかに笑顔で談笑するドクターと例の警部がいた -何を話しとるんだろ- これまた興味半分、ピカークは警部の脇に腰を据えた 「こんにちは!」
「あー、どーも!」 ほんとに屈託のない笑顔で警部が 「お話に伺おうと思ってたとこで。」
「やぁ、ジャム! 検査結果は異常ナシよ、おめでとう!」 実にご機嫌のドクターを見るのは久々
だ 「警部とね、NHKの話で盛りあがってたの! なんせ、大先輩ですもの!」
警部もこれまたご機嫌に 「いやぁ、あたしらの頃はこんな美人の仲間はいませんでねぇ・・・・なんでもお医者さんに弁護士の免許まで持ってらして、おまけに演劇の専門家だそうで- 凄い才女でらっしゃるんですなぁ! いゃぁ、あなたが羨ましいですわぁ。」 と、ピカークに返す
「あら、警部さんお上手だ事-」 極めて上品にドクター 「でもねこの人、受信料払えないもんだから、アンテナに遮蔽装置付けてるんですよ!」
「シー!」 慌てて口に指を当てるピカーク 「声がでかい!」
あの壊れた声を立てて笑う警部- で、丁度ドクターの通信記章から 「アリサよりドクターへ。」
胸を叩いてドクター 「はい、あたし-」
「急患が出たんで、おねがいしまーす!」 と、アリサの声。
「わかった、直ぐいく。」 立ちあがり、にこやかに 「ごめんなさい警部、それじゃぁね、ジャム!」
 ドクターが去ると、ママがドクターのトレイをさげに来た 「あらまぁ、昼行灯2人組の共演が遂に叶ったんだ・・・・おめでとう!」 そしてピカークに 「プロのシェフがいてくれたお陰で、こっちは助かっちゃったわ・・・・でも-」 彼のトレイを眺め 「サクラじゃ、そのメニューはついぞ出したことないわよ!」
「そうでしょな、ママ-」 めざしをツマンでほおばると 「結構うまいけどね!」
ママは再度2人を見比べ 「重要なお話があるんでしょう- どうぞごゆっくり。」 と、気を使ってフェード・アウトしてくれた。
 ピカークは警部の皿を眺め、「ああ、チリですか- ウェンディーズでは、必ず私も注文してますよ。」
警部は見付かった、と言う顔をして、「ええ、昔っから、こいつには目がないもんでしてねぇ-」 スプーンでズリズリッと、すする。
さて、ちょっぴりマジな空気があり、警部から口を開いた 「たいへんな事態になりましたなぁ・・・・」
「ええ、まぁ。」 溜め息混じりに 「こんな昔って言うのは、なかなかないと思いますよ。」
「私も記録を調べたんですが現時点では -詰まり、出発時の宇宙歴では- こんな昔は初めての事例です・・・・正直、泡食ってます。あなたの一挙手一投足が未来にどんな影響を与えるか、計り知れません。第1期文明が存在していたと言うのも驚きですが、ここはおとなしくして帰る方法を探り当てるか、さもなくば時間遵守法第9条第2項に則り-」 警部の目はここで初めてキラリ、と光った 「自爆するしかありませんな・・・・」
 冷や水を浴びせる様なそのセリフだったが、それよりももっときつい衝撃がその時艦体を襲い、ピカークはカウンターにかじりついた -こころなしか、窓の外が光った様だ- 非常警報が鳴り響く!
「ブリッジより船長へ!」 保安主任の声が、正に叩かんとした通信記章から 「数隻の戦闘艦により、攻撃を受けています!」
第4章


 衝撃は最初の一打で収まり、騒ぎ立てる程のものではなかった- ただ無論ピカークは、直ぐ様ブリッジへと飛び出す! そして何故かゼーゼー言いながら警部がドタグツをバタバタさせてその後を追い、先んじている事に珍しく優越感に浸っていたピカークであったが、油断した隙にあとから来た副長に見事に抜かされた。彼女は使用停止中のターボリフトの代わりの非常階段へのドアを開け、ピカークと警部の到着を待っていた- 間もなく2人はひーひー言いながら入り口に辿り着く。
 全く乱れぬ声で副長が 「こっちです!」
階段をやっと這いながら口を開いたのは警部 「・・・・いやねぇ(ゼーゼー)・・・・出発の時はレプリケーターが珍しくって、ついつい食い過ぎちまって部屋で休んでたもんで(ヒューヒュー)・・・・こんどこそ、ブリッジでちゃんと事の次第を見届けようと思いまして(ハァハァ)・・・・」
次にピカーク 「・・・・(ヒーヒー)やましい事なんかなーんもないっすから、どーぞどーぞ(フゥフゥ)・・・・」
そしてタフで名を馳せる副長が、階段中に響く声で 「おふたりとも何より、体を鍛えるべきですわ!」
 シュン、としたついでに2人共バテ切ったとこで、ブリッジの床を開けどうやら到着!
「ほ~こ~くぅ~」 保安主任に席を譲られながら、やっとの声でピカーク
「船籍不明艦が10隻-」 保安主任は怪訝に 「地球のものかどうかも不明。砲撃は原始的なエネルギー砲で、集中砲火さえ浴びなければディフレクターで対処可能なレベルですが、それさえも現在はままならぬ状態です。敵艦は核分裂炉をエネルギー源とし、イオン推進機と化学ジェットしか搭載していないと思われます。シールド類は、電磁シールドのそれのみです。」
「ありがとう-」 ピカークは、ようやっと声を整える 「機関室! 調子はどうだ?」
機関長の声が 「やっとシャトルを取り除いて格納庫に収容したばかりよ -まだ超伝導バッテリーで持たせている段階- いま残りのダイリチュウムで混合炉を起動させたとこだけど、フォースフィールドはまだ無理- とにかく時間稼いで頂戴!」
「フェイザーバンクは生きてるか?」
「ええ、通常エンジン用の融合炉は生きてるから、滅茶苦茶撃たなければ、なんとか。」
アトムが叫ぶ 「数十発の核融合ミサイルが向かって来ます!」
「そう言うオモチャはフェイザーでなんとかしよう- 捕捉して発射!」
フェイザーバンクが光り輝き、核融合ミサイル群は一瞬にして消滅した- だが、エネルギー砲火もあとからやって来る
「船長-」 保安主任が 「-フェイザーバンクが再チャージされません。」
やばいな- 「光子魚雷で威嚇だ- 敵艦隊周縁に拡散発射!」
 パラパラッと、赤い光が飛び散った- スクリーンの艦隊は若干攻撃の手を緩めた様だ
再び声を強め 「機関長、牽引ビームは使えるか?」
「バッテリーも残りが心許無いけど、出力80%でかんとか!」 心強いご返答
「カウンセラー」 左隣によって 「旗艦はどれだと思う?」
「そうですね・・・・」 神経を集中させて 「・・・・あの赤い突端のある艦だと思います-」
顔をあげたピカーク 「だ、そうだ -牽引ビームをあの赤い突端のある艦に発射- 動きを封じろ!」
 途端牽引ビームが走り、前哨にあった問題の艦の動きを封じた- 即座に全艦がパタリ、と静まる
「どうやら収まったな-」 一息ついて背凭れに 「カウンセラー、何かある?」
彼女は相変わらず1点を見詰め、「何か物凄く粗野な荒々しい感情を先方には感じます- 決して友好的な人々ではありません」
「地球人の艦じゃないのか?」
「いえ、乗っているのは地球人ではありません- この雰囲気はまるで・・・・」
突然アトムが 「船長! 船籍が解りました! 古代ヴァルカンのタララック船です!」
「まるで-」 ピカークは 「ヴァルカン人みたいだー って訳だ?」
 カウンセラーは怪訝に頷いて来た
「よし-」 翁業に立ちあがり 「音声通信してみよう -言語コードを当時の- いや、現在のヴァルカン語のそれに。」
「ちょっと待ってください-」 補助席にいた警部がよっこらやって来た 「ピカークさん、接触は不味い -特に彼らが本当にヴァルカンのそれだとしたら、とんでもないこってす- ファーストコンタクトは、あくまでもコクレインとおせっかいな艦隊士官達のそれまで1万年待たなくては・・・・」
「お気持ちは解りますが警部さん、艦が半身不随の現状では、話し合いしか手がありません  -責任は私が取ります- どこで取ったらいいのか、わかんないすけど。」 毅然とピカークは通信を促した 「こちらはイスカンダル星のハーレムと言う艦だ- そちらの指揮官と話したい!」 副長にウィンクして 「今は、栄養失調の美女ばっかり乗ってるからね。」
「他にネタないのかしら・・・・」 この副長のボヤキは、運良くピカークには届いていない。
 暫しガリガリっと音がしてから 「こちらはヴァルカン最高指令府のスナック提督だ- なぜ我々の言葉がわかる!」 その威厳とは裏腹の、かるーい名前だ
「我々は優秀な翻訳機を持ち得ている- 君達の通信を傍受すれば簡単な話だ!」 ありったけの虚勢を張る
「おまえは何者だ! 名を名乗れ!」 全く、不調法なヴァルカン人には初めて会ったぜ!
「私の名は、キャプテン・・・・キャプテン・・・・」 ここで本名を名乗るかどうかちこっと詰まって、思
わず! 「・・・・キャプテン・フューチャーだ!」
 ブリッジの面々はコケ倒れ、警部は目を覆う
「フューチャー船長、我々を捕らえているエネルギービームを即刻解いてもらおうか・・・・さもなくば、総攻撃を仕掛けるぞ!」
「やりたいのならやるがいい・・・・直ぐに君の艦は木っ端微塵になるだろう-」 さっと保安主任に 「声の主を特定し、転送ロック- 時代考証通り、転送装置が発明されてない事を祈るよ。」
演説は続く 「そうすれば残った我らヴァルカン戦士は、一斉に貴様の艦を破壊するだろう! この太陽系は飽く迄も最初に発見した我々に領有権があるのだ!」
その会話の間に改めて保安主任に、「特定してロックできたら、合図で奴を別の艦に転送!」
「了解 -通信回路網並び波源探知に成功しました- ロック完了。」 抑えたトーンで保安主任。
 再び声を張って 「スナック提督、我々はそちらの乗組員を一斉に宇宙の彼方にほおり出す事が出来る- 試して見せよう!」 意気揚々と合図を送る
「転送成功しました -慌てふためいた通信が飛び交っています。」 調子良く、保安主任。
 暫し、先方からの反応はなくなった- 間髪入れずに 「今度はひとりとはいかないぞ! 全員吹き飛ばされたくなければ、第4惑星まで撤退しろ!」
「完全撤退させるチャンスでは?」 副長が意見する-
「いや、そう警告すればヤケになる- それは状況を掴んでからだ。」 カッコ悪いくせに、決めて見せるピカーク。
 ノロノロながら、ヴァルカン艦隊は火星の軌道まで撤退を始めた- ただあの稚拙なイオン・ロケットでは、撤退完了までかなり時間を要するだろう。
「さてと-」 ピカークは手をパン、と叩き、「これで若干は時間が稼げるだろう-」 みんなの視線と加えて警部の冷たい視線が当たっている事に気付き、 「では、作戦会議をやっとこさ開きますかな!」


 会議室は暖房が切られていて、冷え性のピカークはクマの様な厚着をして臨んでいる。彼の直ぐ横には副長と警部、そしてアトムと保安主任とドクター並びに転送主任、そしてちょっと控えめにカウンセラーが続いて並んでいた。みんな、機関長の到着を待っていたのだ。
「さて諸君、何時もの様に話の辻褄合わせと言い逃れの時間がやって来た- ボロを出さない様にがんばってくれ!」  微塵もオフザケの様子を見せず 「機関長は遅くなりそうだから、ドクターと居住区画割担当者からの報告だけ先に聞いとくか-」
転送主任とドクターは目配せ合って、ドクターが年の順に 「医療班からは別段報告はないわ- 機関部員の治療はほぼ完了して、深刻な症状の患者はいませんでした。他の怪我人もほぼ完治。タイムワープによる健康被害も報告にはありません- 以上です。」
で、転送主任は 「居住区画の引越しは凡そ完了- 第16~22デッキは人工重力と空気以外はカットしました。全員が相部屋- 但し船長だけは男なんで独居房。レプリケーター等ルームサービス一切なし。トイレとソニックシャワーは共同。パーソナル端末もキーワードで共用 -使いたい時はコイン入れてね。シフト毎に部屋の入れ替えがあるので、ブロック毎に消灯時間を設けてあります- どーぞ、ごひいきに!」
「誰が泊まるんだ、そんなとこ!」 面白くもないツッコミを入れるピカーク。
 そこで実にタイミング良く、機関長がやって来た 「遅れてゴメ~ン!」 珍しく髪が乱れている- 忙殺させてしまって、ちょっと申し訳ない気がする
「丁度発表の順番だよ-」 息が切れているのを見計らって 「その様子じゃ、もうちょっと経ってからにするか?」
「いえ- お気使いなく。」 息を整えてから 「結論から言うと、過去にはお伺い出来るけど未来は駄目。と言うのも、次元シフトコンバーターのディモジュレーター起動変換に必要なプリストロン結晶がダメージを受けて、シフトコンバーターの方向を未来側に向けられなくなってしまったの。短時間にオーバーロードしたせいなんだけど予備の結晶はどうも不良品らしくって、充分な出力が得られてないわ。」
 ピカークは 「次元シフトコンバーターって亜空間シフトコンバーターと違って、フィールド・トランジスタなんでしょ?」
機関長はさらりっと、「そう、具象的マシンじゃないから厄介なのよ・・・・皆さんご存知 『フェルマーの最終定理』 が一端証明されたかに見えて23世紀に棄却されたのも、この次元シフト構造体に見られる様に 『なぜ3次元空間で世界が安定しているのか』 の例外事項が出てきちゃったからなわけ。」
「そうか、20世紀の証明はのちに棄却されてたのか- だから誰かさん達は 『24世紀になっても誰も証明できてない』 と、のたまってた訳だ- ナットク!」 通信記章ではない胸に手を当ててピカーク。
 そのリアクションを全く受け止めず機関長は 「それに左舷のワープエンジンの修理には船外作業も含めてあと4日ほどかかるわね- ドックがあれば、1日も要らないと思うんだけど。あとこのままタイムトラベルをしないのであれば予備のダイリチュウムはあるから、現状の省エネ体制で暫く何とかなるわ。」
「プリストロンは自然界では半減期があっと言う間で、只でさえ入手は困難よね?」 副長のご質問。
「ええ・・・・そう言うこと- ダイリチュウム同様、この時代では難しいわね。でもワープエンジンさえ治れば、他に探しに出られなくはないわ。」 気付いたのか髪に手を当て、機関長はご返答。
「『重力カタパルト方式』 なら、次元シフトコンバータは要らないんじゃないのか?」 こっちは警部同様もじゃ毛のピカーク。
今度はアトムが機関長を見計らってから 「『重力カタパルト』 は地球の太陽を使ったそれでは、精々数百年前後のタイムワープしか出来ません。もっとも、ブラックホールを使えば理論的には何年でも可能ですが。ただ-」
「ただ?」 鼻を鳴らしたピカークは、またもや組んだ指を立てる
「この太陽でも次元シフトコンバータと併用すれば、理論的にはエネルギーを節約して数十億年のタイムワープが可能です- 無論、理論的にであって、コンバータの設定方向に限定されて- ですが。」
「O.K.、アトム」 極めておちゃらけな真面目顔で 「『頻繁に改訂される科学考証』 に慮って、そこら辺にしとこう。」 向き直り 「じゃぁ、次に保安主任- ヴァルカン軍の戦略状況と地球の情報に関して。」
彼女は身をのり出し 「どうやら、スラック革命に追われて放浪を余儀なくされた第6帝国軍所属の残党の様です- 確かに資料には、スナックと言う提督の名前もありました。ワープエンジンは未開発なので、ここに来るまで百年単位の時間を要した筈です。意図は明らかに地球侵略で、何度か攻撃を加えた形跡があります。また地球の方ですが、言語は -アトムに手伝ってもらったんですけど- シュメール言語に近いものがあります。大西洋上に大陸が見当たらない事から見て、所謂アトランティスとムーは同一であった様ですね。彼らの言語で国は 『アトラス』、自分達の首都並び政府は 『ムーナ』 と呼んでいる様なので。文明自体は宇宙開発初期、と言った段階でしょうか。ただ、どうも臨戦体制にはなくて、放送も比較的のどかな番組ばかりなのですが・・・・」
「とにかく、出切る限り係わり合いにはならない様にしておこう-」 さっきから話したそうにしている警部を、解ってはいたのだが- 「警部、何かあれば?」
 彼はさっきからヨレヨレのメモ帳で、みんなの話を必死にメモしていた 「はい、先ず第1に、太陽系を出ると言うお話ですが、残念ながら時間規約違反になりますので、断念してください- 他文明とかかわってしまう可能性がありますんで。しかもこの時代、ご存知とは思いますがアルファ宙域は紛争が目立っていた時期で、ダイリチュウム探しなどもっての他です -あとは-」 警部はメモをめくった 「既にヴァルカンと遭遇してしまった事で、これも時間規約違反です- 責任者は、えーとー」 メモをがちゃがちゃっと 「-禁固2年に相当する罪ですね。是非これ以上の接触は避けて頂きたいもんです。」
ピカークは言い訳がましく 「しかし、正規の歴史ではヴァルカン人が地球を征服した事実はない訳ですから、すくなくとも我々が彼等を撃退しても、歴史の改ざんには繋がらないし-」 ここで思い出し 「そうだ機関長- 君は古代ヴァルカンとヴァルカン哲学に造詣があったんだよな?」
「ええ、まぁ・・・・趣味の範囲だけどね。」 若干臆して機関長 「スラック革命以前のヴァルカンの歴史は殆ど謎なのよ- 革命で記録のかなりのものが失われているから。この件に関して言えるは、地球やスナック等残党のその後に関しての資料は何も残っていないって事だけ。」
「『エジプトの図書館さえ燃え残っていれば』- か。残念ながら私は考古学は苦手だ- 海賊船にさらわれても用無しで真っ先に消されるな。」 ピカーク、自省の弁。
「ですがねぇ、ピカークさん、それは時間軸的自衛権の言い訳にはならんのですよ- 時間軸が異なれば、自衛権より不干渉が何を置いても優先されるのは当然です。」 警部はやんわりと手厳しい 「今後若しヴァルカンが地球を攻撃したとしても、一切の干渉はご法度です。」
「しかし警部、我々が居て干渉したからこそ侵略が防げた、とも考えられるわけでしょう?」 奇跡的に鋭いピカークのツッコミ。
警部は頭を掻いた 「はい、実は- それは十二分に考えられる事です。」 ちょっと唸って 「伝説しか存在しない時代の話ですから、どちらが正しいかは判断つきかねます- ただ解っているのは仰せの通り、『地球は24世紀に至るまで一切他文明の占領に晒されなかった』 って事だけです -あとはその- 」 真っ直ぐピカークに目をやり、「キャプテン・フューチャーは不味かったですなぁ。」
「いやなに、NHKと野田元帥とハミルトン卿に敬意を表したまでで-」 残念そうに 「ニルスやコナンは、みんな覚えてるのにネ。」
 またニヤニヤっといわくありげな笑いを残し、警部は矛を一先ず収めた。
辺りを伺ったピカークは 「他に意見がなければ、終わりにするが-」
「はい-」 控えめに手を挙げたのはカウンセラーだった 「よろしいですか?」
「もちろん!」 嬉々として意気揚々と返すピカーク。
「それでは- あの-」 咳払いが入って、意外なその低音で 「ヴァルカン人に関してですが、かなり強いESPを感じます- 対宇宙船ならともかく、直接対峙するのはその種の能力のない方は避けた方がいいでしょう。それから、実は地球の方にも強いESPを感じるんです。おそらくその後の人類とは異なり、この時代の人類はESP能力にたけていたのでは、と思われます。」
「考えられる事だな- 昔の地球人が動物的第六感をまだ失っていなかったとしても、不思議ではない。」 彼はドクターに 「ひょっとして 『失われた遺伝情報』 の一端じゃないか-」
ドクターは 「そうね、昔からその噂は絶えないわ- ESPの強い地球人には、ベタゾイドやデルタの様なESP種族と同様のDNAパターンが幾つか見付かっている事も確かよ。」
にこやかにドクターに会釈してピカークは、「ありがとう- さてと! 他に意見は?」
 「あのー・・・・もうひとつだけ・・・・」 腕をひょろっと、警部が。
「どーぞ?」 、ピカーク。
「では保安主任にお伺いしたいんですが- あのレッドジンジャーのシャトルが突っ込んでくる事はぁ・・・・全く予測できませんでした?」
責任追及の意味があるのか- ちょっと顔を曇らせて保安主任は 「はい -本部からも全く警告はありませんでしたし、突然火星の影から来たので不意を討たれてしまいました- しかし、警戒を怠ったのは私の責任です。」
ここでピカークが助け舟を 「いや、状況を鑑みて君には全く責任はない。あるのは、いまだにスタンドプレーに期待して常に地球近辺に艦隊を常駐させていない本部の方だ。一応航路からは外れてはいたが、地球と火星の間にはごまんとシャトルがいた訳だし。」
「いえ、あたしが怪訝に思ったのは、この艦がタイムトラベルする、と言う情報がなぜ漏れたか、と言う点です- 当然極秘事項だった筈で、どーもそいつが引っ掛かるんでねぇ・・・・いや、本業とはちょっと違う質問なんですが、昔のくせでして- お許しください。」
「警部・・・・それはこの艦にスパイが居るって言うご懸念ですか?」 曇ったげなピカーク。
「そう言う訳ではないんですがねぇ・・・・無論、レッドジンジャー側が張ってたって事も考えられるので、まぁ、気にせんでください。」 また出た、油断ならない笑顔で返す警部。
納得いかぬ表情ながらピカークは 「宜しい- それでは解散!」
 全員一斉に椅子を引いて散会- ただピカークだけは考え込んだ表情のまま、椅子に身を委ねていたままだった。
皆そそくさと会議室を出て行ったが、最後まで残った副長が声を掛けた 「船長?」
ややあって彼は 「ああ何・・・・そうか、君に発言を求めなかったな・・・・済まん・・・・」
「いえ、そうじゃなくて・・・・」 彼女は、こちらがちょっとゾクっとする様な珍しい表情を見せてくれた
「何を考えてたかって事か?」 ピカークはちょっとセンチになって窓の風景を臨んだ 「こんなひ弱なぼんくら男にまかり間違って人類の命運がかかっちまったんだ・・・・実感沸かないが、考えない様に考えなくては-」 若干機嫌良くかえりみて 「若し君が船長だったなら、事は簡単だろうに。」
「私、最近なんであなたが船長になったのか、ちょっとは解って来た様な気がします- すくなくとも、官僚主義ではこの場は越えられませんから。」  どうやら真面目にそう言ってくれてるらしい
彼は窓を向いたまま笑った 「ありがとう- 勇気付けの気使いならば、有難く頂戴しておくよ。しかしそれも君の、昨日はM78星雲、明日はクリプトン、明後日はタートゥイーンと、疾風の様な活躍を見せるバイタリティには足元にも及ばない -とにかく、この任務に参加させてしまった事は詫びておきたい- せっかくの休業だったのに。」
「ご遠慮には及びませんわ- それより最後の警部さんのお話ですけど、元情報部勤務の私としては、この艦にはそんな様子微塵もないこと、申し沿えておきます。」
驚いてさすがにふり返り 「え! 情報部にもいた事あるの! タイムトラベラーにエムパスに秘密情報部員- 一体君は何者なんだ!?」
「まぁ、『七つの顔を持つ女』 ってとこですかね- これでも船長が思うよりは、結構苦労してるんですよ。」 その顔は嫌味抜きでにこやかだった
 で、ピカークが喜んでお返ししようとしたその時、「ブリッジよりピカーク船長- ムーナ政府から通信接触がありました。」 と、通信機からめったにない操舵長の声。
胸を叩き 「今行く」 愚痴っぽく 「見付かったとなると、接触せざろう得ないだろう」 そしてすん
なり付いて来ようとする副長に、
「とりあえず現状では、ママを手伝って 『サクラ』 に詰めておいて欲しい- ブリッジは私で充分だ。」
「ありがとうございます- 今度は食券、ちょっとサービスしますね!」 気前良くそうおっしゃって。


 ブリッジでは、会議に続いて操舵長が指令席にいた。ニンマリとしたピカークは、手摺の向こうから顔をヌッと突き出して彼女がちょっとびくっとするのに喜ぶと、「指揮をありがと!」 とお礼を述べてスロープを伝った
保安主任が 「ムーナ政府は、音声通信を繰り返し送信して来ています。既に先方の言語は解読済みで、いつでも接触可能です。」
 ボリュームをいじると、スピーカーから聞えてくる 「こちらはムーナ政府評議会です。月近辺に停泊中の未確認宇宙船に告げます -船籍を明らかにしてください- 接触なき場合は侵略行為とみなし、対抗措置をとります。」
 その通信に聞き入りながら、操舵長に譲られて指令席に- さっそく脇に立っている警部が 「無視すると言う手は取れませんかね?」
だがピカークは 「それは決して問題解決には繋がらないでしょう- 接触して適当にあしらうのが得策でないかと思います。先方がこちらに攻撃をしかけてきたら、お仕舞いですからね。」 決意は固まっていた 「通信をつないでくれ。」
パネル音がクールに響く 「こちらはイスカンダル星の宇宙船ハーレム号だ」 取り敢えずキャプテン・フューチャーは、やめておこう 「ムーナ政府関係者には敬意を表したい- こちらは調査の為にたまたまこの星系に立ち寄ったに過ぎず、侵略の意図はない。エンジンの修理が完了し次第、立ち退くつもりだ。」
 暫く緊張の沈黙があった 「了解しました- 宇宙船ハーレム号、当惑星の軌道停泊を許可します。取り敢えずはヴァルカン艦隊を排除して頂いた事に感謝申し上げます。修理にはこちらに協力可能な事はあるでしょうか- 差し支えなければ是非こちらにご招待したいのですが- 当方もご相談したい事がありまして。」
カウンセラーを見やったピカークは、彼女がかなり深刻そうな顔で席に凍り付いたままだったので、何故か事情を知っていて副長席に当たり前の様に座っているドクターに目配せした。彼女は気付いてカウンセラーの所にやって来て腕をさすって加減を伺った。カウンセラーは必死に頷いて思い遣りに感謝すると、脇のピカークに耳打ちした
「済みません船長- 予想よりもかなり強い能力を感じまして・・・・防御するのに時間がかかりました。なるべく、なにも考えずにお話ください。」
ピカークは不謹慎ながらここで前任者の事を考えてしまっていた- 彼女ならどうだったか、と。
しかしどちらにしろその考えは引っ込めるべきだ- いやだがむしろ、そんな雑念の方が先方に対して遮蔽効果があるのだろうか。
「あー、なるべくなら通信のみで対応したいと思います- そちらに未知の病原体が存在する可能性も否定できません。現に先立て我々の調査隊が別の星系で全滅した経緯がありますので- 可能であるなら、場所を指定して頂ければこちらの映像イメージのみをお送りする事が可能ですが、ご了承頂けますか?」
暫く間があった- ま、こちらも間を開けたのだから、しかたあるまい。
「了解しました。お送りするのは物理的地図で宜しいですか?」
「結構です。加えてそちらの基本時間単位をお教え願いたい- 待ち合わせに遅れるといけませんので。」
「我々は四季に関係なく、1日を20時間としています。現在首都ムーナは6.4時です。7時に評議会議場ではいかがでしょうか- 地図を送付します。」
「承知しました- それではそう言うことで。」
「お待ちしております。それでは。」
 通信は切れた- 操舵長に 「ゆっくり地球軌道まで」 これでよかったのだろうか、と自問して 「こんなもんでいかがですか、警部?」
彼は頭を掻いてフケを降らせながら 「はい、まぁ直接接触しなかった点に関しては合格点です。ただ、なるべくならバッチは外して接触して頂きたい- そう言う象徴的アイテムは後世に残ってしまう可能性がある。」
「何時の時代も、『象徴』 の扱いは面倒ですな- ご指導、感謝します」 で、直ぐ様 「アトム、第1ホロデッキに転送主任と協力して評議会議場を再現する方法で臨んでくれ。」
「了解!」 と、快活にブリッジを去るアトム
あっ、そうだ 「コンピューター、こちらピカーク船長だ- 第1ホロデッキの閉鎖を解除しろ!」
でコンピューターは、「第1ホロデッキの閉鎖解除には、機関長の承認が必要です。」
溜め息と共に腰に手を当て 「じゃあ、おまえさんから直接機関長に照会しろ!」
「『おまえさん』 とは、当コンピューターの事でしょうか?」 と、ボケが返る
「そーだ!」 怒鳴り返してやった
「了解しました- 機関部に照会します。」
 横でニヤ付いてるドクターが、「アイボでも、その家で一番偉いご主人様がちゃ~んとわかるんだ。」
睨み返して 「アイボを飼ったらタマネギオバさん化して、もう結婚は無理さね。」
「おあいにくさま- わたしは犬もアイボも飼ってません!」 と、本当にご立腹。
 で、そんなドクターはほっといて 「カウンセラー、平気かい?」 と実にクサイねぎらいを。
目をくりっとさせて 「ええ船長、ちょっとみなさんに対しても防御措置を取るのにエネルギーが必
要だったので・・・・」
「えっ、そんな事もおできになられるの?」 ほんとにクサイ 「さすが、出世株はみなさん 『超能力少女』 だよね!」
うしろから元 『時をかける』 保安主任が 「あたしもね!」 と調子よく 「船長、先方からの地図をホロデッキに送りました- 準備は出来てるようです。」
「それでは- カウンセラー、ドクター、ご足労願います。『サクラ』 にいる副長も呼んでください。」
行きかけた所、警部が 「ごめんなさい- ご同道できませんか?」
ちょっと考えて 「申し訳ないんですが、あなたは艦隊記章よりも印象強すぎるので。」
警部は両手をパーにして、「よござんす- ただ、ホロデッキ内にはいてもよろしいんで?」
しつこいな- 一瞬そう言う考えがピカークの脳裏に横切ったが、ヤバイ! それこそ、この警部の思う壺なのだ!
 「どーぞ、どーぞ!」 と気前良く- だってほんとにカラッケツで、やましい事ナシの青色申告なのだから!


 第1ホロデッキには入口のちょっと先にアーチが設けられ、転送主任とアトムが陣取っている。転送主任は簡単なユニットを運び込んでいる様だ- それで転送用センサーとホロデッキを繋ぐのだろう。ピカークらは途中で合流した副長と共にそのアーチを潜ってグリット内に入った。一息遅れて警部もやって来る。
「どの辺にいたらいい?」 とピカークは、アトムに。
「バミってありますよ- その付近半径1メートル近辺にお願いします。」
アトムが告げた- 確かに白いテープが床に貼ってある。ちょっといぶかしげにピカークと副長とカウンセラーは横一列に並び、お目付け役のドクターは敢えて後ろに構えた。
 「芝居の準備は出来てる?」 ドクターが後ろから。
向き直ったピカークは 「無論!」 咳払いして声を整え、 「”私がキャプテン・フューチャーだ”-”部長、スティーヴです”-”ボンド、ジェームズ・ボンド”!」
「なるほど、憧れのヒーローはみんな同じ声なわけネ!」 ドクターは腰に手をあて。
ワルノリかいし! 「センセ、ごみほんを!」
センセは指を一本さしだし、「みてて!」 いきなり後ろを向いて
「キャ~ッッ!!」  そのとんでもない叫び声に、ホロデッキ全員が耳をふさぐ- 凄い声量ッ!
得意気に 「電磁スラスターと同じ音圧って、誉められたのよ!」
やっとその声が聞こえる状態のピカークは、耳をいたわりながら 「ならば丁度エネルギー不足 だし、機関長にインパルスエンジンの代わりに表に括り付けてもらえ! 次はきっと 『花のピュン
ピュン丸』 の仕事が来るぞ!」
 「お2人とも!」 副長の御叱責!
殊勝に 「ごめん。」 ドクターと、うなだれて睨み合ってから 「さて先方の指定時間だな・・・ ・ やってくれ。」
 合図と共に、ホロデッキ内に先方の評議会がじんわりと再現される- それは、まるで・・・・
第5章


 ・・・・古代ローマのそのものと言った感じだ。例のくびれのある柱が林立し、開放的な空間が提供されている。そしてピカークらの目前には立ち臨む4人の男女が一斉に驚愕の表情と共に現れ、一通り収まりが付くと意を決してカウンセラーの所までやって来た
「ようこそ- ムーナへ。お待ちしておりました。」 ピカークと副長は脇にやり、会釈する。
どーゆー事かと顔を見合わせる2人・・・・ともかく静観すると、先方は次に副長とやや後ろにいたドクターの所に 「ようこそ- ムーナへ。」
 そしてやっとピカークの所へ 「あなた、執事?」
「いえ!」 ありがちながらムッとして 「こう見えてもリーダーの、キャプテン・フューチャーです!」 言っちゃった!
相手のリーダー格らしきソフィー・マルソー似の美麗な女性が 「申し訳ありません・・・・一応能力に優れた方から声をお掛けするのが順当でして-」 能力?・・・・ESPだ! ここには居ないにもかかわらず解るのか! 「-失礼をお許し願います。私はムーナ評議会議長のアンドロメダです。」
「いいお名前ですな-」 ちょっと判じ物な名前に機嫌が直り、カウンセラーに手を添えて 「その一番のタレントが、当艦のカウンセラー・・・・つまりその- 言わば交渉補佐官」
その近付いた一瞬をついたカウンセラーがそっと 「非常に誠意的な方々で、信頼できると思います。」
その言葉に簡単に頷いて次はベテラン陣を指しながら 「こちらが副長に、ドクターです- 何卒良しなに。」 正々と向き直り、「先ずは、我々が決して侵略意図のない事を是非ご理解賜りたい。」
「それは十二分に解っています。あなた方のお姿を拝見して、更に確信を持ちました。」 アンドロメダは、訪問先では必ず華麗なギリシャ娘が待ち受けていた艦隊の古き良き時代を思い起こさせてくれる 「攻撃を持ち出して恫喝した事を、お許し願いたいと存じます。」 彼女は隣のこれもまた端正な3人を指し、「ケンタウルスにヘラクレスにミノスです- 彼らは何れも裁判と情報と立法の長です。」
「やはりメディアを含めた 『4権の長』- ほおっかむりして、いかにも力がない様に装っているどっかの世界とは訳が違う。」 にやり、とピカーク。
アンドロメダは 「しかし残念ですが- あなた方の能力が立体映像では薄まっている様で良く感じ取れません・・・・相互理解には困難が伴うと思います。」
「船長-」 疾風の如く副長の耳打ち 「我々であっても五感の能力に欠ける種族がより優性だとは、例え偏見ではないにしろ一概には思い難いですわ。」 正直に語ろうとしたピカークへのそのサジェストは、見事だった
 お陰で彼は言葉を作り直せた 「あー・・・・我々はその様な場合も言語を通して異文化とコミュニケーションをはかる訓練をして来ました。その点に関しては何の懸念も抱いていません。」
「解りました- キャプテン・フューチャー。邪悪な能力にたけたヴァルカン人に懲りている我々ですので、皆さんと接するのも自ずと警戒してしまうのです- ご容赦ください。」  笑顔のアンドロメダは、絵画のよう。
「ところで-」 話題を変えよう 「ご相談事と言うのは?」
「実は・・・・」 アンドロメダはちょっと俯いて 「ヴァルカンの事もそうなのですが- 実はこの星は深刻な温暖化に襲われつつあります。科学者の試算では、あと百年程で殆どの都市が水没してしまうと言うのです。そこで我々は何とかそれを逃れて現在は氷河に覆われている地域への移住を考えています -しかしその為には、皮肉にも今そこを覆っている氷を溶かす必要がある- そこでお願いなのですが・・・・」
 ピカークは若干息を飲む- 何を言い出して来るんだ?
「最もクリーンで強力なエネルギーである反物質融合を効率的に得る為に、我々はダイリチュウム結晶をもっと手に入れたいのです- ダイリチュウムを人工合成する方法はご存じありませんか?」
そのセリフには驚かされた- ひとつにはダイリチュウムを知っていると言う事、そしてもうひとつは、過去の地球にダイリチュウムが存在していたと言う事だ。しかしそこは平静に-
「いえ、最も複雑な構造を持つ物質のひとつであるダイリチュウムには構成素粒子内に一種のコピーガードがあって、なかなか単純には複製できないのです。」
-じゃなきゃ、おかしいもん!- そう口にしかけたが、慌てて抑えた
「おお、神よ!」 祈りの格好は昔から変わっていないらしい 「これで私達の望みも尽き果てた!」
 途端にうしろからドクターが 「これって完全、キャプテン・フューチャーのパクリじゃぁないの!?」
「しー! ドクター!」 こそっと 「言わなきゃ、わかんないだから!」
でもってガキの頃の憧れのヒーロー、キャプテン・フューチャーに倣い 「しかしながら、我々はダイリチュウムを手に入れる方法を知っています-」 そしてそのセリフを言ってから気付いた- このケースの場合は、我々が未来人だと知られては不味かったのだ!
「その方法とはなんですか! 是非ご協力願いたいのです!」 アンドロメダは必死に食い付く
「本格的な宇宙開発に着手なされていないあなた方には、残念ながらお知らせする訳にはまいりません-」 『手に入れる方法』 を察知した副長の助け舟だ 「しかしダイリチュウムの提供には前向きに検討したいと思います-」 ちらっとピカークを見やる- 以前と違って了承の顔色を伺ってくれただけ嬉しい 「それよりも、宇宙ステーションでも作られて一時避難なされば良いのでは?」
更に暗い顔のアンドロメダは 「宇宙生活では我々の能力をつかさどる遺伝子が、放射線によっ
て簡単に破壊されてしまう事が解っています。もし能力がなくなれば、我々は他人と一定の価値観を共有できなくなるのです- その結果疑心暗鬼が生じ、危険な間接交換制度が始まって、人々は満足に食事さえも出来なくなり、差別や偏見そして貧困、仕舞いには紛争へと発展してしまう事も、社会科学者達の研究や能力を失った人々のコミュニティにおける現況から立証されています- そんな暗黒時代の到来は、なんとしても防がなくてはならないのです。」
ピカークはぶん殴られた様な気がした- エネルギーから簡単に物質が作れる様になったつい最近まで、その暗黒時代が存在していたのだから! 副長やドクターやそして何時もその葛藤があったであろうカウンセラーも、暫し何も言葉にならなかった
 「それでは-」 やっと体裁整えたピカークは 「出来る限り検討する事をお約束して、今日はこの辺で失礼したいと思います- 何卒ご了解を。」
「わかりました- 誠意あるご解答を希望しています。」 アンドロメダは丁寧な会釈を返した。
 「プログラム停止!」 コマンドと共に、あの殺風景な黄色いグリッドの部屋が帰って来る
「ふう- やっぱ古代国家のリーダーは、美麗な巫女さんなんだね。」 副長に向けて
彼女は肩を竦めた 「あたしも実は、古代史苦手なんで。」
そのセリフにいやらしくニヤついたピカークは、カウンセラーにも手をやり 「2人ともフォローありがとう。ドクターは別として。」
「あら、お邪魔でしたか- ちゃんと御助言申しあげたけど。」 お医者様は皮肉たっぷり 「どうせ、私はESPの経験ないから!」
「ごめんなさい、ドクター」 気を使って発言をことわった副長は 「でも、検討を約束しちゃったのは、不味かったかしら。」
 「はい -タイヘン不味かったです-」 アーチから出て来たヨレヨレの男が、「明らかに不当干渉です。ダイリチュウムもシラを切り通すべきでしたなぁ。」 一瞬の鋭い眼光で 「副長、あなたもこれで被告対象になりそうですよ。」
憤懣やるせない彼女が爆発しそうになったのをピカークが止める 「警部・・・・ダイリチュウムの入手法に口を挟んじまったのは私だ・・・・彼女はフォローしただけですよ。」 正面切った擁護に、副長はちょっと驚いて冷めた様だ
「ピカークさん・・・・とにかく今の応答は普通の惑星間交渉ならまだしも、現況では非常に問題があります・・・・まさかあなた、本気でダイリチュウムを見付けて来る気じゃないでしょうなぁ?」 またもやあたまポリポリ
「警部・・・・我々は未来に戻るために、ダイリチュウムとプリストロンを何としても手に入れなければならないんです -と同時に 『艦隊の誓い』 を誓った端くれとしては、出来うる限り法は遵守したい- あなただって、自爆したくはないでしょう?」
気ノリしない様子で 「そりゃぁ、まぁ、ねぇ・・・・」
ぴしゃっと 「それでは警部、これで失礼します。」 通信記章を配るアトムに指で同行を示唆する-
で、転送主任に 「警部を部屋までご案内して!」 と言い捨てて 「ドクター、君も彼女を手伝って暫く警部を隔離してくれ」 とこそっと耳打ちし、珍しくドクターは機嫌良く頷くと 「さぁ警部、お散歩しましょ!」 と、彼の腕を取ってアーチの傍らに残る。
 そこでピカークら残り4人は直ぐ様ホロデッキを出た- 先ずは 「カウンセラー、感想は?」
「さっきブリッジで感じたのとはかなり違っていて、柔らかい感じでした- 最初の時は、強い警戒心が攻撃心に繋がったと思われます。あれならば、直接接触しても保安的には平気でしょう- 但し、未来から来た事はばれちゃうかもしれませんけど。」 カウンセラーは、なんか、明るい感じでほっとした。
 その時、ドタドタっと言う足音が再び- 「ピカークさん! ピカークさん! あのー、もうひとつだけ!」
ゆーめーなパターンだ! 天井をあがめてから、彼は追っかけて来た警部に向き直る 「まだなにか!」
例のボロボロトライコーダー片手に 「はい、ご報告するの忘れてたんですが・・・・実はそもそもの発端であるシャトルのカミカゼなんですが・・・・ええと・・・・タイムラグがあるらしいんですよ・・・・」 目までしわくちゃにし腕を伸ばして表示を見る- そう言えば何で老眼鏡をしないんだろう?
「・・・・オタクの機関長に伺ったんですが・・・・あの方もめっぽう気品のある美しいお嬢さんで-」
あとからドクターが慌てて追い付いたのを見極めながら 「ええ。ちょっとハイソな交友関係に留まってるのが懸念されるとこですが- そのうち 『お歳暮が届き過ぎて、返事を書くのがタイヘン』 などとグチらない事を祈るばかりです。」
その言は無視されて- いや、ピカークの社会派ネタは何時もそうなのだが 「で、彼女に記録を見せて頂いて分析して解ったんですが、実はハーレムの異常なタイムワープ・プロセスは、シャトルと接触する僅か0.2秒ほど前に既に起こってたんです- つまりですね、シャトルとの接触が原因でしょっぱなエンジンがやられたんじゃない、って事です。」
「と言うと、内部破壊工作説を提唱されたい訳で? それとも次に来た奴が実はトドメを刺したって言う、ワンパターンなネタですか?」 しかめっ面で返す
「いーえ、直ぐにその辺りに結び付けたい訳じゃないんで・・・・確かに時間軸は過去に向いてたもんですから、一見接触前って言う事は自然な気もするんですが -なんせタイムワープは未だに解らない事だらけですからなぁ- 問題はどちらにせよ、ラグがあるって事なんです。」
「で、警部のご意見は?」
彼はこれ見よがしに万歳し、「それがもう、さっぱりで-」 額に手を当て 「何かわかったら、またご報告させて頂きます。」 再びにこやかな揉み手で全員に目配せして 「どーも、お邪魔しました。」 で、廊下の向こうでまた爪いじりながら待ってる転送主任のとこまで、ヒタヒタと。  ドクターはあとから 「管理不行き届きでゴメン!」 とそっとウィンクでみんなに告げ、今度こそ警部に貼っ付いてった。
 「あーあ、どーなる事やら。」 副長があから様にヤナ顔をしているので、警部に関するコメントはやめたのだがー はて、どっちがブリッジだったっけ?
そんな道を失ったピカークを、彼女が袖を引っ張って 「階段は、こっち。」
「『サクラ』 へは、もどんないの?」
「一通り今日の仕込みは済ませましたので、ブリッジで事務用を。」 まじーめな顔で。
「あ、そ。」 階段に辿りついて、ポソッとピカーク。
 話はさっきの会談に戻ったらしい 「しかし船長、太陽系を出ずにダイリチュウムとプリストロンを手に入れるって、まさかー」 副長の美貌は、一瞬のいかつい顔でちょっぴり台無しに。 「そう、そのまさか! だから 『方法はある』 と思わず言っちゃった時、フォローしてくれたんでしょ?」
へーぜんと。
「ほんきなんですか! あーあ、機関長が何て言うか!」 腕組と共に階段を辿りながら、呆れ顔で食って掛かる
 「船長-」 アトムはわざと避けてた話を蒸し返して来た 「同じ質問を僕もしたかったのですが、取り敢えず他にひとつ- 時間調査局員と言うのはもっとパンクチュアルな人物だと思っていたのですが、何故彼はあの様にズボラなのでしょうか? アーチにいても、なんか、ぼんやりしてたみたいだし、質問もああやってし忘れるし。」
「いや、あれはそう思わせてるだけだ- 彼は鋭い男だよ。それにおとなしそうに見えるけど、WOWWOWだと、声は例の 『出戻りクリンゴン人』 なんだ。こないだ無料放送だったんで初めて見れたけど、結構合ってたヨ。」 と、そつなくピカーク。
「なんだか、根性悪そう。」 階段を踏み締める音に、負けじと副長。
 ピカークは珍しくクスクス笑っているカウンセラーに 「俺と警部を被って考えてるんだろ、このお姫様は?」
「何か言いました?」 『知ってるくせに』 切り返す副長。
「いえいえべつに-」 有難い事に、ブリッジの床の戸が開く-
 「報告!」 例によって指令席に着いていた保安主任に、ピカーク。
彼女は席を去りながら、「ヴァルカン艦隊が再び、月の影から地球に接近して来ます- あと10分ほどでこちらに到達します。」
「隠れてやがったな・・・・」 一応形まで声を張って 「非常警報! 全艦戦闘態勢! 宇宙チャンネルオープン!」
「通信は拒否されています- と言うより転送を防ぐ為か、妨害波の嵐です」 連中の愛想がないのは、今も昔も変わらないらしい。
 指令席に着こうと思ったが、後部に機関長を見付け、「修理はどうさね?」
「うん、まぁまぁ。」 彼女の髪は、無論もうぴっちりしていた 「遮蔽装置は御陀仏- あってもエネルギー食うから使えないけど。左舷ワープエンジンの修理は半分ってとこ。反物質反応炉は完
璧。およそタイムトラベル関係の装置もばっちし。光電池パネルと超伝導バッテリーは完全復旧したから、取り敢えずターボリフトと共同リプリケーターは解禁してもいいと思うけど?」
ピカークの目が輝き、直訳調で 「何故駄目なんだ?」
「は~い! じゃあ、さっそく。」 彼女はパネルをいじくってから、胸を叩く 「機関長から船外修理班へ- すみやかに撤収!」
「で、フェイザーは?」 忘れるとこだった-
「フェイザーはO.K.。ただ、ナセルの一部フィールドグリットが未整備だから、フォースフィールドは出力6割ってとこね- でも全部、節約しないとままならないわよ!」
「ご高説、賜ります!」 ピカークは勇んで指令席に着く。
 「ヴァルカン艦隊、射程距離内に入りました!」 しっかと構える保安主任
「よーし、先方の機関部軒並みを狙うぞ・・・・フェイザー出力50パーセント- 発射!」
 それは当然、楽勝の戦いに見えた- 所が!
「船長!」 カウンセラーが突然叫ぶ 「攻撃は控えてください!」
しかし、その警告は一瞬遅かった- 撃ち込まれたフェイザーは、何かエネルギーフィールドに捕まり、そして元来たそれより遥かに協力になって撃ち返されたのだ! フォースフィールドが未整備なハーレムには、手痛い一撃となった
「被害報告!」 肘掛けを掴みながら、慌てて怒鳴るピカーク
ひっくり返る所をなんとか持ちこたえた保安主任は 「第4デッキの一部で環境システムの一部がショート、その他第16デッキの損壊、19から24デッキまでのコンジット・パネルが故障- 第2船体部はフィールド・グリッドが20パーセント損壊・・・・」
機関長は 「ジャム! フォースフィールドは30パーセントがやっとこよ!」
ピカークは 「いったいなんだ、あの兵器は-」
「あたし的には・・・・」 機関長が続ける 「精神波反射攻撃装置- 俗に言う 『ゴルの石』 の艦船搭載タイプだと思う。」
「でもあれって-」 冷や汗たれた 「-携帯向きのものしかない筈でしょ?」
「違ったみたいよ、この状況を見るからは。」
「なぜ前は使わなかったんだ・・・・」 溜め息の様なセリフ
聞えたのは副長 「初めはこちらの戦力を、一応試したんでしょう。」
頷いて 「とにかく機関長の説に従おう- 全デッキ生命維持以外のエネルギー停止!」 もしそうならエネルギー全てを切って、『死んだふり』 をするしかない・・・・
 敵艦隊はいけしゃぁしゃぁと地球のバン・アレン帯を超えた- こっちがやられたと思ったのかそれともビビッたと思ったのか、何れにしろどこ吹く風、と無視する気だ。
「アトム-」 ピカークは身を乗り出した 「『ゴルの石』 を搭載していると思われる艦は、何隻だ?」
きっぱりと 「先程の攻撃で強いエネルギーを発したのは、前方の2隻です。」
「では-」 一息吸って 「その艦の制御システムに侵入できないか?」
「そうですね -かなり原始的コンピューターなので、バイオネットのカオス解析でセキュリティは解読可能と思われます- 問題は妨害波ですが、単純に線形的なのでそこはなんとか・・・・」 ものの1分と経たなかった 「解読出来ました -現在メインシステムに進入中-」
「よおーし、両艦とも 『ゴルの石』 が搭載されているのなら、双方起動させよう-」
眉間に皺を寄せ、真摯なアトム 「武器制御システムに侵入成功・・・・『ゴルの石』 と思われる攻撃システム掌握- レーザー砲システム掌握!」
 たまーのスタンドプレーに、思わず笑みが 「では、相討ちだ!」
問題の搭載艦双方のレーザーが火を吹くと同時に、『ゴルの石』 の防衛システムがそれらを再び跳ね返す! 近隣の殆どの艦がたちまち炎に包まれたが、4隻程が辛うじて舵を取って半焼で逃れながら、痛々しく更に地球に向かい始めた-
「しょうがない- 大気圏突入を阻止するため、量子魚雷発射!」
「船長-」 保安主任のクレーム 「こんな地球の近距離で量子魚雷撃ったら、地球ごと粉みじんですよ!」
頭かいて 「そーだよな・・・・そしたら侵略は阻止出来ても、未来に地球は存在しなくなっちまうもんな -アハ、あやうくヘマするとこだった- ハーレムのスクリプターは優秀だ!」
だが、その一瞬のギャグの間をついて、あっと言う間にヴァルカン艦は大気圏に突入し、煙に巻かれる-
「捕捉しろ!」
「船長-」 アトムはいつもながらに冷静に 「2隻は爆発しましたが、残り2隻がアトラスの中央山岳地帯に着陸した模様-」
 で、途端に保安主任 「アンドロメダからの通信です-」
ピカークは気を使う 「音声のみで。」
アンドロメダの池田昌子の様なメーテル=ヘップバーンな声が 「キャプテン、ヴァルカン艦隊を撃破頂き、感謝に絶えません。ただ、こちらのレーダーが 『聖なる地域』 に辿り付いた数隻をキャッチしました。残念ながら我々は信教上の理由で、この地域に近付く事は出来ません。防疫やその他の理由はおありでしょうが、上陸して彼等を撃退ないしは捕縛して頂けないものでしょうか?」
意外にきついその言葉にピカークは迷わず 「解りました・・・・防疫措置をこうじて、出来る限り協力しましょう- ですが 『聖なる地域』 とは、どんな所なのですか?」
すこし間があいて 「そこは地下の火山活動で極めて温暖で、私達の星で唯一昔の自然を残した緑豊かな地帯なのです- 我々は先祖から決してその地に足を踏み入れぬ様、厳しく定められています。ヴァルカン人達に荒らされぬ内に、是非あなた方に討伐して頂きたいのです。」
「良く解りました-」 あーあ、また時間規約違反がひとつ加わったぁ 「但し彼等の身柄のいかんは、こちらに一任頂けますか?」
「お願いする以上、無論です。」 きっぱりとアンドロメダ。
「では、お引き受けいたしましょう- 失礼を。」 通信は切れる
透かさずアトムが「該当領域にはヴァルカン人の生命反応が数体 -地磁気が異常で、センサーが良く効きませんが- その他数え切れないほどの正体不明の生命反応が検知されます。」
 「さんきゅー。」 ピカークはよっこらさ、と体を起こすと副長を見やった。彼女はピカークを見据え、静かにしかし毅然と語る-
「船長、戦闘特化任務なら、本来上陸班の指揮を執るべきわたしが赴くべきだと思いますけど- これでも運動神経は船長より、ちょっとはあるつもりなので。」
にべもなかった 「解った- 但し先方は強いESPの可能性が強いので、影響を受けにくいカウンセラーとアトムを連れてく様に。」 カウンセラーを顧みて 「戦闘はお得意ですかな?」
彼女は力強く 「こう見えても体力、自信あります!」
笑顔でピカーク 「じゃぁ、この 『気丈なお姉ぇさん』 の言う事良く聞いてね。」 そして改めて立ちあがり呼びかけた 「アトム、保安主任、操舵長!」
 3人はぱっ、と集合! 「はい、船長!」 と、意気込みコーラス!
何時になく厳しい顔でピカーク 「転送エネルギーが足んないのと話の都合で、すぐやられちゃう保安部員の応援はないから、しっかと副長を補佐して欲しい- いかんせん事務所に撃ち込まれた銃弾を潜り抜けて来た、勇猛果敢な仲良し3人組だから・・・・」
 途端、3人は 「シーッ!」 と、指に手を当て身を乗り出す!
「そうだよなぁ・・・・」 冷たい苦笑い 「俺もビンボーのうえに命まで狙われたら、目も当てられんからなぁ・・・・」
 「では、そう言う事で!」 悔しいくらいカッコ良く組んだ足を放って椅子をあとにした副長は、そんな3人とカウンセラーを引き連れ再開したターボリフトへ颯爽と!
 置いてけぼりのピカークは見送る機関長に近付いて 「ほんとはヴァルカンに明るい君にも同行願おうと思ったけど、艦のお守りが終わってないから、済まないね。」
彼女は肩を竦め 「あたしが興味あって知識があるのは、スラックから先の時代。でも、彼がいたのは二千年程前だとばかり思ってたけど、こんな昔だったっけ?」
にこやかに 「だって1万年くらいなきゃ、その頃分家したロミュランが、身体の体質まで変るほどの違いを見せないじゃん!」
「それもそうね-」 彼女は腕組み直す 「どこにでも、発掘品埋め直す輩がいるのかもね。」
 呆れ半分、顔を見合わせるふたり。
 そして5人は、なんかうっそうとしたジャングルに実体化した。この地域だけ、唯一熱帯の様だ。
「カウンセラー、どう、彼らは居そう?」 フェイザーを両手で斜めに構えた副長が、厳しい面持ちで尋ねる
「いえ、近くには居ない様です。」 迷わずカウンセラー。
トライコーダーを手にしたアトムは 「前方約2キロの地点に、宇宙船の反応がかすかに伺えます。でも、相変わらず地磁気の影響が酷いですね・・・・はっきりしないです。」
「それじゃぁ、隊列は私の次がアトム、その次がカウンセラー、次が操舵長、で最後尾は保安主任が固めて -なるべくみんなまとまって- 行くわよ!」
 太古のそのジャングルは、未来のそれよりかなりダイナミックな感じだ。ソテツやシダがはんぱでない姿で腰を据えている。訳のわからぬ動物の叫び声や草木のさざめく音が、オーケストラを奏でている。ただ、日の光は比較的柔らかく、地熱で持っているちょっと変った気候だ。
「ピカークより副長へ」 副長の通信記章が音を立てる
「はい、あたしです」 いきにぱっとフェイザーの手を取り替えて、記章を叩いた
「どうだい、様子は?」 なんかタダでさえウザイピカークの声は、暑さで余計しつこく響く
「ちょっと距離を置いて実体化したようで、返って様子見には丁度いいです- ただムシムシして、水着でも着てくれば良かったですわ。」
意図的にピカークのオヤジ心をくすぐってやったのだが、案の定セクハラなセリフが返って来た 「あらま、二度と着ないって言ってたんじゃないの?」
 途端、通信は切られる。
 だがその時、突如アトムが- 「副長! 前方になにやら異様な生命反応が見られます -まさかとは思いますが-」
でもって、次の瞬間、その 「まさか」 がソテツをかき分け、一行の前にヌッと姿を現した-
「ギョエーッ!」
第6章


 その叫び声はなんと、副長のそれだった! 彼女はシダの林を一目散に駆け抜ける-
「だからゴジラ退治はイヤだって言ったのよぉ~!!」
 現れたのは、あの有名なティラノザウルス- 「聖なる土地」 とは正に、ジェラシック・パーク!
全員、副長を追いかける様に、かなりすばしっこいティラノザウルスから逃げるわ、逃げる!
 そんな中、飛び跳ねながら胸を叩き、「保安主任より、ハーレムへ- 目下、恐竜の攻撃に晒されています!」


 で、高見の見物のハーレムでは、ピカークがその通信を嬉しそうに受け取り、隣のドクターに向かって
「あの女傑ジェリー・カーライルにも、さすがに弱点はあったんだな・・・・でもさ、これって話が 『キャプテン・フューチャー』 ってより、『ドラえもん』 だよね。」
待機中のドクターは 「いいんじゃない- 丁度ここに 『のび太くん』 居る訳だし。でも、あたしが 『しずかちゃん』 なんて言ったら、それこそ火吐くわよ!」
ひゅー、とピカーク 「保安主任、ふり返ってフェイザーで応戦するってぇのはどうだ- 名案だろう?」  そして通信を切ってから 「彼女の通信記章の方が副長のより音鳴りがいいのは、どーしてなんだろうね?」 と、懲りずにセクハラ!


 さっそく保安主任は近場の岩陰に飛び込んで、先に身を投じていたアトムと操舵長と共に一応麻痺にセットしたフェイザーを一斉射撃した- ハリウッド版ゴジラを彷彿とさせるそのティラノザウルスは口をあんぐりとさせて襲いかからんとした所に緑の光を浴び、面食らう暇もなく地響きと共にあっと言う間にその場に倒れ込んだ!
「ふうー」 保安主任は以前、自己学習兵器と対決した時の様に汗をぬぐった 「こんなの何匹も居たら、先進めないわね- 副長?」
すぐ後で手を拝み倒し膝付いてる副長が 「ごめん- ほんとゴメン! 面目ない!」
保安主任はにこやかに 「突然でしたもの、仕方ないですわ- こっちもびっくりしちゃったし。」
操舵長が 「何事にも得手不得手あるし、気にしないでくださいな。」 と、優しく。
「僕はそう言う感覚って良く分からないのですが、操舵長の仰る通りだと思いますよ。」 と、アトムくんも。
カウンセラーが黙って副長の肩に手をやった -副長はカウンセラーのその手に更に手を乗せ、
感謝の意を伝えた- その場に男性陣が居たらたまらなく美しい光景に映ったろうに、実に残念だ。
「さぁ、もう平気よ!」 立ちあがる我らが副長 「再度、出発!」
 無論そんな物騒なものさえ出てこなければ、十二分観光気分にさえ浸れる素敵なジャングルだ。操舵長が脇に実に可憐に咲いている藍色の花にそっと手を添え、淡い香りを聞いている。ちょっと遅れを取ったのを、肩を竦めて後ろの保安主任におどけて許しを乞うた。


 若干は迷ったのだが、再度話し合いを申し込まれたアンドロメダと接触を試みるべく、ピカークとドクターはホロデッキに向かっている。
「しかし何で君の弁護士稼業のDVDはもう出たっつうのに、宇宙艦隊のはまだなんだ!」 とまたもや憤懣やるせない、ピカーク (注:無論、この後バンバン発売されたのはご存知の通り!)。
「ムービーテレビジョンに直訴したら?」 ドクターはご機嫌に涼しい顔 「いかんせん宇宙艦隊は版権がめちゃくちゃ- それに比べてこっちはムービーテレビジョンとNHK1701が話しつければ、それで済むもんね! でもどーせ宇宙艦隊BOXが出たとしても、買えないくせに!」
「はぁーあ!」 苦笑いのピカーク 「たっての願いで君にこの艦に来てもらったけど、だれか担当者がこの恒星日誌読んでキャスティングパクッたんじゃないのか!」
「おやま、不遜だ事!」 ドクターは首をいなせに 「ちょっとしょってますよ、旦那! どっちも元ネタはあちきのタツミの稼業!」
そう言えば我が青春のヒーロー2人 -ジェイムズ・カークも、そして中村主水師匠も- 寄偶にも今も連邦情報部にいるらしいあの秘密情報部員から名前を取ったんだったっけ・・・・おいしいネタは同時期に必ず被るものだ、と変な納得をするピカークだった。
 と、そんな空気を打ち破り、例の如くドタドタっと言う靴音がやって来た- 最早ふたりとも、ちょっとアレルギー気味だ。そー言えばこの警部ネタも、こないだルパンにパクられたっけ!  「いやぁ、おふたりとも、おそろいで。」  ニコニコ顔で 「丁度良かった、ドクター・・・・こいつを診てやってもらえませんか?」
警部は何やらでっかい雑巾を抱えていた -いや、そうではない・・・・犬だ- のんべんだらりとした実に不恰好な犬だ。良く買主に似ると言うが、ここまでうりふたつなのは極めて珍しい。
「この艦に来てからどうも調子悪いみたいで、食欲がないみたいなんで・・・・隣の家に預けてこようかとも思ったんですけど、なに、ほんの数日と連れてきちまったらこんなこって・・・・どうなんでしょうかねぇ?」
ドクターはいやいやそのタレ犬を倒れそうになりながらダッコすると、とても開いているとは思えない目や口を無理やり開けてはしっかと覗き込んだ。
「警部さん、この犬いくつ?」
「はい、もう30歳くらいです・・・・人間の年だと137歳くらいだそうで・・・・」
「なるほど医療の発達は、犬の寿命にも随分と貢献した訳だ。」 と、ピカーク関心の腕組。
「とりあえず、この子を医療室に連れてくわね」 ずるり、と滑りそうになったのを抱え直してドクターは、「そうそう、名前は?」
「あーと、ただの 『ワン公』 でして-」 ピカークに目をやり 「ずっと名前が無いんです。」
呆れ切ったドクターは 「じゃぁジャム、あとで待ち合わせ。」 そして警部に 「言っときますけど、幾らあたしでも寿命だけはどうにも出来ませんから!」 そして誘拐する様に駆け足でいなくなる
 「あたしなんか、失礼な事言いました?」 手を指し示して、警部。
「いえいえ、彼女は何時もあんなんですから、お気になさらずに。」 美しく微笑んで。
「ごめんなさいよ- ペット持ち込み禁止って、艦内法規にはなかったもんで・・・・」
「ノー、プロブレム!」 かなり投げやりのピカーク。
 しかし油断は禁物だ 「実はアトムさんが猫飼ってらっしゃるって話を聞いて探してるんですけど、いらっしゃらない様で・・・・副長さんやカウンセラーさんも、そう言えば見当たりませんなぁ・・・・」
 どきっ! ほんと、きーゆるせん!
「ああ、自室で休ませてるんです- ずっと勤務詰めでしたからね。」 ひきつり気味に
「なるほど、それで納得で-」 実ににこやかに警部- と思ったが・・・・ 「いやー、しかしとなると、おかしいなぁ-」
またもや、どきっ! 「何が、ですか?」 薄ら笑い。
また額の辺りを掻いて 「オタクの転送主任さん -まぁ彼女も目のパッチリした、麗しいお嬢さん- 年中髪か爪いじってらっしゃいますが、あたしの葉巻に火を付ける手品を見せてくれましてねぇ-」
ピカークは 『またか』 と言った感じで 「ああ、あの子の特技なんですよ。『甲羅を脱いだガメラ』 って呼ばれてるそうです- 今度のゴジラは、どうなるんでしょうね。ドクターも火を吹いてるし、私だけが、ひー吐いてますわ、あは!」
警部は何やらトライコーダーにメモを- 「『甲羅を脱いだガメラ』 っと・・・・で、そのガメラさん、ハスに構えてらっしゃいますけど私にはどうも、嘘付く様な方には見えないんですがねぇ・・・・」 すっと真剣に 「転送で、皆さんをさっき送られたそうで。」
「警部-」 物凄く白い目で 「もしかして、ビトンのバックで買収しました?」
「いえいえ、全く反対でして」 にこやかにかぶりをもたげ 「今度の運動会のチケットノルマがあるそうで、買わせて頂いたら、いちもにもなく、ハイ-」 取り出した葉巻をひょぃっと掲げると、何もしないのに火が灯る- 「ピカークさん、これで懲役20年ってとこです。」
 負けずに真面目なカオして 「警部- もうとっくにその位の期間、服役してるんですけど・・・・」
 ちょっと布陣が変った- 保安主任が先頭で、その次に副長、相変わらず真中カウンセラー(おっと 『真ん中』 に訂正!- 誰があんなのカウンセラーにするかぁ!!)、次に操舵長、最後がアトムだ。
「何か昔のキモダメシ思い出しちゃった-」 副長がカウンセラーに。
「あら、結構普通の遊びをなさってるんですね- 船長が 『姫』 って呼んでらしたから、そんなご経験はないかと-」 カウンセラーは遠慮気味に
「あの人にかかったら、 『マッチ売りの少女』 だっていいとこのお嬢様って事になるわ -この艦では、機関長が正真正銘のお嬢様ね- あたしは堅実なサラリーマン家庭よ。」 にこやかに副長は返す 「あなたのお家こそ、華やかなスポーツマン一家なんじゃない?」
「ええまぁ。」 ちょっと俯きかげんに 「あんまり話したくないんですけど-」
「ごめんね」 笑いながら 「カウンセリングされるのはイヤみたいね!」
 「副長!」 保安主任だ 「もう一匹居そうですよ- 退却します?」
「冗談じゃないわ!」 副長は威勢良くタイプⅡフェイザーを構えた 「願う所よ!」
 しかしながら幸運にも今度はイグアノドンの様な草食タイプで、のそっと顔を覗かせたかと思うと、そのままプイッと逃げおおせてしまった。
「ふうー!」 一行は一斉に安堵と溜め息。
「副長-」 トライコーダーを掲げたアトムが 「どうやら宇宙船を捉えた様です・・・・右斜め前方200メートルと言う所でしょうか。2隻殆ど連なって不時着している様です。」
「ではこれからは、固まっていきましょう・・・・」
 しばし地面を踏み締める音のみが響く- そして!
 有無を言わさず、先方の熱線銃が脇のシダの枝を切り裂いた! 全員腰を屈め、地面すれすれに応戦した- 慣れぬ手付きではあったが、カウンセラーも加わっている!
アトムが一瞬の隙を突いて、副長の脇に信じられないジャンプで飛び込んだ 「トライコーダーで、先方の兵器を無力化できそうです!」
目前に火が走る! 枯葉に引火し、瞬く間に火災が起こった- 不味い! 副長とアトムはフェイザーのレベルを示し合わせ、引火した個所に撃ち込む- エネルギーの泡がそこをすっぽりと覆い、酸素不足で鎮火する
 「前方には3名のヴァルカン人がいます- これで先方の熱線銃のコイルをショートさせられるでしょう・・・・」
バチッと言う音がコーラスを奏で、続け様、叫び声が響いた
「前進!」 挙げた副長の手が、サンダースのそれに倣う!
 ヴァルカン人達は、一目散に前方の宇宙船へと駆け込んだ- そうはさせじと、上陸班のエンジェル達は得体の知れぬ草地を飛び抜けた!
「罠かもしれない-」 朽ち果てた艦の手前で副長は停止を合図した 「カウンセラ-、ESP関係
の干渉はない?」
「いえ、あるのは酷い疲労感だけ- 多分そんな余裕はないと思います。」 きっぱりと、カウンセラー
「アトムと操舵長は表に残って- 取り敢えず3人で中に入りましょう・・・・」
 と言う事で、2人を残し副長と保安主任とカウンセラーの3人は、ひしゃげた古代ヴァルカン艦の入り口とおぼしき敷居をまたぐ。その艦は奥の僚艦ともどもおよそ長さ200メートル程で、デザインは昔の古き良きパルプSF雑誌から抜け出て来た様なアンティークなものだ。ブリッジとおぼしき前面のデッキ脇には死体がゴロゴロしている。一応トライコーダーをかざしてみたが、何も反応はなかった。3人は幾ばくか明るいその艦橋から、かなり暗めの廊下におずおずと歩を進める- 艦内はまるで蒸風呂で、ヴァルカンの環境がそのまま再現されている事を物語っていた。
 数歩歩んだその時、一番後方にいたカウンセラーめがけて天井から兵士が1人、飛び掛って来た! 息をのんだ副長と保安主任であったが、その驚きは次の瞬間から全く別の類いへと変貌を遂げる- なんと敵の羽交い締めを解いたカウンセラーが、矢継ぎ早にチョップを繰り出して、敵と互角の戦いを見せているではないか! 助けようとした副長と保安主任は、その昔今は亡き天才格闘家の試合を一緒に観戦した時の様に、あんぐりと口をあけて見入ってしまった次第だ。しばらくのち、足への攻撃をかわすと、一挙に相手の首根っこにチョップをかませ、間髪入れず蹴りが入り、続け様の巴投げでものの見事に呆気に取られたヴァルカン兵士をのしてしまった・・・・
 そしてぱっぱとお決まりに手を払うと、同様に呆気に取られている2人に向かい 「あたし空手初段って、言いませんでしたっけ?」
「聞いてないよー!」 ご立腹の副長 「あーあ、防御布陣敷いて、損したッ!」


 エネルギー不足は懸念されるが、もう一度ピカークはドクターと共にホロデッキに臨んだ。アーチには、副科学主任の副長の後輩と転送主任が構える。今度迎えられたのはどうやらアンドロメダの執務室らしかった- さっぱりした調度品の中にも女性らしさが漂い、それを見たドクターの表情からも、そのセンスの良さが伺える。
 「我々は実は事故でこの星系にやって来ました。矢張り復旧にはダイリチュウムが必要であり、ヴァルカンの一件が片付き次第、この近隣の星系に調査に赴くつもりです。」 嘘をつくのはどんな場合もイヤなものだ- 見破られる可能性が考えられる時は特に 「で、ご用件とは?」
 アンドロメダは俯き加減に 「実はもうひとつ問題があるのです- ささいな事だったのですが、そうも言ってられなくなりました。実はある宗教家が非常に危険な武器を手に入れたとの情報を得たのです- それは精神エネルギーを強める働きをする装置らしいのですが、良く解っていません。彼も実は傷付いてこの星にやって来た異星の民だったのですが、今は市民権を得て宗教法人 『ゼウス』 の宗主になっています。最初は親切に接して来たものの、徐々にこちらに対し
不遜な態度を見せる様になりました・・・・」 余程嫌いなのだろう- 彼女は嫌悪感をあらわにしていた 「・・・・彼の名は- アポロと言います。」
 ピカークとドクターは、まじまじと顔を見合わせた- ドクターもどうやら古い艦隊の記録を知っていたらしい!
「ひょっとしてそいつ、酷いオンナッたらしじゃありませんか?」 ニヤけそうになるのを必死に抑えて、ピカーク。
「彼をご存知なんですか!?」 そりゃぁ、ESPじゃなくとも図星に違いない。
「いえ- アポロと言うのは国の言葉で 『おんなったらし』 って意味ですから。」 と、体裁を整えるトムキャット・ピカーク。
「実は私も何度も誘拐されそうになったのですが、なんとか逃げおおせて来ました。彼はあの塔を居城としています- 『バベルの塔』 です。」
 確かに執務室の窓から、ひときわ一本だけ目立つビルが伺える- それこそグラスタワー位の高さだろうか。どこぞの首都にある維持費ばっかりバカ食う中央自治政府ビルにも似ている- 本当にあのバベルの塔なのだろうか?
「私達の建物は有機材質で出て来ており、みな百年ほどで耐用年数となり自然に帰せます。しかしあの塔だけは人工素材で作られた違法建築なのです。我々は強行措置に訴える事も考慮したのですが、温暖化を懸念する能力のない民達がアポロにたき付けられて、あの塔に立てこもっているのです。」 かなり、深刻な状態なのか 「私達は徐々に能力のない人々が目立つ様になってから、この様な懸念を抱いていたのです・・・・他人を信用できず、相手の気持ちに立てないが故の悲劇は、何とも言い様がないのですが・・・・」
渋い顔で 「そいつはご懸念だ- で、我々に何をご依頼に?」
「あなた方がヴァルカン人に使用した物質を移送する装置を使って、その人達を適当な場所に収容して欲しいのです。物理的代執行では、限界があります。」 更に真摯に、アンドロメダ。
「しかしその-」 咳払いして 「先程も申した通りのエネルギー切れでして、転送装置はエネルギーを食うんです・・・・もし我々がダイリチウムを持って帰る事が出来た暁には、ご協力を約束しましょう。出発は取り敢えずヴァルカン制圧部隊の帰還を待ってにします。」
「何度もお力をお借りして、感謝に絶えません- 何かこちらでお力になれる事があれば・・・・」
 再度ドクターと顔を見合わす -彼女は珍しく何もなさそうだ- そう言えば前の接触でも彼女は口を挟まなかったっけ。
「今の所は、まだ。水素を補填する必要が生じると思いますので、その時はおってご連絡致します。あとは-」 思い切って言ってみるか! 「これは我々を信頼して頂けるかどうかの問題にも繋がるのですが、若干のダイリチュウムを分けて頂きたい。一応その証として、私達の艦の一部のみがダイリチュウム探索の旅に出ます- その方がエネルギーの節約にもなりますし。」 目をちょっと尖らせたドクターを見やってから一息ついて 「とにかく、そのアポロの新兵器の正体がつ
かめる事を祈っています- 但し我々は他惑星への内政干渉に関しては禁じられていますので、その点は協力の限界としてお含みおき頂きたい。」 そして再び記章を外している制服を整えると 「それでは、何もなければ失礼を。」
「解りました- ダイリチュウムに関しては、私から評議会に話してみます。ただ度重なる異性人の心無き所業に、疲れを見せている私達の気持ちにも理解を頂ければ-」 美しい笑みで 「それではドクター、キャプテン・・・・失礼します。」
 ピカークのさよならの仕草が、再びホログリットを呼ぶ。
「第2船体だけで行く気なんだ-」 真摯な眼差しのドクター。
「ああ、当然だろう。帰還出来る見込みはゼロに近いからな・・・・」 何故か屈託のないピカーク。
「それにしても、アポロとはびっくりしたわね・・・・こんな時代にちゃっかりいたわけね。」 彼女の顔は何時ものペースに戻った
「この時代でも、結局疎んじられてたとは- どうやら彼が人類の宗教の開祖らしいな。いよいよ品格のあった共存共栄の時代は終わり宗教の支配する暗黒時代の到来、って訳だ。」 感慨深げにピカーク (注:ピカークはこの時のドクターとの会話が、どんな皮肉な事態に繋がるか知る由もなかった- 幻の第5話、『ドクターを救え!』 参照ッ!)。
 と、そこへ転送主任が通信記章を渡すついでに噂の売り込みに 「ねっ船長、今度の運動会のチケット買わない? 会場までのシャトル券付き!」
センチな気分をぶち壊されたピカークは切れる 「俺の前でカナダの話はするな! 小学校の頃の連邦標準語の家庭教師が、『あなたは極東宙域は合わないから、カナダへいったら』 と勧めてくれたのを、『さぶいとこ嫌い』 と思って断わったのが運の尽きだったんだぞ! そうすりゃ、こんなビンボーじゃなかったのに! 大体、運動会までに帰還出来るか解らないぞ!」
慌てたドクターが 「この人の前ではそのカナダと、横浜の女が何も告げずに行方不明になったオーストラリアの話はしない方がいいわ- 悔しさの余り思い出して時期外れのポンファーになっちゃうから、襲われちゃうわよ。」
 その時ドクターの通信記章がさっそく鳴り、「上陸班よりドクターへ。」
ちこっと叩いて 「はい、あたし!」
「副長です -負傷した相当数のヴァルカン人婦女子を発見しました- お手数ですけど、来て頂けませんか?」
「解った。他には何か?」  ちょっとブルーに答えるドクター。
「いえ、ヴァルカン人達にはもはや抵抗する意思はありません- 怪我人ばかりですし、予想よりかなり疲労困憊している様ですね。」 結構深刻そうな声だ
「考えておくべきだったな・・・・難民なんだし長期航海なんだから・・・・家族同伴は当前だ。」 反省を込めて、横からピカーク。
「何かジャムに伝える事ある?」 親切にドクターが。
「いえ全く・・・・それよりサクラのママに、例のシチューはやっぱりもう1晩寝かせといて欲しいって伝えてください。」
「わかった。」 若干呆れてか素っ気無いドクターのそのセリフで、通信は終わった様だ- 「さてと、じゃあたし、アリサ連れてくるね・・・・第2転送室だったっけ?」 と、チケットのさばけ具合にふてくされ切ってる転送主任に。
「うん、ただ、調子すご~く悪いよ。ヴァルカンの攻撃でマターストリームタンクが破損して、さっきの転送じゃぁ何とかご機嫌とって済ませたけど、そのあとカラんなっちゃった。」 と、天気予報を告げる様に。
「なぬ~っ! エラー補正が効かないのか! 片道キップだった訳だ! あとの転送室は?」 ビツクラのピカーク。
「あー、貨物用含めて全部カラッケツ・・・・エネルギー必要だったから。」 なんか、ほのぼのと。
腕組みしたドクターが 「シャトルしかないわね!」
ちょっと脇にいた副長の後輩から 「あー! 全部エネルギーぬいちゃって、再整備には時間食いますよ!」
「なんちゅーこった・・・・ムーナ政府に救助を要請するしかないんかいな!」 ピカークは頭抱えて
 「いいえ、彼らとヴァルカン人は出来る限り接触させたくないですなぁ。」 あれま、あの警部がそばにいた- 一体何時来てたんだ? 「良かったらあたしのシャトル使ってくださいな・・・・年代もんで電磁スラスターしか付いてないんで、Mクラス星の重力圏抜け出すのがやっとなんですがねぇ・・・・最近は売ってくれないかって、博物館からの申し出が殺到して困っちまってるんで・・・・」
 ピカークは、付き合いの長い筈のドクターの目が、ここまで細くなったのを見たのは初めてだった。


 格納庫のそのグリーンのシャトルは、確かにひしゃげて、誰が見てもスクラップそのものだ。良く、間違えられて廃棄されなかったもんだ。
「知ってます? プージョのシャトル -もう百年も前のクラシックでして、コンステテューション級より古いんですよ- いい形でしょう?」 得意げにそう、警部が。
 ドクターとアリサは顔を見合わせて、互いに肩に手をやり、ずっこん、タメイキ。
先に連絡を受けてシャトルの様子をざっと見といた機関長は、ピカークの脇まで来てこそっと耳打ちを 「ガソリンと水素のハイブリットエンジンって、見た事ある? ぜったい地球まで辿りつけない- 甲州ワイン1本賭けてもいいわ!」
警部は、と言うと 「ご安心を。こう見えてもたっぷり保険入ってるんでねぇ・・・・」 2人を後部座席へといざない- いや、押し込んだと言った方が適切か 「免許とって40年、無事故無違反なんですよ! もっとも交通課には、鼻薬が効いたんですが。」 なんか、すッごくご機嫌。
「保険がこの状況でどっから支払われるのか知りませんけど、とにかく2人を宜しく。ワン公は、きちんと面倒見ときますから。」 負けじとご機嫌でピカーク。
窓から手を出したドクターは、珍しく殊勝にピカークの手を握った 「じゃぁね、ジャム。短い付き合いだったけど、どうかお達者で。」 そして機関長には睨み目で 「シャトルか転送機、帰るまでにはなんとかせーよ!」
「それではどうかお任せを・・・・時間干渉は、出切る限りあたしが防いで見せます!」 警部は運転席脇のドアを手でバン! と閉める-
 退避警報が鳴り、機関長とピカークは制御コンソールにまで戻った。出口にシールドが敷かれ、格納庫のドアが開く。なかなかエンジンの起動しなかったシャトルはやっとこさひょろひょろ飛んでシールドまで辿りついたが、何度ぶつかってもその弱いシールドを抜けられない。
 仕舞いに窓が開き、警部が身を乗り出し叫ぶ 「すみません、シールド越せないみたいなんで、格納庫を全部真空にする昔のやり方でお願いしたいんですがねぇ・・・・」
 ピカーク、再びの一言 「だめだこりゃ。」


 で、通信の通り、負傷者や婦女子は旗艦と思われるそのスナックの艦のホールに集めらていた
-保安主任と操舵長、そしてカウンセラーのフェイザーが睨みを効かす。残ったもう1隻含めても生存者は40人にも満たない- 彼らは、おとなしく疲れ切った体を休めていた。ただスナックだけは負傷した足をさすりながら、副長を若干睨み付けている。
「女子供がいなければ、貴様なんぞぶちのめしてやるのに・・・・」 まだリーダーとして、抵抗するつもりがあるらしい。
「別にあたし達は戦うつもりはないの -もともとこの星を征服する気なんかもない- エンジンの修理が終わり次第、故郷に帰る予定よ。」 出切る限り優しく、副長は返した- イヤーシーバー型の翻訳変声機は、彼女の鼻声までうまく再現している。
 不満気ではあったが、一応スナックは黙ってしまう。
 そんな時、艦がグラっと傾いた- 何だ?
「副長!」 表で張ってたアトムが駆け込む 「恐竜が集まって来ました・・・・多分、ヴァルカン人の遺体が原因でないかと思われます!」
そう言われれば、地球人の血より鉄分を多く含み、彼らに近いかも知れない- 副長はちょっと考えて、決断をくだした。
「スナック司令官、申し訳ありませんが、お仲間の遺体をもう一方の艦に移したいのですけど、ご協力願えませんか- ここにいる肉食獣が、血の匂いでこちらによって来ている様なので。」
当然と言えば当然なのだが、スナックは激怒した 「貴様らが殺したのだぞ! それを運ぶとは何事だ! わたしには皆の遺体をセレヤに連れて帰る義務があるのだ! おめおめ野獣の餌など
にさせてたまるか!」
確かにそう言われても仕方ない状況だ。副長は眉間に皺を寄せ、本当に困り果てた顔をした。およそこのヴァルカン人達は、生きる気力を失っているのだから、自らの命よりも上陸班を道連れにする方が余程喜ばしい事だろう。
 だが、意外な助け船が現れた- 先程から上陸班の誘導に若干協力する気配を見せていた女だ 「お前の言う事は正しい- スナック、ここはこの女の言う通り、遺体をあちらの艦に移すべきではないでしょうか。艦の中に移せば、別段直ぐに食われる訳ではないだろうし、その間に何らかの脱出策をこうじれば良いのです。」
「脱出? 脱出してなんになると言うのだ・・・・もう艦も何もないんだぞ! こいつらに降伏しろと言うのか!」 スナックはその女をドヤしつける
「何度も言ってる様に、こちらはあなた方に降伏など要求していないわ! ただ出来る限りこの星で暮らせる様に、この星の政府の間に立つつもりよ。若しそれが駄目なら、あたし達と一緒にこっちの艦に来ればいい- 勿論、お客さんとしてね。」 副長は、笑みは嘲笑と取られかねないと感じ、今度は真摯に対した。
 「あー、船長より副長へ」 一応名を伏せた物言いが通信記章から -彼女は奥へと歩を進め胸を叩く- やはりムーナ側同様、外しておくべきだったろうか。
「はい、あたしです」
「医療班を乗せたシャトルが発進したが、そちらに着くまでに30分はかかりそうだ。」
「なんでそんなに! なにかあるんですか?」
「訳はシャトルが着けば解る- 君も大気圏突入でシャトルが燃え尽きない事を祈ってくれ。だがそのシャトルでは全員を収容するのは無理だ- もし1時間以内に転送装置が直らなければ、第1船体を直接そっちに向かわせて、はしごを出すよ。」
どうやらピカークは真面目にそう言っているらしい- 副長は息を整えて 「恐竜の攻撃を受ける可能性があるので、なるべく早めに措置してください。こちらは何も変化ありません- 副長より以上。」 そして、でっかく溜め息。
「なにがあったんだ?」 スナックは戻って来た副長の様子から察したらしい- それともカードの裏を読んだのだろうか?
「ヘーキです- ちゃんとブロックしてますから。」 更に察したカウンセラーが、そう言い添えてくれた。
「我々の収容にはもうちょっと時間が必要って話。ただ、医療班を乗せたシャトルはもうすぐ来るらしいけど、時間を稼ぐ為に、さっきの計画、ご了承頂けませんか- 強制はしたくないんです。」
スナックは泣き叫ぶ子供を見やり、いやいや決心をした様だ 「解った・・・・但し、遺体は我々が運ぶ。」
「ありがとうございます、提督。」 そしてアトムに向き直り、彼女には悪い言い方だったが 「彼女
は機械です- ならばお手伝いしても構わないでしょうか?」
「好きにしろ!」 スナックはふてくされて、疲れもあってか横になってしまった。
「それでは、手伝ってくださる?」 副長はさっきの女に言葉をかける。
「解った、副長- お前は信用出来そうな奴だな。」 姿勢を正し 「わたしは副官でスナックの妻のスラットだ。副官同士、仲良くやろうじゃないか。」
驚いた副長は 「ひょっとして男性の名前なんじゃないの? それに、副官が司令官の妻なんて!」
「おかしいか?」 スラットは臆する事無く 「男として育てられるのは珍しくないし、妻が副官と言うのは信用と言う点に関して最も合理的だ- おまえは船長の妻ではないのか?」
副長はけたたましく笑い、「確かにあの人はアブナイ人かも知れないけど、いくらなんでもそんな設定使う程イカれちゃいないでしょうね!」
 「取り敢えずは-」 脇でそんな2人のやり取りを面白そうに眺めていたアトムは 「-脱出用タラップで2つの宇宙船を繋げば、恐竜の攻撃を避けたまま遺体の処理が可能と思われます。」 だがそのあとに 「ただひとつ問題があります- あちらの艦の核融合炉が安定的とは言えない状態です。制御システムにアクセス拒否されまして、もし宜しければ修理に手を貸して頂きたいのですが。」
「無論だ」 スラットは解っていながらボスに尋ねる 「宜しいですか、スナック?」
寝ていた筈の男は静かに答えた 「そいつらが嘘をついていない事くらい、わたしにも解るさ。」
その言葉に微笑んだスラットは、即座に歩みを始める
「じゃぁ、みんなここ頼むわ。」
 副長は残りの3人のメンバーにそう言い残し、最も安全と思われる奥のハッチに向かった- だがその間にも艦は何度か、唸り声と共にきしんでいる。若干歪んで開けにくくなっていたハッチをアトムがなんとか開き、トライコーダーで辺りを伺ってから、3人はダッシュでもう一方の艦に向かった。
 途中、かなりの数の比較的小柄な肉食竜の姿が垣間見れた。旗艦の反対方向を、コツコツ摘もうとしている。
「けちらしますか?」 アトムが尋ねた
「思った程でもなさそうだし、融合炉の方が先決。」 と冷静に副長。
 壊れた隔壁から飛び込む3人。こっちの艦はかなり損傷が激しい。エンジンルームはすぐ目前だった。ドアは開け放たれており、ごちゃごちゃとしたかなり原始的な機械類が並ぶ。
「この装置なのですがー」 アトムが中央の制御パネルらしきものに 「どうやら思考制御装置の様で、ロックされてるんです。」
「無論、保安上の配慮だ」 副官はパネルに手を触れ、何かを念じた・・・・ほどなく近隣のマシンが生気を帯びる。
 早速アトムと副官は修理に取りかかった。だが2人の表情から、程なく厳しい現実が伺え知れる。
「不味い- 融合炉が制御不能になっている。」 スラットは明らかにイラついていた- 古代ヴァルカン人らしい 「あと数分で安全臨界値を超える。出来れば発進して安全な場所に放棄した方がいい。」
「核融合って、決められただけ誘発するだけで玉突きにはならないんじゃないの?」 と、副長の突っ込み。
「いえ、このエンジンは短時間で強力なエネルギーを得る為に、核分裂で起爆する方式のものです。正確にはそちらの制御が不能になっているのです。」
「ハーレムにフェイザーで、艦ごと除去させましょう!」 再び副長
「その場合、隣艦が危険です」 とアトムは答えているのだが、同時に目にも止まらぬ機敏さで作業をこなしていた 「思ったよりも深刻ですね。お2人とも、すみやかに脱出してください- この艦の自動航行装置は完全に破壊されていて、修繕は現状では間に合いません。最も論理的なのは、僕がこの艦を操縦して安全圏まで持っていく事です。有機生命体のお2人では、一連の作業は困難と思われます。」
「その通りだ副長-」 スラットが 「この人工生命体の言は正しい- これに任せて我々は退避すべきだ。」
「アトムの事を 『これ』 って呼ぶのはやめてちょうだい!」 副長は怒鳴る 「あたし一緒に残る!」
 副長がスラットに向き直っている一瞬をつき、後ろから近付いたアトムが副長の肩をつかんで物の見事に失神させる
「ナーブピンチが出来るのか!?」 副官は度肝を抜かれる 「修行した神官しか出来ないと聞いているが-」
「ナーブピンチと言うのですか? 場所と力の入れ具合で出来ますよ。」 ちょっとバッくれてアトムは矢継ぎ早に 「さぁ、こっちへ!」 彼女は副長を抱えてすぐ脇のハッチへ
「先に出てください-」 二重であったろう内側は跡形もないその外郭側ハッチを開け、アトムはスラットに示唆する- 緊急事態もあってか、彼女は結構おとなしく従った。
 次の瞬間、アトムは副長の肩をつかんで気合を入れ、副長を気付かせる- スラットを若干警戒しての措置だ。無論、副長が完全に目覚める前にハッチは閉まった
 副長は即座に事態を把握し、激しくハッチを叩く 「アトム! ハッチを開けて!」
スラットが後から副長を羽交い締めにして 「あぶない! 彼女に任せるんだ!」
 その言葉が終わるか終わらぬ内に、艦は凄まじい噴煙に包まれた- 嫌がおうにも吹き飛ばされる2人・・・・
「アトム! アトムッ!!」 必死に叫びまくる副長! 「アトムーッ!!」
 しかし彼女とて黙って自己犠牲に甘んじた訳ではない- 操舵しながら即座に胸を叩く 「アトムよりハーレムへ」
 ピカークは指令席にいた 「ハーレム、指令席だ」 慮って再び匿名で 「どうした?」
「ただちに転送収容願います- 現在、ヴァルカン艦で核融合炉に異常発生、大気圏脱出を試みています。」
「君1人か?」 思わず背筋を正して
「はい- 転送装置の不具合は承知していますが、僕の場合エラー訂正等は、はしょって頂いても構いません。」 声の後で、船体のきしむ音がけたたましく響いている
思わず立ちあがり、「転送室! 即刻ヴァルカン艦を補足し、アトムを収容しろ!」


 その警部の船も、まるでぶっ壊れた椅子の様にミシミシきしきし音を立てていた。後部座席で抱き合っているドクターとアリサに対し、操縦席の警部は鼻歌混じりにあっけらかんとハンドルを握っている。
「燃え尽きちゃうって事、ないわよね?」 と、青い顔したドクターが。
「いいえ全く!」 警部はどこ吹く風 「意外と知られてないんですがね、ゆっくりゆっくり侵入してくと、燃え尽きもはじかれもしないんですよ・・・・ただ若干、時間とエネルギー食いますけどね-」 警部はそこで葉巻をくゆらしたのだが、途端、 「なんだ、ありゃ?」
 突如、すさまじい火の玉と正面衝突に!
 寸でのとこで、ハンドルを切る!
ものの数秒後、椅子から弾き飛ばされた3人はようやっと身を起こしたのだが、激しい閃光に目を覆う事となる
「一体、何かしら・・・・」
 自分達の無事の安堵以前に、なぜかその閃光に気がいってしまうドクターだった。
第7章


 仲間を亡くしたボスが何時もそうしていた様に、ピカークは船長待機室の机の脇の窓から、それこそ満天の星空を眺めていた。そしてそのかなり前から、机の前で直立不動のまま、歯を食いしばって涙をこらえている副長の姿があった。
「わたしはね-」 やっとピカークが口を開く 「前にも言ったかも知れないが、ポジティブ・シンキングと言う言葉がだいっきらいでね。あれは、まやかしにしか過ぎない。運のない時や不幸な時は、その状況にひたって現実に甘んじるべきだ。まやかしの活気はなんの問題解決にも繋がらず、再び決められた道を歩むはめになる。自分さえ見失わなければ、悲しい時は悲しめばいいし、だめだと思う時は無理しなくていいんだ。」 彼は今迄にない鋭くそして優しい目付きで副長に対した 「ちがうかな?」
 我慢にしているとは言え、彼女の頬にはさすがに涙が伝わっている 「でも、アトムを見殺しにしたのは私の責任ですから・・・・あの時冷静に考えて、フェイザーでドアをこじ開けて連れ出すとか・・・・もっと手はあった筈です・・・・」
「いや、それはちがう」 椅子に腰掛けてきっぱりとピカーク 「あの状況では、あれしか手はなかったろう -ヴァルカンの副官でさえ君の無実を証言しているんだ- 責任があるとしたら、闇雲にエネルギー抽出の許可を出して転送装置とシャトルを使用不能にした私にある。それに-」 息をついて 「一体誰が査定して軍法会議を召集するのか、この状況では意味ないしね。」 とうとう副長はこらえ切れずに嗚咽し始める- 何かしてあげたい心境だったが、誤解を生じる事を慮った理性がそれを制した。
 都合よくチャイムが鳴った- 「どうぞ」
カウンセラーが立っていた。彼女の正念場だろう- ピカークは目配せして、副長の脇に何も言わず寄り添った彼女に事を任せた。
 再びチャイムが鳴った- 「どうぞ」
今度は保安主任だ- 完璧に泣きじゃくっている- 副長を見付け、飛び付く様にして更に泣き始めた。
 またチャイムが鳴った- 「どーぞ!」
転送主任とアリサが2人揃ってビエンビエン泣きまくって、先んじたグループをみつけ再びわめき号泣する。
 居たたまれなくなったピカークは席を立つと、ひとり隣のブリッジに戻った。


 ブリッジはやっぱり閑散としていた- 副長席には機関長が、カウンセラーの席にはドクター
が、そして操舵席には涙を見せながら毅然とコンソールに向かう操舵長、で、その運航管理席には科学主任代理の副長の後輩が沈痛な面持ちで任務に就いていた。ピカークは彼女の肩に手を置き、「ありがとう」 と一言述べて、昔馴染みの2人を伺いながら、指令席に着く。
 ちょっとロートル3人揃い踏みで、暫し沈黙。
 やがてドクターが 「ヴァルカン人の治療は終わった。仰せの通り、あの艦で取り敢えず居住出来るようにしといた・・・・機関部の力借りてシールド張れたから、化けもんはもう襲ってこないわ -太古からの生き残りたちも、程なく滅びる訳ね- クジラの代わりに連れて帰ったら?」
「うん。」 一応頷くピカーク。
「タイムトラベルの準備は完了- いつでも過去に戻れるわよ・・・・」 と機関長- しかしその言葉で2人のレディは一斉にピカークに身を乗り出してハモる-
「過去に戻れるのなら!」
「だめだ!」 一括するピカーク 「これ以上ややこしくしたらとんでもない事になる! 『安易なタイムトラベルは禁止』- エネルギー確保以外には認められん!」
2人だってそんな事は良く承知している- 直ぐに席に身を戻して、溜め息をついた。
 「彼女の葬儀は未来に戻ってからにする・・・・戻らんとするみんなの一念が、彼女にとっては何よりの供養だろう。」
 すると保安コンソールから久々登場の保安主任代理が、「船長、スナック提督から通信です。」
もう面倒だ 「有視通信でスクリーンに- 但し若干キモイが私の顔のアップで。」 コンソールのお馴染みの音と共に、スクリーンにスナックの姿が現れた 「ほう、君がキャプテン・フューチャーか- まだ若造だな。」
にこやかに 「初めまして提督- お仲間の死に関してはこちらとしてはやむを得ない措置ながら、哀悼の意を表します。」
「こちらもだ、キャプテン。」 スナックは一礼した 「我々の為にあなたは部下を失った- 真意を疑った事をお詫びする。ヴァルカン戦士は何よりも名誉を重んずる- 敵ながら、こちらも哀悼の意を表したい。」
まるでクリンゴンの様な物言いに、ちょっと口元がほころんでしまった 「提督、ありがとうございます。所で-」 椅子にきちんと座り直し 「実はそちらの艦に、我々の技術で恒星間航行が一定度可能なシステムを提供しようと思います」 機関長が脇を突いたもんだから 「ワープじゃなくて、インパルスエンジンだよ!」 とこそっと耳打ちし、「・・・・失礼・・・・その代わり条件があります -とある星系に開拓地として赴いて頂きたいのです- 我々は既にその星系を調査済みで、あなた方のヴァルカン星に最も似た環境を持っています -その星系の名は-」
 再び脇の2人が身を乗り出して来るのが解った 「-ロミュルス=レムルス星系- 通称ロミュランと言います。」 涼しい顔でピカーク 「我々が提供するインパルスエンジンであるならば、あなたが生きている間には充分辿り着く筈でしょう- あそこなら辺境地帯で安心して暮らせますし、
数年後に恒星系の環境が変わり私を恨むなどと言う悲劇もない事を保証します。」
 びっくらこいている脇の2人はほっといて、ピカークは真面目にそう申し添えた- で、先方は 「わかった- どうやらその言葉、嘘ではなさそうだ」 そっと顔をあげ 「・・・・提案をのもう。」 と、驚くほど紳士的に。
「ではさっそく機関人員を送ります -インパルス・ユニットの据付ならば直ぐに終わるでしょう-」 呆れ果てた機関長ににっこりしながら。
「感謝する- キャプテン・フューチャー」 スナックは敬礼を 「君の前途に長寿と繁栄を!」
むかしはこんなにしゃっちょこばってするものだったのか- 負けじと右手でヴァルカンサインを 「どうか提督も、長寿と繁栄を。」
一瞬、ピカークが当たり前の様にしたヴァルカンサインに驚いた表情を浮かべた提督の顔で、映像は切れた。
 「ジャム!」 実はピカークは、ドクターの心地よい声でそう叱責されるのがキライではないのだ 「こんなの警部に知れたら、どうする気!?」
「だって歴史を改訂した訳じゃなくて、つじつま合わせただけでしょ?」 けろっとした顔で 「別に 『新しい歴史教科書』 を作ったつもりはないよ。」 立ちあがって保安主任代理に 「君が夜中に傷付いた友達の所に駆け付けた話には感銘した -正直、今風のシラけたギャルだと誤解してたよ- その調子でこちらの旅の間、保安主任の力になってやって欲しい。」
彼女は、静かな面持ちでゆっくりと微笑んだ。
 そんな時待機室のドアが開き、カウンセラーが帰って来た。ドクターは椅子を空けようとしたが、激しく断わって補助席についた。
「みんな、どう?」 おっかなびっくりピカークが。
「アトムさんて、ほんとに皆さんに好かれてたんですね」 余計にウサギっぽい可愛げな顔で 「ちょっとあたしもエムパスし過ぎて、悲しい気持ちで一杯です。」
ちょっぴり沈黙を入れてから、「そんなとこ悪いけど、機関部員に付き添ってもう一度ヴァルカンの所に頼むよ -一応用心の為だ- 済まないね。」 出来る限り優しく、ピカーク。
頷くと、カウンセラーは努力したのか笑顔でリフトに向かった。
 「じゃぁ、何もなければあたしも出発準備に取りかかるわ。きっと誰かさんは 『人類が誕生する前』 の時代に戻って、エネルギーを採取するつもりなんでしょうから!」 機関長も席を立つ。
「頼んだよ!」 出来るだけ威勢良く。
だが機関長はちょっぴり歩を緩めた 「・・・・でも併用式だから、タイムワープエンジンの光円錐の変換点と、ワープエンジンのワープ10臨界とを正確に合わせないとね。正直、アトムがいないとそのスラスター・ポイントが掴みにくい。まさかヴァルカン難民に手伝っては貰えないしね・・・・」
「君のカンが頼りだよ- もっとも甲州ワインは一本イタダキだったけど。」 ニヤニヤっと。
笑顔を辺りの空気にうまく流して、機関長はリフトへ。
 「取り敢えず私も出発準備に、医療室に戻るわ-」 ドクターも同じく。
「ドクター」 ピカークは彼女を呼びとめた 「君は第1船体に残って欲しい・・・・」
「なんで?」 ドカッと座り直して 「どうせ荒っぽい方法なんだろうから、過去に戻った時に負傷者が出るでしょう?」
「ハゲオヤジ1人いれば十分だ-」 きっぱりピカーク 「もしこっちが任務に失敗した場合、みんなこの時代で暫く暮らさなきゃならない- だから君が必要なんだ。」 彼女はかなり長い間、ピカークの瞳を自分の瞳に写していた -そして- 「わかった・・・・あなたのお守り、機関長に代わってもらう。」
 そう言うなりきびすを返して、彼女はリフトに向かった- それが彼女なりの、きっと精一杯の思い遣りだったのだろう。


恒星日誌:宇宙歴 マイナス14029.6204

   ヴァルカン難民達は、取り付けた通常エンジンを以て無事ロミュランへと出発した。
   一仕事終えた我々はプリストロン並びにダイリチュウムを入手する為、
   まだそれらが地球に存在していたであろう35億年前へのタイムワープを決意した-
   若干の誤差はあるだろうが。警部の言う通り、この時代での恒星間航行は歴史への
   干渉を免れない状況にあり、遮蔽装置が使用不能とあっては最早選択の余地はない。
   幸いムーナ政府がヴァルカン撃退の謝礼にダイリチュウムの提供を申し出てくれた。
   殆どの乗組員を第1船体に残し、第2船体による限られた人数でのミッションとなる・・・・
   アトムの傷が癒えてない我々にとっては、困難な旅である事に変わりはない・・・・


 第2船体にある戦闘用ブリッジは、正に戦場と化していた- 機関部員達による突貫工事である。足の踏み場もないそこに、ピカークは機関長を見付け、にこやかに近付いた- 彼女は指令席を取っ払い、自転車を備え付けている。
「なんだい、いったいこりゃ?」 不可思議そうに尋ねたら、
「何言ってんの! あなたの為じゃないの! カタパルト方式のタイムワープじゃ死んじゃうかも知れないから、局所慣性制御装置を取り付けてあげたの! 但し省エネの為、自分で自転車こいで発電してもらおって訳。XE服着て、またがって頂戴!」
得々として語るこの天才哲学者は、どう見ても楽しんでいるとしか思えない- 随分、ドクターに影響されて来ている様だ。ピカークは仰せの通り自転車にまたがった。
「気を付けてね- あなたは近接した時空間の最も安定した絶対パスに身を置くから、艦からほ
おり出されるかも知れないわよ!」 機関長は腕まくりして 「左舷ワープエンジン、見事に直しといたからね- さぁて! お仕事、お仕事!」 と裏手のコンソールへと工具を片手に。
 すると斜め前のリフトから、警部が顔を出し、ピカークを見付けるなりニッコリ微笑むと仰々しく手を挙げてやって来た。ピカークもこれまた仰々しく、自転車こぎながら手を掲げた。
「やぁどうも!」 警部はボロボロの紙袋からドーナツを取り出すと、「これ、副長さんが焼いたやつなんですが、ミスドが束んなってかかってもかなわないくらいうまいですよ!」 のそっと袋から 「おひとつ、いかが?」
潔癖症のピカークとしては、とても頂く気にはならなかった 「いえ、また今度。」
「そいつは残念・・・・所でこの自転車は?」 指をペコリッと指す。
「ああ、運動不足解消のしろもんです- 宇宙じゃ、骨のカルシウムが溶け出すそうで。」
「あー、人工重力が贅沢だった頃の話でしょ -あたしのヒイ爺さんが良く話してくれましたよ- ガキの頃、アーチャー船長に会った事があるって、自慢でしてね。」
「そいつは、話題が早い!」 笑顔でピカーク
「全くこんな商売してると、どっちが過去でどっちが未来だかわかんなくなる始末で・・・・」 ここで顔を若干引き締めて 「どうしても、行かれるおつもりで?」
「太陽系を出ないとすれば、これしかないですからね。全く、たった1万年なのに未来は無理ですから、取り敢えず創世記まで戻って可能性のある地球と火星とカタインを探ってみるつもりです。」 こぐのは、暫し休憩。
「カタイン?」 また頭に手をやって
「アステロイドベルトにあったと言われている惑星ですよ。木星によって破壊されて、今の形になったとね。」
「へえ! あそこは元々惑星だったんで・・・・いゃぁ、勉強になります・・・・」 警部は大げさに感心した 「確かに法に抵触しますが、ここまで来たら、ってお気持ちも良く解るんで、歴史への干渉を最も防げる判断としてちょっとは目をつぶりましょう。」 そして幾ばくか慎重に 「アトムさんの事、お悔やみ申しあげます- 私のポンコツが、もうちょっとはやく着いてればねぇ・・・・」
「いや、それでも同じでしたよ- お気持ち感謝します。」 誠意でピカーク。
「それじゃぁ、どーかご無事で。また必ずお会いしましょう。」 警部はドーナツでない手で握手- 再びひょこひょこと退散。
 しかし案の定、再び手を掲げ戻って来る 「あー、そうそう、もーひとつだけ!」 そして自転車のハンドルに手を置き 「例のタイムラグ、何か強いタイムワープフィールドの様なものが干渉して起きた感じがします -はっきりとは言えないんですが、もしかしたら仕組まれた事故だったかもしれません- 例えば噂の29世紀の連中の仕業とか。」
ピカークは、はぁーと口を開け、「福島正実氏ではないですが、襟を正さないとSFはそっぽ向かれちまいますから、イタダケない話ですね、それは。」
「そう仰ると思ってました-」 にこやかに 「それでは御幸運を!」 そのまま、今度こそリフトへ。
 そして、入れ違いに副長が報告ボードを持って入って来た 「第1船体の方の準備は、整いました- いつでも船体分離OKです。」
ボードを受け取ったピカークは 「なんてサインしましょうか? あなた、お名前は? 私の社会科学書、どこで知りました?」
「ふざけないでください!」 腰に手を当て、目一杯怒られた- おとなしく目を通す
思わず吹き出した 「次元ビーコンは過去にのみ発信って、未来に知れる干渉を慮ってだな- こっちがソツなく手繰れる様にしっかり灯台になってくれよ!」 サインして返す
笑顔で受け取った副長は、あれに気付き 「なんですか、その自転車?」
「勿論、健康の為だ・・・・間違ってもギャンブルに使う気はない-」 思いっ切り睨み倒されたんで 「元気出て来たみたいだね!」 と、ご機嫌を伺い直す。
「最後まで憎まれ口なんですね- 何度も言った様に、私の充実した現実は努力の賜物です! 船長のヒガミは、単なる甘えです!」
だがピカークは真面目に取り合おうとはしない 「そのセリフ、倒産した町工場の経営者や、レゲエのオッサンの前で演説すべきかな。」
副長が押し黙ったのを見て、「ごめん! 解ってる事は解ってるんだけどさ。」 手を降参させて 「悪かった -だがそれだけ口が戻っていれば元気そうだ- なによりさ。」 にやけて、そう。
「ほんと、デリカシーない人ですよね」 随分と古いセリフで 「ちょっとは、まだ残ってますよ・・・・」 口を尖がらせハスに構えて、口ごもりがちに返す
 まるで少年の様に 「仰る通り、この自転車は私の甘えの産物だ-」 軽くハンドルを叩く 「こいつがアトムの代わりに、私を守ってくれるそうだ・・・・」
 ちょっと、マジな沈黙がやって来た
「・・・・私が代わった方がいいのかも知れませんね・・・・」 最後は、それでも思い遣りの言葉が。
「そうして欲しい気もするけど、君はとっくに休暇中だった訳だし- 負担はこれ以上はしのびない-」 息を吸い 「もし、2年たって我々が戻らなかったら、自爆する様に-」 さすがにシリアスに 「歴史干渉を避けてこの時代で隠れ住むのは、かなり難しそうだ・・・・」
「わかりました」 副長は硬い意思を示す時何時もそうする様に、ちょっと抑えたけれどもどっか健気な声を作って返す。
「元気で-」 自転車ではなくデッキに立ち直し、ピカークから今度は手を差し出した
「任務成功を祈ります!」 強い声で、差し出した右手を両手で握って返してくれた。
 「あたしもね、ジャム!」 あれれ、何時の間にかサクラのママがいる- 「まだツケ払い切ってないんだから、必ず戻って来るのよ。」
「帰ってこなけりゃ、次の芝居は主役をやらせるからね!」 あらら、ドクターまでも。
憎まれ口の続きが 「カークが暴露本でロッテンベリー卿の事を 『女優にてーだす』 不届き者と
告発していたが、私も昔から何故宇宙艦隊に美人レギュラーが居付かないのか、不思議に
思ってたんだ。でも、あのクロサワにしたってカミさんは出演女優だし、名うての監督やプロデューサーは結局そこら辺と結ばれちまってる- 例外はヒッチコックと俺くらいなもんだ。そこんとこどーなのか、機会があったらおたくの師匠に聞いといてくれないか。ついでに一度、あの睨み合いの立会いをやってみたいって- 斬られるの、俺の方だけど。」
「あなたが帰って来なきゃ、聞きに帰れないわよ!」 有難い事にうるった笑顔で 「元気で-」 簡素にハグしてくれる。
珍しく襟を正して 「みんなありがと! みんなの運を取り敢えず頂戴出来れば!」


 20分後、XE服を仰々しくまとったピカークは全ての点検を終え、戦闘用ブリッジにを一望していた。ブリッジ関係者は未曾有の併用タイムワープに備えて皆一応着用しているが、無論自転車はピカークだけだ。操舵長・運航管理席に副長の後輩並びに後部コンソールに保安主任代理、そして転送主任が馬蹄形の制御コンソールに就いていた。
 操舵長のとこで 「制御スラスターは君のその手にかかってる- 手先の器用な君のことだから、アトムが居なくてもへーきとは思うけど。」
彼女は清んだ目で 「アトムの分まで任せてください- 機関室とはもう何度もシュミレーションしましたから。」
メットからはお互い余り窺い知れない表情だったが、その言葉でもう充分だ。
 ピカークは自転車に手をかけその直ぐ後方の転送主任に 「馴れないコンソール、大丈夫か? 一応君が副長代理なんだから、しっかり頼むで!」
結構姉御肌の御人は 「まかしといて! アトラクション系だーいすきっだから、重力カタパルト、ワクワク!」
「ヘンタイ・・・・」 ぼそっと、ピカーク。
 第1船体のブリッジから副長の声が 「船体分離シークエンス、秒読み開始。」
「了解! 船体分離1分前!」 いよいよ自転車をまたぐぅ!
 定番のアレキサンダー・コラージュのファンファーレが静かに鳴り響き始める- 戦闘ブリッジは嫌がおうでも緊張に包まれた。
「船体分離30秒前・・・・・船体分離10秒前・・・・・」 コンピューターが、とつとつと。
戦闘用ブリッジの中は森閑とし、操舵長の指がパネルを踊る音とカウントが合奏している筈だが皆XEを着用しているので、気味が悪いほど無音である。
「船体分離。」 コンピューターの至って場違いな、和やかな声-
 ドッキングシャフトが収納され、分離した戦闘ブリッジのスクリーンには、程なく実に美しい円盤部の輝きが見て取れた- 副長の声がそれに重なる 「それでは、ご無事を祈ります!」
「ありがとう副長!」 ピカークは返礼する- やがて第1船体は脇に見える 『現代』 のそれよりも遥か近く燦然と光を放つ月と重なって、視界を去った
サドルを正し、 「さてと、スラスターのまま所定位置まで- 到達ののちに停止。」
「了解!」 操舵長の声はメットの中で、いつになく良く通る -もう航路妨害を危惧する必要のない予定地点は近い- 作業はほんの僅かな間だった様だ 「予定地点到達- 完全停止。」
 ここで深呼吸- 今度はメットの外も完璧な無音だろう。
肘掛け・・・・でなくて、ハンドルに付いてる制御パネルをパシリと 「機関長、準備はいいか?」
相変わらずの機関室の轟音がBGMだ 「いつでもOK!」
 「それではと・・・・」 再び深呼吸 「タイムワープエンジン始動!」
取り敢えずは何も変化はなし- 順調の証だ。
「タイムワープエンジン順調に作動中! ワープエンジン準備よーし!」 機関室からの雌叫び!
XEを着ているからか余計何も変化なく、嵐の前の静けさだ- さーてと、これからが勝負なのだ!
「ワープエンジン始動!」
 途端前方の航宙モニターにあるインジケーターが暴れ出す- 太陽に向かって、ひたすらまっしぐら!
 ただの重力カタパルトでなく、タイムワープエンジン併用なのだ -艦体がギシ付いているのがXEを着てても解る- みんなガチガチに固まっている・・・・そしてスクリーンの太陽がそれ一杯に迫った頃、更に壁や椅子に張り付いた状態になり、後部コンソールで火花が散った! バキッと言う破壊音と共に、ターボリフトのドアも歪む・・・・本当は一瞬の出来事なのだろうが、仮想ブラックホールとなった太陽に向かうがゆえの時間遅延効果が現れていた・・・・
 そのきしみと同じ位の音を立て、皆必死に歯を食いしばる -但し、2人例外が居た-
 ひとりは 「うわぁぁぁ! すっごぉーい! サイコー!!」 と叫ぶ趣味の変わったレディと、
 「ほんとだー! なーんもかんじないぞおー!」 と感激し、ひたすら自転車こいでるアホ男だけ。
 そして目前のクロノメーターがその 『タイミング』 を告げた! 「操舵長! 制御スラスター点火ッッ!」
 彼女が成功したかどうかなど、確かめる由もない -コンピューターのカウントなどもどこへやら- やがてスクリーンには想像を絶する閃光が走った!


 と言う訳で、さすがにその閃光に思わずメットに腕を掲げたピカークだったが、次の瞬間、何事もなかったかの様に辺りは突然静まり返った。なんともあっけなく、それまでの騒乱が嘘の様に、ブリッジは呆れるほどシーンと押し黙っている。ピカークはクロノメーターが本当に35億年前を指
している事に驚愕し、ゆっくりと自転車から身をデッキへと・・・・
 「おーい、しっかり!」 近接した操舵席と運航管理席の2人を、同時に起こす-
2人は直ぐに気付き、メットをはずしたピカークに倣ってそれを先ず取り、表示を見た副科学主任は歓喜する- 「成功です! 35億2264万4682年前に到達しました- 若干の誤差はありますが!」
「ほんまかいな-」 ピカークは眉にツバを付ける 「理論的にもいい加減なのに、よくもまぁ無事だったもんだ- 損害状況を調べておいてくれ。」
次に転送主任の所を通ったが 「・・・・もうおなかイッパイ・・・・」 と、訳の解らぬ寝言を言っていたので、そのまま放置した。
そして後部コンソールに居た2,3名の士官を起こすと、ピカークは叫ぶ 「機関室! 機関長!」
 返事は暫くなかったが、ようやっと彼女の声がブリッジに響く 「・・・・こちら機関室・・・・なんとか・・・・無事みたい・・・・」
美しき思い遣り 「ハゲドクターを送ろうか?」
「いいえ、その必要なし-」 声がしっかりして来た 「ホロイメージを出すエネルギーの方が痛い・・・・」
にやけて 「お陰さんで成功だ! 着いたぞ、『人類の誕生する前』 の時代に!」
 だが、そのやや和んだ雰囲気は操舵長の叫びにも似た声で遮られた- 「船長! あれを見て!」
 復旧したメインスクリーンは、なにやらとんでもない代物が占拠していた- なにかでっかい入道雲か、シャトルから見た台風の様なものが写っている・・・・
「倍率狂ってないか?」 操舵長に聞く
「いえ、標準倍率です。」
直ぐ様 「副科学主任?」
その副長の後輩はコンソールを弾きながら 「何か時空の亀裂の様ですね・・・・このスケールですと、銀河系の殆どを覆っている事になります- あの中には・・・・時間軸の異常な乱れが観測されます。」
「なんなんだこれは・・・・宇宙の起源に属する現象か・・・・?」
 再び機関長の声が 「ジャム! エンジンはかなり不機嫌よ- 復旧できるかどうかは難しいとこね。こんな事もあろうかとちょっとユニットをブロック化しといたんだけど、あちらこちら駄目みたい。ひとつ言える事は -予想通りだけど- 燃料はカラ。使えるのはスラスターとインパルスだけ。」
まぁ、予定のダメージだ 「了解! 修理に専念してくれ!」 再び運航管理席に 「地球の方はどうだ?」
スクリーンは後方の真っ赤な地球の絵に変わった- 「なんとか存在してるみたいです。」 そして
笑顔で 「センサーがかすかですが、ダイリチュウムの反応を見せています。残念ながらプリストロンは影も形もありませんが・・・・」
まぁこれも、予定の範囲内だ 「とにかく地球に危険がない程度接近し、ダイリチュウムだけでも採取しよう。」
 その地球は、何となく赤黒い色を発したテラフォームされる前の昔の火星の様な様相を呈している。月は非常に近接していて、色は地球とそんなに変わらず但し見慣れているそれより恰幅がいい。どうやら噂通り地球からちぎれて固まった様だ。ハーレムはその月の間近に停泊し、さっそくトラクタービームで地球の柔らかい岩盤を手繰った。
 「ダイリチュウムは比較的豊富です- このまま順調なら、1時間ほどで必要な量を採取できます。」 と、副科学主任 「でも、矢張り太陽系内にプリストロンの存在は全く感知できません。数十光年の長距離センサーでも感知可能な物質ですから、先ず絶望的と考えた方がいいかと思います。」
試しに聞いてみよう 「重力カタパルトのみで35億年後に帰るには、延べ何年かかる?」
彼女はちょろちょろっとコンソールを 「約2万4千プロセスを経て、体感時間で1万年ほどですね。」
 また1万年! 何ぞの嫌味か- ピカークは苦笑した
 そしてその瞬間、戦闘ブリッジに実に気色悪いフラッシュが暴れる-
「どうやらお困りの様だな- しかしなんでおまえ達がここにいるんだ?」
そこから現れた男に関して、今更説明する必要もないだろう -あの掟破りの迷惑な道化師-

 Q!
第8章


 Qは、ゼッケンを着けたマラソンランナーのカッコをしている 「どーだピカーク、お前も運動不足解消に世界記録を狙ってみては?」
「Q違いだよ- って、今度はちょっとムリがあるな」 ここでピカークは、Qの顔がいつもとは若干違う事に気付いた 「その顔、ちょっと変えたのか?」
気付いた事が嬉しかったらしい 「まぁ、季節の変わり目のリニューアルだ -鼻に部品が集まり過ぎてたので、バランス良く散らし、ちょっと目を鋭くしてみた- お題は 『僕の名前はフォレスト・ガンプ』。足ははやいぞ。」 次の瞬間、Qの横にはお茶の缶を持ったメグ・ライアンが寄り添っていた 「このゴールデンコンビのラヴストーリーで、もっとお前も勉強したらどうだ?」 脱線が過ぎたかさすがにメグ・ライアンは直ぐに消え、Qは今度は古びたNASAの宇宙服を着込んでいた 「そーか、どうやらこの時代に帰還用の燃料を取りに来た様だな- ラスベガスツアーにでさえ参加出来ないお前が、アポロ13のクルーを見習って、うまく帰れるかどうか見物だ」
「ところで、Q-」ついでに聞いとくか 「他にアポロって知ってるか?」
「なんだ他にって?」 一瞬真面目な顔になったから面白い
ピカークは満面の笑みで 「いや、なんでもない-」 そして頭の中で、こう付け加えた- 『ひょっとして、イカレタ連続体の一味かと思ったもんで』
 Qは構わず自転車まで来ると怪訝な顔で 「ダイエットでもしてるのか?」
「何も聞くでない! そっちこそ、なんでこんなとこにいるんだ?」 いきり立ったピカークはスクリーンをさっと指し、「さては、あの得体の知れない時空の亀裂はおまえの仕業だな!」
「いーや、私の仕業ではない-」 ウザそうな顔で 「もともとろくでもない奴がろくでもない所にタキオンビームを照射したせいで起こった現象だ -あれは-」 もったいぶって 「-言わば、反時間スパイラルだ。」
「は! どっちにしろ不景気そうな話だ!」 手を思いっ切り払って。
「実はここだけの話だが・・・・」 ピカークの耳元まで来ると 「ただタキオンビームを照射しただけではあそこまでにはならん -若干わたしがディフォルメした事を、お前さんにはだけは告白しておこう- 誰にも言うなよ。。」 続け様横柄に自転車にまたがり 「それにしてもお前んとこの麗しき機関長は、時間軸をトレースするのに失敗した様だな -ここは正確な過去ではなく、平行宇宙の過去だ。いい加減な時空変換を2つも重ねたせいだぞ- やっぱり彼女が直せるのは、せいぜいエアコンが限界だな!」 極め付け憎たらしい顔で
「俺は、そんな事絶対に言ってないからな!」 慌てて付け加えるピカーク
「よーし、ついでにいい事を教えてやろう-」 全くお構えなし 「誕生以来この太陽系内には、プリストロンもトリノ粒子も、その他のいかがわしい時空制御粒子は一切存在していないし、加えて太
陽系外の埋蔵星系はあの台風のお陰でその存在自体が最早ない- 実に残念だったな!」 身を乗り出して 「なんなら元の時空に戻してやろうか- 但し、24世紀のそれにだぞ・・・・愛しの副長やドクターのいる1万年前はムリな相談だが・・・・どーだ? フラれる前に引導を渡しとくのが恋愛に勝ち抜く一番の手だ、ハァッ!」 まぁ、ひとをからかう時のその嬉しそうな顔!
「断わる!」 ちょっぴりやせ我慢!
「全くお前はおめでたいやつだよ・・・・付ける薬がないもんだ! まぁそのバカに敬意を表して、ひとつだけサービスしてやろう!」 指をちょこっと 「自転車に補助モーター付けてやった- 帰りもせいぜい頑張ってこげ! さてと、お前の妄想の世界なんぞにそうは付き合ってはおられん- お先に帰るとしよう!」 例によって一端消えてまた目の前にしゃしゃり出る- 今度は艦隊の制服だ 「ひとつだけヒントだー ピカーク、サーフィンなんぞ一生かかってもできやしないだろ?」 そして今度こそ消えてくれた!
 「あれ、新しい相方?」 副長代理の転送主任が突っ込む。
「そんなとこかな- 『究極の理論は究極のパロディに通ずる』 って、どこぞで聞いた気がするよ。」 首を竦めて手をブラし 「要はどちらも、韻の踏み様さ。」
 ターボリフトが開いて、途端に機関長が可愛らしげにクシュン! とくしゃみを- 「何か言ってたぁ?」
「いいえ別に!」 もう一度、慌てての付け加え 「どーだい、帰れそうかい?」
「機関システムは何とかご機嫌取れたわ- ダイリチュウムはごまんと手に入りそうだけど、その他は駄目なんでしょ?」 副科学主任の椅子に手を置いて。
副科学主任の方は 「さっきの 『オスカー崩れ』 の捨てゼリフは、あの反時間スパイラルを使えって事じゃないですか- あたしも直せるのは冷蔵庫と掃除機か時計が限界ですけど。」 彼女は肩を竦めて
かやの外の機関長 「彼女、何言ってるの?」
またスクリーンを指すピカーク 「あれだ」
「なにあれ!」 機関長は一通り驚いてから運航管理席のボードに割って入った 「ちょっとごめんね・・・・」 そして暫く表示とにらめっこしてから 「これか! 創世期なんで、重力変動がおかしいのかとばかり思い込んでた- あたしとした事が!」 ピカークに向き直り、「この反時間偏向域でカタパルトすれば、戻れるかもしれない・・・・こっちの光円錐反偏向を更に反偏向して未来に向けられるんですもの! でも相当慎重に分析しないと太陽と違って安定した標的とはお世辞にも言えないから、うまく目標の時空間に辿りつけるか極めて微妙ね。勿論そのままあの中心部にドボン! じゃぁ、言わずもがなおしまいだけど。」
眉をひそめたピカークは 「それでその- 平行宇宙につっこんじまうとかって、ありえないよね?」 おずおずと。
「大丈夫よぉ、帰りは第1船体が発してる次元ビーコンを追尾補正すればいいから。むしろここの
方が平行宇宙の可能性ありよ -あんな代物が存在してる事自体、おかしいわ。」 にこやかに付け加える
疑念が氷解してご機嫌でピカークは 「やっぱりさすが 『奇跡の職人』! 婚期遅れついでに、君もハリウッドの高齢出産記録に挑戦したらどうだ?」
「何か言った?」 再びボードに向かっていた機関長は、ふり返る
「いいえ別に!」 ちょっぴりエキサイトして足を鳴らす 「ヒャウッ!」


 とは言え、帰還の為の綿密な準備とシュミレーションはその後3日ほど必要だった- もっとも何に準拠した3日だったのか、原子レベルでの位相間隔が未来のそれと同じとは言えない中、怪しいとこではあるが。せっかくQが改良してくれた自転車だったが、精製作業が終わったダイリチュウムで腹一杯の現状では強力な慣性制御フィールドを艦内全域に張り巡らせるのは容易な事だ- 故に撤去され、元の指令席が備え付けられた。それは、操舵コンソール脇に反時間偏向域捕捉用の時空追尾装置を取り付ける為でもある。まぁ、ついぞQのおせっかいなんぞ為になった試しがない。
 ピカークは何時もの様に指令席に着くと、不思議と良く休めた数日に終わりが来た事を自覚した -それなりに手伝いはしたが、彼の及びでない作業ばかりだったからだ- いい骨休めだった。どうせ時間は関係ないのだから、もうちょっと休んでくか。
 「船長-」 副科学主任が声をかける 「この調子ですと、あの反時間偏向域は約6千年後に
-いや、以前になるのでしょうか- こちらまで到達し、太陽系を飲み込んでしまいますね。」
「どっちにせよ、この宇宙に我々の未来は存在しているか怪しい訳だ- たらふくダイリチュウムをどろぼーしても、クレームは来まい。巧く元の時空に戻れるかどうか・・・・次元ビーコンは捕捉できてるか?」
彼女はコンソールを弾いて 「バッチリです。約6億4千万のアクセスがありますが、ゴーストクリーナーで正確に我々と同一のビーコンを捕捉してます。」
「はぁ」 溜め息で 「単純に見てそんなにパラレルワールドが存在するのか- 俺が幼馴染みと幸せな結婚をして、そそと暮らしている未来もあった訳だな・・・・」 何か、勝手に感傷モード。
 「機関室よりブリッジへ。」 極め付け心地よい機関長の声 「出発準備完了- いつでもどうぞ。」
「よーし、」 心持あっさりとした戦闘ブリッジの指令席に深く身をゆだね 「ワープ9.99-」 忘れず人差し指で 「発進!」
ハーレムの第2船体は3本のナセルの内2本を得意気に光らせて、久々の恒星間航行に燃え盛る! 程なく、光円錐をぎりぎり平坦まで加工した世界に到達した- 星々は本来の姿を止めず、流れる川の光のそれに身を変える。
 今度は全く艦内に衝撃はない。時空の亀裂は、最早スクリーンを飲み込むほどだ- ピカークは副科学主任を見やった 「ぼつぼつか?」
「あと2分でポイント時空に到達-」 彼女は左手でコンソールを抑えているかに見える 「目標地点捕捉- 現在ワープ9.9999!」
「よし、タイムワープエンジン起動!」 3本目のナセルも負けずに輝く! 「操舵長、頼んだぞ!!」
操舵長の額にはさすがにうっすらと汗が光った -もしちょっとでも侵入位相が狂うと超次元ワームホールに吹き飛ばされて、運が良ければネクサス暮らしだが、悪くすると生霊のまま次元のはざまを放浪する羽目になる・・・・おまけにタイムワープエンジンの時間軸変換にもタイミングを合わせる必要があるのだ -脇に構える捕捉装置が唸っていた 「反時間偏向目標点捕捉 -再度計算で効果確認- 位相を補正・・・・補正完了・・・・まもなく目標点到達 -いきます!」
 まるで本当にアポロ13号の大気圏突入さながらに、第2船体は無気味な雲海の縁を波にして、決死の次元サーフィンを試みた!
 改めて言うまでもなく、全員が席から吹っ飛ばされ、ピカークも危うくひっくり返るとこを用心の為にしていたチャイルドシートに助けられる。メインスクリーンは真っ暗- ようやっと席にしがみついた副科学主任がコンソールにロッククライミング宜しく手繰り登っている 「反時間反変換成功! 現在正時間方向に次元航行中 -平行次元捕捉作業も順調です- 目標次元に補正完了・・・・正確にトレースしています・・・・空間位相補正完了・・・・出発地点に正確にリンク中・・・・」 やがて艦内重力も元通りに- どうやらサーフィンは巧くいった様だ。
 「あとは時間レベルの位相補正のみだな-」 ピカークはまっとうに席に着いたが、最初の衝撃とは打って変わった無気味な静寂の世界に身を置いている事に気付く- 前の騒然としたアトラクションはどこへやら 「操舵長、あとはうまくタイムワープエンジン停止だ」
 いま反時間偏向惰性で航行している所を、その途切れで上手に止まらねば元の時間を超えてしまう- 再度操舵長の腕試しだ 「タイムワープエンジン停止時間点まで現在の局所時間位相で2分-」 こころなしか再び船体がきしんだ- 爆発音か? ふり返ったピカークは、後部にある機関コンソールの火花を目にした- 身を除けた転送主任の目前で即座消火装置が役目を果たす 「機関室に損害が出たみたい!」 ちょっと焦ったその転送主任の報告
「機関室! 聞えるか!」 ピカークは怒鳴ったが、何も返って来ない
「まもなく惰性が切れます -時間位相調整- 」 操舵長は冷静だった 「タイムワープエンジン作動不良ですが、ワープエンジンのフィールドで補完しています・・・・なんとか正確に位相補正中・・・・」
正にゼノン・パラドックスのパロディだ- アルキメデスが聞いたら、なんと言うだろう?
 「正規時空間に到達- タイムワープエンジン停止!」 操舵長の指が踊る!
 途端、まるでトンネルを抜けた様にスクリーンの視界がぱっと開けた! そして目前には、それが幻でなければ、宇宙空間にでっかい手の甲が見える
「なんだ、ありゃ?」 思わず目を擦るピカーク 「新種のホワイトホールか?」
「いえ船長、我々は無事、元の時空間に帰還しました- 数日しか経っていない筈です。間違いなく、次元ビーコンはあの手の中から発せられています。」 副科学主任はボードと首っ引きで 「あの手は・・・・プラズマイオンの偏向スペクトルが励起している雲です・・・・第1船体はあの中にいます・・・・プラズマ内は物凄い気圧です!」
ピカークは、艦隊の古い記録を思い出した- 不味い! 「機関室、聞えるか!」
「ええ聞える -さっきは手が離せなくてご免-」 機関長は息せき切っていた 「タイムワープエンジンが死にました- ワープエンジンも状況は深刻! 但し、反物質炉やその他エネルギーシステムに損害はないわ。」
「ディフレクターからオオヌキ式プラズマ抑制フィールドを射出する事は出来るか?」
「とにかく航行システム以外は異常なし- ご存分に!」 と、有難いお言葉!
「よし、トラクタービームで圧力緩和しながら、ディフレクターからゴーストバスターズ御用達オオヌキ式プラズマ抑制フィールド射出- 俺が制御室へシステムチップ変えてくる必要ないよな?」
「そんな、1世紀前の艦じゃあるまいし-」 副科学主任はつれない 「準備完了- 抑制フィールド射出します!」
 ちょっとデザインのイケてない扁平の楕円ディフレクターから、光の束がわっと緑色のその無気味なでっかい手に襲いかかり、次の瞬間、雲が晴れる様に手は消滅し、懐かしき第1船体が銀色に輝くその姿を現した!
戦闘ブリッジのメインスクリーンは、その第1船体の様子を映し出したあと、途端にピピッと例の音を立てて先方のブリッジの絵を中継した-
「ヨッシャーァッ!」 お得意の雄叫びを指令席の前でして見せる副長の姿!
吹き出したピカークは 「初めて君を助けたよ- ただいま!」
あっちも切り替わったメインスクリーンに気付いて 「あー、船長! やったんですね! お帰りなさい!」
副長のこんな嬉々とした姿を見るのは凡そ初めてだろう- ニヤけたまま 「ダイリチュウムは
たっぷりとお土産だが、残念ながらプリストロンはめっかんなかったよ。」 殆ど真っ暗なブリッジに 「エネルギー、深刻そうだな?」
「ええ、今のアポロの攻撃で、殆どカラになりました- たすかったぁ!」 指を組んで感謝され、なんとも背中がこそばゆい。
「いまエネルギービームを送る- タンクの蓋を開けてくれ。」 副科学主任に示唆しながら
 「船長、」 深刻な顔に戻った副長は 「すみません- ドクターをアポロの人質に取られました!」
「なんだって!?」 思わず手が止まる
「実はバベルの塔で、パワーのない人々がアポロにそそのかされて暴動を起こしたのですが、そ
の鎮圧時の負傷者治療を買って出られた時にそのまま-」 ちょっとうなだれる副長 「直接接触は控えるべき所、申し訳ありませんでした」
「気に病むな- しかし、アポロも女を見る目があるなぁ」 実に不謹慎。
「現在たてこもっているその人達と、ムーナの警備隊とで塔の前で睨み合いが続いています- やむなく保安主任が現場で手伝ってる状況です。転送装置が使えないので、手も足もでなくて・・・・」 なんとも、くやしそうだ 「それから、奴はESP遺伝子を破壊するウイルスを放出するとムーナ政府に警告しています -ESPは人類にとって悪影響を及ぼすとかなんとか言って、自分の支配欲を満たそうとしているんです- このまま戦略通り宗教になってしまったら、台所のシミみたいに擦ると余計酷くなる相互紛争の火種を呼び込む事になりかねない!」
珍しく社会派の彼女の物言いに 「ああ、確かにそうだ -しかし奴の目論見が一部成功したのは否定できないし、ESP遺伝子が失われたのも事実だ- 対処の仕方は難しいとこだな」 そこでちょっと笑顔で 「但し、水掛宗教紛争を 『台所のシミ』 呼ばわりするのはここだけにしてくれよ- もしドミニオンやカーデシアとの交渉の席で聞かれたら、宣戦布告だと取られかねんから!」
「はぁーい! きおつけまーす!」 ほんとに反省してくれてんのかナ。
「そのご様子だと君もアポロに肘鉄食らわして、頭に来た奴がデッカイ手でオイタしに来たんだろ?」 すっかりリラックスしちゃったピカーク。
「ご名算です- あーゆータイプの男って、絶対嫌ですね! でもエネルギー使い果たして、危うく抵抗できなくなるとこでした!」 絶対普段は見せない苦虫ふんずけた様な顔で。
でもって転送主任に 「ドクターを補足できそうか?」
「地球で地球人見分けて探すのって、先ずムリ! 通信記章は保安主任のしかなし!」 なんとも残念な御解答。
とにかく制服を正し 「それではっと、ドクター救出に、私が直接現場に赴こう! 副長、ドッキングの指揮を頼む- それからムーナ側に帰還報告をしておいて欲しい。」 すくっと立って。
 「待ってください、船長!」 画面に可愛らしく、カウンセラーが現れた- 手に何かヘルメットを持っている 「これ、ESP防御用のヘルメットです。これをしていれば、こちらの思考が漏れる事はありません。ムーナ側にも配慮して、念の為。」
「君が作ったのか?」 それこそオヤジのいやらしい笑みをして、ピカーク
「はい、心をこめて-」 彼女は手編みのセーターを差し出す様に、そのヘルメットを差し出した-
ピカークはニヤけ切ったまま転送主任に指でチョチョッと合図すると、呆れて手を腰にあて極め付けウザそうにした彼女はパネルをいじり、ヘルメットがピカークの手に転送されて来た-
横にいた操舵長に 「男はハイスクール時代に、必ずあんな娘に一度はフラれてるんだよね・・・・」 と言いながらご機嫌でさっそく被ったが、なんとも出前の蕎麦屋の様だった- 蕎麦屋の皆様には失礼ながら。
「うわぁ、船長! それ被ると、とってもいい人に見えます!」 途端に画面の向こうのカウンセラーは、変なカンゲキ!
操舵長はウケまくってつっぷしてしまった- ピカークは目を線にして一変、不機嫌に 「だから言ったろ- とにかくオテンバ医者を助けてくるべ! 転送主任! 指揮をとって帰るまでにドッキングしとけーっ!」


 初めての1万年前の空気を吸う- うーんひんやりとして、極めてすがすがしい! ピカークは自分が例のバベルの塔を背に、古代ローマの兵士そのものの格好の数百人の部隊を背に立つ保安主任の目前に実体化した事を悟った。
その兵士達を肩越しに覗き込む仕草を見せながら、「おや、機動隊とは随分ご縁がありそうだね・・・・保安主任は、正に君の天職だ!」
「船長!」 保安主任ははしゃいでいる- アトムの死以来声もかけられない状態だったが、
あー、よかった 「無事だったんですね!」
「ああ、見事にね- ちょっぴり運のいい偶然のお陰で帰れたよ。」  照れ気味のベビーフェイス・スマイルが入る
そこでピカークの突然の来訪にいきり立ったその機動隊を、保安主任はなんぞの声で抑えた 「現地司令官が席をはずされておいでで、私は指揮の一任を- 言葉も片言、覚えました。」 しかしなんで彼女は、ヘルメットが似合ってるんだろ?
「『能力』 がない事は、どう説明を?」
「パワーがみんなには強すぎるので、このメットで抑えてるんだと。」 いつも真面目な、らしいご返答!
「なるほど!」 破格の笑みで 「そいつはいいや!」 で、ふり向いて塔をアステア宜しく目でなめると 「どこにドクターがいるんだ?」
「最上階らしいです- 但し1階のピケは破れそうにないので、現状では確かめられないですね。」 彼女は制服に縫い付けてある可愛いアップリケからトライコーダーを取り出し改めてスキャンしている
「そのアップリケ、便利そうだな- 持って来た通信記章、例によって表に付けられないんで、このホルスターの裏に2個付けてあるんだ。」
保安主任は、今度はブルゾンなしの標準制服に剥き出しで付けられた例の絹のフェイザーホルスターにウケている 「お似合いですよ! このアップリケ、走るたびにトライコーダーを抑えないで済む様に付けたんです- 昔の単純なものでも、お互い重宝してますね。」
「ここは昔だし!」 ちっこし真摯に 「さてと- 転送してもらう他ないか・・・・で、こっちが到着したら、次に通信記章のスイッチを入れた時は即座に転送出来る様に艦に伝えておいて欲しい。あ
と、フェイザーを麻痺にして艦から撃ってもらって、はやく立てこもってる人達を避難させる様に。」
「了解! で、船長お1人で構わないんですか?」 思い遣りあるねえ!
「人質がいるんだ・・・・相手をなるべく刺激しないのがベスト- ほんでは!」 ピカークはホルスターの裏に触れる 「キャプテン・フューチャーより作戦本部へ! 最上階の目立たぬ所へ転送してくれ!」


 ピカークにはアポロに関する艦隊の古い記録を見るために、わざわざ旅行先から自宅によって更に別の旅行先に向かった思い出がある -あの頃は、記録装置がなかったのだ- 良くもまぁそんな気力があったものだ・・・・若かったんだなぁ! まぁ余談はそんくらいにして、彼は最上階と思われるホールの、案の定ギリシャ建築そのものの大理石の間の柱の隅に再び実体化した- 無論、その懐かしき古い記録通りの作りだ。さっそくホルスターからフェイザー・ワルサーを引っこ抜くと、出来もしないのに耳の脇に構える例の仕草で、柱のひとつひとつからもったいつけて飛び出していった。
 やがて何やら気味の悪い声が聞こえて来た- こんな感じだ・・・・
「おー! 麗しの君よ! 君の瞳の前では天空の月の輝きも色あせて見えやる! ああ、燃え盛る我が心の炎を、きみにぞいかにして伝え様ものか!」
 やってるな! ニヤけたピカークはフェイザーを構え直し、最後の柱を潜り抜ける! 「オイタの時間は、そこまでだ!」
その声に壇上のソファで横に腰掛けたドクターの手を握り正に襲いかからんとしていた想像通りのマッチョな男は、月桂樹の冠を抑えなおしてこっちを向くと、
「デリバリーは頼んでないぞ- 隣の間違いじゃないか?」 しかしよーく見てから 「貴様、一体何者だ-」
「あのキャプテン・フューチャーだ-」 フザケ切っている 「-歴史を知らんのか?」
 ここでアポロのガタイで視界を遮られていたドクターのそれが晴れた- 「ジャム!!」
ギリシャの巫女の姿に身を包んだ彼女は、からきし美しい- いつもこんなに喜んでくれるのなら、言う事ないんだけど。
「無事けぇッたぜ!」 おもいっきし無理して 「さぁ、ドクターをはなせ!」
「ジャム! ここは危険よ! 私に構わず、あなただけでも逃げて頂戴!」 すっかり芝居モードだ- 彼女はソファから離れようとしたが、アポロがむんずと腕を掴んだままだ 「さぁ! はやく!」
 アポロが耳元でささやく- 「あの男はお前の亭主か?」 -ドクターは首をくゆらす- 「じゃぁ、お前の男か?」 -またもやくゆらす- 「じゃぁ、友達か?」 -今度はくゆらしながらドクターが、「ただの知り合い!」
あざわらったアポロは言い放つ 「そこのちんけいな生命体! さっさと出ていかんと痛いげな目にあうぞ!」
 その言葉と共に天井のドームが割れ、アポロはすっと手を天にかざす- すると黒雲が頭上に現れ、雷鳴を轟かせたかと思うとそこから稲妻がアポロの掲げた手に呼び込まれ、更にその手をアポロがすくっとピカークめがけて投げかければ稲妻はそのまま彼に襲いかかった! 寸での所で柱に身を隠したピカークだったが、電撃を浴びた柱はもう半分近くコナゴナになっている
「お願いやめて!」 ドクターは懇願した 「弱いものいじめなどしても、あなたのその威厳に傷をつけるだけ・・・・そんな事より、集まってくれている民達に施しをする事が先ではないかしら」 あらら、はいっちゃってるよ! 「その方が、あなたの輝かしい理想の世界の創造にとっての潤いとなるに違いないわ- あんなちんけいな生命体にかかわっているよりか」 ドクターはその指でアポロの頬をひと撫でした
「おお愛しき人よ! きみのその動物愛護のこころもち、なんと美しきことか! その思いに免じて、あの哀れな生き物の命だけは救ってしんぜよう!」 おおきなお世話だ! 「ああ、美しきかなその海のごとき慈悲のこころ- 我が心をもまた癒したまわん!」 かざされた手にそっとキスする
 体中に鳥肌が立ったピカークは、柱の陰で体をかきむしった -全く三文ギリシャ悲劇さながらだ- 三文芝居? ピカークはひらめく- そーだ! その手でいこう!
柱から飛び出ると 「さっきから聞いてれば、なんだその実に不自然なクサい芝居は! ドクター、そんなヘタクソじゃぁ、豚小屋にだってお声がかからねぇぞ!」
「なんだと?」 ドクターの顔色が変わった- 寄り添っていたアポロを突如突き放すと、その変貌ぶりに虚をつかれた彼を知り目に階段をゆっくりとピカークの方に 「お前さんの様なド素人にそんなケチつけられたのは、生まれて初めてよ! もう一度言ってみろ、このオタンコナスがっ!」 物凄い形相だ- いいぞ!
「ああ、何度でも言ってやる! お前さんの芝居は、まるでいかれポンチのナルシストのパントマイムだ!」 あーあ、くれぐれも嘘だからね!
「いったなぁー!! 殺してくれるッ!」 やった、来たぞ!
 ドサクサに紛れてピカークは、襲いかかってきたドクターの胸に通信記章をタッチした! 瞬く間にドクターの姿は跡形もなくその場から消え去った- 成功! 透かさずピカークは自分のそれをも押さんとしたのだが・・・・
 突然、何者かが彼の腕を後から物凄い力で抑えつけた!  誰だ、一体?
 その男は2メートルもあろうかと言う所で、ピカークとの身長差はお話しにならなかった- 風貌は懐かしのスコッチ=市松を彷彿とさせるそれで、ニヒルでクールな甘いマスクの男だ。
「あなたに今、逃げられては困る-」 彼はピカークの腕を背中へと抑え直し、いやおうなく羽交い締めにした・・・・イタタタタ・・・・
 「おう、使いの者よ! 待っておったぞ! ありがとう -そのにっくき劣等動物を、危うく取り逃がす所だった。」 アポロはピカークを睨みつけ 「その醜い生物には、あとでたっぷりと仕置をしてやろう。」 気が済んだのか、ソファに優雅にそして横柄に座り直す 「所で、例の頼み物は完成したのであろうな?」
その言葉を受けた謎の男は、ピカークを抑えた手を緩めもせずにもう片方の手で何かをアポロへと投げた。見事にキャッチしたアポロは、ゆっくりとその物体を嬉しそうに覗き込む
「これでこの惑星の民達は余計な力を失い、私の言葉に耳を傾けるようになるであろう・・・・」 間違いない! 例のESP遺伝子を破壊するウィルスのアンプルだ! 「やがて来る氷河期の終わりも、愚かな者達は私の導きによりのり越える事が出来る・・・・よくやった!」 バサっと身にまとったローブをひるがえして立ちあがり思い切り高笑いすると、これ見よがしにそのアンプルを片手で割った! 「これで良い! 教授にはなんぞ褒美を取らせる事にしよう! 所で・・・・この動物の船のせいで力の源が壊されてしまった・・・・清まぬが教授に再び修理する様、頼んでみてはくれまいか?」
 話が全く見えない・・・・教授って、誰だ? ピカークは腕を捕まれていたせいもあったが、全くの傍観者になっていた・・・・
「いや、アポロ- それはもう、無用だ。」 冷たく謎の男は言い放つ
 次の瞬間、轟音と共に目前の床が割れ、とんでもない壁の様なものが襲いかかって来た! 状況が飲み込める間もなく、壁の固まりはアポロの玉座を囲み覆う! どうやら何かのカプセルだ・・・・衝撃は立ってられない程になり、ピカークの目にはそのカプセルが何かのロケットの頂上であり、せり上がった本体が姿を現してあっと言う間に空のかなたに飛び去ってゆく様が垣間見れた- 丁度あのコクレインのフェニックスに似ている・・・・
 だが、それが視野に入ったのはほんの一瞬の出来事で、ピカークの体はチクチクしたお馴染みの感覚におそわれた-


 どこだ? ここは?
 ハーレムではなさそうだ。何か暗い洞窟の様な場所だ・・・・岩の間に転送グリットが貼り付いている。そう言えば抑えられた腕はいつの間にか外されていた- ふりむくと、あの男が、打って変った涼しい笑顔で立っているではないか!
「痛い思いをさせて申し訳ありませんでした、ピカーク大佐- 私の名はダニール・オリヴァー・クエスター」
!?ッ!?ッ!?
 「-アトムの兄です。」
第9章

 「ダニール・オリヴァー・クエスター!」 思わず復唱してしまうピカーク 「宇宙艦隊最高顧問アシモフ卿の記録は、むさぼる様に読んだもんだ! ジュニアハイスクールの初めてのキャンプにまで持ち込んで読んでいたら、友人に 『ブックマ~ン! ブックマ~ン! 人間をこえたお~とこ~ぉ!!』 と言う嘲りの歌まで作られてしまった!」 明らかに興奮している 「それに私はミスター・フリントの臨終に立ち会う事が出来た・・・・彼から君の話を聞き、アトムが 『兄の名はクエスター』 と言っていた時に、もしや! と思ったんだ! なるほど君こそ、『ドラえもん』!」
今度はクエスターが聞き返す 「ミスター・フリント?」
ピカークは笑って 「そーか、まだ出会ってないんだもんな! 長寿世界記録ながら、ギネスブックに載らなかった男だ!」 ちょっと冷めてきたか、メットを脱いで台に置きながら 「君がここにいると言う事は、『教授』 と言うのは・・・・」
 みゃーう! 足元で何やら鳴き声が- ふと見ると、一匹のたいそう優雅なペルシャ猫がピカークの足に寄り添って来ていた
 思いっ切りニヤけ切ったピカークは、猫を傷つけない程度に調整して、足を蹴りあげる!
 きゃーう! 猫は叫び声をあげると宙で逃げ場を定め、そしていつもの安住の住みかであるその膝にポンっと見事に辿り着く!
 その膝の主は部屋の片隅の光の当たらぬ暗がりで、ちょっとしたアドベンチャーに怯える愛猫をでかい文様の付いた指輪をした手でいとおしそうに撫でている・・・・
「わたしのスポッタを、そう荒々しく扱ってもらっては困るな・・・・」
 それは忘れようったって忘れられない、こっちの思惑通りギルモア博士をアテたあの麦人氏の声!
 そしてその男は反重力車椅子に身をゆだね、暗がりからすっと灯りのある方へ身をさらした! 途端、あのスキンヘッドに鋭い眼光がピカークをさすっ!!
思わず叫ぶピカーク! 「アキハバラ博士!! いや! 『A教授』 と申しあげた方が通りがいいでしょうか!!」
A教授はおどける時の半月を描く目をして、猫に当てた指を立てると、「いずれにせよ、私は矢張りこう言うミステリアスな役の方が似合うだろう?」 更に反重力車椅子はピカークの目前にまで流れ来る 「初めましてピカーク大佐- 一度会いたかったよ。」 詰め入りのベージュのチャイニーズの袖から、ゆっくりと手を差し出した!
ピカークはスポック大使に会った時同様の興奮を味わっていた! 「もったいない教授! こちらこそ、身に余る光栄です!」 差し出された手を両手でしっかりと握り、握手を返した 「なるほどロボット工学はともかく、宇宙考古学とESP研究の両方に精通してしているのは、宇宙の歴史の中であなたしか考えられない! この一件では、あなたの存在が不可欠だった訳だ!」
腕を戻しながら 「アポロには気の毒だったが、宇宙へとお帰り願った- あと1万年は姿を現すまい。あのESP遺伝子破壊ウィルスも約600年で絶滅する様にプログラムされている- それ以外は環境にも抗体にもすこぶる強いがね。これで原始宗教創始とESP不在の世界のお膳立ては済んだ訳だ。ただひとつ厄介だったのはヴァルカン人達だったが、それは君が解決してくれた。」
「しかし宗教の存在とESPの不在は、何れも争いの元でしかない・・・・」 ピカークは若干厳しい表情になる 「それでもこの計画は、必要だと・・・・?」
「残念ながら-」 教授もまた厳しい顔に 「-このままの平和な世界では、来るべき試練に耐える事はかなうまい。厳しい様だが、それが現実だ。争いに継ぐ争いを経て初めて、惑星連邦を勝ち得る事になるのだろう・・・・それに、その胸のバッチを付けている限り十字架の事はとやかく言えんよ- 前に君自身そう言っていたろう?」 ちょっと笑顔が戻り 「そうだ -忘れ物を預かっていたんだ- 君に返さんといかんな・・・・」 肘掛けのスイッチを押す-
 部屋の後方のドアが徐に開いた 「お呼びですか、教授?」 そして彼女はピカークの姿に気付き 「せんちょ~ッ!」
ピカークも彼女の姿に愛好を崩す! 「アトム!!」
 彼女は思わず広げたピカークの腕の中に飛び込んで、あの屈託のない笑顔で顔じゅうぐじちゃぐちゃにした!
それを優しく見守っている教授は 「転送装置とシャトルの状況を把握せずに上陸班を送るとは、指揮官失格だぞ- わたしが気付くのがもう少し遅れたら、この子は本当に生まれる前に死んでいただろう。」
アトムとピカークは肩を組んで教授に向き直る 「済みませんでした- 以後気をつけます!」 全然反省している節なし!
「ふう。」 半分呆れて見せた教授は、「そうそう、それに良心回路が若干ブレをみせていたので、修理しておいたぞ。」
改めてアトムの肩をひきよせて 「道理で最近、綺麗になったと思った!」
遂に教授はこらえ切れずに吹き出した 「ハッハッハ! これでクエスターにアトム、人工生命体が2体に、私はこの通りの体で宙に舞っている- どうだ、見事にフューチャーメンが揃ったぞ、キャプテン・フューチャー!」
「キャプテン・フューチャーも宇宙艦隊も、それぞれ活字と映像SFの教科書ですからね- 『サイモン教授』! いかんせん、野田元帥には22年前、初対面でステーキおごってもらっちゃったんですから (2001年現在、BS第2水曜夕方6時、23年ぶり絶賛放映中- なんたる偶然!)!」 ついでにオフザケ 「ところで、ジョオン・ランドールはどこにいます?」
「贅沢いっちゃいかん!」 人差し指を立て 「自分で探したまえ!」
真面目ぶったピカークは、「良くそう言われるんですが- 一体どこで売っているやら!」
再び教授は声を立てて笑った- 何年も前から知り合いであったかの様に。
 「さてと-」 一区切り付けて車椅子は出口へと 「施設を案内しよう- 先ずはこいつだが・・・・」 その脇のビールタンクの様な装置の前で止まる
幸いにも装置には見覚えがあった 「ペガサス型遮蔽装置!」
「いや、正確には 『アキハバラ式遮蔽装置』 だ -あの提督に言い値で買い取らせてやったんだ- これで通常はアララテ山地下に位置するこの施設は地殻とマントルのはざまで例え24世紀であっても見付かる事はないだろう- もっとも29世紀ではどうなっているか、わからんがね。」 再びおどけて見せる
 更にフューチャーメン達はドアを潜り抜け、その制御室と思われる部屋を出た。隣はそのまま洞窟が剥き出しのホールとなっており、高さ数10メートルはあるであろう天井のドームが横たわるカプセルの列と共に、終わりの見えぬ遥かかなたを越えて続いている-
「・・・・ファウンデーション・ゼロ・・・・」 ピカークは呟く- 「・・・・ここが全ての始まりだったんですね・・・・そして続いてゆく・・・・銀河連邦が地球の存在さえ忘れてしまう日にも、なお・・・・」
「私はジーンとアイザックの遺言を、忠実に履行したにしか過ぎない-」 深く息を吸い 「だから私はこのクエスターを作り、ファウンデーションの守護者とした・・・・これから彼は人類の命運を影で支えながら、見届ける事になるだろう- このカプセルに眠る事になるであろう救世主達と共に。」
 暫し無言で彼らは、その未来へといざなうカプセル群に思いを馳せた・・・・
やがて 「さて、ピカーク大佐、私のこの時代での任務は完了した-」 車椅子がピカークの目前に向き直る 「-最初の礎としてここに眠るに際し、立ち会ってもらうべく君を呼んだのだ。」
教授とピカークは互いに見詰め合う- そこにはセンス・オヴ・ワンダーに満ち溢れた、得意気に昨日読んだ本の話をし合う、ふたりの永遠の少年の姿があった・・・・
「もう時間だ。」 教授は静かに語る 「休む時が来た・・・・」
「教授!」 悲壮な顔で、列から飛び出すアトム。
「アトム、聞き分けなさい。」 ひときわ優しい目で 「人には、さだめと言うものがある・・・・」
押し黙ってしまうアトム- ピカークは再び彼女を引き寄せた・・・・
「ではクエスター・・・・手伝ってくれ・・・・」 教授がそう促すと、彼は一番手前のカプセルの蓋を開け装置のスイッチを入れる
「スポッタの世話も、これからはお前の仕事だ-」 そのスポッタを受け取るとひょいと肩に乗せたクエスター、続けて教授を車椅子から抱きかかえ、静かにその体を最も手前の最初のカプセルの中に横たえた
教授は半身をあげたまま 「クエスター、大変な任務になるが、後は頼んだぞ。」
「お任せください、マスター」 実に毅然としている 「みなさんの遺志は、必ず守り通します。」
笑顔と共に教授はアトムを呼び寄せる 「アトム・・・・」 静かに頬を寄せ、2人は抱き合った
「ピカーク船長の言う事をきちんと聞いて、決してさばけてしまうんじゃないぞ・・・・」
「はい・・・・」 ピカークはアトムに涙腺の機能が付いていたのを、初めて知った- 「さぁ、もういきなさい-」
 アトムを離した教授は、再びピカークに対する 「ここであった事は決して口外無用だ- 『艦隊の誓い』 よりも上位に属する願いだが、守ってくれるかね?」
ピカークも負けじに毅然と 「無論です-」 アトムの肩に手を置き、「なっ、アトム!」
彼女は今度は涙で顔をぐちょぐちょにして 「はいっ!」
「いいこだ・・・・」 にこやかなその顔にも、一抹の淋しさが- 「結局、わたしも1人でも多くの人間に見取られたかっただけのかもしれない- 世話をかけたな、ピカーク大佐・・・・」
「とんでもないです」 ピカークはふと、父の死を思い起こした -とうとうそばにいてやれなかった、その時の事を-
「ではみんな、失礼するよ」 教授は身を横たえかけたが、しかし・・・・「ああそうだ! この格好の私が、一番言うにふさわしいセリフを忘れていた -今度は私が言う番だ-」 ピカークに改めて手を差し出して 「-『さらばだ、キャプテン・ピカーク』!」
ピカークは思わぬ笑顔でその手を両手でしっかりと握り返した- ああ、『星の旅路』 にふさわしい、なんと晴れやかな最期!
 教授は静かな笑みと共に身を横たえ、ピカークは握ったままの手をかの胸の上に丁重に組ませて、そっとカプセルの蓋を閉じた。
本当に安らかな寝顔だ -ピカークは指揮官引継ぎの慣例に従い、胸の通信記章を外しカプセルに添えた- もっとも時の旅の今とあってはおよそそちらの慣例に従って、懐中時計の方が良かったかもしれないが。
 「さてと」 身を正して深呼吸するピカーク 「うちへ帰ろう!」
 スポッタを抱きながら、クエスターが2人を先程の部屋へといざなう 「ピカーク船長・・・・残念ながらここには一切、航時システムがありません。教授はこの計画にあたり、退路を断っておられたのです。ただ先程の転送装置に関してだけは、ほぼ数日の航時機能がついています- これからお2人をバベルの塔が崩壊した時点に戻そうと思うのですが。」
ピカークは再びドアをくぐりながら 「そうしてもらおう- いい訳に苦慮する必要もなくなるし。」 真っ直ぐ転送台へと登り、手織メットを忘れず脇に 「とは言え、のんびりとはしていられまい- 残念だが、クエスター。」
「無論です、船長。」 彼は肩におとなしくしているスポッタを担いだまま、静かに転送コンソールに向かう 「さしあたってわたしは 『ノア』 の人選に取りかかります。もし適当な人材がいなければ、私自身が任に当たる事も考えていますが、出来る限り人間にしたいと思っています。」
ピカークはニヤりっと 「きっとキリストはあのカプセルに一端入ったものの、後ろ髪引かれて数日後に出てったんだろう- よろしく伝えといてくれ!」
こっちももじもじ後ろ髪を引かれているアトムを、クエスターが抱き寄せた- 「いつでも私は、お前の中にいる・・・・」
その腕の中で、まるで本物の人間の子供の様に思いっ切り甘えるアトム- 「おにいちゃん・・・・」 そして離れ際、「元気にしてろよ、スポッタ!」 ミャーウ!
 アトムが横に並ぶと一人っ子のピカークが 「やっぱりアンドロイドの兄弟は、仲がいいのが一番だ!」 そして思い出した様に片足を転送台から戻すと 「ありがとう!」 と猫を抱いたクエスターと握手をし、「健闘を祈るよ、『ゲーリー・セブン』!」 再び台に 「ああそれから、演出を狙って、若干のタイムラグで私を先に実体化させて欲しい-」
「わかりました」 バネルを目にも止まらぬ処理で済まし、改めて- 「お気をつけて- 互いの未来に、幸あらん事を祈ります!」
「ありがとう!」
 転送台は光を帯び、同時にファウンデーション・ゼロは、その存在を歴史の彼方へと消し去った・・・・


 時間はそれよりちょっと前。こっちの転送室は人だかりで、やんやの大騒ぎ、みんながパネルに手を出して転送主任はカリカリ来ている
「確かにロックしてたのよね!」 副長が脇から突っ込む
「してた! その点抜け目なし! 座り込みの経由転送も巧くいったんだし、異常ない筈!」 突っ込み返す転送主任
「でも、なんだかあたしが転送されたとき、まだ非実体化してなかった気がするのよね・・・・」 ギリシャ乙女のカッコのままでドクター
 「待って! 信号をキャッチできた- でも変ね・・・・2本信号が来るわよ!」 奥脇の制御パネルを開けている機関長
「一本捕まえた!」 転送主任が叫ぶ! 「やるよ!」
 転送台はいつもよりも余計に輝き、マターストリームもより一層トゥインカーベルしている- 収まった光は、ピカークの形を作った!
「せんちょ~!」 女性陣の珍しく黄色い声が! 言ってもらいてぇーもんだねぇっ!
 やせ我慢して、駆け寄ろうとする彼女等を手で制し、「待った- もう1人連れて来たんだ!」
そして隣の台が同様の光を放ち、アトムを形作る !!
 「キャーッ!」 もう、凄い勢い -みんなに飛び付かれたアトムは、転送台の上でもみくちゃにされている- 特に副長と保安主任は罪の意識が晴れた事もあって、抱き合ってヤンヤヤンヤ!
「あのねぇ・・・・バベルの塔の中で監禁されてるのを見付けて、僕が助けたんだけどぉー」 もう、
全然無視- 隣は笑顔と涙でそりゃもう、おー騒ぎさ! 「あーあ、それにしてもほとほと人望ないよね・・・・」 ぽそっと、こぼすピカーク。
 ふと見ると1人、機関長だけがひとり向こうで指招きしている- この状況で認められたんだもの、にこやかにそちらの方に。
「ジャム、ちょっと来てちょうだい・・・・」
 ふたりはそっと転送室を抜け出て、隣の名も無き会議室に入った- 凡そ何を話すかは、解ってはいたが。
ピカークは久々にレプリケーターに向かう 「アール・グレイをホットで- 君は?」
「チッチッチッ!」 指を一本イキにシェイクする機関長 「注文訂正- レディ・グレーをホットで2つ!」 出てきた2つのカップの内ひとつをピカークに渡す 「レプリケーター完全復旧記念新メニュー!」 カップ越しに覗き 「どう、お味は?」
一口すすって 「うん、なかなか- 誰かさんのHPの管理人様の言葉を借りると 『あとくちにオレンジの風味がすこ~し残って、いつもと違ったリッチな朝』 だって(感謝!)。」 で、おずおずと 「それで、改まって御用件とは?」
「えへん!」 咳払いしてから、「この艦にはもう未来に戻るすべは全く無いです- 無論あなたが敢えて太陽系外に出る選択をすれば、話は別ですけれど。」
「遮蔽装置は?」 今度はピカークが覗く番。
「いいえ、それにはやっぱりドックが必要- エネルギーの問題じゃない。タイムワープエンジンも現状では同様。プリストロンも、みっかんなかった訳だし。」 実にシビア。
「そっか!」 ピカークは、どかっと近くの椅子に- 「『このまま寄り道しなけりゃ帰れるぞ』 と言うQのセリフはまんざらウソじゃぁ、無かった訳だ・・・・『2年で自爆』 って言っちゃった手前、締め切りまでに何か方策を考えるとするか・・・・」 背凭れにクビで、腕を組みながら
 「ブリッジより船長へ-」 科学主任代理の声かな 「バベルの塔が、崩壊を始めました。」
「ここのスクリーンに頼む-」 会議室のスクリーンに、轟音と共に崩れ始めるバベルの塔の絵が 「ピカークよりブリッジへ! トラクター・ビーム発射! 被害を防げ!」
発射されたトラクター・ビームは、塔に力場のカーテンをかけた 「ゆっくりと出力を弱めて監視しながら、崩壊プロセスを進めろ。」
「第1期文明の終わりの始まりと、第2期文明の終わりの始まりって、同じく 『塔の崩壊』 だったのね・・・・」 しみじみと機関長。
ピカークも真摯に 「ああ、読者には信じてもらえないかも知れないが、このコンセプトはこの話を書き始める前に決めてた事なんだけど、ほんとにそうなっちゃったね・・・・きっとこのまんま主犯はボタニーベイで逃げ出して、『俺はかつて、地球の3分の1を支配していた』 ってウソぶくんだろうな・・・・」 ここで思い付いて 「そーか! 出生の秘密が明らかでないって、カネに糸目を付けないサウジの遺伝子工学者によって作られてたんだ!」 オフザケはこのくらいに 「-取り敢えず
第1期の方は、こうして犠牲者を出さずに済んで良かった!」
「かくしてESPと言う共通言語を無くした人達は、言葉を通じ合う事が出来なくなった・・・・」 さすが哲学者たる、機関長のお言葉!
 再びスピーカーから、「船長、アンドロメダから視覚通信です。」
もういいだろう- 丁度バッチも外したまんまだし 「こっちのスクリーンに!」
アンドロメダは本当に輝いていた 「ありがとうございました、キャプテン・フューチャー! 無事御帰還、おめでとうございます。ダイリチュウムは確かに受け取りました- これで人類は救われる事でしょう! あなたのお陰で、立てこもっていた人々に被害無くあの塔を消し去る事が出来ました!」
「アポロも宇宙に追放しました- ただ・・・・」 ちょっと苦い顔をして 「『能力』 を奪い去るウィルスの放出は、残念ながら防ぐ事が出来ませんでした。」
「そうでしたか-」 若干目を伏せたがすぐに直って 「例え能力は失われるとしても、我々は立派に生き残る自信があります!」
なんと逞しい! 「その意気、見習わねばなりませんな・・・・とにかく我々はこれより帰還の算段を立てます- そちらと接触するのは、およそこれが最後になるでしょう・・・・」
「そんな・・・・」 本当に悲しそうなアンドロメダの顔 「こちらで感謝の式典をひらきますので、どうか御列席の程を・・・・」
正直、美女にひきとめられた事などないピカークは迷ったけど、「いや、それには及びません- ですが2つだけお願いが・・・・」
「なんなりと。」
「ひとつ目は我々の存在を一切他言せず、記録にも残さない事。ふたつめは-」 ちょっぴりいたずらを 「一番高い山の頂きに、ヴァルカン人の顔の彫像を立てて欲しいのです。そして 『我々短耳族は長耳族に勝利したのだ』 と、その自信を後世に伝えてもらいたい- 将来また再び彼らと接触する日の為に-」
「わかりました- 必ずそう致します。」 極めて美麗に、アンドロメダ。
「それではどうか、御無事を祈ります!」 ピカークも品良く
「ありがとうございました- 『未来の船長さん』・・・・」
 深々とした会釈と美しい笑顔と共に、アンドロメダの映像は消えた
「いま、翻訳機は 『キャプテン・フューチャー』 じゃなくて、直訳したよね! どうしたのかな! ずっと 『フォース』 を気を使って 『能力』 と訳していたのは知ってたけどサ。」 ガキっぽくはしゃぐピカーク。
「そーね、良かったわよね- ほんとに未来から来た船長なんだから。」 母親の顔で機関長 「それになるほど、『幼年期の終わり』 のファーストコンタクトは、必ず悪魔伝説がベースにあるって寸法ね。」
「どーだ、俺って言い訳の天才だろう!」 自画自賛でちょっぴりピノキオ。
「きっと次はクリンゴン評議会から、『23世紀半ばだけ人種が変わってた言い訳を考えて欲しい』って、依頼が来るじゃない!(注:あとで言い訳が付いたのはご承知の通り)」 珍しく付き合ってくれる機関長。
 「いいえ・・・・来るのは連邦評議会からの召喚状でしょう・・・・」
誰の声かと思ったら、警部だ! 何時の間に入って来たんだ? 「ピカークさん、遅ればせながら、御帰還おめでとうございます- 機関長さんも。」
 2人にぺこっと会釈 「しかしながらピカークさん、残念ですが今の行為であなた、死刑が確定です。」
さすがにギョッとしてしまう 「死刑なんて、廃止されたんじゃなかったんですか!?」
「いーえ!」 あっけらと警部 「タロスⅣに流刑され、上陸したかどで死刑。」
「まだそんな法律、生きてたんですか!」 唖然とピカーク 「どう考えても、もうこっちのホロデッキの方が性能がいいのに!」
「実は-」 警部はまた額に手を 「これから打ち明ける事に対する前に、申し上げておいたほうがフェアだと思ったもんですから・・・・」
 ・・・・?・・・・思わず顔を見合わせるピカークと機関長・・・・
「すみませんが、お2人とも私の部屋まで御足労願えませんか・・・・」


 警部の部屋はピカークの部屋の状況に良く似ていた- 押して知るべし! くだーとしたワン公が何も動かず迎えてくれる。ただ入って一目瞭然- リビングは、カヴァーのかかったタンスくらいのおおきさの物体に占領されている。
「これなんですがね・・・・」 警部はそのタンスへと 「実はリック・バーマン長官から、どーしても帰れないときは使えと言われて、預かって来てたんです- こいつを使う前に、帰ったら死刑だと
ちゃーんとお伝えすべきだと思いまして・・・・」
 がばっとカバーを開けると、そこには!
「ベイジョーの時間発光体!」 ピカークは叫ぶ! 「えー! こういういい加減なもの使っちゃうの!? やなんだよこんな科学考証めちゃくちゃなやつ! また宇宙艦隊への偏見を助長しちゃうじゃないかぁ~っ!!」
「ジャム、たまには現実に妥協する事も必要よ!」 機関長の再び真面目なおこごと 「特に、みんなの命がかかってるんだから!
相変わらず髪をかきむしりながら警部は 「これで、あの衝突時の原因不明の時空のひずみの訳が解りました・・・・長い事捜査でおまんま食ってきましたが、自分が犯人だったってぇのは、これが初めてでして・・・・」
 丁度転送されている様な感覚で、あっと言う間におわっちゃったって感じ。今までの苦労、なんだったんだろう?
「船長! 左舷からシャトルが突入してきます!」 保安主任が叫ぶ!
そうだった! 「トラクター・ビーム発射! シャトルを補足してジリアン博士を医療室に直ぐ様転送!」
「トラクタービーム発射- 人員収容成功しました!」
ふぅー・・・・ほっとして指令席に腰を据える 「死者が出なくてなによりだった- 状況報告!」
「船長-」 脇のモニターを覗いていた副長が 「全てのシステムと記録が、出発以前のものにリセットされてます!」
「なんだって?」 ピカークは立ちあがる 「アトム! ほんとに元に戻ってるのか!?」
「出発前?」 アトムは聞き返す 「まだタイムトラベルは始まってませんが-」
「アトム、あなた何も覚えていないの?」 驚いて副長
ピカークも覗き込む 「?」
「何かあったんですか -全艦システム異常ありません- タイム・ワープ・プロセスはカウント30秒前で自動停止しました。」
保安主任も 「アトム、大丈夫?」
 みんながアトムを覗き込み、ブリッジはシーンとなった
 彼女は驚いた顔で 「僕の顔に何か付いてます?」
「いや、そうじゃないけど・・・・」 ピカークは慮って、「システム停止させて、医療室へいっといで!」
「はい、解りました!」 アトムは怪訝そうに一応医療室へと足を運ぶ
 「機関室よりブリッジへ」 機関長も 「一体どうなっちゃってるのかしら・・・・全部出発前に戻っちゃったみたい!」
「カウンセラー?」 意見を求めるピカーク
「みんなの記憶は全く正常だと思います。あれは絶対に 『起こった事』 だと思いますけど。」  彼女の声には確信が感じられる
 保安主任が 「船長、リック・バーマン長官から緊急通信です!」
「スクリーンに!」 おいでなすったか!?
長官は片手にボード、片手にサンドイッチとお忙しそう 「ピカーク船長! よかった、間に合った様だな! クジラが生息可能な星がガンマ宙域に見付かったんだ- タイムトラベルの指令は、中止だ! 実は警部の元奥さんの艦が見付かって、そこからの情報なんだ・・・・ピカーク大佐、君の友人の誰だったっけ・・・・バックレ? のお手柄だ!」
にこやかに 「バークレーです」 口だけ溜め息 「警部に伝えときます- きっとさぞかし、お喜びでしょう。」
「ではすみやかにタイムワープエンジンを取り外す為に、ドックに戻ってくれ・・・・それから副長!」
「はい?」 彼女は身を中心に寄せて 「なんでしょうか?」
「君には直ぐ様荷物をまとめて、本部に出頭してもらいたい-」 何故かニヤッと 「わかってるよね?」
「解りました」 副長も謎の笑み。
「それでは諸君、お疲れさん!」 スクリーンの映像は、さっさと消える
 「わかってるって、どう言う事?」 ピカークは彼女に。
副長は肩を竦めて 「どうやら全ては、夢オチだったみたいですね。」 なんとなく、とぼけられてしまった。
ピカークは 「あーあ、やなんだよなぁ、ただでさえ科学考証むちゃくちゃなのに・・・・」 あやうくウヤムヤにされるとこだったが、また彼女の方に向いて 「で、一体長官はなに言ってたの?」


 数時間後、スペースドックに帰投しおよその点検と報告を終えたピカークは、医療室のドアにいた- 開いた途端にドクターと鉢合わせ!
「ジャム!」 嬉しそうにドクター 「お蔵入りしてた 『タツミ稼業』 の最終シーズン、遂に放送よ! これでやっと弁護士ファンにも声と顔が一致してもらえるわ!」
良かった・・・・すっかり御機嫌で、バベルの一件は忘れちまったみたいだ 「よかったな- 但しあの局は、宇宙艦隊の記録までも粗略に扱い過ぎだ・・・・放映しなかったかと思うと突然違う日に放映したり、全くあったまくる! いつかQがライカーに能力を与えようと計った時、現れた奴はあの局のマークの姿をしてたそうだ- どーりでふざけてるよな!」 で、改めて 「で、アトムと博士の方は?」
「ああ-」 ドクターは何故か医療用トライコーダーを掲げて 「アトムはシステム的には全く異常なし。ただメモリー・システムに関しては、陽電子脳の記憶領域をそっくり別のコンピューターにコピーすればわかるだろうけど、無論プライバシー的にも物理セキュリティ的にも、それはムリだわね。」 一息付いて、「それからテイラー博士はおとなしくしてらっしゃるわ- クジラ達の移住先が決まったってお伝えしたから特に。ちょっとお休み頂いてるけど、いたいげなお年寄りを当局に引き渡すかどうかは、あなたの胸三寸ね。」 そして脇のオフィスに赴きかけて足を止め、首だけ戻して 「忘れてねぇぞ、あのセリフ! 罰として来月の艦内公演主役だぞ- オモラシの機密保持期間も終わり!」
 やっぱりね。
 ピカークはアトムには笑顔で済まし、取り敢えず奥のベットで横になっているジリアン・テイラー博士の元へと歩んだ 「博士、はじめまして- 一応この艦の船長らしいジャム・ピカークです。おかげん、いかがですか?」
「ええ、ありがとうございます- 船長さん」 前の記憶がピカークの脳裏によぎったが、博士の年齢を感じさせない美しい姿がそれを忘れさせてくれた 「無理に飛び込もうとした事、お詫びしますね・・・・」
「お年を自分より召した方を叱責するって柄じゃないんでなんとも言えませんが、いま当艦は記録装置の類いが全部イカれちまってまして、あなたがカミカゼなさった記録はおよそ残ってないんじゃないかと思います。」 ピカークはバベルの塔の一件を思い起こして、不謹慎ながら笑ってしまった- 自分で預言者だってウソぶこうかしら! 「でもこう言うテロは、二度となさらないでくださいね。」
「ええ、でもみんな助かって本当に良かった・・・・ほんとうに・・・・」 しみじみと博士。
「では博士、お帰りになられるまで、ゆっくり休んでかれてください。」 ポーターの様に 「それでは失礼します」 立ち去ろうとして警部の真似をして 「ああ、その前にひとつだけ・・・・」 かねてから聞きたかった事を 「カーク提督には、そのご御自分から御連絡を?」
博士はにこやかに 「いいえ・・・・すぐに勤務先の科学調査船で、くどかれちゃって・・・・」
ピカークはウケながら 「だろうと思いました- これで 『あたしから連絡する』 って女性のセリフは真に受けるなって格言の正しさが立証されました!」 会釈してあちらへ再び
 次はアトムだ- ベットに手持ち無沙汰に腰かけている彼女にそっと近付き耳元で 「ほんとに覚えてないのか?」
アトムもこそっと 「『全てを無かった事にする様命令なされたのは、船長、あなたです』」 指を一本立てて 「その方がどこにいたか説明せずに済んで、便利ですしネ。」
吹き出しそうになるのを抑えて 「そうだな・・・・俺の陰電子脳も昔から物忘れが酷いんだ- 忘れちまった事にしよう!」
 更に新喜劇の様に、「ピカークさん!」 医療室のドアが開き、たいそうな荷物とワン公を抱えた警部が 「こちらだとお伺いしてお寄りしてみました- 突然なんですが報告の為に呼び戻されまして、残念ながらここでお別れです。」 ワン公が珍しくワン! と吠えたのでアトムに目配せして引き取らせた -ワン公はアトムの顔をぺろぺろなめて、ふたりで微笑ましくじゃれている- ほっとして警部はまたポリポリ向き直り 「それがーそのーあなたを立件したいのは山々なんですが、いかんせん記録や証拠の類いが何一つ残ってないんで・・・・やっぱりあなたの仰る通り、いかがわしい方法で帰るんじゃなかった!」
「因果応報ってとこですか」 ずっと笑顔 「悪い事は出来ませんね- 科学考証はきちんとしないとね!」
「はい、全くで-」 ドクターも、オフィスからやって来た 「あー、ドクター、ありがとうございました- 楽しかったです。」
「いいえ、こちらこそ。」 握手しながら 「先輩のお話、とっても参考になりましたわ! シャトルは二度と御免ですけど!」
そーだ、伝えとかなきゃ-「警部、元奥さんの艦が見付かったそうですよ、よかったですね!」
「はい、伺いました・・・・でも何時になったら帰れるのやら。また例え帰れたとしても、何時になったらその記録を見れる事やら!」
「そいつは、お互いに!」 ピカークはアトムとドクターを促して警部と共に医療室のドアを潜る 「どうかお元気で! もし事情聴取があるときは・・・・」
「いーえ!」 警部は初めてホンネで笑顔を見せた感じ 「あたしも実はめんどくさいのはキライでしてね!」 ピカークに手を差し出ししっかと握手! 「どーも、お世話になりました!」
「こちらこそ!」 ピカークもしっかと 「それじゃアトム、どう見ても退院だろうから-」 一応ドクターを一瞥、彼女は頷き、「-警部をシャトル・ベイまでお送りして- ついでにシャトルの点検を。」
「わかりました!」 ワン公も、アトムの腕の中でひと吠え挨拶!
 警部はあのおでこから手を放つ仕草で別れを惜しみながら向こうへと・・・・しかし案の定、廊下の角まで来たとこで-
「あのー、ピカークさん、もうひとつだけ!」 それこそデッカイ声で、ピカークが耳をすますパフォーマンスしたのを見計らって 「どうしてこの艦、あなた以外みんな見目麗しい美女ばっかりなんでぇ!?」
ピカークはその楽屋ネタに、手を掲げ負けぬ笑顔で答える- 実は充分に納得している警部は、再びこっちを向いて手を挙げて、アトムを従え廊下の角のひととなった。
 一息付いたピカークはドクターににんまり。でもってドクターもにんまり。ただ今度は、違う方向からなんかざわざわと・・・・
「なんの騒ぎだ?」 ピカークはドクターと共にそっちの方へ- 暫くして腕組みして騒ぎを見守っている機関長に出くわす 「なんかあったの?」
機関長は 「宝塚の退団イベントですって。」 と微笑み。
 ドクターは機関長とその場に残り、こども並みの好奇心のピカークは騒ぎの中に。
 数十人もの女性士官達が手に手にカメラとハンカチを持って泣きじゃくっている- ごめんごめんとその群集をかき分けたピカークは、中心に一杯の花束を抱え握手を重ねる副長の姿を見つけた!
「副長!」 ピカークが叫んだのはその様子だけでなく、副長の格好のそれでもあった -なんか数百年は前の黒の詰め入り軍服に、頭には連獅子の様な真っ赤な房のついた帽子を被っている- 「それ、転属先の新しい制服か? 最近艦隊は、ころころ制服変えるからなぁ。」
「あー、誰かと思ったら、船長!」 やっと気が付いたらしい 「どうも、お世話になりました。」
「随分とはやい御出立だね? 送別会の暇はないかな?」 怪訝そうに
「ごめんなさい- 長官に言われた通り、スケジュールびっちりで。」 で、改まって 「-ところで、あれ持って来て頂けました?」
あれと言うのは、頼まれていた記録チップだ- 彼は保安主任に倣って付けたアップリケから
チップを取り出し、副長に渡した 「はい、これ- でもなんで、俺のカウンセラー候補者のデータなんて必要なんだ?」
「いえ、ちょっと・・・・」 副長はどかっと花束をピカークに代わって持たせると、トライコーダーを取り出してチップを突っ込んでモニターとにらめっこを始めた 「で、この3人に候補を絞った理由は?」
「ああ、そうね・・・・」 ピカークは花束の間から顔をヌッと 「まず最初の長い髪の娘はオキナワ出身で、もっともミステリアスでシャーマンティックで、雰囲気的にはカウンセラーにぴったりだと思ったんだ・・・・でも、コンビ二やら缶コーヒーやら化粧品やら契約結んじゃって、忙しくて無理みたいだった。で2番目のこの娘だけど、最有力候補だったんだ・・・・『癒し系の代表』 なんて、カウンセラーにぴったり! それにこの抜群のスタイル! ヅラメーカーとしてもドクターの後輩だし、ハゲやすい船長としても非常に助かる。」
写真に見入っていた副長は 「・・・・なるほど・・・・私のバスト・コンプレックスも癒されそうですね・・・・」 もう、すっかり持ちネタだ 「で、なんで彼女にしなかったんですか?」
「そりゃ、君とキャラが被るからだよ!」 ケラケラと 「2人揃ってピンクレディーの真似してブリッジで踊るなんて、そんなありふれた企画たてるほどセンス悪くないよ、こっちは! 綺麗どこ2人はべらせりゃそれでいいって、まるでハデ好きの関西人みたいな発想じゃないか! やっぱり副長とカウンセラーはそれぞれ違う美貌と個性がないとね!」 なんか憮然とした表情の副長に 「済みません- なんか私また口が過ぎました?」
「いいえ! それはそれは、おおきなお気使い感謝します!」 なんかへん。
ピカークは構わず、「でもって最終的に、僕の傷付いた過去を癒してくれそうな現在の彼女に決した訳さ! またもや読者の皆さんには信じてもらえないかもしれないけれど、誓ってこれは前任のカウンセラーが寿退隊した直後の去年の年末に考えあぐねた人選だよ。」
「よーくわかりました!」 明らかな作り笑顔で副長はトライコーダーを閉じる 「御協力感謝します! ついでにこのデータ・チップ、本部に返しときますね。」 花束を再び受け取り直した  「沢山ご迷惑をおかけしやした- ほんとに感謝です。そのバイタリティ、学ぶ事ばかりでした。」
ピカークは何となくテレながら、「お互い全く違う考え方だったが、それなりに巧くやれたんじゃないかと思う。」 ほんとかな?
副長は副長で、「こっちも正直情けない船長で最初はどうなるかと思いましたけど、まぁ、リーダーは善人であれば、なんとか持つんだって事を学びました。」 あら! お褒めのお言葉! 「丁度2人を足して2で割ると、いい幹部士官になるのかも知れませんね!」
「そうかもね。」 息を吸い直し 「君の様な素晴らしい人間と仕事が出来てなによりだった- またかと言われてしまうかも知れないが、これが数百年前の自己実現にとんでもないエネルギーを食う野蛮な時代だったら、『家畜人ヤプー』 よろしく、君とは対等に口を利く事さえ出来なかったかもしれない-」 その真面目そうな顔は演技か、はたまた本気か! 「時代と宇宙艦隊に、正に
感謝だ!」
「船長も、これ以上ひがまず、こっから先危ない世界に足を踏み入れないでくださいね!」 最後の御進言!
「ご忠告感謝します -『おもねりじゃぁない、愛嬌』- いいセリフだ! 実践させて頂くよ!」 でもってそんな愛嬌で手を差し出し 「元気で! 夢の実現を祈ります!」
彼女も手を差し出しちょっと腰を屈める上品な仕草を 「船長も、体に気を付けて- 1年経ったら、また!」
 一方そんな様子を向こうから眺めている機関長とドクター 「さっきジャムがブリッジでまとめてた人事管理ファイル、副長、なんに使うのかしら」 と、先ずは機関長
「知らないの?」 と、実に嬉しそうにドクターが、 「彼女本部詰めって言うのは表向き、実は独立して自分の艦を持ったらしいの! どうやらそのカウンセラー人事、ジャムのそれを参考にしたみたい!」
「え~!」 素直に驚く機関長。
涼しい顔のドクターは、「副長は例の 『元刑事の関取』 ですって。先輩越して特進よ! 知らぬはピカークひとりなり- もっとも彼女の勤務艦はこっちの担当宙域と全く違うから、その活躍は拝めそうにないわね・・・・警部の元奥さんの艦と同じ!」 ひと溜め息ついて 「きっとジャムが知ったら、『俺の地元はシナノマチ- 山さんにもジーパンにも、会ったのは俺の方が先だ!』 って、またヒガミ出すわよ!」
「副長も我慢の限界だったのかもね・・・・あ~あ、ジャムもまだまだねぇ!」機関長は爆笑寸前!
ふたりはほんとに心から楽しそうにして、せーの、と声をかけあってから目一杯手を挙げて 「副長、ありがとう- 元気でね!」
 それに気付いた副長 「お2人こそお元気で~! 色々お世話になりました~! 他のみんなに宜しく~!」 と群集のこっちから手を伸ばし、ピカークに 「それじゃ」 と言って転送室に入った。
「たっしゃでねー! 店開いたら、せめて残飯だけでも譲ってくれょぉ~!」 名残惜しげに最後の御挨拶。
彼には一瞬、副長の襟の階級章がうごいたとたん "艦長" である四つに輝いて見えたが、あたりの女性士官達が写真取りまくりながら泣いている様子に気を取られ、気のせい、と簡単に片付けてしまった。そして彼女達に答えてか、副長は一端扉から顔を戻し可愛らしく手をちょこっとバイバイさせる- 群集からは黄色い歓声が!
 「同性にもてるっていいよね- 俺の場合そう言う時、きっと 『2丁目』 になっちゃうんだろうな・・・・家近くだし。」 なんか感じ入ってピカーク。
淋しげに俯いて身をかえすと、ドクターと機関長が手をふってくれていた 「ジャム~! がんばれ~! げんきだせぇ~!」
 とたんに元気になる単純さ! 「なんかボクも、人気出て来たみたい・・・・」
恒星日誌:宇宙暦657808654098888.8

    到頭両脇の憧れの君は、2人共いなくなってしまった-
    まぁ、これが人生! ハーレムのタイムワープエンジンは外され、
    スペースドックも後の艦の為に追っ払われた。暫くは次の任務の為に待機だ。
    おそらくは、常に手薄な地球近辺のパトロール任務に就くだろう。


 リフトのドアが開き、ピカークはブリッジへ! やっぱり、ここがいい! 丁度用事があったのか、ママが着物のえりをちょっぴり正してリフトに戻ろうとしたところに。
「やぁ、ママ!」 実はグットタイミングだったのだ 「そっちにいこうと思ってたとこだ! 今度の一件ではあまり話が出来なかったしね。」
「その方が良かったんじゃない- あたしに話があるって事は、あなたに相当ストレスありって事ですものね。」 にこやかにママ。
「はい、これ!」 おもむろになにやら封筒を 「せめてツケの利子分だけでも。」
「なーに、これ?」 ママは封筒をかざして見る -なんぞ中に粉が- 「やだ! 縁起でもない!」
「ちゃうちゃう! それ、ラチナムの粉- 100クレジットはすると思うよ!」
「どーしたの、こんなの?」
得意気に 「さっき来てたフィレンギ商人が、ラウンジで 『ラチナムの延棒』 でも切れるって言う包丁の実演販売やってて、終わったあと真空掃除機で2時間かけてそこの絨毯からひっかき集めたんだ!」
吹き出すママ 「それはご苦労様- 有難く受け取っとくわね」 えりに封筒を入れ 「それじゃ、また!」 改めてリフトへ。
 さて間近の保安コンソールには転送主任が陣取っていた 「あれ! ここになったの?」
彼女はご機嫌良く 「そ! 運動会の司会経験買われてUSSジェイソンの艦長にならないかって話があったんだけど、ウザそうなんで断わった! 保安主任、よろしくね!」
ちょっと舌を出すピカーク 「そう言えば保安主任って、ロシア・クリンゴン・ドミニオンって、結構攻める方が任に就く慣習があるから、ちょうどいいんでねぇの- 宜しくたのんまっせ!」 ちらっとヘタなウインク。
 スクリーン向かって右から指令席へ- 右の補助席には機関長が 「無事ナセルは2本に戻ったわ -もともと何も起こらなかったのだもの、システムは完璧- 『我が辞書に火曜日の文字はなし!』」
笑顔で手をひらひらさせて 「ありがとー」、と答える- 更にわざわざ前方に出向き操舵長とアト
ムに挨拶してから、でもって副長席に突き当たり、「ありゃっ!」 と、驚く!
 そこには得々として元保安主任が! 「よろしくおねがいしまーす! ようやっと手に入れましたよ- この艦の自爆コード!」
口をむにゃむにゃさせながら、ピカークは指令席に 「よかったですねぇ、ミセス・スポック! どうぞお手柔らかに・・・・」
「はい、船長!」 新副長はボードを差し出す 「これ船長専用特訓メニューです! マラソン含めた朝練6時間! フェンシングで体じゅう串刺しにしますから、覚悟しといてくださいね! 前任者みたいに甘くないですよ!」 6時間じゃ、昼じゃん!
ピカークは笑っているカウンセラーに、こそっとよ 「前任者も甘くはなかったよね?」
でも新副長にひっぱり戻され- 「わかりましたか!」 突然のスパルタ!
「はいはい・・・・解りました・・・・」 で、カウンセラーに聞えない様に 「ところで、あの仲間殺さざろう得ない中佐昇格試験、この中の誰殺して合格したの?」 新副長がいままでに見せた事のない笑顔で、にんまりとこっちを見たもんだから 「・・・・ああやっぱり、あたしがばっさりやられた訳ね・・・・」
「全然聞いた事なかったんですけど- 船長はその中佐昇格テスト、どうやって成功したんですか-」
 まだ受けてないカウンセラーに配慮してひそひそで 「・・・・当時俺をいじめてた奴が数人いて、なんの躊躇もなかったよ!」 新副長はそれを聞いて、初めてにこにこ前の顔に戻った。
 でもって新保安主任がおもむろにパネルから手をやってなにやら封筒を差し出し、 「ごめん、忘れてた- これ船長にって!」
「これは・・・・」 受け取ったピカークの顔が晴れやかに 「スポック大使に会った友人からだ・・・・
ワーォ!」
「なになに、なんですか?」 ミセス・スポックの方から
得意げにピカークは、封筒より1枚の写真を取り出す 「じゃーん! 実は本部の仲間がスポック大使に会うと言うので、18年前私が撮った大使の写真をお渡しするよう託したんだ- 大使はいたく感動されて、その写真にサインして返してくださった- ほら!」
1枚のサイン入り写真に、「うわーすごーい!」 一同合唱!
ご機嫌のピカーク 「思えば大使とお会いした事が、わたしがここに座っている所以だ・・・・」 ここでまた、ゴールドスミスのスローバラードが! 「これだから宇宙艦隊は辞められない -ずっとガキの頃の私の夢を裏切らないでいてくれている- こんな話を見たいと思えば見せてくれるし、この曲を付けて欲しいと思うと、付けてくれるしね!」 おれきれきを見渡して 「それに必ずこうやって、ファンに返事くれるしね!」
 クルー全員がとたんにしらーっと、あっちこっち向いて知んぷり!
 突然の警報がそんな和やかな雰囲気を破り、さっそく新保安主任の報告が! 「カスミガセキ
星系に赴いてたUSSレボリューションのタナカ提督から、全艦隊に緊急通信! 『カスミガセキ星系並びその近隣に位置するホンゴウ社会犯罪者養成所が、ボーグの連邦侵略準備拠点である事が判明』- 現在ボーグの総攻撃を受けてるそうよ!」
ピカークの顔色が変わる 「極東地区出身の俺としては、ボーグ・ネタは洒落にならないんで逃げて来たが、そうも言ってられないご時世になって来たな・・・・」
「タナカ提督から、音声通信!」 ぴぴっと、新保安主任の初仕事!
 「こちらUSSレボリュ-ションでございます!」 タナカ提督のダミ声が、かすれ気味に響く 「現在、ボ-グの総攻撃を受けております! タイヘンでございます! このままでは・・・・」 ごそごそっと暫く音が途絶え 「どこ? あたしの指輪どこなのっ! ウゲッ!」 続けて轟音が響き、プッツリ音が途絶えた・・・・
 ブリッジはシ-ンとなった・・・・ポツリ、とアトムが 「長距離センサ-では、レボリュ-ションは・・・・破壊されました・・・・」
 「庶民派ぶってても、所詮は二世・・・・ボ-グに正面切るなんて、無某過ぎる・・・・」 応援しながらも、昔タナカ提督そっくりのホステスに説教されたのを思い出すピカ-ク
 突如メインスクリ-ンにノイズが走り、それが明けると画面には、半身はオ-ルバックにレ-ザ-グラスをかけ塵一つないス-ツ、そして残り半身はマシンで固めた、あの黒ずくめのマスゲームの一団が現れた!
 その声はかすれ、さながら昔のラジオの様に甲高い 連邦人民に告ぐ- すみやかに我々集合体に "迎合" せよ! 良く考えてもっとオトナになれ! みんな同じなんだ -それが世の中と言うものだ- 先ずは自分を反省しろ! 抵抗すれば、お前達の生活を破壊する- 抵抗は無意味だ!
 「いまいましい! スクリ-ンを切れ!」 マジで憤懣なピカ-ク 「だからシャレにならんと言ったんだ!」
「随分新しいプロパガンダが加わってるわね」 例によってカウンセラ-側の補助席にいるドク
タ- 「この場合、どっちが 『抵抗勢力』?」
「確かにボ-グに、一理あった時代もあったかも知れない -だがそれでは結果的に、宇宙は熱死してしまう- 遭えて多様性を尊重しなくてはならない・・・・それが宇宙の法則だと、私は思うね。」 そして心の中で "クエスターがロッテンベリー卿の正の遺言なら、ボーグは負の遺言" と付け加えた- いつになく力強くピカ-ク!
「ジャム、ボ-グと戦える自信あるの?」 ドクタ-が再び
実はこれでも何度かボ-グと衝突して来た- 連戦連敗だけど 「あるよ- だからびんぼ-なのさ!」
 「本部より全艦隊に、ボーグ第3次連邦侵略計画に備え、第1級警戒態勢発令! 全艦隊カスミガセキ星系に集結!」 新保安主任、さすが威勢がいい!
「ボーグ・キューブ、さすがはカスミガセキ、今度は1隻なんてケチ言ってないみたいですよ- やっちゃいましょう!」 スペシャルでは、なぜかいつもカゲキなアトム!
ピカークはいやがおうでも背筋を正した -そうは言っても覚悟は必要だ- あらためてブリッジを見渡たす
それを感じてか、カウンセラーが 「だいじょうぶです- 今度はみんながついてます。」 とびきり優しい笑顔だった
「そうよジャム、フレフレ!」 ゲンコまでだしてくれてドクターが。
右からは機関長が 「3度目の正直- こころおきなくぶっとばせるわよ!」 あの癒し系の笑顔で。
新副長が 「では、ご命令を- 船長!」 またもや笑顔と共に
 みんなほんとにありがとう- ピカークは心でそう感謝を告げて、「それではお言葉に甘えて」 深呼吸し 「操舵長、目標カスミガセキ星系 -方向は確か- 『右から2番目の星に向かって
オ-ルで思いっ切りワ-プ』 だ!」
操舵長はくすっと笑い 「了解 、『右から2番目の星に向かってオ-ルで思いっ切りワ-プ』!」
 誰かが言ってたっけ、『宇宙艦隊の船長は、本当に楽しい稼業』 だと!
そして言わずと知れた指をかかげ! 「はっしーんっ!!」
 ハーレムは銀色の船体をより一層きらめかせると、更に虹の光となって遥か宇宙へ燦然と輝いた- 何せ人類の冒険は、まだ始まったばかりなのだから!
 



スタートレック・ハーレム 第3話 完